違うと見るか、同じと見るか — 市民と専門家への調査結果から —
2013/6/14
EPA=時事
5月初旬に『地震・津波および放射線に関する市民と専門家への調査結果報告』を公表しました。私が代表者を務める研究プロジェクト(※)では、原子力施設の地震リスクや放射線の健康リスクについて、何がどこまで分かっているのか、どんな不確実性があるのかを関連する様々な専門家に議論していただき、それを市民の皆さんに見ていただく場をつくろうとしています。その計画立案の際に、そもそも市民や専門家の間にどんな認識の違いがあるのかを把握する必要があって実施したものです。市民の方への調査はインターネットを使っていますし、専門家調査の対象者も国の委員会に関わられた方が中心で回収率が30%前後と少ないので、世論でもなく、専門家の代表性にも問題があります。個々の数値の大小ではなく、市民と専門家の認識はどこがどのように違うかの傾向をみる参考と考えてください。また、市民と専門家の回答数が大きく異なるので、違いがあるかどうかを言うことは簡単ではありませんが、市民と地震関係専門家、放射線関係専門家の回答には統計的に有意な差がありました。
市民と専門家だけでなく、専門家間にも違いがある
さて、一般的に専門家と呼ばれる人は、大学や研究機関で知識を深めている人ですから、持っている知識や得ている情報によって回答が異なってくるだろうということは容易に想像がつきます。例えば、地震調査研究推進本部が発表している確率論的地震動予測地図を東日本大震災前から知っていた割合は、地震関係専門家の86%に対して、市民34%、放射線関係専門家48%です。
調査の中では、一見正解がありそうな質問に対しても「そう思うかどうか」をたずねています。そして、そのような質問に対する回答が専門家の間でもばらついていることに驚かれることでしょう。「大きな地震が起きると、余震を除けば、しばらく(100年以上)大きな地震は起こらない。」この文に否定的な回答をした地震関係専門家は64%ですが、肯定的な回答は13%、どちらともいえないと態度保留した割合は24%です。このような結果になる原因のひとつは、地震関係専門家といっても様々な学問領域の人が含まれているためです。今回は地質学、地形学、地震学、工学の専門分野の人が含まれています。
もうひとつ、設問の表現が専門家にとってはあいまいで答えられない、あるいは人によって解釈が異なることが考えられます。"大きな地震"から私たち市民は兵庫県南部地震や東北地方太平洋沖地震を思い浮かべます。しかし、専門家からみると、兵庫県南部地震は活断層によるもので、繰り返し間隔は何千年というオーダーです。一方、東北地方太平洋沖地震は海溝型で100年から数百年オーダーで繰り返しています。専門家はどちらの"大きな地震"について問われているのかを明確にしなければはっきり答えられません。回答していただいた専門家の皆さんはおそらくとても悩んで回答されたことでしょう。
"しろうと理論"と科学の理論
「震度3までの小さな地震が起きている場所では、大きな地震は起こらない。」この設問文は、私自身が地震関係の専門家の話を聞くまでもっていた"しろうと理論"そのものです。プレートテクトニクスをおぼろげながら記憶していた私は、地震は歪みがたまった所で、歪みを解消するときに起きると考えていました。歪みを少しずつ解消していれば、大きな破壊は起きにくい。これは日常生活の中でしばしば経験していることです。しかし、地震の大きさを示すマグニチュードは1つ違うとエネルギーが約32倍、2つ違えば1000倍違います。つまり、小規模な地震が10回起こっても、まだかなりのエネルギーが蓄積されたままなのです。茨城県は震度3クラスの地震がよく起きていましたが、東北地方太平洋沖地震でかなりの被害を受けました。このように、"しろうと理論"は個人の経験や信念などに基づいているため、多くのデータや分析に基づいて形成された"専門家の常識や理論"とはかけ離れたものになる場合があります。
「活断層がなければ被害を伴うような大きな地震は起こらない。」地震関係専門家の7割近くがはっきりと「そう思わない」と答えていますが、市民の回答はばらついています。回答するには、"地震は活断層から発生する"ことを検証する必要があります。ここで、今まさに敦賀原発で論争になっている"活断層"の定義が問題になります。宇津徳治著『地震学』によれば、「地表に現れている断層には、第四紀後期すなわち最近数十万年くらいの間に変位を繰り返した形跡が認められるものがある。これらは今後も同様な運動を行う可能性が大きいとみられ、活断層と呼ばれる」とあります。ここでまず問題なのは、地表に現れた断層という点です。専門家は、地震を起こした「震源断層」と地震の結果地表に現れた「地震断層(または地表地震断層)」を区別します。兵庫県南部地震の震源断層は、南西部は淡路島の野島断層のずれとして地表に現れましたが、神戸市の下を走る北東部は地表に現れていません。つまり、地表で活断層が認められていない場所でも地震を起こす断層が存在しているということです。実際、2000年の鳥取県西部地震は、これまで断層が未確認だった場所でマグニチュード7.3の大きな地震が起きました。これを受けて、原子力発電所周辺の活断層調査が強化されたという経緯があります。
