遠くて近い国ブラジル

在ブラジル日本国大使館一等書記官
井上睦子

10/10/20

写真:セラードの景色
「セラード」とはブラジル中央高原を中心とする植生の呼び名で,「閉ざされた」の意味。かつては不毛の地だったが,現在は輸出額世界一を誇る大豆の生産地にもなっている。変貌を遂げた理由は日本のODAによる農業開発事業。この事業の成功により,日本も安定した価格の大豆を輸入できるようになった。1

ブラジルのイメージ

ブラジルといえば皆さん何を思い浮かべるだろう?サッカー、カーニバル、ボサノバ、アマゾン、コーヒー、アサイ、2016年オリンピック、日系人、海外投資に関心があればブラ債を思い浮かべる方もいるかもしれない。大らかな国民性で、人生如何に楽しむか、時間にちょっとやそっと(いや、大分)遅れたって何ということはないと、そんなイメージをお持ちではなかろうか。実際のところ、それはそれで合っていると思う。ただ、それだけではないことを強く感じる。BRICsと言われて久しいが、本当に国全体が着々と発展している。将来、巨大な先進国になることだろう。日本にとっては地球の真裏、いくら通信や交通が発達しても遠いは遠いが、経済、文化、学術、科学技術、それぞれの分野で距離がそれほどコストにならないものもあるだろう。いや、距離のコストをかけてでもブラジルとの関係を強化するメリットがある分野もあるのではないか。ブラジル好きの日本人のことをブラキチというらしいが、ブラキチだけではなく、もっと一般的に、いろいろな分野で活躍する人々がブラジルを意識して損はないと思う。ブラジルは今でも大国だが、まだまだポテンシャルがある。

ブラジルデータ諸々

ブラジルのイメージをつかんでいただくために、データをいくつかを紹介しよう。人口:1.9億人、増加率は約1%で漸減傾向。また、60歳以上人口は増加傾向。面積:米国の約9割、世界の三分の一の熱帯雨林が存在する。名目GDP:1.6兆ドル(世界第8位)、ゴールドマン・サックス社、プライスウォーターハウスクーパース社のいずれも、2050年には世界4位になるとの予想をしている。砂糖、コーヒー、大豆、牛肉などの食料輸出額:世界一。レアメタルや鉄鉱石の生産に加えて大規模深海油田が発見されるなど、資源大国。また、電力の約9割が水力をはじめとする再生可能エネルギーで賄われるなど、エコな国だ。さらに、農業、資源だけではなく、工業、技術力強化にも力を入れている。自動車生産は世界6位、ガソリンとエタノールのどちらでも走るFLEX車が主流で、サトウキビの豊富な生産量を活かしたバイオエタノールの利用など、クリーンエネルギーの技術は高い。国土の広さゆえに飛行機はメジャーな交通手段であり、航空機全体のシェアは第3位。

政治面では、現職のルーラ大統領の支持率は70%を超え、2期8年を務めあげようとしている。現在選挙中で、来年年初めに就任する新大統領はまだ決まっていないが、いずれにしても格差是正政策と経済成長政策は安定的に継続されそうだ。

概観からして、なかなかにバランスのとれた国と言えると思う。そして、150万人と言われる世界で最も多くの日系人が在住する。

ブラジルの課題:教育と科学技術

ブラジルが長期的に発展していくには、教育と科学技術の強化が必須だ。私学の中には終日授業を行う学校もあるが、公立の初等中等教育機関に通う子どもは午前又は午後のいずれかしか授業がないのが現状であり、教育の機会は均等にない。しかし、教育への投資の重要性は政界からも経済界からも声があがっている。あとはいかに実行できるかだ。社会システムの改善や科学技術の発展のためには、高等教育への投資もまだまだ増やしていく必要がある。過日、連邦区内にある連邦立大学を訪れたところ、懐かしい感じがした。日本で見た風景と似たもの — 老朽化していると見受けられる施設 — を、先生や学生が往来している。先生方は、施設が古くてね、とぼやいておられた。そうか、同じ感覚か。日本はブラジルにも距離を縮められている。

科学技術面でも馴染みある政策が展開されている。科学技術省があり、科学技術イノベーション・国家発展4カ年計画があり、研究開発投資は増加中、研究開発促進目的の税制優遇もある。

赴任した時は1日以上飛行機に乗り、えらく遠い国に来たなと思ったが、国力的なことだけではなく、米、野菜、魚を沢山食べる(肉は言わずもがなだが。食べ物はおいしいです。)、英語はなかなか通じないなど、日々の生活でも思ったより日本に近いこともあり、親しみを感じている。


<参考>

  1. 国際協力プラザHPより、「日伯セラード農業開発協力事業(PRODECER) 世界の食糧安保を先取りしたセラード農業開発 本郷豊独立行政法人 国際協力機構(JICA)中南米部 上席主査に聞く」