複雑につながった社会におけるエネルギーインフラの課題
2012/11/27
Photo by AP/AFLO
はじめに
2011年3月の巨大地震と津波による未曾有の人的被害、大規模な社会インフラシステムの甚大な被害、福島第1原子力発電所の苛酷事故、そしてこれらをトリガーとしたその後の社会的、経済的、政治的な問題群の顕在化。これらの出来事は、現代の社会経済活動が広域そしてグローバル且つ重層的に相互連結し、様々な技術システムに支えられるとともに、それらに強く依存し、複雑化していることを改めて浮き彫りにした。本稿では、今後直面するかもしれないエネルギーインフラ問題を念頭に置きながら、相互連結・依存する複雑化した社会において、次なる危機に備え何を考えるべきかについて述べてみたい。
相互につながり依存している重要インフラ
東日本大震災では、橋の流出や道路の法面崩落などで高速道路を始め国道・県道の多くが通行不能となり、東北・秋田・山形新幹線も被災、太平洋沿岸路線の駅舎や線路等は流出する事態となった。生活や生産現場に必需である電気・ガス・水道・通信・金融といったライフラインにも甚大な被害が発生し被災地での救助・救援・復旧活動に大きな制約をもたらした。内閣府の推計によれば、建築物、ライフライン施設、社会基盤施設等のストックへの直接被害額は16兆9000億円に上っている。
情報通信、金融、航空、鉄道、電力、ガス、政府・行政サービス(地方公共団体を含む)、医療、水道(上下水道、工業用水道)、物流(道路、海路、港湾)。これらは重要インフラストラクチャ(Critical Infrastructures: CISs)と呼ばれ、われわれの日常生活に必要不可欠、または国家として社会的、経済的に継続するために必要な施設、システム、拠点、ネットワークであり、その機能が停止、低下または利用不可能な状況に陥った場合には多大なる影響を及ぼす可能性をもつ。そして、これらの重要インフラはさまざまな形でつながり、物理的あるいは機能的そして社会経済的な相互依存性をもつ複雑な大規模ネットワークである。
東日本大震災では、福島第1原子力発電所も物理的そして機能的依存性を持つ電力供給・情報通信・道路などの重要インフラを喪失し、緊急事態対応は大きく制約され過酷事故に至った。そして、この事故は地域住民の生活を奪うだけでなく、原子力発電所との社会・経済的な依存性をさまざま発露させ、東北復興の障害、東北・関東地域での電力供給不足による生産活動の停止・低下、さらにはサプライチェーンを通じた全国・国外への影響波及、全国の原子力発電所の稼働停止、原子力・エネルギー政策の抜本的見直し論議へと、連鎖を今なお引き起こしている。
このような状況をみると、重要インフラのなかでも電力供給インフラが如何に重要かは論をまたない。わが国の現在の電力供給インフラの特徴は、①他のインフラの電力供給インフラへの機能的依存性は極めて高く、②災害時に電力供給が停止するとほぼ全ての重要インフラは機能停止もしくは機能制限に至る可能性が高く、また復旧作業に影響のでる重要インフラが多い。一方、③他の重要インフラへの依存性、すなわち電力供給が機能停止に至る可能性のある依存性は、情報通信への依存性(欧米と比べわが国では影響はほぼない)や工業用水利用(排煙脱硫装置に利用)による発電機能低下などが可能性としてはあるが直接的なつながりという点では明示的にはみられない。
過剰なつながりが生み出すリスク
“高度に繋がった大規模なシステムは特定の状況下におかれると必ず不安定になる(E.P.ウィグナー、1958年)”、“規模が大きく複雑でダイナミックなあらゆるシステムは、ある臨界値までは安定していたとしても、更に結合度合いが高まると突如として不安定になる(W.L.アシュビー、1970年)”といわれている。では、このような視点からわが国のエネルギー資源調達行動をマクロに見たとき懸念はないだろうか。
