医療イノベーションにおけるフロントランナーに聞く 4

ワシントン大学医師、ニューヨーク州弁護士
加藤良太朗氏

2013/2/28

(photos by Rhoma. K)

— 『医療イノベーションにおけるフロントランナーに聞く』の第4回では、米国セントルイスのワシントン大学医学部退役軍人病院でメディカルインストラクターとして活躍されている医師、同時にニューヨーク州の弁護士でもある加藤良太朗先生にお話を伺います。加藤先生は、東京大学医学部を卒業後、帝京大学医学部麻酔科に進まれ、その後、ワシントン大学で内科レジデントとして勤務されました。また同大学ロースクールJDコースに入学して卒業。現在、法律の知識を生かしながら臨床に従事されています。

先生はアメリカで長くお仕事をされておられますが、医療におけるグローバルな視点の重要性をどのように感じていらっしゃいますか。

加藤 私は2001年に帝京大学からワシントン大学セントルイスに移動して、研修を始めたのですが、そのときは難しいことは考えずに、単純にアメリカみたいな大きな舞台で活躍してみたいというのが理由でした。グローバルな視点の重要性を感じるようになったのは最近です。昔はアメリカで学んで日本に持って帰ってくるっていうタイプの医学が多かったのですが、私はどちらかというと日本で研修して、日本で学んだことをアメリカで生かしてやっとうまくいったと思っています。

医療にはいろんなスタイルがあります。最近のアメリカは非常にサイエンス化してて、その点ではアメリカの治療が優れていると思うんですが、医療はサイエンスだけじゃなくてもうちょっと泥臭い、ヒューマンの部分がある。日本はそっちが優れてるような気がします。例えばアメリカの病院に5時以降に行くとほとんど医者の姿はありません。当直の先生以外みんな帰っています。日本だと遅くまで先生が残って患者さんのケアに当たるなど、自己犠牲といいますか、患者さんを治すという情熱だけで頑張ってるところがあります。

— その情熱をアメリカに持ち込むのですか。

医療にグローバルな視点を

加藤 そうですね。そういったことを日本的にやっていると、アメリカ人でも分かってくれる人がいて、評価されます。それに一般的によくいわれるように、病気は1つの国だけで限られたものではなく、例えば同じ脳性疾患でもいろんな国にありますし、感染症は国境を越えていろんな国に広がっていく。医療自体がグローバルに対応しなくてはいけなくなっています。これだけ情報網が発達してて、いろんな臨床試験、治験の結果なども、インターネットさえあればどこの国でもアクセスできる。旅行も前より比較的簡単になりましたから、グローバルに病気に対応できる。だから医療にグローバルな視点が要求されるという部分もあるでしょう。

— 今回は、グローバルな視野を持つためのプログラムの日本サイド責任者として来られたのですね。

加藤 はい。私はワシントン大学で2007年から内科でグローバルプログラムを始めました。最初はへき地に研修医を送って医療に貢献するプログラムだったんです。ブータンとか、アフリカのエリトリア、ほかのアジアの国々に行きました。だんだんそのプログラムの人気が高くなり、行きたいという研修医が増えたので、派遣する場所を増やす必要が出てきました。ただ、へき地医療も行くのが大変だとか、治安の問題とかいろいろあるのでどんどん増やすわけにはいきません。

だからアメリカ人も今までみたいに世界に行ってアメリカの医療を普及させるだけではなくて、これからはほかの先進国から医療を学んで、それによってアメリカの医療をもっと学ぶ、もっと良くするっていう視点が大事だと思ったのです。それで最初にやっぱり日本に来てもらいたいと考えて、研修医を2人連れて一緒に来ました。

— アメリカからの発信を届けるのではなくて、日本の情報を取り入れるということですね。

加藤 いろんな国を見ることは大事です。アメリカ人は歴史が浅いせいかあまり旅行する人がいないですね。ワシントン大学で外国に行ったことがない人も結構多くいます。外国だけじゃなく中南部、中西部に出たことがないっていう人すら多い。意外と医者というレベルの人たちでもそうです。だから研修医たちには刺激になります。アメリカだけが正常なんじゃなくて、いろんな世界にはいろんな可能性があると知ることがまたアメリカを客観的に見ることにもつながり、それがアメリカの医療を良くすることにもつながります。可能性を知るということだけでも医者としてのモチベーションになると思います。実は最近、アメリカで内科の人気が落ちてるので、研修医たちが モチベーションを持てるように模索してるんですが、そういうときにほかの国のことを学んだら非常に魅力的に感じるのではないかと思っているのです。

— 次に医療情報システムの有効活用についてお伺いします。現在お勤めの退役軍人病院で導入されているシステムは、患者さんや医師、医療スタッフの方々にどのようなメリットがあるのでしょうか?

