ライセンス契約の研究
クアルコム社韓国独占禁止法事件紹介

東京大学政策ビジョン研究センター 客員研究員
二又 俊文

2013/11/21

EPA=時事

Steve Mollenkopf, Qualcomm chief operating officer speaks at the launch of the new LG G2 phone in New York, USA, 07 August 2013.

ICT業界の活況と好調なクアルコム

スマートフォンを牽引車にICT業界の活況は続き、アップルとサムスンの2強の戦いは一段と激しさを増している。しかし、このICT業界での業績が、2社以上に絶好調といわれているクアルコムのことをご存知だろうか。

クアルコムはアップル、サムスンとは異なり、携帯端末を手がけていないため一般にはそれほど知られておらず地味だが、両社の製品にもクアルコムのICチップや、技術ライセンスが組込まれ、クアルコムの影響力はますます強まっている。

カリフォルニア・サンディエゴに、クアルコムが設立されたのは1985年のことだった。当時CDMA通信技術は軍事通信ではよく知られていたが、実用化は疑問視されていた。それを実現したのがクアルコムである。CDMA通信技術を2000年ごろに市場として立ち上げることができたのは、クアルコム社の努力と同時に、多くの関連企業移動体通信企業が各地で協業したことで成果をあげたと言える。

クアルコムは一貫してCDMA通信技術は自らの発明との主張を続けたため、同業各社との係争は尽きなかった。大きなものだけでも、Ericssonとの訴訟(1996年〜99年)の、ICT6社1からEC独禁法違反で訴えられた2005年提訴、Broadcomの逆転勝訴(900億円をクアルコムが支払う)で終わった2009年訴訟などが枚挙に暇がない。

早い段階でネットワーク事業と端末事業を売却し、現在のようなICチップ販売と、ライセンス事業に特化したビジネスモデルが生まれた。現在ICチップでは、MPU(超小型演算処理装置)シェアとしてはインテルに次ぐ世界2位2である。スマートフォンの急成長で、売上はこの4年で倍増しており、2兆円規模となっている。3

クアルコムと韓国

CDMA通信技術の立上げに協力したのは韓国企業だった。GSM方式を欧州勢が握り、日本はPDC方式で独自路線をとるなか、韓国はいち早く第2世代CDMA1x方式に賭け、1996年に商用化に成功した。クアルコムにとって貴重な先行導入国であり、韓国での立上げなくしてCDMA通信技術は離陸しなかったといえる。クアルコムは韓国との関係を重視し、ETRI(韓国電子通信研究院)との共同研究を通じてのロイヤリティの20%還元など優遇策はとってきた。それにもかかわらずクアルコムと韓国との関係は常にぎこちないものだった。やはり5%の高額ロイヤリティ、技術指導料など韓国での不満は大きかった。これが次に述べるクアルコム独禁法事件のプロローグとなる。

クアルコムのライセンス契約

クアルコムの成功の影には、ビジネスモデルをささえる強力なライセンスプログラムがある。クアルコムのライセンス契約は世界中の100社以上と締結されているが、契約自体、守秘条項で公開されることは少ない。しかし、今回韓国の公正取引委員会の決定で、クアルコムのビジネス上の優位性を守る秘密の幾つかが明らかになった。

なお、本訴訟は現在最高裁に上告されており、2013年6月高等法院判決文も未公開である。しかし、その基礎となった韓国公正取引委員会(KFTC)の2009年決定正文が今般公開されており、拙論はこれに基づく。

クアルコム独禁法事件のあらまし

被審人はクアルコムとクアルコムの韓国法人2社(韓国クアルコム㈱、クアルコムCDMAテクノロジーコリア)である。2009年12月30日3社に2732億W(218百万ドル)の課徴金が決定した。決定によれば、クアルコムと韓国の携帯端末メーカー4(サムスン、LG、パンテック社など)のCDMA技術およびWCDMA技術に関するライセンス契約におけるロイヤリティ、リベートでの差別的条件が優越的地位の濫用・不公正な取引行為にあたり、かつ特許権失効後のロイヤリティの維持も不公正な取引行為にあたるとした。これに対してクアルコムは処分の取消を高等法院に提訴し、52013年6月19日判決がなされた。判決では、2009年KFTC決定を課徴金も含め、大部分において維持された6。クアルコムは判決を不服とし、2013年7月4日は最高裁判法院に上告した7

