新しい時代のエネルギー政策構築に向けて

公共政策大学院
政策ビジョン研究センター兼任特任教授
芳川恒志

2011/12/14

エネルギー政策において3つのEをどのように実現するか、自分の国ではない他国の例を挙げつつ述べよ。これが2006年春に私が国際エネルギー機関(IEA)のポストに応募した際、筆記試験で課された問題である。当時は、世界経済は総じて順調で、9.11後あたりから始まった原油価格の上昇が継続して毎年史上最高価格を更新しており、ポスト京都をめぐって地球温暖化の議論もますます盛んになっていた時代である。一方、IEAは、1974年、第一次オイルショック直後当時の主要消費国によってOECDのもとに設立された国際機関である。その具体的措置として石油供給が途絶し広範な影響が生じるような事態に対応するため戦略備蓄の放出を決定することができることからも明らかなように、元来石油を中心としたエネルギー安全保障を確立することが主たる設立目的であった。今日はこの古くて新しい問題に関する状況を概観した上で、エネルギーをめぐる世界と日本との関係について考えてみたい。

「3つのE」

まず、3つのEとは、エネルギー安全保障の確保(Energy security)、環境(Environment)、すなわち地球環境問題への貢献、経済性・効率性(Economic Efficiency)を表わす。個々の具体的な政策レベルでは各国の方向性は異なるため、IEAのような多国間で議論するとエネルギー政策のゴールや評価の座標軸を加盟国間で合意し文書にすることはほとんど不可能である(注:IEAでは1993年The IEA Shared Goalsが合意されている)にもかかわらず、この3つのEのレベルでは、これが共有された基本的目標であることは加盟国で一致した認識がある。

安全保障への回帰

3つのEが共有された基本目標であるとしても、これらの間でどこに重点を置くのかについては、国により時代により異なっている。過去5年はおそらく石油ショック以降、すなわちIEA設立以降、エネルギー政策に対する関心が世界的にも最も高まった時期であったと思われるが、IEA事務局からみると、加盟国の関心の重心は、まずエネルギー安全保障から地球温暖化問題を契機として2つ目のEに移り、2010年半ばあたりから地球環境問題から再びエネルギー安全保障に回帰した。さらに、その中身も石油を中心とした化石燃料から電力という2次エネルギーを含めた総合的な安全保障と変わってきている。付け加えると、もともと地球温暖化問題がIEA加盟国の最重要関心事となるのと軌を一にして、中国、インド及びロシアを中心とする非加盟国に対する働きかけ(アウトリーチ)への熱意が非常に高まり、拡大した非加盟国との間の活動は、今やIEAの通常業務に組み入れられつつある。

このようなエネルギー安全保障への回帰が起った原因にはいろいろな解釈がありえるが、世界的な景気後退の中で政治経済の先行き不透明感が増してきている現実を反映しているのではないだろうか。個々に見ると、ポスト京都議定書を巡る議論が期待されたほどは進展していない現状、様々な試みが試されてはいるものの中国、インド等新興国を含んだ有効なグローバルガバナンスについて明確な答えを我々が持ち得るに至っていないことへのフラストレーション、また「アラブの春」に代表される中東や北アフリカにおける地政学的な混乱なども影響していると思われる。その結果、足元のエネルギー安全保障がより重視されるようになっているのではないか。同時に、世界経済が停滞感を増す中、各国とも第3のE、すなわちエネルギーコストについてより敏感になりつつある。そして、このような流れを象徴するものが、リビア危機を契機として、これにより市場で失われた原油を補うことを目的として本年6月に行われたIEAによる戦略石油備蓄放出の決定であろう。余談になるが、IEAによるこの3度目の戦略石油備蓄の放出(過去は、1991年湾岸戦争時、2005年ハリケーン・カトリーナ時)は、従来とは異なり、リビア危機発生から約4か月としばらく時間がたっていた時期の石油価格が比較的安定している中で行われたものであり、石油需要期を控えたいわば先制攻撃的な措置であるとしてIEA内で採択された経緯がある。

最善のエネルギーミックス実現への座標軸

ところで、3つのEはどのような機能を果たしているのであろうか。言うまでもなくエネルギーは、国民生活や経済産業活動に密接に関係する分野で、発電所や送電網等のエネルギー・インフラが場合によっては半世紀の長きにわたって稼働することや政策の効果が表れるのにも時間がかかることなどからも明らかなように、その政策立案には中長期の視点が不可欠である。また同じ理由で柔軟性とともに政策の安定性の観点も無視すべきではない。この3つのEは、このようなエネルギー政策に求められるこれらのポイント、すなわち短期のみならず中長期の視点、政策の柔軟性と安定性、市場との安定した関係などに関し、世界の主要消費国であるIEA加盟国の間で共通の土壌を提供するという意味において効果的な枠組みを提供してきたように思われる。3つのEは、エネルギー政策当局者が各国においてそれぞれが持つ固有の制約条件の中で、最良最善のエネルギーミックスを実現していく際の座標軸として機能し、結果として政策の安定性や一貫性の維持に寄与していると言えよう。