日本のエネルギー資源・燃料の安定確保戦略は、資源ナショナリズム台頭による争奪戦のなか、官民とも資源国・企業とのネットワーク・連結拡大の方向にある。日本のエネルギー資源調達ネットワークがグローバルなネットワークと、W.H.ダビドウがいう高度連結状態(すべてがうまくいっているかに見える状態。結合の度合いが高まると物事はうまく進み、企業や経済体制等は変化を促していく。)にあるうちは良いが、この状態にたとえば新興国による全方位的な調達行動や安全保障行動がポジティブ・フィードバックとして作用すると、変化は一方的に加速しフィードバックループを増幅し、日本は知らず知らずのうちに否応なく過剰連結状態(環境が急激に変わりすぎて企業や経済体制等が変化に追い付けない状態。また、その逆の状態。)に置かれる可能性はないか。自国の調達ネットワークの連結点(資源国の政府や企業)はもとより他国のネットワークの連結点について高度なインテリジェンスを持たず、グレーボックスのネットワークを拡大することは大きな危険をはらんでいる。もし社会・産業構造改革や政治・行財政改革が進んでいないなかで、過剰連結状態に陥り、ひとたびネットワークに思考感染を伴う経済的感染が起きたら、甚大な被害を受ける可能性が高いのではないか。国際的協調といったグローバル・ガバナンススキームにも期待するが、日本として連結性を管理する能力、たとえば外界に引けをとらない力、いわゆるバーゲニングパワーを持つことは極めて重要となる。相互依存関係や相互連結関係がどのようなリスクを生み出すかについて理解を深めることは重要課題である。
複合リスク対処への挑戦
相互連結・依存した複雑な現代社会では、単一セクターでのリスク問題として対処するだけでは済まず、最初の段階よりシステミックリスク、いわゆる複合リスク問題へ対処するという認識と対応が必要である。しかし、それには多くの国内外の利害関係者が関わることとなり、必然的に各セクターのリスク対応意思決定者のリスク認識(対応目標、範囲、重要度、優先順位など)およびリスク最小化へのインセンティブの差異(ずれ)が顕在化し、それらの調整が困難を極めるだろう。このような状況に各セクターのレジリエンス能力の差異も加わると、社会全体としてみると、新たなリスクが思いもよらず時間的、空間的に生まれ、各セクターが目標とするリスク対応がより複雑化する可能性がある。
東日本大震災・原子力災害という複合リスク問題を経験したにもかかわらず、政治の統治力欠如に行政機構の縦割りも相まって、個別重要インフラについての分析や考察は関連する省庁や学協会等で行われたであろうが、相互連結した重要インフラの耐性や脆弱性や相互影響を全体的な視点から分析し、次なるシステミックリスクへの備えを検討する動きは見られない。
相互連結・依存した複雑な重要インフラ・ネットワークのダイナミックな挙動や影響を把握、理解することは、我々の認知限界を超えており難しい。筆者は複雑系の数理研究による可視化に大いに期待しつつ、一方では東日本大震災・原子力災害や重要インフラでの事例の検証を積み重ね、システミックリスクへの対応の枠組みを提示し、その枠組みにおいて各セクターのリスク対応意思決定者が認識しておくべき共通的基本事項は何かを検討することが重要だと考えている。また、規制は特定の産業や活動に合わせた狭い範囲にしか焦点を当てていないため、対処されていない多様な副次的な影響とのギャップが拡大している。重要インフラの規制ではこのことについてどう考えるのかも重要な課題である。
重要インフラの運営管理主体は平時より有事について注意を払わねばならない。有事に備える人的・物的リソースは平時には無駄と映るだろうが、真の危機に直面したらその無駄が機能し役立つことは東日本大震災でも明らかとなった。一見無駄な遺伝子も環境が変わるとその無駄な部分が役立ち生き残りにつながるというレジリエンス能力。どの程度まで、どのような形でこの無駄をもつかは、国全体で考えるべき問題である。
最後に、レジリエントな社会として自律分散協調型社会の実現が提唱され議論が活発化しつつあるスマートコミュニティ。これは重要インフラの一つの将来形で、一般市民も含め多様なプレイヤーが複雑に技術や制度を通して繋がり合う、今以上に複雑なスケールフリーネットワークとなる。このネットワークの動的頑健性の確保には、前述した課題とともにバーチャル空間での人間行動を理解することが重要となろう。
このコラムは「エネルギー・レビュー」2012年12月号に掲載されたものです。