グローバル化時代に求められる水平分業モデルの政策発想
09/07/01
ビジネススクール就職事情
米国では卒業のシーズンが終り、企業や官庁からビジネススクールに留学していた卒業生が戻ってくるシーズンです。最近の経済状況では、ほとんどが派遣元に戻っているに違いありません。そのなかの一人から、昨年来、ビジネススクールの就職事情が届きます。結局「この不況の影響を受けて同級生のアメリカ人が、韓国サムスンに3人就職することになり、インドのインフォシスにもインド人以外がどんどん就職し、シンガポール・上海・香港にも多数移る」ことになったのだそうです。
そういえば、「就職は相当厳しいものになりそうです。例えばモルガンスタンレーは、青田買いでMBAの奨学金を出した学生にすら内定を出さず、・・・・」「あの投資銀行の高給は魅力で、金融以外で条件のそろう職場はなさそうで・・」(昨年9月)という状況は、秋深まるにつれ一層悪化していきます。「投資銀行の就職先はなくなり、コンサルタントでも企業の戦略部門でも製造業でもいいので内定がほしいというあせり」が見られるようになります。「幅広い業界に人材が流れるのは悪いことではない」と客観視できるのは派遣留学生だからでしょうか。そして学長は「君たちの知識は世界で求められている、心配することはない」「米国だけでなく中国やインドなどへの就職活動を強化すべく担当部門を新設する」と学生に手紙を送ります。
かくして、韓国やインド、中国に米国の若者が居を移すこととなったのです。経済危機の中で、技術者や研究者が、中国やインドなどに帰国し、これらの国の技術力の強化につながるのではとの指摘があります。そして、マネジメントを担う人材にもグローバルな移動がみられるようですが、新卒のMBAも同様に世界各国に展開しつつあるようです。
世界経済に占める割合は先進諸国に比べればまだまだ大きくはないものの、中国、インドやアセアン諸国の相対的に高いその成長率が、世界経済の構造を変えつつありますが、人材面での構造変化も、同時に、進んでいるということかもしれません。
また、ファイナンシャルタイムス紙のビジネススクール世界ランキング100校1の中には、すでに米欧と連携した中国、インドやシンガポール等のビジネススクールが入っていますが、米欧の教育システム・カリキュラムの海外展開も進むことになりそうです。
ところで、そのビジネススクールの就職先として「日本企業は日本人以外ゼロ」だそうで、「理由は日本語の問題かと思いきや『日本人しか出世できないから』」と若い友人は伝えてきているのです。
外国人社長
「日本人しか出世できない」その日本企業にも出世する外国人がいます。出世といえば社長ですが、日産のゴーン社長や、最近社長を兼ねることなったソニーのストリンガー会長が有名です。そして日本板硝子のチェンバース社長です。日本板硝子は、2006年に英国のピルキントン社を買収し、その後2008年に、子会社となったその被買収会社の社長であったチェンバース氏を社長に就任させたのです。
社長でなくとも取締役や執行役には、金融、商社や自動車をはじめ多くの企業で、外国人が選任されるケースが増えています。イオンでは米国のコンサルティング会社社長を事業戦略、ITや海外戦略を担当する執行役に起用したと伝えられています。また、電機メーカーや製薬会社でも、海外部門の責任者に、あるいは、研究部門の責任者に、外国人を登用している企業があります。グローバル戦略の構築には外国人が必要なのかもしれません。また、日本企業で社内体制の再編や選択と集中に取り組もうとすると、何かと社内での調整が必要となります、「内なるゴーンさん」であればそこは大胆な選択と集中に取り組みやすいということもあるのかもしれません。経済のグローバル化の中で、生き残りをかける日本企業の苦悩が、外国人を出世させつつあります。
経済のグローバル化とグローバル企業
発展途上国経済、とりわけ、中国、インド、ブラジルなどの諸国の台頭、生産力のグローバルな拡大と技術の急速な普及を背景に、経済活動のグローバルな統合が進んでいます。そして、グローバルな経済の統合は、企業活動の変化とともに進んでいます。IBMのパルミサーノ会長は、この新たに生まれつつある企業は「多国籍」企業ではなく「グローバル」企業と位置づけるべきだ2と述べています。「いまや企業は、自らのことを調達、生産、研究、販売、流通など特定部門が並列するネットワーク」とみなしていると指摘しています。また、企業にとっては、このグローバルな並列するネットワークを束ね、いかにビジネスプロセスを統合するか、いかに組織やシステムを管理して、知識を移転できるかが重要だとも指摘しています。世界の市場の参加者は、最も適切な知識と技術を手に入れ、適切な場所で生産するというグローバルなサプライチェーン形成を競っているのです。まことに日本人にとっては厄介な変化が起こりつつあるということです。
ならば我慢して国内市場で生きるかという選択肢ですが、これがまた容易ではない。今後の世界の中産階級層の拡大は、専ら、新興国において進みます。この新興国で拡大する中産階級層は、世界の需要拡大の担い手であると同時に、大学や大学院教育を受け技術やビジネスの担い手となる人材の供給源でもあります。市場としても、生産の地としても技術や知識の供給源としても、国内だけに留まっていることはできません。
