原子力安全規制改革の方向性と今後の具体化における課題

政策ビジョン研究センター長
大学院法学政治学研究科 教授
城山 英明

2011/10/25

※ 下記本文中では、該当組織・法律等への外部リンクを張っています。

福島原発事故をうけて、政府は、東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会を設置し、事故原因の調査・検証を行うとともに、並行して、原子力安全規制に関する組織等の改革の基本方針の策定を進め、2011年8月15日に閣議決定された。その基本方針においては、①「規制と利用の分離」による信頼確保を目的として環境省の外局として原子力安全庁(仮称)を設置、②原子力安全規制に係る業務の「一元化」による機能向上、③「危機管理」の体制整備、④人材の養成・確保、といった方向性が示されている。このような方向性を具体化していくに当たっては、以下のような課題が考えられる。

法目的:放射線障害の防止

第1に、規制と利用を分離し、信頼性を確保するという意味では、原子力安全庁を組織として利用サイドから分離し、環境省に設置するだけではなく、作用法のレベルでも原子力安全規制の目的を再定義する必要がある。現在の原子炉等規制法の法目的は、「災害を防止し、公共の安全を図る」こととされているが、原子力による災害は「放射線障害」であり、これを防止することが法目的であることを明確にする必要がある。このような再定義により、原子力安全規制の広義の環境規制としての性格が明確になり、環境省の所掌とされる合理性も明確になる。また、原子炉等規制法の規制範囲をいわゆる多重防護の考え方に基づく設計基準だけではなく、設計基準を超えた事象であるシビアアクシデントにまで拡張するためにも、「災害」の防止から「放射線障害」の防止への法目的の転換は必要である。

日常的な安全規制ににおける独立性の確保

第2に、規制と利用の分離による信頼性確保が必要とされる日常における原子力安全確保における局面と、内閣レベルで政治的コミットメントを確保した上での一体的対応を必要とする危機管理の局面とをある程度明確に分けて議論する必要がある。前者の局面においては、政治からの「距離」、つまり、内閣、場合によっては担当の環境大臣からの「距離」の確保が必要になる。そのためには、人事や財政における自律性確保が重要であろう。人事運用として、フィンランドやフランスにおける運用に見られるように、原子力安全庁長官を専門的キャリアの最終ポストとして位置付けることは適切である。また、米国のNRCのように、安定的財源を被規制者からの手数料収入によって確保するというのも1つの考え方である。しかし、特に原子力発電の相対的縮小期において、規制の前提となる研究投資等を十分確保するためには、これでは不十分であるとも考えられる。

このような「距離」を確保するための手段としては、新組織の下に設置される原子力安全審議会(仮称)の自律性の確保も重要になる。原子力安全審議会を原子力安全庁の下ではなく環境省の下に置くことは、このような自律性の確保に一定の役割を果たすかもしれない。しかし、より重要なのは、この原子力安全審議会が、従来の総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会のように、下に数多くの委員会、小委員会、ワーキンググループ等を抱えて個別事項のみに労力を集中するのではなく、原子力安全規制システム全体の方向付けを俯瞰的自律的に行う役割を担うことである。そのためには、同種の機能を期待されながら果たせなかった原子力安全委員会の規制調査の経験を総括して、学習すべきであろう。

核不拡散や放射線規制を含めた一体化を

第3に、「一体化」の範囲あるいは対象の問題がある。今回の基本方針では、対テロ対策等の核セキュリティーの確保は、新たな原子力安全庁の所掌範囲となっている。福島原発事故においてクローズアップされた発電所における使用済み核燃料の管理の問題や、非常用電源・ポンプの配置が、原子力安全の問題であるとともに原子力セキュリティーの問題であることを考えれば、原子力安全の問題とセキュリティーの問題を同時に扱うことは、情報管理のディレンマ(安全に関しては公開が求められるのに対してセキュリティーに関しては秘密が求められる傾向があるという問題)はあるが、基本的には適切である。

