スマートグリッドがもたらすもの

NHK解説委員
政策ビジョン研究センター客員研究員
大島春行

10/07/28

電力料金のメーターをデジタル化することによって、賢い電力送配電網を作るスマートグリッドは、日本でも、この一年足らずの間に急速に関心が高まってきた。これが単に節電をもたらすだけなら電力業界があまりありがたがらないといった程度の話にしか過ぎないのだが、これを利用して、住宅と家電製品、電気自動車などが互いにつながるようになれば、これまでの生活が一変するような新しい社会システムが誕生する可能性が見え始めたことから、その動向がにわかに注目されることになった。スマートグリッドがもたらす新しい社会システムとはどういうものなのか、そしてそれは何をもたらすのだろうか。

スマートグリッドが実現すると、住宅と家電製品をつなげることによって、これまでパソコンか携帯電話からしか接続出来なかったインターネットが、テレビをはじめとする家電製品やカーナビからもつなげることが出来るようになる。四六時中何処にいてもインターネットとつながっている生活。スマートグリッドが第二のインターネット革命をもたらすと呼ばれる所以だ。

更に温度や湿度、人間が何人いるかなどを感知するセンサーを家電製品やカーナビに取り付けると考える家電やクルマが誕生する。考える家電と考える電気自動車とが互いにつながれば、まったく新しい街作りも可能になる。家庭や学校で太陽光発電し、スーパーや公共の駐車場は巨大な電力貯蔵庫とみなして家庭とのエネルギー交流の拠点とする。工場で余った電力は従業員が電気自動車で持ち帰る、スマートグリッドは家庭の暮らしを賢くするだけでなく、街全体、社会全体をも賢くする可能性を秘めている。

そして、つながる時代はおそらく産業構造をも変えていく。これまでのように部品や素材メーカーを系列化して互いのすり合わせでベストの製品を作るという組立型産業はもはや主流ではなくなり、系列を超え業種を超えた「組み合わせ」型がとってかわることになる。

この流れを端的な形で示したのがiPodの出現だ。iPodは、経営が経ち行かなくなる寸前だったコンピューターメーカーのアップル社が、ウォークマンをパソコンにつなげたいという一念で作り出した製品だ。アップル社の社員だけでなく、ITベンチャーの経営者や日本の家電メーカーの出身者も加わったとされるこの開発プロジェクトは、最良の部品を世界中から集める作業だった。その多くは日本製で、再生装置を動かす心臓部にあたるハードディスクドライブは東芝と日立製作所製だったし、本体の裏面のステンレスは、日本製のカメラのボディの美しさを再現したいという目的で新潟・燕市の磨きの技術が使われた。組立メーカーとしては日本を代表する東芝や日立が製品化しなかったものを、破たん寸前のアメリカのメーカーが組み合わせの絶妙を活かして時代のヒット製品を生み出したことは多くのことを示唆している。今やアップル社の時価総額は世界一の巨大企業マイクロソフト社を抜く勢いだという。これからは、どれだけ多くのプロジェクトからお座敷がかかるか、どれだけ個々のプロジェクトの中心的役割を担えるかが、企業の命運を決することになるだろう。

もう一つ重要な地殻変動は、産業革命以来200年続いた先進国市場向けのモノづくりやサービスの提供を、リーマンショック以降、新興国市場向けに切り替えなければならなくなったことだろう。先進国市場が10億人のマーケットだとすれば、新興市場を加えたこれからの世界市場はやがて40億人のマーケットになる。人類が200年かけて化石燃料を使いまくったのと同じ勢いで、40億人が化石燃料を使い始めたら、地球はたちまち真っ黒になってしまう。そこで出てくる考え方が所有経済から共有経済への転換だ。

例えば数年前グーグルの創業者が唱えたクラウドコンピューティング。個人個人のデータならそれぞれのパソコンに保存できるが、例えば企業単位となるとそれでは間に合わないので、各企業は高価なサーバーを買ってデータを保存しなければならない。ところが本当のところは、各企業にサーバーは1台ずつもいらない。だったら「クラウド=雲」の上にサーバーを置いておいて、みんなで「共有」すればいいというのがグーグルの提案だ。明治の青年たちが近代国家を作ろうとともに仰いだ坂の上の雲は、100年余り経った今「坂の上のクラウド」に変化するのだろうか。

スマートグリッドがつなげることを目的にした概念だとすれば、これを共有経済を実現させる原動力にする手立てはないだろうか。エネルギーの共有は地域でこそ有効なのではないか。昔からお天道様と相談しながら暮らしてきた日本やアジアの人たちには、存外受け入れられやすい考え方かも知れない。年老いたジャーナリストの頭の中で、スマートグリッドに対する期待と妄想が膨らみ続ける。