日本の経済の構造的な再編成ー輸出依存からの脱却と内需型経済への移行 — が必要だという議論があります。そのとおりだと思います。医療、介護福祉サービスの充実や、これらのサービスを支える施設の充実も求められています。
しかし、日本企業であれどこの国の企業であれ、資金を調達する際には同じ「資本コスト」を支払うことが必要です。「以前なら、競争といえば国内企業とのシェアーあらそいのことであったが、今や、海外企業との間で収益性、効率性など多角的に経営の質を比較される」3時代なのです。
そもそも、少子高齢化などの構造的な要因から、内需の伸びに比べて、海外市場の伸びが大きいという状況にあり、高い収益率を見込むことのできる内需の具体的な展望が開けず、研究開発や技術開発の成果、イノベーションの成果をグローバルに展開することで稼ぐ道を考えざるを得ないのです。日本にベースを置きつつも、日本を含む世界を見渡して、グローバルに投資し、グローバルに収益を拡大する企業を目指すのです。自動車や電子産業のような輸出産業だけでなく、製造業はもとより流通業やサービス業も海外展開・グローバル展開に必死です。スーパーも外食産業も学習塾もタクシー会社も同様です。程度の違いはあっても、どのような業種でもいまやグローバル展開が課題なのです。
グローバル化時代の競争力
経済活動のグローバルな統合は同時にグローバルなネットワーク化でもあります。このようなグローバルなネットワーク化はアメリカの優位をもたらすのだという議論があります。 プリンストン大学のアン=マリー・スローターという先生が『21世紀の国家パワーはいかにネットワークを形成するかで決まるー新時代におけるアメリカの優位の源泉』4という論文で次のように指摘しています。
「我々はネットワーク化された世界で暮らしている、そして、21世紀のネットワークは国家の上にも下にも存在し、また国家間にも存在する。経済活動も、市場と生産体制がグローバル化し、いかなる国のメーカーも、複数の国や社会で富を創出しようとする。このようなネットワーク化された環境の下では、いかに他とつながっているかで、そのパワーが左右される。」さらにそうなると、「アメリカはもっとも広範で奥深いネットワークをもつ国になるポテンシャルを持っている」のだと指摘しています。また、「米国の“イノベーションと企業家精神”はその優位の源泉となる資産である」とも述べています。ビジネススクールの卒業生の就職先のグローバル展開や、米国の教育システムの輸出はその優位の源泉の一つなのです。
オープンイノベーションと国際競争
研究・開発の分野では、企業内の知識に頼るクローズドイノベーションから、社外の知識を積極的に活用するオープンイノベーションへと変化しつつあるといわれています。研究開発分野におけるこの動きも、実は、経済活動一般のグローバルな統合とネットワーク化の一局面と見ることができます。この垂直統合モデルから水平分業モデルへの変化は、イノベーションに特有のものではありません。そして、研究開発の分野においても、グローバルなネットワークを活用できるかどうかが重要なのです。
RAND研究所は「米国の科学技術の競争力」(2008年)5という報告書の中でこのことを指摘し、「科学技術分野でのイノベーションは米国の経済成長のエンジンであり、これを支える人材が重要。外国人の研究者や技術者の流入が、研究開発のコストを抑え、グローバルなべスト・アンド・ブライテストを確保することを可能としてきた。」と、外国人の流入を積極的に評価しています。そして、海外人材が米国の大学や大学院に集まることについて、「初等中等教育のコストを他国が負担してくれている」と考えることができるという議論を読むと、初等教育から高等教育を経て日本企業への就職を垂直統合的に見るわが国の議論との違いを感じざるを得ません。そして、さらに次のように論じます。「今後、企業がもし米国内で研究者や技術者を十分に確保できなければ、海外に出る(オフショアリング)か海外へのアウトソーシングを進めるだろう。このような視点からは、科学技術のグローバルな展開、発展途上国を含めた他国の科学技術能力の向上は米国にとって(害があるというよりは)便益をもたらす。」グローバルなネットワークを通じて、米国外での成果へのアクセスが確保され、これが活用できるのであれば、米国の競争力強化につながるからだと考えるのです。
また、同様の議論ですが、米国の国家情報会議(NIC)の「グローバルトレンド2025」という報告書6では、米国の教育制度や研究開発制度の海外展開について、「今後、途上国を含めて、教育や研究開発への需要はグローバルに拡大していくだろう。このような需要の拡大に応えられるのは、米国の教育や研究開発制度を措いてはないのではないか。そして、今後、米国企業は活動拠点を人的資源のある国に置くであろうから、米国がその大学のキャンパスを中東やアジア諸国に展開することは米国経済にとっても有益である。」と分析しています。
