エネルギー政策ラウンドテーブル
グローバル視点でベースとなる議論を
2012/3/19
第1回エネルギー政策ラウンドテーブルは、2月21日、新設された伊藤謝恩ホールにおいて、予想を超える参加者を得て、盛会のうちに行われた。主催者である政策ビジョン研究センターとして、今後エネルギー問題にどう取り組んでいくか、その中でこのラウンドテーブルの役割は何かなどについては、当日の冒頭で城山政策ビジョン研究センター長から紹介があったところである。
ここではこのラウンドテーブルの責任者として、この企画に込めた思いと第1回の結果などについて報告したい。
エネルギー政策ラウンドテーブル
このラウンドテーブルは、昨年3月の東日本大震災と福島原子力発電所事故を受け、政府において抜本的なエネルギー政策の見直しが行われ、エネルギー問題について国民的な関心が高まるという環境を踏まえて企画した。東京大学が国際的・学際的・業際的観点から、中長期の視野を踏まえつつ、我が国のエネルギー政策について議論する材料や視点を提供しようと考えたからである。
本来エネルギー問題は国際的なものであるが、特に我が国は今後エネルギー需要が急速に高まっていくアジアに位置している。我が国がエネルギー安全保障を引き続き確保していくためには、幅広い視野から状況を注意深く研究・分析し、これを踏まえて安定的でありながら柔軟性も備えた政策選択を行うことが求められる。同時に、この国民的な関心の高まっている事柄をフィールドにして、学問や業界の垣根を越えて、学内外の専門家が世界の英知と議論し刺激を受け合い与え合うことも重要である。
このため、このラウンドテーブルにおいてはテーマとして次の2つを設定した。
- 日本のエネルギー政策、特に日本のエネルギー安全保障や、世界のエネルギー安全保障に対する日本の貢献の在り方
- 世界の中のアジア、アジアの日本、アジアにおけるエネルギー協力の在り方
このような問題意識から、このラウンドテーブルは、まずいわば「外からの視点」を提供することを目指している。エネルギー分野で世界の議論をリードしている講師を海外から招聘し、講演してもらう。さらにわが国のエネルギーやその関連分野における第一人者が加わって議論を深めるのが狙いである。また、上記のテーマはいずれも大きな課題であり、このラウンドテーブルも2−3カ月に一回、年間5回程度開催することを予定している。こうして一年を通じて議論を積み重ね、12か月で一定の方向性を提示することを目的とするものである。
後に続く議論のベースともなる第1回には、できるだけ大きくグローバルな、いわゆるヘリコプタービューを提示しうる講師やパネリストの方々にお願いした。様々な現状認識や多岐にわたる課題などをできるだけ多く提示してもらいたかったからである。
一方で、このラウンドテーブルにはエネルギーにかかわる、或いは関心のあるできるだけ多くの方々に参加していただくため、時間も可能なかぎりコンパクトなものにしたいとも考えていた。講演とパネルディスカッションを含めて2時間としたのは、これが理由である。また、伊藤国際学術研究センター内の伊藤謝恩ホールの完成を待って、同ホールの最新施設・設備を活用しようとしたのも同様の理由である。さらに、会場に来られない方々のためにラウンドテーブルの様子をビデオで公開する予定である。加えて、参加者の中からパネリストをつのり、来場者の意見を取り入れると共に、今後はソーシャルメディア等を通じて双方向の情報発信を行うことも検討している。
第1回結果概要
さて、第1回のラウンドテーブルの結果であるが、期待した通り多くの様々な論点が提示された。これらをすべて筋道立てて述べることは困難であるが、以下ビロール博士の基調講演をベースに私なりに補足しつつ整理して述べてみたい。
- エネルギ — を巡るグローバルな環境は、前例をみないほど不確実性を増している。既に世界経済の減速や福島原子力発電所事故、「アラブの春」に伴う中東北アフリカ地域への投資の遅れなど既に憂慮すべき傾向にあったが、イラン経済制裁等により原油価格が高止まりし輸入国の資金負担が急増するなど、新たな懸念材料が加わっている。
より中長期的視点で見ると、今後も化石燃料に依存する時代は続くものの、グローバルなエネルギー構造は需要供給の両面で新しいステージに入りつつあるとも思われる。すなわち、供給面では、今後も化石燃料に依存する時代は続くものの、原油について生産・輸出は多様性が乏しくなり高価格の時代になっている一方で、シェールガス等の非在来型ガスの開発が進み天然ガスの黄金時代を迎えつつある。この非在来型ガスの生産が飛躍的に増加することについては、価格のみならずエネルギー安全保障に対しても大きな影響を与えうるものである。一方需要面では、新興国、とりわけ中国とインドのエネルギー需要が急増し、世界全体の重要の増加を引っ張っている。 - このような新しい環境は、政策的にはエネルギー安全保障に対する関心を増大させている。従来IEAによる90日の備蓄とこの戦略備蓄の放出といったいわば伝家の宝刀があったが、このような石油を中心としたものから他の化石燃料も含めるだけでなく、①二次エネルギーに政策の重点が移行しつつある。また、②エネルギー安全保障の単位が例えば分散型電源やITの活用等でローカライズする一方、グリッドの発達等で国境を越える方向にもあることや、③そもそもエネルギー政策が需要サイド、例えば自動車産業やビル、電機など多くの分野を包含しつつあることなど、エネルギー安全保障の概念そのものについても見直しが必要となってきている。一方で、国際的なガバナンスの観点からは、国際エネルギー機関(IEA)の有効性や新たな国際的枠組みに関する議論が必要となってきている。さらに、エネルギー輸送の安全確保も一層重要な課題となりつつある。
