パリ協定の後の世界:エネルギー・イノベーションとシリコン・バレー
2016/1/22
COP21開会会合 Photo by ConexiónCOP Agencia de noticias - 4-COP21_Plenaria apertura COP21 (2015)
COP21でパリ協定採択、実現性は
WIREDという雑誌はご存じだろうか。情報技術(IT)やガジェットなど、主にテクノロジーの動向を扱う雑誌である。昨年11月の記事になるが、Microsoft創業者のビル・ゲイツ氏とFacebook創業者のマーク・ザッカバーグ氏が並んだ写真が出ていた1。記事は新たなIT技術に関する対話だろうか?いや、違う。地球温暖化、特にエネルギーに関するものだ。しかもこの記事、国連気候変動パリ会議(気候変動枠組条約第21回締約国会議、COP21)にあわせて発行されていたのである。
パリ会議は歴史的なパリ協定を採択して閉幕した。先進国のみが排出削減義務を負った京都議定書と異なり、新興国・途上国を含めて全ての国が参加する。各国は5年ごとに温室効果ガス排出削減目標について報告する義務を負う。また長期的な目標としては、気温上昇を2度を十分に下回る温度で抑え1.5度を目指すことや、21世紀後半には温室効果ガスの排出量を正味でゼロにすることが盛り込まれた2。
パリ協定は、もちろん問題がないわけではない。気温上昇を2度または1.5度に抑えるという野心的な目標に対比して、達成手段は各国の政策を束ねたものに委ねられており、目標が達成されるかは保証がない。こうしたことを踏まえると、交渉官が会場を後にしたときの高揚感は現実離れしているかもしれない。しかし、温暖化対策の中心が徐々に政策から市場や技術に移る中、雰囲気というものは大事なものである。投資家や技術者は世の中の流れを感じて、技術や市場の将来の期待の下で動くからだ。
IT業界の巨人たち、タッグを組んでクリーン・エネルギーの開発促進へ
左:ビル・ゲイツ氏 (via Wikimedia Commons)
右:マーク・ザッカバーグ氏 (via Wikimedia Commons)
冒頭の2人のIT業界の巨人に話を戻そう。COP21が封切られた11月30日に、ビル・ゲイツ氏が、温暖化対策のためのイノベーションの取り組み2つを公表した。一つは米国、中国、欧州各国や日本など20の主要国の政策で、これから5年でクリーン・エネルギーへの公的研究開発投資を倍増する取り組みであり、Mission Innovationと名付けられている3。もう一つは民間研究開発投資に関するもので、Breakthrough Energy Coalitionと呼ばれる。ビル・ゲイツ氏とマーク・ザッカバーグ氏はBreakthrough Energy Coalitionの中心である。世界的に有名な起業家やベンチャー・キャピタリストが名を連ねており、長期的で革新的なクリーン・エネルギーへの投資を強化することを謳っている。この二人以外にも米国インターネット販売大手Amazonのジェフ・ベゾス氏、中国インターネット販売大手Alibabaのジャック・マー氏、日本のソフトバンクの孫正義氏などが加わっている4。インターネットなどで社会を変える技術を創り出してきた投資家がこぞって参加し、エネルギーのイノベーションを加速しようとしている。
Mission Innovation 発足式 Photo by Gobierno de Chile - Ceremonia de lanzamiento de la Iniciativa "Mission Innovation" (2015) / Adapted
なぜエネルギーのイノベーションが必要か。エネルギー起源の二酸化炭素(CO2)排出は気候変動の主要な原因であり、エネルギー部門の対策は気候変動対策の根幹である。イノベーションというとGoogleの無人自動車やAppleのスマートフォンのようなものを想像するかもしれないが、その裏には情報通信技術の圧倒的なコスト低減がある。エネルギー分野でのイノベーションも同様に低炭素・無炭素エネルギー源のコストを低減し、地球温暖化対策を加速する。(蓄電池付き)太陽光発電が電力会社から買う電気より安価になり、電気自動車がガソリン自動車より安くなり、しかも便利になれば、誰もがCO2を出さない環境に優しいエネルギー技術を使うようになる。イノベーションが起これば、こうした状態は不可能ではない。したがってビル・ゲイツ氏が公表した2つの取り組みは、非常に望ましいものである。