他方、核不拡散に関する事項は対象外になっている。観点は異なるものの対象となる施設は共通であり、米国やフランスでも原子力安全と核不拡散を同一組織が扱っていることを考えると、中期的には核不拡散の分野も原子力安全庁に移転すべきだと思われる。また、放射線規制についても、モニタリングの統括的機能については原子力安全庁が管轄することになっているが、他の分野は文部科学省等に残ることになっている。前述のように、「放射線障害」の防止が原子力安全規制の法目的を規定するようになることを考えると、放射線審議会の役割等も今後は原子力安全庁に一元化するのが望ましい。その上で、発電以外の原子力利用分野である放射線の医療利用等については、原子力安全庁と厚生労働省等との適切な役割分担を設計することが可能であろう。

また、規制支援機関のレベルでの一体化をどのように考えるのかという問題もある。現在の基本方針では、独立行政法人である原子力安全基盤機構を環境省に移管することのみが決まっている。この原子力安全基盤機構と、日本原子力研究開発機構の安全研究部門放射線医学総合研究所の放射線障害に関わる部門との関係をどのように再設計するのかは未だ議論されていない。また、より根本的な問題として、研究に関して推進と規制を分けることに合理性があるのかという問題もある。安全研究は必ずしも切り出して行えるものではなく、一体的な研究開発の中に埋め込まれるべき性格のものともいえる。だとすると、規制支援機関における研究開発にかかるものについては、あえて安全研究とその他の研究を分けるのではなく、基本的には一体的研究開発を進めることとし、他方、原子力安全庁は必要に応じて必要な研究を依頼できる権限や財源を持っておくという体制の方が合理的かもしれない。

人材の養成・確保

専門家のキャリアパターン構築

第4に、人材の養成・確保を具体的にどのように行っていくのかという課題がある。基本方針においては、「国際原子力安全研修院(仮称)」というアイディアが示されているが、単に研修機関を作るだけで解決される課題ではない。1つの方向としては、関係省庁や大学等とも連携した形で、必ずしも原子力安全に限定されないレギュラトリーサイエンスや危機管理の専門家のキャリアパターンを日本として構築することが考えられる。原子力に関わる研究開発機関もその中で重要な部分を担いうる。原子力潜水艦を持つ米国における海軍のような独自の人材供給源を持たない日本の場合、幅広いキャリアパターンの構築が不可欠であろう。

事業者レベルの緊張感のあるピアレビュー

また、事業者による自主保安への過度な依存は問題であるものの、現代社会において規制機能の全てを政府に回収することは不可能であり、緊張感を持った自主保安の体制をどのように事業者レベルで再構築するのかというのも、事業者における人材養成に関わる大きな課題である。その点では、米国においては、スリーマイル事故の後に、事業者・メーカーによる自主規制組織として設立された原子力発電運転者協会(INPO)の経験は興味深い。原子力については、他社の事故も自社の活動への社会的評価に直接影響するため、お互いに厳しくピアレビューを行う仕組みが構築されたという。実際に、INPOによる評価に基づいて保険料が決めるといったことも行われている。日本においては、電力会社間で炉型等が異なることもあり、相互に口を出すことに慎重であったようだが、今後は緊張感のある事業者間のピアレビューの文化を確立することが重要だろう。


参考文献
城山英明「原子力安全規制体制の在り方を考える」『月刊公明』2011年8月。
城山英明「経済教室:原子力安全の体制見直せ」『日本経済新聞』2011年5月20日。
城山英明「原子力安全規制の課題:制度編」『エネルギーフォーラム』674号、2011年2月。
城山英明「原子力安全委員会の現状と課題」『ジュリスト』1399号、2010年4月15日。
鈴木達治郎・城山英明・武井摂夫「安全規制における「独立性」と社会的信頼−米国原子力規制委員会を素材として」『社会技術研究論文集』第4巻、2006年12月。
鈴木達治郎・城山英明・武井摂夫「原子力安全規制における米国産業界の自主規制体制等民間機関の役割とその運用経験:日本にとっての示唆」『社会技術研究論文集』第3巻、2005年11月。