- また原子力については、従来3つのE、すなわち、エネルギー安全保障の確保、地球環境問題への貢献及び経済性の確保のいずれにも大きく貢献してきたが、福島原子力発電所事故後一部の国において政策の見直しが行われている。原子力からの撤退は、従来原子力に依存しエネルギーの自給率が低い国であるほど、この3つのEのいずれの観点からも厳しい状況に直面することを意味する。
- エネルギー安全保障の確保や将来の環境制約、環境制約等を考慮すると、中長期的観点からは、省エネ、CCS等の低炭素関係、資源開発、再生可能エネルギー等の技術開発が重要である。
- 中国、インド、ASEANを中心とする経済成長が著しいアジア地域では、今後エネルギー需要及びCO2排出双方が急増する。これは将来的にはこれらの国・地域のエネルギー政策やエネルギー情勢が、そのまま他の世界のエネルギー情勢や3つのEに直接的影響を与えることを意味する。このような観点から、アジアにおいて現在まで進んできている二国間対話に加え、APEC、EAS、ASEANやASEAN+3等様々な協議の場を一層活用することも重要性が増してきている。同時に、エネルギーに関するグローバルな枠組みに関する議論も活発化しつつある。
- この様な中我が国に対しては、まず世界に対して福島原子力発電所事故の情報や教訓を国際社会としっかり共有し、上記のようなエネルギーを巡るグローバルな環境を十分踏まえた、安定したかつ柔軟なエネルギー政策を早急に確立すべきである。そのためにも、エビデンス・ベーストで透明性の高い、比較可能な形で科学的知見に基づいた政策議論を行わなければならない。その際、原子力や再生可能エネルギーだけに着目して議論をするのではなく、トータルなエネルギーミックスを議論すべきである。また、アジアとの関係では、省エネやクリーンコール、CCS等の低炭素関係の技術やこの分野の経験を基礎として、双方にメリットのある形で貢献・協力を行うべきではないか。
パネルディスカッション
パネリストの先生方からは、次のような問題提起、コメント等をいただいた。まず森田教授からは、日本のエネルギー安全保障のためには特にアジアとの関係が重要であるとの認識の下、現在政策ビジョン研究センターが東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)とともに取り組んでいる、東アジア首脳会議(EAS)エネルギー大臣会合のイニシアティブによる「ASEAN省エネルギーロードマッピング計画」の紹介があった。また、日本のエネルギー政策見直しの検討等に当たっては、エビデンスに則った科学的知見を十分に踏まえた透明性のある議論がなされなければならないとのコメントがあった。続いて中谷教授から、ホルムズ海峡の国際法的地位について解説されたのち、エネルギー問題の国際的ガバナンスの問題として、中国、インドに代表される新興国と従来の主要エネルギー消費国の集まりである国際エネルギー機関(IEA)との間に将来どのような関係が構築されるべきかといった問題提起があった。佐藤教授からは、ビロール博士からも言及のあった非在来型天然ガスについて、将来見通し、課題等について包括的な解説をいただくとともに、中谷教授の2点目と同様、グローバルなエネルギー問題のガバナンスの重要性について指摘があった。最後に、前IEA事務局長の田中エネ研特別顧問から、イラン経済制裁を例にひきつつエネルギー自給率が低く中東に依存せざるを得ない我が国にとって、エネルギー安全保障が重要かつ差し迫った問題であること、同様の観点から、国際的な側面のみならず欧州との比較でグリッドが孤立しかつ国内的にも東西で周波数が違っているなど、エネルギー市場整備面等国内的な課題もあるとの問題提起があった。
この様に、パネリストの先生方からは、それぞれのご専門分野の知見に立脚した示唆に富みかつ具体的なお話をいただいた。一方で、これは当方の不手際であるが、時間の制約もあり十分な討議の時間が取れず、事実上問題提起に終わらざるを得なかった。これらの貴重なコメントは今後の検討に活かすこととしたい。
今後に向けて
今回第1回を終えて講師、パネリストの方々や参加していただいた方々から多くの励ましとともにいくつかの有益な示唆もいただいた。その最大のものは、前述の通り、私自身も反省しているが、カバーする範囲が広範にわたった反面、時間が非常に短かったことだ。また、司会をした私に対するものとしては、このラウンドテーブルの趣旨や狙いをもっとはっきり言っておくべきだとの指摘もいただいた。いずれももっともであり、次回以降のラウンドテーブルの運営に反映していきたいと思っている。
一方で、このラウンドテーブルはまさにスタートしたばかりであり、今後も継続していく予定である。年末に向けてしっかりと議論を深めていきたいと考えている。同時に国内のエネルギー政策の議論が一層深まっていくのに貢献できれば幸いである。
次回は4月20日(金)午前10時からシンガポール国立大学エネルギー研究所所長のSK Chou教授を招いて、テーマの2つ目アジアのエネルギー情勢や直面する課題、そのための政策に焦点を絞って議論していく予定である。引き続きたくさんの方々の参加をお願いしたい。