福島第一原発 4つの「なぜ」

公共政策大学院 特任教授
諸葛宗男

2011/4/4

3.11は米国の9.11と同様、日本人の脳裏に永遠に刻み込まれることとなった。津波で多くの人命と家屋が失われただけでなく、東京電力福島第一原子力発電所の1号機から4号機も悪夢としか言いようのない事態に陥り、無残な姿を晒している。首相官邸に設置された原子力災害対策本部は4/4現在、4基の発電所のいずれにも安全宣言を出せず、いまだに収束の見通しが得られていない。筆者は原子力学会で昨年結成した「異常事象解説チーム(略称:チーム110)」のメンバとして事故発生直後からTVの解説員として駆り出され、連日、異常事象の解説にあたっている。チーム110は中越沖地震の際、柏崎刈羽原子力発電所の変圧器火災が起きた際、何の解説も無いまま何時間も映像が流され続け、多くの国民に不安を与えてしまった事態を反省して結成されたものである。チームからは連日各TV局に多くの専門家を派遣し、原子炉や環境放射能、さらには放射性ヨウ素が検出された水道水の安全性に至るまで原子力特有の問題の解説にあたっている。余談であるが、放射線被ばくの単位シーベルトと放射能の強さを表す単位ベクレルがこれだけ広く一般家庭の日常会話で使われるようになった国は我が国が初めてではないだろうか。 

今回の事故で多くの国民が抱いた4つの疑問について現時点での説明を試みたい。

なぜこんなことになったのか

地震直後に原子炉緊急停止操作(スクラム)が行われ、運転中だった1号機から3号機はいずれも無事に停止した。悪夢のような大津波はその後約1時間後に来た。その時までに全原子炉が停止していたことは不幸中の幸いであった。しかし、大津波は屋外に設置されていた重要な設備、機器に致命的な傷を残した。非常用発電機(DG)は停電後すぐに起動したが、屋外に設置されていた冷却水ポンプが津波で壊れたためDGは約1時間後に停止し、発電所は完全な停電状態となった。これがその後次々に起きた悲惨な出来事の原因である。津波対策がどうだったのか、その根拠は何か、などは既にマスメディアで様々に報道されているが、確かなことはまだ明らかにされていない。今後の重要な検証事項である。

なぜ発表がバラバラなのか

様々な発表がバラバラなのは原子力の安全規制行政の今の仕組みに起因している。原子力の安全規制行政が縦割り、横割りに細分化されているためである。原子炉の安全規制は経済産業省(原子力安全・保安院)、放射線安全は文部科学省、放射線作業者の健康管理は厚生労働省、放射性物質の輸送規制は国交省、原子力防災は防災担当大臣がそれぞれ所掌していて、原子力安全・保安院には原子炉安全という非常に狭い範囲の役割しか与えられていない。おまけに全体を束ねる組織も規定されていない。原子力安全委員会が全体を統括すれば良いじゃないか、と国民の誰しもが考えたと思うが、原子力安全委員会の法的な位置づけは単なる諮問委員会であって、行政機関ではないため省庁を束ねる役割は与えられていない。それを行う機能も持っていない。このため、今回のように各省庁にまたがる事態が発生すると、総理大臣がその調整の任にあたらざるを得ないのである。しかし、官邸には専門的な情報を評価する十分な機能がないので何人かの専門家を内閣官房参与に迎える等の補強を行ったのである。

この問題は公共政策大学院エネルギーと地球環境と公共政策寄付ユニット(SEPP)が工学系大学院の原子力国際専攻と共同で主宰している東大原子力法制研究会で改善すべき大きな課題として抽出し、昨年4/15のジュリスト1399号1に城山英明教授が寄稿したほか、昨年6月に取り纏めた研究会の中間報告書2、また、同8月に開催したシンポジウム3等でも改善の方向を具体的に提言した。この提言が活かされる前に今回の事故が発生してしまったことは誠に残念であるが、現状の仕組みの問題点が多くの国民に目に明らかになったことにより提言の実現性は高まったと言える。