医療のIT化によりミスが減少

加藤 患者さんにはメリットがいっぱいあります。医療のIT化というのは電子カルテだけじゃなくて、オーダーシステム、投薬の仕方など全部電子化されるので、格段とミスが減りました。例えば退役軍人病院以外だと、おおよそ8%くらいの確率で投薬ミスがあります。患者さんを取り違えるとか、薬を取り違えるといったことですね。私の勤める病院では、その確率が0.003%です。ほぼ投薬ミスはありません。患者さんもバーコードで特定しています。そういったミスがないのは、患者さんにとっては非常に有益だと思います。

医療ミスで病気になったり、害を受ける方もすごく多いので、ミスを減らすことが大きな課題です。そのためにITは非常に有効な手段だと思います。個人的な感想ですが、退役軍人病院で働きたいという医者が増えているように思います。研修医でもベテラン病院のローテーションが好きだっていう人が多いですね。患者さんの情報が全部電子カルテ化されてまして、ほとんどの情報はコンピューターの中にあります。病気であまり話せない患者さんが来た場合でも、カルテを見れば全部分かります。薬の情報も入っています。医者にとって、何かの制約で最高のケアを提供できないとすごくフラストレーションになります。でも私の病院だと少なくとも情報は全部あるので、あとは自分次第ということになります。

— アメリカ退役軍人病院はいくつあるのですか?

加藤 病院は全部で153病院、各州に少なくとも1カ所はあります。病院の他にナーシングホームですとか、ベテランセンターといって精神疾患を扱って、カウンセリングするような施設も全部入れますと、全部で1,400以上の施設があります。

— そのすべてで医療情報が共有されているということでしょうか。

加藤 外来も入院された患者さんの情報も全部共有しています。ですから、患者さんが例えばサンディエゴの退役軍人病院で最初に受診して、あとボストンに引っ越しても、そのサンディエゴの情報は全部見ることができます。それが非常に強みだと思います。

— 患者さんの情報は、どう保護されているのですか。

加藤 実際のカルテにアクセスされてしまうと、全部情報が入ってますから、セキュリティーの問題はきっとあると思いますが、外部からセキュリティーを破られた例はありません。ラップトップを飛行場に忘れたという例はありましたが、それで患者さんの害につながったケースはまだありません。データがないので、説得力はないかもしれませんが、外部からの攻撃よりもやっぱり内部からの漏えいのほうが怖いと思います。毎年1回ITに関するオンライン授業も義務付けられています。アクセス権のための書類審査や日本からリモートアクセスするために5、6カ月かけて書類審査がありました。そのくらい内部の人を厳しく管理しています。

— 共有することで医療情報がかなり膨大な量になっていますが、研究者の方々にとっても大変貴重な研究材料になってきますよね。

加藤 まったくその通りだと思います。退役軍人病院のシステムでデータウェアハウスといって、患者さんのデータを全部検索可能にしようという動きがあります。退役軍人病院は毎年延べ5億人の患者さんを診療しています。その全部のデータをGoogleのように検索可能にしようとしてます。そうすると、エビデンスもないし、経験もしたことないような疾患の方が来た場合、これまではできることがあまりありませんでしたが、リアルタイムで似ている疾患を検索できます。同じような疾患で同じように診断が付かなかった患者さんをすべてリストアップして、なんか効いた薬はないかとか、なんか共通点があるかとか、そういったことが探れますから医療の進歩につながると思います。

もう一つ、最近言われていることがあります。エビデンスはあるけども、それをちゃんと実行しないというケースがあります。例えば心筋梗塞の人にアスピリンを投与するのが当たり前ですけれども、アメリカのトップ10の病院でも100%じゃない。7割、8割くらいの患者さんしかアスピリンを投与されてない。リアルタイム検索でアスピリン飲んでる人全部をリストアップできれば、この人たちに全部一括でオーダーするとかも可能になります。医療を一歩前進させられます。

今後は遺伝子情報も入ってきます。そうすると膨大な量の情報が必要になってくると思いますが、今のデータウェアハウスは遺伝情報が全部登録されるようになった時代も想定して設計されています。これもすごいことですね。

— そういう新しいシステムをつくるとき、必ず必要がないという方々もいらっしゃいますね。そういう人に対してどのようにアピールできるでしょうか。

加藤 臨床に関わることですから、患者さんのためになるというのが一番の説得力を持つと思います。これはデータで裏付けられていますが、格段に医療ミスが減りました。それに、これから研究でもITを使ってどんどん医療がよくなっているといったことを考えると、コスト削減とか、医者の仕事が楽になるとかではなくて、患者さんのためになるか、患者さんに還元できるということがITを導入する最大の動機付けでしょう。

— ありがとうございます。最後に一言、医療イノベーションについてメッセージをいただけますか。

加藤 イノベーションは、実際に人類を一歩成長させなければいけないと思います。それくらいの価値があるものでしょう。医療のイノベーションは患者さんの人生を良くしなければいけません。そこが非常に基本的なことだと思います。その原則を常に持っていないと横道にそれることもあります。いろんな人を集めて、いろんなインセンティブがありますが、お金もかかりますから、どれを優先するかということがイノベーションにとって非常に大事だと思います。

— 先日、医療イノベーションについてお話しされていたときに、医療者による医療の改善であると言われましたが、「医療者による」ことのメリットはなんでしょうか。

加藤 医療者だけじゃだめかもしれませんが、医者はそれなりに、とくに日本の場合は献身的に働いています。患者さんのためにという、 利他的なところが絶対あると思います。医者である以上ある程度利他的な価値観を持っている人だと信じてますから、医療に関する部署においては医者が参加しているほうが患者さんのためになるという視点が必ず保持されると。私も医者なので、考え方に多少バランスが悪くなる部分があるかもしれませんが。

— 本日はお忙しいところありがとうございました。

(聞き手:山野泰子/編集:藤田正美)