政策決定への科学的助言制度の再設計
- 3.11後の政治と科学の関係

科学技術振興機構
社会技術研究開発センター長
有本建男

2011/6/30

1. はじめに - 政治・行政と科学に対する市民の不信

2011年3月11日に起こった東日本大震災とその後の大津波、福島原発事故による災害は、日本の社会経済だけでなく、人々の生活、価値観にも大きな影響を与えている。この大震災への対応の中で大きな課題として浮上しているのが、政治と科学の関係である。

ここで筆者に寄せられた市民の意見のいくつかを紹介しておきたい。「政治と科学のコミュニケーションがうまく行っていない」「科学の側から統一のとれた提言ができないものか」「被災地に科学者たちが次々にやって来るが、様々なことを言うので住民が混乱している」「実現性に疑問がある提言も多く、科学者は責任をもった提言をお願いしたい」。今や市民の不信は、政治・行政だけでなく科学にも広がっている。

わが国には、政策決定への科学的助言制度として、総合科学技術会議、日本学術会議、原子力委員会、原子力安全委員会、各種審議会、内閣参与など、個人レベルから常勤組織まで、様々な仕組みが政府の内外に配置されている。地震発生から3か月。これらの仕組みが十分に機能しているとはいいがたい。政治も市民も、細分化され俯瞰的視点に欠ける科学者の助言や発言にいら立ち、科学への懐疑を深めている。

信頼の喪失、助言機能の不全は、今後の復興、日本の社会経済や科学技術の全般的再生に当たって大きな障害になりかねない。現状のままでは、一流の科学者やその集団が、政策形成に参画することを逡巡することにもなりかねない。一方で、科学への期待が大きいのもまた確かである。

本稿では、政治主導の政策決定過程における科学的助言のあり方について考えてみたい。

2. 政治と科学の関係 - 3.11の前と後 -

1995年に科学技術基本法が国会の全会一致で成立し、その後、5年ごとに政府の科学技術基本計画が決定されてきた。この体系は政局の混乱の中でも超党派で支持されてきた。すなわちここ10年余り、政治・行政と科学の関係は、支援する側とされる側というほど良い状態がつづいてきたのだと思う。しかし、3.11後は、双方の関係は、緊急対応、復旧復興に当たって、従来の心地よいものから一転して、科学的助言に基づく厳しい政治判断と行政行為、政策に助言する責任をもった科学という緊張関係が増しており、市民はその推移を厳しい目で見ている。

今、政治は科学との付き合い方、科学的助言の受けとめ方を、従来の外形支援的なものから内容に踏み込んだ実質的なものにしたいと模索を始めているようにみえる。科学のクライアント側から積極的に科学に接近しようとする状況は、近年みられなかったことである。大震災という非日常が与えてくれた大きな機会と受けとめたい。一方で放置すれば、政治による科学への過剰な介入を招きかねない。

科学の側はこうした不信、懐疑に対して、真摯に応える責務がある。教育研究施設の復旧、震災・原発被害の調査など、多くの活動が始められているが、くわえて、今後は、国・地域を問わず、政治と市民からのニーズや期待を受けとめた助言・行動を行い、信頼関係の再構築を主導することが求められる。すでに1999年、世界科学会議は、21世紀の科学の責務、“社会との契約"として、「知識のための科学」にくわえて、「平和のための科学」「開発のための科学」「社会における科学と社会のための科学」を宣言した。このブダペスト宣言は、わが国の政策や学会活動においても繰り返し強調されてきたが、今回の現実は、その具体化が不十分であったことを厳しく示している。

未曾有の大災害を日本がどう克服していくのか、その中で、日本の科学とその仕組みがどう変わるのか、世界が注目している。加速するグローバリゼーションの下で、21世紀の科学のあり方について世界中が模索している現在、3.11を契機に、日本が新しい発想と思考の枠組み、多彩な方法論を開発実践し、この逆境を克服すれば、そのソフトパワーに世界の見る目は必ず変わるはずである。

3. 政策決定への科学的助言制度の改革

この大災害は、政府の政策決定プロセスとその中での科学的助言制度がぜい弱であることを明らかにした。これは、今日までのグローバリゼーションに日本が十分に適応できなかった要因の一つとも考えられる。制度全体の見直しが必要であるが、以下の点に絞って早急に超党派で実現する必要がある。

  1. 政府主席科学補佐官の配置。
  2. 日本学術会議の改革:会員選定基準の明確化。専門スタッフなどサポート体制の強化。
  3. 国会調査機能の強化:国会に超党派で技術評価 (TA) 組織を設置。
  4. 高位の政府内科学助言者の登用に当たって、国会で公聴会を開くなど、人物の知識、経験、資質などを事前に検証する仕組みを導入。
  5. 政策形成と実施に当たって、政治・行政と科学の役割の明確化と行動規範の確立。
  6. 公的シンクタンク機能と連携の強化:科学技術政策研究所、JST研究開発戦略センター、経済産業研究所、経済社会総合研究所などの強化と連携・統合。
  7. これらを担う人材の育成とキャリアパスの確保:「科学技術政策のための科学」に関する研究教育拠点の整備など。

4. 政策決定過程と政治・行政・科学の役割分担の明確化

震災の復興に当たって、国レベルでも地域レベルでも、市民、政治、産業、科学、行政の協働、分断されてバラバラでない集合的な知識と経験が必須である。これからの長い震災復興、福島原発事故の対策の過程において、国、地域を問わず政治・行政と科学の責任ある持続的な役割の連鎖を構築する必要がある。

JST研究開発戦略センターは、図 (JST研究開発戦略センター、「東日本大震災からの復興に関する提言」2011年5月) に示した、ループをなす連鎖構造の開発と実践適用を進めている。

