IPCC報告書の示唆するもの
100%以上のCO2削減を実現する技術の役割
2014/4/23
AFP=時事
今月13日に、国連の地球温暖化に関する科学機関が報告書をまとめた。報告書の結論は、地球温暖化による気温上昇を(理念的な)国際目標の2℃に抑えるためには、2010年に比べて2050年までに温室効果ガスの排出量を40〜70%削減しなければならないというものだ。
気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change, IPCC)は1990年から5〜6年ごとに温暖化の科学・影響・対策の研究を整理した報告書を3部に分けて公表している。今回は第5次報告書にあたり、昨年9月、今年3月に続くもので、温暖化対策に関するものである。
メディアの見出しに出た40〜70%削減という数字は、政策決定者向け要約の表に載った数字である。温暖化対策をしなければ2050年の温室効果ガス排出量は現状の2倍まで伸びる可能性もあることを踏まえると、いかに大幅な削減が必要か分かっていただけるだろう。しかし、半減程度である。温暖化対策に熱心な欧州連合(EU)は2030年の排出削減目標として40%を掲げているし、経済的負担はさておき、まだ現実味のある数字だ。
それでは削減率が100%を超えるとしたらどうだろうか。100%削減するとちょうど排出量がゼロになるので、100%以上の削減は排出量がマイナスになるということである。人類が大気に出す分を減らすのではなく、大気から回収しなければならなくなる。
実は40〜70%削減を謳う同じ表に2100年の削減率も掲載されている。その削減率は80%〜120%である。幅はあるものの、100%を超える数字が出ているのだ。
一番重要な温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)について話を絞ると、CO2を大気から回収するのは、少量であれば技術的には難しくない。一番簡単なのは植林である。木は光合成でCO2と水から有機物を作る。もともと森林がないところや、草地などを森林に転換すれば、その土地に蓄えられる有機物、すなわち炭素の量は増えることになる。つまり、植林は大気からCO2を吸収する。
人工的にもCO2を回収する方法はある。国際宇宙ステーションなど人間が長期に渡って滞在する閉鎖空間では、人間が呼吸で出すCO2を回収しないと、どんどんCO2が溜まっていく。そこで化学工学を用いたCO2回収装置が動いて空気を綺麗にしている。
さらに植物の光合成と人工プロセスを組み合わせた技術もある。木材などのバイオマスを使って発電した場合、理論的にはCO2排出量はゼロになる。木材はそもそも大気から取った炭素でできていて、燃焼でこれが大気に戻っても正味でゼロになる。さらに、煙突から出る排気ガスのCO2を回収し地中深くに貯留すれば、排出をマイナスにできる。これがCCS(Carbon Capture and Storage)付きバイオマス発電(Bioenergy with CCS, BECCS)である。
こうした大気からCO2を回収する技術を総称して二酸化炭素除去(Carbon Dioxide Removal, CDR)という。CDRの中でも、BECCSは温暖化対策を評価する各国の研究機関のシミュレーションでよく取り扱われている。BECCSによる大気からのCO2回収、これがIPCCの報告書で2100年の削減率が100%を超えることのカラクリである。
2007年にノーベル平和賞を受賞したIPCCは各国の研究成果を厳密なプロセスに基づいて取りまとめ、報告書にしている。その要約に100%以上の削減が出てきたということは、非常に多くの研究によってCDRの重要性が指摘されているということである。
しかし、CDRは大規模に拡大すると様々な困難にぶつかる。大量の土地を使ってバイオマス資源を発電のために使えば、食料生産に使える土地は減少する。そのため穀物価格が高騰する可能性がある。実際、2007年にメキシコでトルティーヤの価格が上がってデモが起きたが、このときの価格高騰の一因は、アメリカでトウモロコシからのバイオ燃料生産を促進する政策にあるとされる。
BECCSのような大気からCO2を取る技術がIPCCで大々的に扱われたことをどのように受け止めればいいだろうか?おそらく、BECCSのような特定の技術が必要不可欠であると解釈すべきではないだろう。研究には流行が少なからず存在し、CDRの中でもBECCSが脚光を浴びているのは、流行りの側面も否定できない。結局のところ、CO2の世界全体の排出量をゼロにするかマイナスにする、そのようなエネルギー技術が要求されているのだろう。言い換えれば、温暖化対策のためには21世紀中にエネルギー技術に抜本的な変革、イノベーションが起きる必要性があると解釈すべきではないだろうか。
確かに、長期の技術変化には、時に魔法のようなことが起きる。例えば化学物質を混ぜた高圧の水で岩石に亀裂を生じさせる水圧破砕といった新しい技術を用いて今までは採掘できなかった非在来型のガスを取れるようにしたアメリカのシェール・ガス革命は、革命という名がふさわしい出来事だ。エネルギー価格の低下からの製造業の再興、エネルギー安全保障の向上、米国のCO2排出量の低下といった様々な便益が、この技術によってもたらされている。
ただ、残念なことに技術の発展は本質的に不確実ということだ。シェール・ガス革命は、多くの人が予見し得なかったために革命と呼ばれるわけであり、イノベーションは希望通りには起きることは少ない。現在、米国を中心に革新的なエネルギー技術の開発は進んでいるが、温暖化対策として成功するかは未知数である。
地球温暖化対策の観点からはエネルギー技術イノベーションは必須である。しかし、イノベーションは不確実性が大きく、保証はできない。不確実なものに確実性が要求される、ここに地球温暖化対策の大きな課題がある。
今年の秋にはIPCCの統合評価報告書が公表される予定であり、国連でも9月にニューヨークで気候変動サミットを計画している。また2020年以降の温暖化対策を決める重要な国際会議が来年2015年パリで開かれることもあり、今年来年と地球温暖化は政策的課題として大きく扱われるだろう。折に触れて、地球温暖化と技術の役割について書いていきたい。