真の経済的相互依存の確立が平和と繁栄を築く
中国、韓国との緊張を緩和し緊密化するためには、
互いに利益を享受できる真の関係を構築する必要がある。
2013/4/18
もはや通用しないプロたちによる外交
領土問題を巡り、中国、韓国との対立が際立っています。今後の日中・日韓関係をどのように見るかですが、短期的には楽観的、長期的には悲観的です。短期的には、政府間の対立の経済への影響は一時懸念されたほどひどくはなく、非政治的な専門分野での交流は継続しています。軍事面で中国からの威圧的な行為は繰り返されていますが、中国もある程度の軍事的な合理性に基づいて行動するでしょう。
ただ、中長期的な視点で見た場合、両国との関係には悲観的な見通しを持たざるを得ません。それは、日中、日韓関係ともに、これまで特殊な二国間関係として処理してきたものが限界に来ているからです。従来日本では、日中ないし日韓の二国間での関係を専門とする人々がそれぞれの外交を取り扱ってきました。また日本の保守派に属する政治家のなかにも、中韓に対する贖罪意識をもつ人々が挙げられましたが、世代交代とともにその実感は薄まりつつあります。中国、韓国においても、官僚をはじめ知日派がプロとして伝統的に対日外交を担ってきました。こうしたプロ同士の閉じられた空間での二国間関係を今後維持していくことは、不可能です。
その主な原因は情報化社会と民主化、グローバル化の進展です。情報技術の発展により個人の発言が増大し、民主化の進展とともに外交が内政の論理で行われるようになってきています。そして、グローバル化は日本経済の存在感を弱め、各国内の知日派は相対的に地位が低下してきています。現に中国、韓国で日本外交を意思決定する人たちは、知日派から米国の大学院で教育を受けたような人たちへとシフトし、グローバルな観点から決定を下すようになってきています。それらの結果、中韓の政治指導者が日本に妥協する場合の個人的な利害計算が、圧倒的にコスト(費用)の方が高く、ベネフィット(利益・恩恵)を上回る状況が生じています。
日本からしても、中韓と本格的に対立するわけではない以上、妥協することの政治的コストが高すぎるのが現実です。その判断の裏には、両国との経済的相互依存が安全弁になる、という認識の上に政治家や市民があぐらをかいて政治的対立を強めている状況があるでしょう。国際政治学では、経済的相互依存は「平和に資する」と考えられがちでしたが、東アジアにおいては例外的に経済的相互依存の進展が必ずしも政府間の対立を弱めていないという指摘が近年なされています。
これは、相互依存を高めながら、同時に政治的には対立を繰り返す構造です。今後はこうした構造がニューノーマル(新たな常態・常識)になるでしょう。古くからこうした構造自体はあったのだけれども、プロによる閉じられた二国間のアプローチが限界を迎えるとともに、表面化したということです。
グローバルな視点から関係を構築すべき
中国、韓国、さらに東アジアでの緊張緩和と関係を緊密化するための方策ですが、よりグローバルで普遍的な政策目的から関係を捉えることで対処していかなければいけないと思います。日中、日韓で真に相互の利益を見出せるような構造にならない限り、本格的な関係改善は見込めないでしょう。注意しなければいけないのは、双方の国民感情に合わないような政治的妥協はもたないばかりか、危機を引き起こす可能性があることです。
むしろグローバルな環境の中で相互依存を深めていくような多国間の取り組みを、日本がけん引していくことが解です。たとえば、相互利益を見出せるような経済活動や防衛協力、地域横断の多角的な制度構築を、中韓を巻き込んで推進していくことが重要です。
最後の砦は、経済的相互依存しかありません。もちろんそこには人の交流も含まれています。たとえば日本で大学教育を受けたりキャリアアップを図ることは、日本の理解につながりプラスに働きます。長期的な視点でみなければいけませんが、草の根的な協力関係は必要です。