このループは4つの段階から構成される。第1は、自然・社会の状態と外部要因による変化、第2は、自然・社会の状態の調査・分析。第3は、調査・分析の結果を課題解決のために再構成し設計し政策提言する段階。第4は、科学的知識に裏付けられた政治や行政、市民による復興行動である。1〜4まで一巡した行動の連鎖によって、自然・社会の状態が変化する。その変化を再び調査分析することから、二巡目のループが始まる。この枠組みは、持続性向上という大目標の下での科学技術イノベーションの一般的な構造として、今後広く適用できるものと期待している。

ループの第3段階は、本稿のテーマである政策形成への科学的助言の段階なので、詳しくみてみよう。この段階は、第2段階で行われた、状態の観察や調査・分析による評価や警告、地域の文化や経験などを総合し、それぞれの地域に合った復興計画や、個々の課題解決の行動に適用可能な知識体系や提言を作成し、行動者である国や地域の首長、議会、市民に提出するプロセスである。

この段階は、アカデミックな学理論争を行う場ではない。科学者は往々にして、自らの理論に基づいて助言しようとするが、それがかえって政策決定や社会に混乱を招きかねない。個々の専門知識や見解を基礎にしながらも、政治や行政と市民の合理的な行動につながるように、全体として統一のとれた俯瞰的情報、助言をまとめ発信する必要がある。海外ではこれをcoherent voiceあるいはunique voiceという。日本では、このunique voiceの重要性が十分認識されて来なかったし作成の方法も成熟していない。複雑で不確実性の高い問題の解決に当たっては、幅をもった提言あるいは複数の提言が並立して出され、政治の判断を仰ぐ局面が出てくる場合もあるだろう。

このループのダイナミックな進化的発展と各段階を担う政治、科学、行政の役割の明確化が、極めて重要になる。ループに参画する政治家、科学者は、俯瞰的に自らの位置と責任を認識して行動することが大切である。復興は少人数、短期間、トップダウンで解決できるものではない。多様なそして世代を超えた多くの関与者の役割、責任感、知識と経験の集合と協働、それに基づく実践が、豊かな地域復興の鍵となろう。

5. 政治と科学の間の行動規範

政策の形成と実施のプロセスに科学者の関与が広がり深まると、一定の政策を正当化するような科学者の振る舞いやそれを促す政治や行政の圧力などが起きやすくなる。実際内外で地球温暖化、公害、薬害などさまざまな問題が起きてきた。このためここ10年余、アメリカ、イギリス、ドイツ、EU、ICSU (国際科学会議) などで、政治と科学の間を律する行動規範を作成する動きが加速している。今回の大災害を契機に日本でもその作成が急がれる。

ここでは典型例として、昨年3月イギリス政府が発表した「政府への科学的助言に関する原則」の概要を紹介する (JST研究開発戦略センター、「政策形成における科学の健全性の確保と行動規範について」、2011年5月)。

  • 政府は、科学的助言者の学問の自由、専門家としての立場及び専門知識を尊重し、十分に評価しなくてはならない。
  • 政府及び助言者は、相互の信頼を損なうような行為を働いてはならない。
  • 助言者は、その作業において政治的介入を受けてはならない。
  • 助言者は、広範な要因に基づいて意思決定を下すという政府の民主主義的な性格の任務を尊重し、科学は、政府が政策形成の際に考慮すべき根拠の一部であることを認識しなくてはならない。
  • 政府は、その政策決定が科学的助言と相反する場合には、その決定の理由について公式に説明し、その根拠を正確に示さなくてはならない。

去る5月30日に、「危機における科学的助言 — 福島原発事故と余波」と題して、イギリス政府主席科学顧問・ベディントン博士の講演とシンポジウムが開催された。

日本にいるイギリス人の救援、大使館、企業、学校などの緊急対応への助言行うために、3.11直後に、ベディントン博士が主宰するイギリス政府の緊急科学助言組織 (SAGE) が招集された (ロンドン)。データの収集・解析・予測が行われ、その結果を東京のイギリス大使館を通じて日本にいるイギリス人に助言し対話も実施された。博士の活躍は、科学的根拠に基づいた適切な助言として、イギリス人だけでなく日本にいる他国の人々や日本の市民からも高い評価を得たのであった。

ベディントン博士らの素晴らしい活動の基盤には、政府と助言者の明確な役割と責任分担、平時からの相互信頼と意思疎通、助言者の独立性、意思決定プロセスにおける透明性と公開性があると考える。


6. おわりに

本稿では、政治と科学の関係の新しい枠組みにおける科学的助言のあり方についてのべた。この分野は、わが国において今日まで、十分な研究や実践が行われてこなかった。しかし、この夏に決定される政府の第4期科学技術基本計画において大きな柱になるはずの、課題解決型イノベーションに向けた体制を設計し実行する際にも重要な要素になると考えている。

政策決定への科学的助言について、政治、行政、科学を律する行動規範を日本として急いで作成する必要があるが、その内容はわが国の国情に即しながらも、世界水準を目指すことが必須である。JST研究開発戦略センターは、この秋を目途に、行動規範およびunique voice作成方法の試案をまとめて、政界や科学界に議論を広げていく計画である。並行して、政治、行政、科学の中に、規範意識を共有し育んでいく文化を醸成することも大切である。

複雑で不確実な難問に適切に対応するためには、知性と情報、その基盤となる倫理観、モラルが不可欠である。日本のような国であっても、こうした思考の枠組みと創造力が劣化すれば社会経済活動は瞬く間に貧弱になる危険がある。3.11後の政治・行政と科学の状況は、この危険性を現実のものとして我々に突き付けているのではないだろうか。