オバマ大統領は筋金入りの「オープンガバメント(開かれた政府)」推進者である。
上院議員時代には2006年連邦支出透明法の提案者に名を連ね、大統領予備選中のマニフェストでは最新のインターネット技術を基礎にしたオープンな政府をうたい、さらに2008年6月には連邦支出透明法の強化改正案を議会に提出した。そして、今年1月の大統領就任式の翌日、初仕事として、開かれた政府を進めるための覚書2通に署名した。
最初の一通は「情報自由法」に関するものだった。9.11テロの影響でブッシュ時代に後退した同法の運用を改善し、「情報公開すべきか迷うときは公開する」という方針を明確に打ち出した。これをうけてホルダー司法長官は3月、ブッシュ時代のアシュクロフト司法長官が「情報公開には慎重にあたれ」と指示した9.11直後の通達を破棄した。
3原則は「透明・参加・協業」
もう一通の覚書は、彼の開かれた政府の真骨頂を表している。「民主主義の強化」と「行政の効率と効果向上」に向けて、開かれた政府の三原則を示したのだ。第一が「透明性(transparency)」、第二が「国民参加(participation)」、第三が「協業(collaboration)」である。
透明性は「政府の持つ情報は国民の財産」という考えに立ち、最新の技術を駆使して「情報公開」を積極的に進め、説明責任を果たすというものだ。情報を国民が共有することで、国民は公共について考え、アイデアを出し、ともに統治する、これを意識して政府は能動的に見やすく使いやすいデータの提供をするというわけである。三原則の中の最も基本で、ほかの二原則が機能する原点となる。
その具体例は「USAspending.gov」というウェブサイトでの政府支出の公開である。
これはオバマが共同提案した連邦支出透明法で義務付けられた。スタートはブッシュ時代だが、オバマ政権になってより見やすく分かりやすくなっている。
このサイトでは、政府のお金をだれがいくら受け取って何に使っているかが一目瞭然でわかる。調べたい企業名を検索すると、その企業と政府との契約内容が直ちに出てくる。これには「OMBウオッチ」という、政府の予算や支出を監視する民間の非営利団体の技術を活用している。最近では緊急景気対策について、その具体的支出を地図で示す「Recovery.gov」を早々とオープンした。
5月には「Data.gov」というサイトも開設された。政府の持つデータや情報を利用者側の視点に立って提供するのが目的だ。経済指標はもちろん、各省の組織別・職能別職員数などの統計から有害化学物質排出目録や米国土の航空・衛星写真まで、各省庁が保有する多彩なデータをワンストップで提供する窓口で、利用者はその使い勝手を点数で評価できる。まだ発展途上だが、データ項目数は現在1000以上に増えている。
国民がデータをコンピューターで自由に分析できるように提供するのもオバマ政権の新機軸だ。「Data.gov」では、このための生データの提供を同時に進めているが、米国の官報でも同じような方法で10月上旬から情報が提供されるようになった。
二つ目の原則となる「国民参加」は政策形成過程に直接的な形で国民の声を取り入れることをめざしている。米国に限らず、これまで政策形成は国民から遠いところで行われてきた。選挙で選ばれた政治家が政策の方向性を示し、それを日本では官僚が、米国では議会スタッフや政治任用の官僚が実際の政策に具体化し、実行するのは現場の公務員という形だった。
オバマの覚書には「知識は広く社会に散在している。その知識を政府は生かそう」との趣旨が書かれている。限られた内部の専門家の知識だけでなく、広く国民の知見を生かすことで、より効果的で国民の賛同を得られる政策を立案できるのではないかというのだ。
その実現に向け活用するのが双方向機能を持つウェブである。開かれた政府に関する各省向け政策指令の作成過程では、早速ブレーンストーミングや議論、提言案作成にウェブを活用した。これには課題も多く緒についたばかりだが、政府のウェブコンテンツ専門家が各省にいて、彼らがいろいろと課題の研究をしていて、米国政府の職員層の厚みを感じさせる。
第三の原則「協業」では、省庁間、中央と地方、政府と国民との協業による行政サービスの執行がある。やはり最新のネットワーク技術で縦横の連携をとり、かゆい所に手の届く行政サービスをめざす。これには組織につきものの縄張り意識の壁があり、政府の組織文化の作り直しこそ先決かもしれない。しかし先ほどのOMBウオッチなどの民間団体との間や政府の会計や情報システムなどの専門家集団では、組織の壁を越えて日本より格段に協業が功を奏している。中央と地方の協業もポータルサイトの連携などはスムーズにできている。
日本でも、鳩山首相の所信表明演説のなかに、開かれた政府の三原則がそっとちりばめられていた。「情報面におきましても、行政情報の公開・提供を積極的に進め、国民と情報を共有するとともに、国民からの政策提案を募り、国民の参加によるオープンな政策決定を推進します」というくだりだ。さらに、「新しい公共」という言葉を用いて、公共サービスを政府と国民やNPOが共同して作り上げていくことも提唱した。
日本は具体策の立案を
ただ、鳩山演説はオバマの覚書にあるような民主主義の原則論や具体的な展開には触れていなかった。「縦割り行政の垣根を排除」も指摘したが、「戦略的に税財政の骨格や経済運営の基本方針を立案」するためとかなり限定的である。「新しい公共」は三原則に支えられて生き生きするのだが、この関連性も見えてこない。
オバマ政権の試みには「大衆の知恵が引き出せる条件は何だろうか」「専門家の役割は何だろうか」という本質的な問いが残されている。その上、ウェブ特有の課題もある。例えば冷静な議論がどこまで可能か、声なき声を拾えるのか、政府職員はどこまで自由に参加できるかなどである。
ただ、これらの疑問や課題は実行してみなければ解決策も見えてこない。行政現場でも今後の経験の積み重ねによるところが大きいし、意見集約の実証的理論的研究が必要な分野だ。東大公共政策大学院では、私たちの授業の学生が中心になって、参加型ウェブサイトによる意見集約の可能性と限界を探る実験を試み、「みんなの意見は案外正しい」が成立する条件を確かめる予定だ(http://wisdomofcrowds.jp/)。
ウェブメディアを使った国民と政府の開かれた関係を基礎にする新しい行政スタイルの試みは、米国のほか欧州でもすでに始まっている。この国際競争のアリーナに、日本も真剣に参加し、民主主義の質を磨く時が来ているのではないだろうか。
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