「持続可能なヘルスケア」のかたち
2011/6/6
避難生活の長期化で、被災者の健康悪化と失業の恒常化が懸念される。これを解決する方法として、被災地に「持続可能な病院とヘルスケア」の構築を提案したい。生活環境の改善にも役立つと思う。
病院らしくない病院
外観は高級クラブハウス、内観は美術館。室内は薬臭くない。待合室には行列がない。今年春に訪れた病院のことだ。スウェーデンの首都ストックホルム市と、同国南部スコーネ県の県都マルメ市にある。誰でも利用できる公立病院である。実は、この病院の凄さは、外観や内観だけではない。病院を支える様々なシステムと、それを提供するヘルスケア産業のすそ野の広さがもっとすごい。
震災と原発事故で傷んだ被災地にこそ、このような病院らしくない病院と、それを支える幅広いヘルスケア産業が、育ってほしいと思う。
以下、両者を含む世界の病院で進む「持続可能な病院/ヘルスケア」の特徴を紹介し、最後に、東北復興の提案を行いたい。
特徴1 節電する病院
病院は、「普通のオフィスの2.5倍のエネルギーを使う」(スーザン・カプラン・米国・協働ヘルスケア調査会部長)。しかし、節電は不可能ではない。それどころか、節電によって運営コストを大幅に下げることができる。
マルメ市のスコーネ県ルンド大学病院。「使っていない電気を消す」という節電コンテストを院内で実施し、「1割の節電に成功した」とダニエル・エリクソン氏(医療コンサルタント)は言う。氏は、「アメリカの病院グループのなかには、使わない電気を消すだけで、年間9000万円の節電に成功したところもある」と続ける。
スコーネ県には病院向けに、節電コンサルティングを行う会社が複数存在する。こうした会社が、後述する「持続可能なヘルスケア」産業の一部を構成する。
特徴2 ゴミを減らす病院
病院を含むヘルスケア産業からは「全米で、1日当たり66,000tの廃棄物が発生する」と前出のスーザン・カプラン氏は言う。米オレゴン州ポートランド市の病院では、“使い捨て”医療器具を再生・再加工することで、ゴミの量が半分になり、年間1,500万円の節約になったという。医療器具の再生・再加工は、専門の会社が担う。
特徴3 専門性の高い関連医療産業のすそ野
スウェーデンの“普通”の公立病院の背後には、専門性の高い様々な企業群が控えている。例えば、高齢者やハンディキャップ患者専門の歯科医療サービス。肥満患者の手術が得意な医師を組織化する会社。運動機能が低下した患者向けに統合医療を提供するところ。聴覚のリハビリ、社会心理療法などの専門分野のメニューを幅広くそろえる企業。在宅医療・介護を希望する高齢者向け情報サービス。医療系廃棄物を閉鎖システムで処理する会社。医療器具由来の院内感染を削減する世界的権威などなど。
「病院とこれらのヘルスケア産業が、GDP(国内総生産)の12%前後を稼ぐ」(クリストファー・アンダーセン・スウェーデンヘルスケア振興協会会長代行)。同協会は、ヘルスケア産業を輸出産業として後押しするため、1978年に産官学が協力して設立された。近年は、新興国から医療制度を充実させるためのアドバイスを求められる機会が増えたという。アドバイスとともに、会員企業の売り込みも行う。
エネルギー多消費型構造からの転換のシンボル
「持続可能な病院/ヘルスケア」の振興を掲げるスウェーデン。70年代、80年代は、主力の重工業の斜陽化と石油危機に苦しんだ。しかし、この間に、エネルギー多消費型の産業構造から、エネルギー節約型の知識産業へと、産業の主力を転換させてきた。
「知識産業」とは、「製薬を含むライフサイエンス、ヘルスケア、それに環境技術を指します。メディア産業を入れることもあります」と語るのは、中村あゆみ氏。スコーネ県の知識産業の会員でつくるNPO法人サステナブル・ビジネス・ハブのコーディネーターを務める。
環境技術には、①下水処理、ゴミ処理からバイオガスを取り出し、交通燃料や調理用燃料を取り出す②バイオマス、風力、太陽熱・光、ヒートポンプなど、地域の再生可能エネルギー③公共交通ソリューション④省エネ技術⑤公園デザインなど景観設計⑥節水・浄水などの水回り⑦気候変動に対応した都市インフラ⑧木造高層住宅や病院建築などの建築設計⑨以上を統合するエンジニアリング・コンサルなどが含まれる。
これら環境技術を病院に、適用したのが「持続可能な病院」である。エネルギー、ゴミ、それに患者や医療スタッフのストレス、この3つを削減する。同時に経費も削減する。削減するサービスで、雇用もつくる。
失業者を「持続可能な病院」のスタッフに
話を被災地に戻す。失業者を「持続可能な病院/ヘルスケア」の担い手として、職業訓練をしながら雇用する。彼らが同郷の病人をケアする。お金は、日本の再生力にかける世界の投資家から集める。そんな仕組みをつくれないだろうか。
ちなみにストックホルムの郊外に建設中の新カロリンスク病院は、6万5000人の新規雇用を見込む。お金は、ロンドンの金融業者が参加し、PPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)の仕組みで集めるという。