デファクト知財とその活用 − IoTビジネス制する鍵に
2016/2/18
写真撮影:山下加代
2020年には250億台の機器がインターネットにつながると予想されている。いわゆるIoT(モノのインターネット)によって生産設備から生活空間のあらゆる機器が接続し、センサーでさまざまな情報が共有される。そして人工知能までもがつながることで、間違いなくシステム全体の生産性は向上し、消費者の利便性は高まるだろう。
巨大な産業生態系
しかし無数の機器をつなげることで、生産性が飛躍的に高まったからといって、その機器の所有者や生産者が利益を得られるとはかぎらない。つながることで価値を生み出しているのは、機器そのものではなく、つながりを価値に転換するソフトウエアである。機器の機能もネットに接続して情報を供給されて初めて価値を生じるのであり、そういう意味で機器を所有していることの価値も失われていく。実際に、さまざまな機器メーカーは、IoTの普及とともに、そのビジネスモデルをサービスビジネスに転換していくのではないか。
そして、そこに生まれるのはさまざまなサービスと、今やサービスの補完財となりつつある機器の製造メーカーから成る巨大な「産業生態系」である。生態系とはもともと生物の用語であるが、ここではさまざまな商品やサービスを取引する企業や、その取引ネットワークを支える組織の集合体を指す。無線通信技術の標準に参加する企業群などは巨大な産業生態系でそこでの利益は一部のプレーヤーに集中する傾向があることが分かっているが、IoTで生まれる産業生態系は、このような通信の企業をも包含する、さらに巨大な産業生態系である。
ここで誰が利益を得られるのかが問題だ。まだその答えを示せる理論も蓋然性のある予想も存在しない。多くの識者が注目するのは産業生態系を支配するプラットホームを形成するのに不可欠なデータ知財をめぐる攻防戦である。例えばIoTの末端にある人工知能は大量に生み出されるビッグデータが“栄養”となりその性能を向上させる。そのため人工知能を保有する企業は、いかにして多くのデータを人工知能に供給できるかを競っている。同時に人工知能がこれらのデータを基に、より高い価値のある情報を生み出すことができれば、この情報を自らの財産として保護したいと考える。一方、データを生み出す側の事業者は、人工知能を活用するとともに、自ら生み出すデータで、自らが利益を上げたいと思うので、データを囲い込んで自らの財産として活用する権利を確保したいと考える。そこにデータの活用をめぐる攻防が始まるのである。
問われる企業や国の対応
といっても一般的なデータは知的財産権として保護されていない。であればデータは知財としては機能しないのかというと、実は事実上の知財(デファクト知財)として利用されている。特許権や著作権などの知的財産権として保護を受けられないようなデータであっても、当事者間で合意すれば、契約によってデータを利用する権利などが取引され、事実上の知的財産権のような価値を生み出すことになる。このようなデファクト知財が、契約によってどれほど生み出されているのかは明らかでないが、個人から発生するものを含めて既に膨大なデファクト知財がビジネスに利用されている。多様なデファクト知財を、誰がどういう形で保有し、どういうビジネスモデルで活用しようとしているのかがポイントだ。
このようなデファクト知財は、当座は国の法律などに規制されることもなく、無数の契約によってグローバルに発生している。このデファクト知財を制するビジネスモデルでIoTの形成する巨大な産業生態系を制することができるのだろうか。今年はIoT知財戦略元年だと予想されるが、企業も国もデファクト知財とどのように向き合っていくのかが、焦点となるIoT知財戦略を解き明かす鍵となるだろう。
この文章はSankeiBizの【論風】に 2016年2月18日に掲載されたものです。
【論風】デファクト知財とその活用 IoTビジネス制する鍵に