なぜ説明が解り難いのか

今回の事故で多くの国民が各機関の説明が解り難いと思ったのではないだろうか。その原因は専門性の問題にある。

それを象徴する出来事が2つあった。3/15に400mSv/hrの放射線が検出された、との発表と、3/27に2号機のタービン建屋のたまり水から通常時の1000万倍の放射能が検出された、その成分はヨウ素134だったという2つの発表である。前者は環境放射能で無く、建物の近くに転がっていたがれきを測定したものがあたかも空気中の放射能濃度かのごとく発表された。後者は分析者のケアレスミスが原因で、全くの誤報であった。しかし、この2つの出来事の影響は世界に大きな衝撃を与えた。両者とも本当だったら原子炉内で大変なことが起きていることを示唆するものだったからである。誤報ということが解っても、国内外とも安心するよりも、当事者への信頼感低下によって不安感が高まって、各国大使館員の東京脱出騒ぎに発展してしまったのではないだろうか。末端の技術者、分析者にミスはつきものである。しかし、問題はそれをチェックして公表される過程で誰もその誤りに気付かなかったことである。専門知識があれば他の観測データとの整合性等を総合的に判断して、気づく筈である。原子力という非常に高度で複雑な技術を対象とした分野のガバメント組織にも係らず、一般分野の行政機関とおなじように数年毎のローテーションで交代し、専門性を規制支援組織や審議会に依存していることの問題点が浮き彫りになったのではないだろうか。

それでは海外はどうしているか。原子力の安全規制に特別な専門知識が必要であるとの認識は先進各国ともほぼ共通している。米国の原子力規制委員会は厳しい資格制度を有している。個々の役職ごとに求められる資格が定められているのである。上位の役職ほど広範な知識が求められている。専門知識がない職員には申請書の審査をさせないし、ましてや役職には就かせない仕組みになっている。今回の事故をきっかけに我が国の原子力安全規制機関にも専門性を求める国民の声が高まることが予想される。

なぜ放射線安全の説明が曖昧なのか

説明が曖昧なのは国民の放射線被ばくを直接的に規定する法律がないためである。国の法律では放射能や放射線を出す恐れのある事業者を規制して間接的に一般公衆の放射線被ばくを規制する方式がとられている。これは出す側への規制であり、受ける側を守る法律がない。だから説明が曖昧になるのである。直接的に法律で被ばく線量が定められているのは放射能や放射線を取り扱う施設の従事者だけである。このため、農作物の放射能量の基準もなかった。3/17に急きょ厚労省が暫定的に基準を定めたが、これは1986年のチェルノブイリ事故の際、汚染された輸入食品を水際で食い止めるため原子力安全委員会が保守的に定めた暫定的なものであり、もともと国内の食品への適用を想定したものではなかった。厚労省は3/20に急きょ食品安全委員会にこの暫定基準の見直しを諮問し、現在食品安全委員会が検討中である。

国際的には国際放射線防護委員会(ICRP)が一般人及び職業人の放射線被ばく線量の勧告を出しており、我が国もそれを受け入れている。それによれば、一般人の許容被ばく線量は通常時が1mSv/年、事故時が20〜100mSv/年である。専門家はこれを念頭に置いて説明しているが、人によって通常時の1mSv/年、事故時の下限値20mSv/年、事故時の上限値100mSv/年を使っており、まちまちである。国民はますます混乱してしまっている。この事態を憂慮したICRPが3/21に事故時の上限値100mSv/年の使用を促す声明を出しているが、我が国はまだ明確な対応を示していない。一般人の放射線被ばくに対する国の基準整備を求める声はますます高まるものと思われる。


(参考)

  1. ジュリスト 2010年4月15日号(No.1399)
  2. 原子力法制研究会 社会と制度設計分科会 中間報告書 2007-2008年度
  3. 公開シンポジウム「原子力法制システム改革に向けて」 2010年8月25日実施