クアルコムのライセンス契約の3つの特徴

  1. クアルコムのモデムチップと、端末本体に別々のロイヤリティを課す。
    一つのCDMA技術で、上流製品と下流製品とでロイヤリティを課することができるか疑問が残るが、クアルコム契約では、「チップメーカーは販売数量に応じてxx%からxx%のロイヤリティ8と、端末機器メーカーもクアルコムにロイヤリティをxx%支払う」とある。9
  2. 端末ロイヤリティは二本立て徴収(2-part tariff)
    立ち上がり期に販売数量が少ない時、ランニングロイヤリティだけにすると、ライセンス収入は極めて少ない。これを防止するため、端末メーカーの場合、契約時の一時金とランニングロイヤリティの双方を支払わせる。
  3. グラントバックと「1人パテントプール」
    クアルコムはライセンス供与にあたり、端末メーカーの移動通信関連の特許技術の使用権、及び関連するライセンスする権利を確保している。したがって、クアルコムはすべてのライセンシーの保有する関連技術へのアクセス権を確保している。一方ライセンシーもこの条項により、他のライセンシーの関連特許技術使用権を得ることができる。あたかも1人が主体となりパテントプールを作った「1人パテントプール」状態となる。ロイヤリティを得つつ、ライセンシーに於ける研究成果とみずからの研究成果とを融合発展させてゆく老獪なグラントバック戦略をみることができる。

KFTC決定からわかったクアルコムのチップ戦略の新事実

クアルコムにとり、モデムチップの販売は主要売上を構成する。そのため、クアルコムはチップ競合企業の参入に対して極めて神経を尖らせている。

KFTC決定であきらかなように、クアルコムは端末メーカーに自社のモデムチップ、RFチップを使わせるため、インセンティブを導入し、競合他社のモデムチップ(たとえばTI、サムスン電子、EoNex、VIA)の参入を阻んだ。サムスン、LG、パンテックなどの携帯各社がクアルコム以外のモデムチップ、RFチップを購入した場合、①ロイヤリティの算出基礎となる販売価格から、当該チップ価格の控除を認めない10。②クアルコムのチップを使った場合に比べ、より高いロイヤリティを課す。③クアルコムのチップを使った場合に比べ、より高い上限金額(CAP)を使わせ、結果的に高いロイヤリティになるようにするようにする。さらにクアルコムのCDMA2000モデムチップでは購入数量に応じたリベートが支払われる。複雑な条件付きリベート体系で、各四半期が終了するまでリベート額は不明で、不確実な依存強要としてKFTCは違法と断じている。また、特許権満了後のロイヤリティの支払い義務についても不公正な取引行為と認定している。

さいごに

2つの事業の柱(チップとライセンス)を守り、発展させ続けることは容易でない、そのためのクアルコムの仕組みは興味深い。まずは、安定したロイヤリティを確保し続けるため、通信方式が進化しても、自社特許で抑え、継続してライセンス収入を確保する。

一方チップ部門は、市場において厳しい競争にさらされている。たとえば2004年・2005年当時、競合チップベンダーが多数参入して収益をあげにくい状況になったとき、クアルコムはチップのインセンティブを導入し、早い段階で参入企業をけん制している。またそのプログラムは複雑で、容易に代替サプライアーの参入ができないようにする。又、自社の基幹チップを提供し続けることで、納入先メーカーから情報をとり、みずからのチップを進化させ続けることができるビジネスモデルを実現した。自社基幹チップの納入が少しでも減少すると、いち早く対策をとっている。

そこに見るのは、チップの単なる売買契約、テクノロジーの単なるライセンス契約のレベルを遥かに越えた、狙いをしっかりとはずさないクアルコム知財モデルの存在である。独禁法違反事件とは別に、緻密で迅速な知財戦略は、長期に渡り事業の安定と、発展をささえることになるという教訓を我々はこの事案から読み取れるのではないか。

  1. TI, Broadcom, Nokia, Ericsson, NEC, Panasonic Mobileの6社
  2. IHS iSappli report , MPU ranking 2012. Intel $36,892M, Qualcomm $5,322M, Samsung $4,664M
  3. SEC filed, Qualcomm Annual Report 2013. ICチップ売上167億ドル、ロイヤリティ収入79億ドル、合計249億ドル。
    http://www.sec.gov/Archives/edgar/data/804328/000123445213000483/qcom10-k2013.htm
  4. KFTC決定では社名はA,B,Cなど伏せ字になっているが、決定全文を読み、筆者が当該会社を推測した
  5. 韓国公正取引委員会決定第2009-281号(米国送達2010年1月4日)
  6. 判決主文によれば、2009年KFTC決定と異なるのは、①韓国法人への課徴金はなし、クアルコム本社に対する課徴金は有り、②独占禁止法違反を認定したクアルコムチップの価格控除について、CDMAチップの場合のみ事実認定し、WCDMAチップでは認定しなかった。
  7. Qualcomm Inc. FORM 10-Q filed on 2013 July 24
  8. KFTC決定で伏せ字のためそのまま記載
  9. 通例クアルコムの端末ロイヤリティは本体販売価格の5%であることから、ここも5%ではないかと推測される。
  10. クアルコムのロイヤリティは定額ではなく、定率であるため、結果的にクアルコムのチップを使った方が安いロイヤリティとなる