エネルギーシステムを考える〜復旧から復興へ〜
2011/6/15
震災と今夏の電力需給
3月11日からはや3カ月が過ぎ、我が国は復興にはまだ時間を要するものの、震災直後の混乱からは立ち直りつつあるようにみえる。本稿が対象とするエネルギーに関しても、原子力発電所や火力発電所の被災による電力不足に起因する計画停電や、それに伴う混乱は過去のものとなり、今夏の計画停電への懸念も既に解消したかのように思われている。
3月25日には東京電力より今夏の電力供給量は4,650万kW程度に留まるとの見通しが発表され1)、夏のピーク時の電力需要量の5400-6400万kW程度と比べ、1000万kW以上の不足が見込まれた。我々は3月28日に今夏の電力需給対策を緊急提言としてまとめ公表するとともに、シンポジウム等を通して普及を図ってきた2)。その後、政府からも節電対策や目標値が示され、企業等も独自に対策を進めてきた。
その後、東京電力による今夏の電力供給見通しは、4月15日に5,070万kW〜5,200万kW程度3)、5月13日には5,520万kW〜5,620万kW程度4)と上方修正がなされた。この上方修正は、休止中・停止中火力発電の復旧、小型タービンの新規導入、揚水発電の供給力への算入などによるが、特に大きいのが揚水発電の供給力への算入である。
電力供給見通しが段階的に引き上げられると、あたかも状況が改善しているかのような錯覚に陥るかもしれない。しかし、状況はいまだほとんど変化していないということに留意する必要がある。実際の電力供給量がその後大きく伸びたというわけではないからだ。上に述べたように電力供給見通しの上方修正は、揚水発電の供給力への算入によるものである。3月25日発表の4,650万kWという数字は揚水発電を算入していないが、現在は約700万kWの発電容量のほとんどを供給量として見込んでいる。これは十分な水量が確保されている時に可能な数字であり、揚水発電では渇水の夏に、長いピーク時間帯の全てを賄うことは困難である。
また、供給の不確実性に加え、需要も不確実性を伴うことにも注意が必要だ。この10年、最高気温が1℃上昇すると、ピーク時の電力需要が約100万kW上昇している。夏のピーク需要は5400-6400万kW程度であるので、仮に5500万kW確保できたとして、冷夏であれば間に合いそうだが、猛暑であったとすると電力不足に陥るリスクがある。このように、供給も需要も不確実性を伴った数字であり、需要見込みと供給の見込みを単に数字上合わせるのでは不十分で、余裕を持って準備する必要がある。我々は十分な備えを怠り大規模な災害に繋がった福島原発の人災から学んだばかりである。
エネルギーシステム〜復旧から復興へ〜
もちろん、福島原発の処理だけでなく、地震により停止した火力発電所や老朽化力の再稼働、小型ガスタービンの導入による電力供給力の増強に、現場そして関係者の懸命の努力が続けられていることは論を俟たない。しかし、現在の努力は復旧のためのものであり、将来を見据えた復興ではない。復旧から復興へというスローガンは、被災地に対する取り組みでは取り上げられることが多いが、エネルギーシステムに対する取り組みではなぜか聞こえてこない。
しかも復旧すら極めて困難である。原子力発電所の安全性が問われ、効率の悪い老朽火力発電所や小型ガスタービン、揚力発電を目一杯稼働・導入するという状況の中で、以前の状態への復旧はありえない。経済性、環境性に劣ったシステムを今夏に向けて何とか再構成しようとしているのが現状である。現在の最新の火力発電所の発電効率が60%程度あるのに対し、老朽火力では40%程度、小型ガスタービンでは30%程度である。従って、ランニングコストが倍程度必要であり、エネルギー資源の持続可能性、エネルギーセキュリティや環境といった多方面において問題がある。
また、揚水発電はそれ自体が電力を生み出すものでなく、一時的に貯蔵するための技術である。夜間に別の電力源により生み出されたエネルギーを、動力を使って水をくみ上げることで貯蔵し、ピーク時に電力に戻す。この過程で30%程度のエネルギーが失われる。震災以前は原子力を夜間の電力源として用いていたが、それももはや過去の話である。何を揚水発電のための電力源とするのか。経済性、環境性に劣った火力を使うしかないだろう。
これらの導入や使用に伴う費用を誰が支払うのだろうか?電気代で賄うのか、債権者が負担するのか、国民が税金で支払うのか。市場で競争している民間企業であれば価格や分配を自らの戦略や意思決定に基づき決定すべきである。しかし、独占企業の場合はどうなのだろうか?多様なステークホルダー間での議論や合意が必要なように思われる。
エネルギー技術は一度導入すると数十年稼働する息の長い技術である。従って、今夏の対策が数十年先の未来を規定しうる。従って、大規模停電の回避・計画停電の最少化といった短期的な対策を立案・実施する際においても、この夏、5年後、20年後等の異なる時間スケールを接続する中長期のロードマップやビジョンに基づいて計画を設定すべきである。
今後の我が国のエネルギーシステムに関するビジョンとしてどのようなものがあり得るだろうか?従来型のエネルギーシステムを不完全ながらも復旧するというのも一つのビジョンである。現在日本の化石燃料の輸入額は年間15兆〜20兆円、GDPの4〜5%を占めている。しかし、この額と比率は今後上昇が見込まれる。また鳩山政権のCO2排出量の1990年比25パーセント削減という国際的な公約の達成は極めて困難である。今回の震災後の対応により、日本の技術に対する国際的な評価は大きく揺らいでいる。国内では高い電力料金を支払い、国際的には公約を反故にし、技術力には疑問符がつく、そのようなエネルギーシステムや社会を将来世代に残すというビジョンに少なくとも私は賛同できない。
では、どのようなオルタナティブなビジョンがあるだろうか?
