シンガポールの科学技術政策
2011/02/17
今わが国では、停滞する経済を活性化するために、世界の最先端を行く技術開発をし、それによって産業の活性化を図らなくてはならない。そのために、成長戦略への期待が高まっている。その効果は、具体的にどの分野の研究に重点的に投資するか、その投資が成功するかにかかっているといえよう。
先の読めないこうした研究への投資決定は、どの国でも難しい問題である。わが国でもそのための仕組はあるものの、実際には、研究費の獲得を巡る各分野の研究者間で予算の争奪戦が展開されているという批判の声も聞かれる。現実に、限られた予算を、今後成長の期待される分野に投資決定することは容易ではない。新たな技術を生み出す可能性をどう見極めるかということと、投資額が成果と結びつく可能性が高いことから、その規模を決定することは政治的にも難しい。
現在成長著しいシンガポールの科学技術政策はその点明快であり、参考になるように思われる。
第1に、これからの成長分野を選択し、そこへの重点投資が行われている。90年代はIT、2000年代はバイオ、そしてこれからは環境というごとく、明確に成長分野を決めそこに重点投資している。
第2に、こうした投資は将来的に期待できる分野の基礎研究に重点的に行われ、5年程で成果を評価し、基礎研究がある段階に達したら、投資を縮小している。応用段階は、外資を含む民間企業による活用に委ね、産業政策として取り組む。
そして、第3に、こうした戦略を効果的に実施していくためには、将来性のある研究分野を、その萌芽的段階で発掘し育成していくことが必要であるが、そのために、世界で展開されている新分野への挑戦についての情報を広く集め、その将来性について的確に評価を行っている。
研究の将来性についての評価は、リスクの高い作業であり、国としてどのように情報を集め事前評価をするか、その失敗が将来の国の運命を制することにもなりかねないだけに難しい。とかくこのような決断に当たっては、リスクをヘッジし、投資対象を分散する衝動に駆られるが、それは投資効率を低下させる以外の何物でもない。高い研究の将来性についての評価能力が必要とされるところである。
このように述べてくれば明らかなように、科学技術政策の策定という観点からみれば、だれが、どのような体制で情報を収集し、集めた情報を分析し、研究投資の対象を決定するか、また基礎研究から応用段階への転換を決断するのか。そのための政府の組織と体制が非常に重要である。
シンガポールの場合、有能な官僚制によってそれらの決定が行われており、政策の一貫性、決定の迅速性がそれによって担保されているといえるのではないだろうか。そういうと、関係者が話し合って合議で決めるのが原則の民主主義体制では無理なのか、という質問が出てくるかもしれないが、重要なことは、しっかりとしたデータに基づく分析を行い、それに基づいて最終的な重点投資の対象を絞りこむ決定を行うこと、要するに決定の内容の合理性である。
民主的手続の問題点は、将来の不透明な事項について、多様な利害関係者が自己に有利な主張をし、それを総合するような形でばらまき的な投資を行ってしまいがちなことである。不明確な目標、曖昧な評価基準、無責任な決定者によって、非効率な投資が行われる可能性があるのである。
情報の収集分析の段階で多くが参加し、活発な議論をすることは望ましい。問題は、投資する重点分野をしっかりと決めることであって、この際の大きな問題は、その対象から外れた人たちに、結果をどうやって受け入れさせるかということである。まさにその点に政治的リーダーシップの重要性があるが、そのリーダーシップを効果的に発揮させるためにも、きちんとしたデータ、特に世界的なトレンドを踏まえた情勢分析に基づく議論をすることが大切である。
こうした体制は、萌芽的で将来的な可能性を探り先行投資をする分野を決めるためには特に重要である。日本の科学技術政策に関していえば、改めて述べるまでもないのかもしれないが、科学技術投資決定のあるべき姿についての原点に立ち戻って制度設計ないし制度運用を行うことであろう。
※このコラムは2011年1月より2ヶ月間ほどシンガポールにて研究されている森田教授が、JSTシンガポール事務所の資料および同所で行われたヒヤリングを参考に書かれています。
森田教授のその他のブログはこちら、「星の国から」をご覧ください。