結社の時代の予感

NHK解説委員 大島春行

2013/1/18

Photo by AP/AFLO

バブル崩壊以降、日本のものづくりはすっかり元気を失ってしまった。このままではワクワクするような新しい製品は出てきそうもない。それは何故か、そしてどうすればいいのか。そのことを考える上で参考になりそうなのがEV・電気自動車を巡る開発の動きだ。そこで、EV開発の動きを追いかけながら、ものづくりにおける新しいチーム作りについて考えてみたい。

EVは、自動車メーカーを中心に開発が進められていて、3年前から本格的に売り出されたが、自動車メーカーはどうしても、この100年間慣れ親しんできたガソリン車と同じ機能を追求する余り、走行距離の長い比較的大きな自動車を作ろうとする。勢い、高性能の電池を要求する傾向が強く、結果として、電池の機能と価格が追いつかずに売れ行きは今ひとつ伸び悩んでいる。

こうした中、走行距離や広い居住性はガソリン車のようにはいかなくても、近所に買い物に行く程度なら、小回りの利く、一人か二人乗りの超小型EVで充分ではないかという発想が出て来た。現に、自動車利用者の60%が1日あたり10km以下しか走っていないという統計もある。そういう乗り物なら、今あるPC用電池や多少重たい電池で事足りる。具体的には軽自動車より小さく、原付自転車より大きいといったイメージだろうか。関係者たちは超小型EVと呼んでいる。国土交通省も超小型のEVを積極的に普及させていきたい考えで、どのような乗り物が適当か、制限速度はどうするべきかなどについて、年末までパブリックコメントを意見を募ったりして、必要な法整備作りを進めている。

超小型EVは自動車メーカーも開発に着手していて、各社色々な形の可愛らしい自動車を作っているが、それとは別にベンチャー企業の活躍も目立っている。こちらの主役は大企業を飛び出した若者たちだ。彼らは、クルマの概念を一変させるような新しい乗り物を作り出そうとしている。

例えば、手動式の車椅子に取り付けると電動車椅子に早変わりする装置を作ったベンチャー企業がある。大きなヘッドフォンのような装置を、手動式の車椅子に取り付けるようになっていて、この装置にちょっと体重をかけると前進し、持ち上げると停まる。もっと持ち上げるとバックする仕組みだ。1年ほど前に開発され、モーターショーに出品されて話題を集めた。

これを開発したのは、日産、ソニー、オリンパス、電通、そうそうたる大企業を飛び出した29歳と30歳の若者五人だ。彼らの勤めていた大企業では、電動車椅子の開発は許されなかった。マーケットが小さいし車種が特殊なので開発リスクが大き過ぎるというわけだ。

五人の若者たちは諦めなかった。会社が認めないなら自分たちで作ろうと、学生時代の同級生やネット仲間に呼びかけた。アパートを借り、勤務が終わった夜や週末に集まって1年がかりでとうとう作り上げたのが電動車椅子だった。

この製品は去年9月に発売されたが、年明けには2号機が発売されるという。車椅子があっという間に二輪車に進化してしまう、そのスピードに驚かされる。ホームページで2号機を見る限り、この乗り物には、孫がおじいちゃんに乗せて欲しいと言い出しそうな魅力がある。

トヨタを辞めてデザイナーとして独立し、その後もトヨタと一緒に色々な製品開発を手がけている人もいる。トヨタと共同開発した「CAMATTE」というこの乗り物は、去年の東京おもちゃショーに出品された。電子制御で何でも自動化されている今の車の対極にあるようなこのクルマは、自分で組み立てる電気自動車で、その名の通りユーザーがカマッテあげないと走れない。お父さんと子供が一緒に組み立てる夢にあふれたクルマだ。クルマの原点とは何か、そこを考えていたらこのクルマにたどり着いたというこの若者は、トヨタに残っていたらこのようなクルマは作れなかったと語っている。実は、そこにこそ大きなヒントが隠されている。

大企業を飛び出した若者たちに共通するのは、こだわりを捨てないでワクワクするような製品を作りたいという、「とんがったものづくり」の姿勢だ。勿論とんがった製品が、事業として常に成功するわけではないだろうが、もし日本の製造業がもう一度活力を取り戻せるとすれば、それはとんがった製品からしか生まれないのも事実だろう。

今日本の製造業はすっかり自信を失い、元気をなくしてしまった。アップル社のスティーブ・ジョブズは日本の家電業界を、「海辺に打ち上げられた死んだ魚」と評し、相手にもならないと言い放っている。そのジョブズは、APPLE社にとって起死回生のヒット商品となったiPodを開発する会議の場で、気に入らないと試作品を投げつけたと伝えられている。それ位新製品に対するこだわりが強かったのだろう。

ソニーを創業した井深大は、持ち運びのできるオーディオ製品を外国でひとに見せびらかしたくてウォークマンを作ったそうだ。そういう無邪気な精神こそが傑作商品を生み出せるのだ。「自分が欲しいものを作る」。ものづくりの偉大な作り手だったこの二人に共通するのは、彼らが同時に「偉大な消費者」でもあり得た点だ。

しかし日本の製造業、特に大企業はもはやそういう熱い想いもこだわりも失ってしまったのだろうか。提案された新しい製品が、自社製品と競合する可能性があれば、まずその提案は通らない。とんがったアイディアは会議の中でどんどん削られて丸くされていく。社内で検討を重ねれば重ねる程、出来上がるのはつまらない製品になってしまうわけだ。家電量販店に行くとそのことがはっきりする。昼食を抜いてでも欲しいものがほとんどない。つまりは、メーカーが、「自分が欲しいもの」を作っていないのだ。

もう一つは、1980年代までは世界最強の生産システムだった系列システムが、今や重荷になり足かせになってしまったことだ。製品の寿命が10年単位だった頃には、素材や部品から製品に至るまでの生産ラインを系列化することが最も効率のいいものづくりのシステムだったが、製品の寿命が2〜3年で尽きてしまう現在のものづくりには適さない。死んだ魚と揶揄されても仕方がないのは、製品ごとに素材や部品の調達先を変えていかないと競争には生き残れないからだ。そういう時代に、関連会社や子会社にOBを送り込み、資本提携でガチガチに囲い込んでしまった系列システムを抱えていては、勝てるわけがない。

製品ごとにベストのチームを作れなければ、モノづくりの世界で勝ち続けることは出来ない。素材、部品、組立、そしてマーケティング、それぞれの分野で最高のドリームチームを作る、或いはどこかからドリームチームの一員として参加して欲しいという声がかかる、そういう企業になっていかない限り、日本のものづくりに未来はない。昔ならM&Aという手があったし、系列化も有力な手段だったかもしれないが、製品ごとにそんなことをやっていたのではとても時代には追いつかない。むしろ製品ごとに柔軟にチームを作り変える能力と感性が求められているのではないか。今はそれが出来ていない。

大企業が系列を超えて閉塞状況から抜け出す方策がひとつだけある。それは発想の自由なベンチャー企業と組んで新しい製品を開発していくことだ。会社の枠組みを超えたゆるいつながりが、これからのものづくりの主流になっていくかも知れない。新たな「結社」の時代が来る予感がする。

今、超小型EVに対する期待は大きいものがある。地方の観光地からは、小型の電動車で名所旧跡を回るプランや、坂道の多い住宅地に住む子育て中の主婦向けに自治体が小型電動車を貸し出す構想など2桁を超える計画が検討されている。小型電動車をきっかけに新しいビジネスモデルが出来てくれば、出口なしの日本のものづくりに活路が開けるかも知れない。大いに期待したいものだ。