世界最大の産業であるエネルギーは、ITと違いイノベーションが起こるスピードはゆっくりである。しかし、米国での非在来型のシェール・ガス/オイルの台頭にあるように、この分野でもイノベーションは着実に起き、ときに凄まじい影響をもたらす。減少の一途をたどった米国内の石油生産量が上向き5、米国が世界最大の原油生産国に戻り6、将来的に輸入国から輸出国に転じる可能性がでてきた7のは、シェール・オイルなどのイノベーションのおかげである。
クリーンテック・ベンチャーを活性化せよ
さて、日本のエネルギーのイノベーションはどうであろうか。製造業のエネルギー効率は世界トップクラスであり、ハイブリッド自動車や太陽光発電、燃料電池車や蓄電池など、エネルギーには日本が強い分野が多いのは事実である。こうしたイノベーションは日本では大企業に支えられ、着実に進んでいる。
一方、目をベンチャーに移せば、日本も安泰していられないことはわかる。日本ではエネルギー環境分野のベンチャー投資が十分でなく、国際的な認知度は非常に低い。クリーンテック(エネルギー・環境分野)に関する議論は非常に限定的であり、ここ数年毎年公表されているグローバルな有望ベンチャー100社をまとめたリストにおいては、2014年まで日本の会社が選ばれたことは一度もない8。中国やインドの会社が選ばれているのにもかかわらずである。
また投資があったとしても十分ではない。 昨年の10月の朝日地球環境フォーラムでも議論したのだが9、日本の投資は米国などに比べると少ないのだ。日本自体の過去と比較すればベンチャー投資は改善はしているが、国際的に米国や欧州と比較したとき、その投資額は非常に少ない。
まとめれば、日本のエネルギー・環境ベンチャーは量も少なく、海外ネットワークのつながりが弱いのだ(ガラパゴス化しているともいえるだろう)。
冒頭のパリ協定の議論に戻れば、多くのメディアがパリ協定を歴史的な転換としてフレームしている。ここでパリ協定が本当に歴史の転換点になり、今後エネルギー産業は大きな変化が起きると仮定してみる。テクノロジー・ベンチャーは過去のしがらみから自由であり、新たなビジネス・モデルを提案し、ときに業界構造を根本から変革する。IT産業はその潮流の中核であり、新聞などのメディア、音楽、流通(eコマース)などのほかの分野でも変革を起こしてきた。これがエネルギーにも起きると想像される。したがって、当然、ベンチャーから巨大企業に化ける会社も現れるだろう。今後数十年の間に世界最大のエネルギー企業の構成は大きく変わり、テスラ・モーターズのような電気自動車/バッテリー会社がその頂点に来るかもしれない。
そのとき、日本からそうした企業が生まれているだろうか。敵はシリコンバレーであり、ビルゲイツ氏でありジャック・マー氏である。日本だとテスラ・モーターズと創業者のイーロン・マスク氏の名前はよく知られるようになったが、これは氷山の一角である。テスラの次を狙うベンチャーはいくつもある。イノベーションの供給元も市場もグローバル化が進む中、国境を越えた熾烈な競争をくぐり抜け、世界の頂点に達する会社はどれほどいるだろうか。
日本における長期的な地球温暖化対策で最も大事なことは、クリーンテック・ベンチャーの活性化である、私はそう思う。
脚注
(全てのリンクの閲覧日は2016年1月19日)
- Tech Billionaires Team Up to Take On Climate Change (WIRED)
- Adoption of the Paris Agreement (United Nations Framework Convention on Climate Change)
国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21),京都議定書第11回締約国会合(CMP11)等(外務省) - Joint Launch Statement (Mission Innovation)
- Breakthrough Energy Coalition
- U.S. Firld Production of Crude Oil (U.S. Energy Information Administration)
- Total Prtroleum and Other Liquids Production 2014 (U.S. Energy Information Administration)
- Annual Energy Outlook 2015 with projections to 2040 (U.S. Energy Information Administration)
- エネルギー業界におけるベンチャーの役割 ―クリーンテックの台頭― (杉山昌広、環境経済・政策研究 Vol. 7 (2014) No. 2 p. 77-81)
- 朝日地球環境フォーラム2015(朝日新聞デジタル)
わが家は賢い発電所 朝日地球環境フォーラム2015(朝日新聞デジタル)