同様に、米国との関係についても、二国間で緊密な関係をとるだけではなく、グローバルな視点からみる必要性があります。米国は、戦後の日本の繁栄を支えてきたグローバルな諸制度を担保してきました。今後は、米国との協調に加え、米国が東アジアにおいて果たしてきた役割の一部を日本が果たしていく必要性があります。ここが日本にとって難しい課題です。
米国が東アジアにどのようにコミットしていくのかという予測について、私は短期的には楽観、中長期的には悲観視しています。
なぜなら、東アジアに対するコミットメントの度合いを決めるのはアメリカ自身であり、そもそも日本が介在できる余地は極めて小さいからです。デモクラシーであるアメリカの撤退は、内政の論理によって決まり、国民の認識が鍵になります。つまり、外交の"アマチュア"の選好が色濃く反映されるということです。冷戦が終わったことで、東アジアの地域内対立は米国の核心的な利益に絡まない部族間対立というようなイメージをもたれるようになるでしょう。そこにアメリカが関わる必要性があるのか、といった視点から〝アマチュア〟が考えていくことになります。いかにプロである国務省が日本へのコミットメントを発信していても、政策決定が行われるのは民主政治においてであり、撤退の決定をした五分後にはこれまでと真逆のことを外交官が言い始めこともあるわけです。日本は、そのことを自覚しなければいけません。
今後、政治家が目指すべきもの
日中関係の改善に関して、公明党が歴史的に果たしてこられた役割は高く評価しています。今年一月末にも山口那津男代表が中国を訪問し習近平総書記と会談しました。ただ、前述したように外交のプロによる交渉はもたなくなります。その状況下で平和を最優先に掲げる公明党として取り組むべきなのは、グローバルな視点に立った人材育成でしょう。
専門家は必要ですが、日中関係だけの専門家ではなく、日中関係を見ていく人材でも、グローバルな価値観やビジョンに基づき判断のできる人材を多く育成していくべきです。それが日本にとっても資する道ではないかと思います。
さらにいえば、内政と外交を含めて考えられる人材が求められます。内政の取引に外交を使うという意味ではなく、双方の内政の洞察や、どのようなイシュー・リンケージ(複数の争点を互いに組み合わせること)を行っていくべきかを見通せるプロが必要です。中国だけをみるのではなく、グローバルな外交課題の中で戦略的に位置づけて考えられる人材を育成していただきたい。実現できることを期待しています。
最後に日本が目指すべき国際貢献のあり方について触れておきたいと思います。私は、国内改革を通して達成される日本の経済的な強さこそが、最大の国際貢献になると思います。日本市場は大きく活力があります。しかし、その中で中国、韓国の企業が十分に利益をあげているかといえば、そうではありません。つまり、経済的相互依存は実際には不十分な状態なのです。それが中韓の民間からの平和を求める圧力が十分でない要因のひとつです。
日本経済の強さこそ東アジアの安定化に向けた最大の貢献です。以前はODA(政府開発援助)が大きな役割を果たしましたが、予算減額の流れだけでなく、アジアの勃興を通じ新たな発想が必要となっています。これからの国際貢献は、日本がもっと市場を開放することです。中国企業が日本に進出し成功すれば、自国の企業が不利になるような外交や強硬な行為を中国政府も慎むことにつながります。
このように対立ではなく真の相互依存関係を強化することが、東アジアにおける平和と繁栄をもたらします。これはある国に痛みや貧しさを押し付けるのではなく、皆に等しく平和で繁栄をもたらすための効果的な手段であり、日本も開かれた国としてより普遍的な魅力を湛えることにつながります。
三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年神奈川県生まれ。東京大学農学部卒業、公共政策大学院修了、法学政治学研究科博士課程修了。2011年から現職(取材当時)。法学博士。著書に『シビリアンの戦争』(岩波書店)、共著に『戦略原論‐軍事と平和のグランド・ストラテジー』(日本経済新聞出版社)がある。
この記事は『第三文明』5月号に掲載されたものです。