バランスのとれた社会意思決定は如何にして可能か?
−テクノロジー・アセスメントの可能性−

東京大学大学院法学政治学研究科教授
城山 英明

2008/12/03

現代社会においてはリスクに対する社会的関心は高い。リスクには不確実なものも多いが、不確実な故に社会的動員が可能である面もある。例えば、食品などは、様々な安全問題が勃発するたびに議論が各々の文脈で喚起され、個別的対応を積み重ねることを余儀なくされている領域であろう。

しかし、少し考えてみると、リスクにも様々なものがあることが分かる。例えば、食品の場合、残留農薬の混入による安全リスクもあるが、同時に、食品の過剰摂取に起因する肥満リスクも最近の新たな関心対象である。あるいは、日本のように食料供給の多くを海外に依存している社会においては、食料の安定供給のリスク、すなわち、食料安全保障リスクも存在する。様々な事件を通して中国産食品への不安が高まっているが、食料供給を国内に直ちに限定することが解であるとも思われないし、国内の食品が安全である保証もない。

だとすると、対象技術や製品に関して、多様なリスク、あるいは多様な便益も含めてバランスよく評価し、社会における技術開発や製品開発、あるいはそれらへの社会的対応に関わる社会意思決定にフィードバックするメカニズムが必要となる。法的規制というのは、伝統的には、特定のリスクに注目し、断片的にそれを一定の閾値に閉じ込めることに関心を持つ。これは、規制対象を限定することにより、活動の自由を担保してきたという側面も持つ。しかし、現代社会においては、多様なリスクや多様な便益に関するバランスのとれた社会意思決定を行い、必ずしも強制力を伴わない形でソフトにフィードバックするメカニズムが求められているように思われる。

テクノロジー・アセスメント(Technology Assessment)は、新しい技術の導入に際して、導入に伴い潜在的にどのような便益があるか、また、どのような潜在的リスクがあり、それに対してどの様に対処すべきかに関する多様な情報を構造化して提示することによって、事前に包括的考慮を可能にするための仕組みの1つである。日本では、技術評価と訳されていることも多いが、技術評価と訳されていることからも推察されるように、技術それ自体の評価という面が強調され、技術が社会にどの様な影響を与えるのかという側面が軽視されてきた。社会に対する影響を議論すると、安全リスクといったネガティブな面だけが強調され、技術開発が阻害されるのではないかという危惧を関係者が持っていたこともその理由であろう。海外でもテクノロジー・アセスメントがテクノロジー・アレストメント(Technology Arrestment)と称され、同様の危惧が表明されることもあったようである。

しかし、本来のテクノロジー・アセスメントはより幅の広いものである。対象とされる社会影響はリスクだけではなく、多様な便益が含まれる。そして、そのような便益の評価は、地域的条件によっても異なりうる(例えば、日本におけるエネルギー技術の評価においては、エネルギーの海外依存状況や周辺諸国の状況も考慮されるべきである)。また、リスクの中にも多様なものが存在しうる。安全リスクだけではなく、安全保障上のリスク(技術が軍事転用される可能性等)も存在し、広義の安全リスクの中にも人間の健康影響に対するリスクだけではなく、生態系等に対する環境リスクも存在する。

そのような点を考えると、テクノロジー・アセスメントは、「技術評価」と訳するのではなく、「技術社会影響評価」と表現した方が良いように思われる。そして、このようなテクノロジー・アセスメントを社会的にどのように制度化するかについては、様々なオプションがあり得る。米国においては、1972年から1995年にかけて議会において超党派で運営される仕組みとして議会技術評価局(OTA)が組織され、欧州においては、1980年代後半以降、小規模な議会支援組織や社会的議論喚起をも目的とする組織など目的や活動内容も様々な組織化が試みられてきた。筆者は、2008年10月末に、実務家による欧州議会テクノロジー・アセスメント・ネットワークの年次会合に参加する機会を得たが、その場でも、議会が中心となって自ら社会的論議を組織する(organize)という議会中心のフランスからの参加者とアセスメント機関が政治家を含めた社会的論議を刺激(stimulate)するというオランダからの参加者が激しくやり合っていた。

従って、日本には日本の文脈に即した組織化及び活動の方法があると思われるが、技術に対する社会的関与を個別的な法的規制や医療技術に見られるような財政的な観点からの関与(診療報酬制度の運用)に限ることなく、テクノロジー・アセスメントの機能を社会的に組織化する必要があるのではないか。その際、民間企業の自主的な品質アセスメント等の経験を生かした組織化の方法もあり得るであろう。また、さらに、テクノロジー・アセスメントに際しては、個々の技術に注目するだけではなく、技術の噛み合わせ、すなわち、技術システム間の相互関係にも配慮した評価枠組みが必要であり、その点でイノベーションシステムの議論とも連携しうると考えている。