グローバル競争からの距離
このようなグローバルな統合、ネットワーク化は分野によってその程度が異なります。金融セクターにおいて最も進んでいるのでしょうし、そして、多くの産業分野でこの統合が進んでいます。高等教育や研究開発などの分野もグローバルな統合のもとに組み込まれつつあります。グローバル競争との距離はその属するセクターによって異なりますが、次第に多くのプレーヤーがこの競争に曝されてきています。そして、企業も垂直統合モデルからグローバルな水平分業モデルへの転換を余儀なくされ、グローバル展開に必要な人材の確保に、また、経営陣のグローバル化に苦しんでいるのです。
勿論、同じ産業界でも内需依存度が高くかつその成長が見込めるような分野では危機感は薄いでしょう。高等教育に比べて初等中等教育では距離は遠く感じられるでしょう。医学研究のグローバルな競争は厳しく、また医療サービスもグローバルな市場の統合が進んでいるのかもしれないのですが、医療や福祉の分野においてはグローバルな統合の意識は薄いかもしれません。国内で消費活動のみをおこなう人々にとっても、生産や研究開発のグローバル競争からの距離は遠いでしょう。さて、政策の立案や決定を行う人々のグローバル競争からの距離は如何でしょうか。
水平分業モデルの政策発想
グローバルな統合とネットワーク化が進むとすると、政策や制度について、次の二点が重要となります。第一に、経済社会活動の基盤をなす制度の構築やルール形成は、これまで以上に、グローバルな統合を前提としたものとならざるを得ないということです。そして第二に、国内や企業内での垂直統合を前提とした政策や制度を、グローバルな水平分業やネットワーク化を前提としたものへと変えていく必要があるのではないかということです。わが国の政策が、日本人・日本の大学・日本の企業・日本人の市場(需要)という垂直統合モデルを、暗黙のそして当然の、前提としているのではないかという懸念です。グローバルな教育・人材育成、グローバルな研究開発ネットワーク、グローバルな生産力、グローバルな資本市場、グローバルな市場 — このような並列するネットワークの中での日本の位置を考えた政策が求められています。「ビジネスマネージャーは、世界各地の研究者やデザイナー、メーカー、マーケッティング企業、流通業者とのグローバルで多様なネットワークを形成することで価値を創造し高めようとする」4社会を前提とした政策です。
ソニーのストリンガー会長が雑誌のインタビューで、将来本社を海外に移転する可能性について問われて、次のように述べています。「ソニーの世界の拠点はさらに増えていくでしょう。しかし、会社としての魂は、やはり日本にあり、日本に拠点があることに誇りを持っています。日本の市場は低迷しており、たとえ収益源でなくなったとしても、ソニーはあくまでも日本企業なのです。日本はアイデアや創造力の源泉であり続けるはずです。」(2008.6.2日号日経ビジネス) また、「日本には優秀な人材がいるので、韓国や台湾、中国のメーカーに打ち負かされないでしょう。ただ、変化への適応に努めない限り、神はきっとこれからの成功を約束しません。」(2009.2.23日経エレクトロニクス)とも述べています。グローバル化の時代の、日本的強さーアイデアや創造力の源泉 — とはなんでしょうか。いずれにしろ、そこにあるのはグローバル企業への動きであり、日本人・日本の大学と日本の市場を垂直統合的につなぐかつての日本企業の姿でないことは確かです。
日本の企業も、グローバル企業への、すなわち、垂直統合モデルからの水平分業モデルへの移行に苦しんでいるのですが、グローバル化時代の日本の政策体系を、グローバルな統合とネットワーク化を、いわば水平分業モデルを前提として、新たな視点で考える必要がありそうです。
1: http://rankings.ft.com/businessschoolrankings/global-mba-rankings
2: 「グローバルに統合された企業」サム・パルミサーノIBM CEO(フォーリンアフェアーズ日本語版2008年8月)
3: 「なぜグローバリゼーションで豊かになれないのか」(北野一著 2008.6.27)
4: 『21世紀の国家パワーはいかにネットワークを形成するかで決まるー新時代におけるアメリカの優位の源泉』
(アン=マリー・スローター プリンストン大学ウッドーウイルソンスクール公共・国際問題研究大学院長)
(フォーリンアフェアーズ日本語版2008年8月)
5: 「U.S. Competitiveness in Science and Technology」(Titus Galama, James Hosek)RAND-National Defense Research Institute(2008.8.15)、www.rand.org
6: 米国国家情報会議(NIC : National Intelligence Council)「Global Trends 2025:A Transformed World」(2008.11)www.dni.gov/nic/NIC_2025_project.html