工学知の構造化と政策ビジョン
2008/11/11
我が国は科学技術を国の基本としており、「工学」に対する社会からの期待は大きい.その使命は「技術革新に挑戦し,新たな産業と文明を拓くこと」,「社会と環境に責任をもつこと」,さらに「人類社会を豊かにすること」にあり,人類が抱える様々な課題を解決することにある.「工学」は,基礎科学から社会システムに至るまで広い領域を扱っており,大きな変化を社会にもたらしている.「工学」に科せられた課題は,複雑なデバイスの開発から,バイオテクノロジー,巨大複雑システムの構築,さらに技術経営,社会技術までと広域化・複雑化している.一方,個々の専門分野は深く,狭くなってきており,それらを有機的に繋いで俯瞰的に見渡し,これらの課題を解決に至らしめることは極めて難しくなっている.
知識の細分化と複雑・高度化は,専門家にとってすら専門領域外との連携が困難であるという状況を生んでいる.知識は幾何級数的に増大しており,その結果,膨大な知識の全体を把握することは極めて困難となっている.複雑化する問題を扱うためには,その全体像を把握することが必要であるが,それは個人の能力を超えてしまっていることも多い.一方,学問的専門領域について見てみると,極めて細分化された専門領域内の活動はある意味で飽和・成熟の段階にあり,個々の専門領域内での飛躍的発展よりは,むしろ学際領域における領域融合型イノベーションへの期待が高いといえる.個別領域における知識基盤の充実が重要であることは言うまでもないが,それ以上に領域間のインターフェーシングによって知識を構造化し,知識を活用できるネットワーク型知識基盤を構築することが,とりわけ課題解決には,必要である.
知の構造化とは,要素と要素の関係性を明らかにすることであり,関係性には,階層性,因果性,関連性,類似性など様々な種類がある.知の構造化の目的に応じて相応しい関係性に着目し,分散する膨大な知識を関係付け,知識システムを構築することを知の構造化と呼ぶ.分散する膨大な知識を有効活用し,知的価値,経済的価値,社会的価値,文化的価値に結びつけるためには,知の全体像の把握が必要である.専門家は限られた領域の知識しか把握していないため,分野を超えて知識を活用するためには,知の構造化が不可欠となる.すなわち,自律分散的に作られた知識を検索し,可視化することで,知識の全体像を把握し,個々の知識を統合的に活用するための様々な操作が可能となる.このような操作が新たな知識を生み出し,知の構造化と価値化のサイクルが回るようになる.
かつて,日本は欧米を手本として,「追いつけ,追い越せ」と様々な社会制度や技術を導入し,発展を遂げてきた.しかし今や日本は欧米に肩を並べ,フロントランナーとなった.従来の模倣や技術導入はもはや有効ではない.自ら新たな制度・技術を開発していく必要がある.現代の日本は少子化,高齢化をはじめとして,資源,エネルギー,環境など様々な課題を抱えている.このような課題は,程度の差こそあれ,世界も同時に直面している課題であり,ある意味で日本は課題先進国といえる.世界に先駆けてのそれら課題の解決が急務である.真の意味で課題解決に向けたイノベーションを起こす必要がある.さらに,課題解決先進国となり世界のデファクトを取って行くことが求められている.複雑化した知識の活用のためには,領域間をつなぎ知識を構造化する必要がある.また,日本が抱える様々な課題解決に向けて,学際領域における領域融合型イノベーションへの期待も高い.このような課題を着実に解決することで,日本はトップランナーとしての責任を世界に対して果たす必要がある.このような観点から,政策ビジョンセンターの活動の一環として有効な政策提言がなされることを期待したい.