2015年のリスク:「起こったこと」と「起こらなかったこと」
2016/1/13
Photo by Peter Dutton - Manhole (2006) / Adapted
毎日様々なニュースが流れる中で、私たちの安全を脅かす事件や事故も数多い。しかし、私たちはその出来事が起こった直後には強くその再発を恐れるものの、比較的すぐに忘れてしまう。2015年は、前年から引き継いだ形で、食品への異物混入問題で幕を開けたことを覚えているだろうか。しかし、異物混入問題は、春以降はあまり騒がれなくなった。6月末には東海道新幹線の車内で焼身自殺があり、本人に加え、巻き添えで1人が亡くなった。お盆の帰省で新幹線を利用した際に事件を思い出した人も、年末の帰省で新幹線に乗る際には完全に忘れ去っていただろう。
2015年の1月には、もう1つ大きな事件が発生している。1月9日にパリで出版社、シャルリー・エブドが襲撃された。1月下旬にはイスラム国による日本人殺害予告があり、その後殺害が実行された。これらの出来事に加え、11月に再びパリでさらに大規模な無差別テロ事件が発生し、2015年という1年はテロの年として私たちに記憶されることになった。象徴的な意味を持つに至ったパリでのテロに比べて、3月に起きたチュニジアの博物館でのテロや、8月にバンコク市街地で起きたテロを記憶している人は少ないかもしれない。前者では3名の日本人が命を落としている。
2015年は、自然災害も記憶に残った年だった。国内では7つの火山が噴火した。小規模なものも含むため、特に多い数字ではない。5月初めに箱根で火山性の群発地震が増加し、大涌谷周辺への立ち入りが禁止された。6月末にはごくごく小規模な噴火が起こった。5月末には口永良部島で噴火があり、全島民が避難した。6月には浅間山でごく小規模な噴火があった。8月には桜島が「今までにない状況」だとして噴火警戒レベルが引き上げられた。水害も起こった。9月には台風17号に伴った大雨が栃木と茨城を襲い、鬼怒川の堤防が決壊し、広範囲にわたる洪水が発生した。
そのほかに、3月末にはスペインを出発した航空機が墜落し、日本人2名が亡くなった。副操縦士による意図的な墜落だったと言われている。4月にはネパールで大地震が発生し8000人を超える人が亡くなり、中国・天津では8月、倉庫での大爆発事故が発生した。国内では、5月には川崎の簡易宿泊所での火災で10名が亡くなった。7月には伊豆で、私的に設置されていた電気柵で感電し2人が死亡する事故が起きた。7月末には小型飛行機が調布市の住宅街に墜落し、パイロットに加え、住民が巻き添えで亡くなった。
「起こらなかったこと」にもスポットライトを
これらはもちろん「起こったこと」のごく一部に過ぎないが、想像もつかなかったようなものも含めて多種多様な事件・事故が発生している。「起こったこと」は注目を集め、何らかの対応策がとられ、年末にはしばしばマスメディアで振り返られる。しかしもっと大事だけど忘れられがちなことは、「起こらなかったこと」もまたそれ以上にたくさんあったことだ。きちんと対策がとられたから起こらなかったこともあれば、たまたま起こらなかったこともある。しかし何が起こらなかったかを記述するのは難しい。厳密には、「起こったこと」以外のすべてが「起こらなかったこと」であるが、それは何も言っていないに等しい。ここでは少しだけ書き留めてみよう。
4月にはJR東日本の山手線の神田・秋葉原駅間で架線支柱が倒壊しているのが見つかった。付近の電車を一斉に止める措置がとられたために脱線や衝突は1件も発生しなかった。箱根山や桜島では恐れられた大きな噴火は起こらず、11月には噴火警戒レベルが引き下げられた。5月20日に韓国で最初の感染が確認されたMERS(中東呼吸器症候群)は6月に入り感染が拡大し、韓国で死者が10人を超えたにもかかわらず、日本国内では感染は起こらなかった。2014年夏に約70年ぶりに東京を中心に国内感染が確認されたデング熱は、2015年にさらなる流行も恐れられていたものの実際は1例も見つからなかった。
「起こったこと」に対応するだけでは、同じ種類のリスクは減らせても、次に起こる別の事故や事件を防ぐことはできない。しかも、事前対策がうまくいって「起こらなかったこと」は誰にも気づかれないのである。すなわち、蓋が空いていたマンホールに落ちた人を救った人はヒーローになれるが、人が落ちる前にそっと蓋を閉めた人はその行為を気づかれさえしないのである。社会としては誰かが落ちる前に蓋をする方が望ましいのに。この非対称性が世の中の対応を「起こったこと」に偏らせているのである。「起こらなかったこと」に対して、「起こったこと」以上にスポットライトを当てられるような方法はないだろうか。1つの実行可能な方法は、あらかじめ今年起きるかもしれないことのリストを作っておき、年末にそれらが実際に起きたかどうかの事後チェックを行うことだろう。発生する確率と起きた際の影響の大きさをそれぞれ五段階くらいであらかじめ予想しておくとなおさら便利である。これは、国レベルで実施すると「ナショナルリスクアセスメント」となるし、企業レベルでも、個人レベルでも、ファミリーレベルでも実践可能な方法である。