箕浦幸治・池田安隆の『地球のテクトニクスⅠ 堆積学・変動地形学』では、「地殻に広域的にはたらく応力は数百万年またはそれ以上の時間スケールで変化するので、時代とともに活動を終えてしまう断層と新たに生まれる(あるいは再活動を始める)断層が現れる。現在の広域応力場のもとで繰り返し活動している断層を活断層とよぶ。断層は、動くたびに先端部で破壊が伝播したり他の断層と統合したりすることによって、成長・成熟する。」と述べ、ダイナミックに変化する断層のイメージを与えてくれます。私は、阪神淡路大震災を起こしたのは野島断層だと思っていましたが、実は他にも多数の断層が生じたそうです。そして、次の地震でどのようにこれらの断層が動くのかを示すことは、今の知識では大変困難です。
専門家の自信
「活断層がなければ大きな地震は起きないと思っている」と回答した専門家は、被害を伴う大きな地震を起こすかどうかを重視したのかもしれません。日本列島は、活断層に関する調査が世界でも進んでいる地域で、1回の変位の大きさ(平均変位速度)と活動度(地震の発生間隔)でランク付けされています。重要な活断層は分かっていると考える人もいるかもしれません。しかし、宇津は「日本ではマグニチュード7級の大地震はB級、C級の活断層からもA級とほぼ同じ割合で起こっている。これはA級の約10倍の数のB級、約100倍の数のC級の活断層が実在することを意味する。しかし、そのように多数のB級、C級の活断層は見つかっていない。変位速度の小さい活断層ほど発見しにくいためだろう。」と述べています。このように、どこまで分かっていると考えているのかは、専門家個人や専門分野で異なっているのです。
今回の調査結果全体を通じて、専門家は「かなり分かっている、解明されている」と考えている一方で、市民はそこまで科学の知見を信頼していないという傾向が見いだされます。例えば、「地震が起きるしくみは科学的によくわかっている」「津波の高さは、科学的なモデルを使って計算できる」は専門家が自信をもっているという結果になっています。同様に、放射線関係専門家も「放射線が与える影響のしくみは科学的によくわかっている」「どのくらいの放射線で健康影響が起きるかは、広島や長崎の被爆者の調査で分かっている」に対して肯定的な回答が多い結果となりました。このような専門家の自信に対して、市民はそこまで信頼していないという回答結果です。他方、市民は、「過去にどのくらいの高さの津波が来たかは地層を調べれば分かる」と期待している人が多いようです。
専門家は"特殊なしろうと"?
以前私は、原子力技術の専門家と遺伝子組み換え技術の専門家の調査結果を市民のそれと比較して、原子力発電所に対しては市民と遺伝子組み換え技術の専門家のリスク認知がほとんど同じで、遺伝子組み換え食物に対しては市民と原子力技術の専門家のリスク認知の違いが大きくないことを示したことがあります。つまり、専門領域が異なれば、リスクの感じ方は専門家も市民とあまり変わらないということです。
今回の調査でも、地震・津波については地震の専門家が、放射線については放射線の専門家が突出して異なる回答をしているものがあります。一方で、専門家の間にあまり違いがないものもあります。例えば耐震設計や原子力発電所の耐震安全性について、地震関係専門家も放射線関係専門家も似た回答になりました。放射線からの健康被害を防ぐ方法として「食べ物から体内に入る放射性物質の量は、努力すればゼロにできる」と考えていない割合は、地震関係専門家も放射線関係専門家もほぼ同じ程度です。専門分野を超えて専門家の間に共有されている考えがあるのかもしれません。
放射線の問題が難しいと感じる結果もあります。市民では(地震関係専門家も)「自然界の放射性物質と今回の事故で放出された放射性物質の健康影響は異なる」と思っている割合が多いのに対して、放射線専門家の多くはそう考えていません。また、放射線関係専門家の過半数が「年間100ミリシーベルト未満の被ばくでは健康への影響は心配しなくてよい」と考えているのに対して、市民(地震関係専門家)のかなりの割合の人が「どちらともいえない」「そう思わない」と回答しています。これら2つの設問については、多数派の意見に組みしない専門家がいることも問題を複雑にしてしまうでしょう。また、放射線の健康影響を考える上で、「放射線が問題なのは遺伝子を傷つけるからである」や「生物は、傷ついた遺伝子を修復する機能を持っている」に対する認識の違いも問題になりそうです。
専門家は"特殊"な人たちで、市民と専門家の間の違いは超えられないものなのでしょうか? 調査結果は、市民と専門家は"違う"とも言えるし、"同じ"とも言えることを示しています。これまでサイエンスコミュニケーションは、"違い"を小さくしようと努力してきた面がありました。それもひとつですが、"同じ"部分を探すこともあるのではないでしょうか? 違う人と話をするのはなかなか大変です。知らず知らずのうちに心の中に防御壁をつくってしまうこともあります。"同じ"人間として問題に向き合い、"同じ"部分を広げていくこと。私は、このようなリスクコミュニケーションを目指したいと考えています。
※平成24年度文部科学省原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ「原子力施設の地震・津波および放射線の健康リスクに関する専門家と市民のための熟議の社会実験研究」