今回の地震と津波に関し、東京大学理学部のゲラー教授は予見できなかったというのは間違いであるとNature紙上にてコメントしている5)。地震の専門家の間では良く知られているように、1896年の三陸地震では38mの津波が観測され、22,000人の死者不明者がでた。つまり、今回の規模の震災は予見できなかったとか、1000年に一度ということでなく、100年に一度生じると想定して、災害耐性のあるエネルギーインフラを構築すべきではないだろうか。それには、風力や太陽光、エネファームなどの分散電源をロバストな系統制御技術とともに導入することが考えられる。
もうひとつは、先端技術で世界にさきがけ低炭素社会を実現し、産業の振興、質の高い雇用の実現を図ることである。分散電源の導入に加え、老朽火力等を高効率な火力に順次置き換えていく、産業の効率化や構造転換、家庭やオフィスの省エネ、市民が過度のガマンなく電力使用量を減らす方策を、主体的に模索し実践していくことが求められる。
パラダイム転換のための制度設計と新たな社会システムへのトランジション
上記のビジョンを構成する技術や方策については、従来からも分析がなされ提唱されてきた。しかし、それを実現するのは容易ではない。それはそのようなシステムに移行するインセンティブがないからである。例えば、太陽光発電等の分散電源の導入や省エネ機器の導入は電力会社の収入を減少させる。福島原発に関する膨大な額にのぼるであろう補償や、核廃棄物や施設の後処理の費用、新たな電源の導入の初期費用や、燃料費等のランニングコストの増加を抱える中で、あえて収入を減らす方策を電力会社が選択する理由はない。また、家庭においても分散電源や省エネ機器の導入に関する初期投資の回収には多くの年月が必要であり、実施に移すインセンティブは弱い。新たなエネルギーシステムへの移行を促す仕組みをきちんと制度化することが必要である。
そのような制度の一つに例えば、デカップリング制度がある6)。デカップリング制度では、電力会社の売上と利益を分離する。あらかじめベースとなる電気料金と料金収入見込みを定めておき、実際の料金収入が想定を下回った場合には電気料金を上げ、減少分を補填し、逆に実際の料金収入が想定を上回った場合には、電気料金を下げる。この制度のもとでは、電力使用量が減って売上が低下しても収益が生まれるため、電力会社に電力需要を削減するインセンティブが存在する。例えば、需要家に対し、省エネ機器の買い替えに対する補助金を電力会社が支払うといったことも、電力会社にとっては売上が減少するにもかかわらず利益になるのである。また、需要側に対する制度などを併用すれば、インセンティブの分配等に対する議論は必要であるものの、その効果は非常に大きいものとなるであろう。
ただし、太陽光や風力、蓄電池、電気自動車等のエネルギー技術においては、他の技術に対して経済性・安全性等で圧倒的に優位にあるものはない。従って、特定の技術を排他的に選択するのは現時点ではリスクを伴う、従って、ここでは、エネルギーエコシステムの構築を提唱する。エコシステムとは生態模倣系のことである。自然の生態系は、多くの種で構成され、互いに補完、協調しながらも、競争し、全体として進化を続けている。エネルギーシステムにおいても、支配的な種が既存のパラダイムに依存しながらそこに安住するのではなく、多様な参加者が一つの生態系を構築し、全体として進化をするシステムを志向すべきである。
今後の政策決定において、2030年までの電力供給力低下を何によって充当するか、冷静に議論をする必要がある。太陽光発電や風力発電、水力や地熱発電、蓄電池、コジェネレーション技術、非在来型化石資源、電気自動車やプラグインハイブリッド、燃料電池自動車、様々な省エネ技術などの様々な技術要素に対し、競争しながら研究開発を進めるとともに、それぞれが協調し一つのシステム構成する制度を設計すべきである。より安全性の高い次世代原子炉の開発も選択肢に残すべきであろう。
上記の技術は技術的・経済的・社会的に現在、導入が困難なものも含まれる。しかし、それを予め排除し、ドミナントな種による硬直的に拡大するシステムを選択するのではなく、様々な種の存在を許容し、それらの種の成長を育む土壌の形成が必要である。従来、電力しばしば、分散電源の逆潮流の制約などでそのような種の侵入を阻んできており、それがシステム全体の発展を阻害してきた面がある。今後は、産官学一体となって、豊饒な生態系の形成に務めるべきである。その結果として、新たなイノベーション、新産業の育成、活力ある雇用と経済、世界に誇れるエネルギーシステムの形成などの実りが得られるであろう。
今回の震災に伴う様々な負債を将来世代に引き継ぐのではなく、パラダイム転換のための制度を設計し、新たな技術・社会システムを実現する。また、それを範として国際的に発信していくことがポスト3.11を生きる我々の責務ではないだろうか。
参考文献
- 東京電力「今夏の需給見通しと対策について」2011年3月25日プレスリリース
- 化学工学会「震災に伴う東日本エネルギー危機に関する緊急提言」
http://www.scej.org/content/view/1202/11/(化学工学会ページ) - 東京電力「今夏の需給見通しと対策について(第2報)」2011年4月15日プレスリリース
- 東京電力「今夏の需給見通しと対策について(第3報)」2011年5月13日プレスリリース
- Geller, R.J. “Shake-up time for Japanese seismology” Nature 472 (2011) 407-409.
- 井上さやか「イノベーションを支えるカリフォルニアのエネルギー政策その実態と課題」IPRC Policy Issues Series (2011) 11-01