世界環境の変化

グローバルなエネルギーを囲む環境も大きな変化を遂げつつある。

新興国の台頭

まず、エネルギーをめぐる国際的な構造が変化し、従来とは異なった国際的視点の重要性が増していることである。すなわち、BRICsの目覚ましい経済発展を引くまでもなく、最早エネルギー安全保障やCO2削減などについて新興国を抜きにしては意味のある議論ができない状況が生まれている。今や新興国が世界のエネルギー需要を牽引しており、IEAの最新の予測によれば、2020年には中国が世界最大の石油輸入国になる。CO2の排出でも中国はすでに米国を抜いて世界最大の排出国になって久しく、世界全体の4分の一を占めるに至っている。このような新興国の動向はそのまま国際エネルギー市場に影響を与え、そのまま我が国の3つのEにも影響を及ぼしているのである。

電力へのシフトと国境を越えた地域ネットワーク構築

第二に、エネルギー安全保障をめぐる世界の環境も変化をしつつある。例えば、石油の相対的重要性が下がり、天然ガスの役割が増大するだけでなく、経済社会が化石燃料を中心とする一次エネルギーから電力へより依存しつつある現在、グリッドやパイプラインを通じて国境を越えた地域のネットワークがエネルギー安全保障を考えるユニットとして重要性を一層増している。EUがその好例であるが、細かく見るとEU内でも、ベネルックス地域、北欧等経済的文化面での結びつきの強い地域でネットワークの構築が進んでいる。よく言われることではあるが、ドイツやイタリアの脱原発の決定も、このような電力グリッドを通じて電力の融通が容易に行い得る環境でなされたことを見落としてはならない。ひるがえって我が国を取り巻く自然、経済政治的環境は、世界の他の地域に比べ複雑で厳しいと言わざるを得ない。加えて、我が国内におけるネットワークも万全とは言い難いのが現状である。

エネルギー政策のフロンティア拡大

第三に、地球温暖化が主要な政策課題となるに伴って、省エネを含むエネルギー需要サイドの重要性も高まっていることだ。例えば、IEAが欧州の中小国のエネルギー政策レビューに行くと、面談する相手方は市役所等の地方政府の交通当局だったり、ビルの建築基準等の担当者だったりする。多くの場合、中央政府のエネルギー政策担当者はいわゆる公益的規制等に集中し、日本との比較でいえば驚くほど人数が少ないが、他方で、幅広い需要サイドの政策については、中央政府の他の部署や地方政府等でしっかりとカバーされていることにも驚かせられる。エネルギー政策のフロンティアが拡大しているのだ。例えば、今やハイブリッドや電気自動車等の自動車の技術開発はエネルギー政策の主要な一翼を担っている。IEAと世界の自動車産業界との関係も深まりつつある。言うまでもないことであるが、需要サイドのエネルギー政策は、そのまま3つのEに影響することも他と同様である。

国際社会からの期待

以上を述べたうえで、最後に、国際社会がいま日本に何を期待しているだろうかについて考えてみたい。

まず、なんといっても福島第一原子力発電所の事故を早急に収束させることである。同時に、その間の経験・情報と教訓を国際社会と共有し、世界の原子力発電の一層の安全性強化のみならず、このような未曾有の原子力事故が生じた場合のエネルギー危機管理等に関する世界各国の能力向上のために貢献することである。大混乱の中致し方ない側面も多くあったとはいえ、事故後に日本発の情報があまりに少なかったこと、また情報が必ずしも正確でなかったことに世界は強くフラストレーションを感じていた。私もIEA内の会議で同僚から、なぜ東京にちゃんと聞かないのかと詰め寄られたこともある。さらにその後の国際社会との情報提供、対話は十分だろうか。さらに同じような意味で、我々が想像する以上にエネルギーの世界では日本の存在は大きく、日本に対する期待も強いことにも気づくべきだ。日本の政策や動きはそのままエネルギー市場等に影響を及ぼすのである。

第二に、原子力に加え、発電の効率性向上や省エネ等の需要サイドの分野で、我が国の技術力に対する世界からの評価は高く、その普及についての期待も大きい。我が国は幅広いエネルギー需要産業を持ち、高効率発電や効率的な製造ラインの実現、省エネ分野等では世界に冠たる技術と実績を有する。特に、今後エネルギー需要が伸びる中国等新興国に対して効率性向上等の技術を普及させることは、とりもなおさず我が国のエネルギー安全保障や経済性の向上に寄与するだけでなく、地球温暖化問題の解決にも寄与する。既に商業ベースで競争が進んでいる分野もあるが、規格作りや人材育成など日本が貢献できる分野も依然多いはずだ。前述の3つのEを巡る最近の国際エネルギーの動きを踏まえれば、我が国が東アジアを中心とする地域で原子力等の安全及び需要面を含めたエネルギー国際協力、国際貢献を強化していくことは合理的な選択である。

第三に、上記のような国際社会からの期待に的確に応えるためにも、国内においてエネルギーの安定供給の基盤をしっかりと整えることだ。当面はまず量の確保をしっかり行うとしても、将来に向けた制度設計等に当たっては、先述のように国際環境が変化してきていることなども考慮されなければならないだろう。また、このような時期こそ3つのEを踏まえ、将来を見据えてエッジのたった、同時にこれまで培ったバランス感覚が十分に発揮された新しい時代のエネルギー政策を構築することは、日本のみならずグローバルなエネルギー市場やエネルギー政策の安定の観点からも重要な要素である。よもや日本がグローバルなエネルギー市場の不安定要因になってはならない。

今後日本がどのような方向に向かうのか、どのような政策をとるのかについて世界が強い関心を持って注目していることを忘れてはならない。