FRANDをめぐる特許訴訟の動向

弁護士、英国事務弁護士、東京大学政策ビジョン研究センター 客員研究員
南かおり

2013/9/13

EPA=時事

欧州からお届けする話題は、標準必須特許に関する特許訴訟で争点の一つとなるFRAND(Fair, Reasonable, and Non-discriminatory の頭文字をとったもの。「公平、合理的、かつ非差別的」の意味)をめぐる訴訟の動向である。FRANDに関しては、欧州でこの1,2年で重要な裁判が続いたほか、米国で近時注目判決1が出され、日本でも初の判決が先日出されたところである2。今後の日本でのFRAND関連裁判の方向、または当該裁判を端緒にした標準必須特許に関する特許訴訟への立法的、行政的対応の可能性等について、FRANDには一日の長ある欧州の裁判例から示唆を得ることが出来ると思われる3。以下、FRAND一般について簡単に触れ、イギリス、ドイツ、及びオランダでの裁判例を中心に述べる。

FRANDとは

FRANDは、特許権と競争法・独占禁止法の間の緊張関係が最も顕著に現れる例の一つである。

知的財産権、特に特許権は、一定の条件の下に独占が許容されている権利である。この独占状態が最も顕著なのが、標準必須特許であろう。標準に適合的な製品を製造するためには、標準必須特許にかかる技術を利用する、つまり当該特許を侵害することが不可避となる一方で、特許権者が不当に高額なロイヤルティを要求した場合には、第三者が当該標準に適合的な製品を製造することが不可能または第三者製の製品が極めて高額となり、著しい競争制限状態となり得る (Hold-up) 4。このような状況を創出しないために求められるのが、FRAND条件に基づくライセンスである。特許権者は、標準必須特許宣言を行う場合、標準化機関から、特許権の開示及びFair, Reasonable and Non-Discriminatory terms、すなわちFRAND条件に基づくライセンスを行う旨の宣言が求められるのが通常である5

FRANDは、当事者間のライセンス交渉、欧州委員会の競争法違反の調査、標準化機関における仲裁、または訴訟において問題になり得る6。訴訟の場で登場する典型的な例は、必須標準特許の特許侵害訴訟において、被告の防御として主張される場合である。すなわち、理論上は、被告製品が原告特許の発明の技術の範囲内であれば侵害が成立し、特許権者である原告は、特許侵害行為に対して、損害賠償または製造や流通の差止めを求めることが出来るはずである。このような原告の請求を受けた被告は、自らを防御するために、「原告は、標準必須特許については、FRAND条件に従って第三者にライセンスを行うと宣言を行ったのであるから宣言通りに当該特許を被告にライセンスするべきである、または自らの宣言通りにライセンスを行うことなく提起した損害賠償等の訴えは、自らの優位な立場を不当に利用したものであって競争法(欧州連合の機能に関する条約7101、102条)違反であり、認められるべきではない」と主張する場合があるのである8。欧州ではこのような競争法の主張が、有効な防御手段として利用されているところ、被告から特許無効の主張 (反訴) がなされている場合に、FRAND条件適合性と特許無効との判断の順序、及びFRAND条件に適合する具体的なロイヤルティの料率等、その争点の中心が推移してきている。

イギリス

FRANDが争点になった訴訟のうち、近時の著名な事案は、Nokia v IPCom事件である9。Nokia v IPCom事件 では、特許の有効性及び侵害を認める判断がなされた後、IPComを当事者とする同様の訴えが併合された上で、2013年7月には具体的なFRAND条件に関する証人が、法廷において、質問に答える形式で証言する証人尋問手続が行われる予定であった10。しかしながら、欧州特許庁で並行していた本件特許の異議申立手続において、本件特許一部無効の判断がなされたことから、本件特許の修正に関する同庁での結論が出るまでFRAND条件に関する証拠調べは延期されることとなった。特許の有効及び侵害に関する判断の基礎が失われたというのが理由である11。これに対して、Vringo v ZTE事件12では、無効及び侵害とFRANDのいずれを先に判断すべきか、という点こそがCase Management Conference13で争われた。原告Vringoは、FRAND条件の判断の過程で本件特許が強い特許であること ('strength of patents') を判断することも可能である旨主張し、世界全域で適用すべきライセンス条件を提示してFRAND条件の証拠調べを先に行うべきと主張した14。なお、これは米裁判所がMicrosoft v Motorola事件で採用した手法である。しかし、イギリスの裁判所は、特許の無効及びライセンスを受ける意思等ありうる事案を分析し15、被告ZTEが本件特許の有効性を激しく争っている以上、本件特許が無効であればライセンスを受ける意思がないとするものであるとして、これらの事情を勘案すれば、本件においては無効・侵害の判断を先に行うべきと結論づけた16

ドイツ

ドイツ連邦最高裁判所「Orange Book Standard」事件判決17が、FRANDが争われる場合の確立された判例として適用されてきていた。Orange Book判例では、標準必須特許に基づく差し止め処分は原則として可能であるが、被告が、特許権者である原告に対して、当該特許に関して無条件でFRAND条件に基づくライセンスを受諾する意思を表示し、かつ当該ライセンス条件に基づく義務を遵守している場合 (ロイヤルティの預託等) には、競争法違反となり差し止め処分は認められないとするものである。被告提示のライセンス条件がFRAND条件に適合的でない場合は、原告はこれを適法に拒絶し得る18。問題は、被告が当該標準必須特許の有効性を争う場合である。このような場合は、「特許が有効である場合に限りライセンスを受ける」旨の条件を付しているため、「無条件で」に該当せず、FRANDの抗弁は認められない、よって、特許の有効性の如何に関わらず、差止処分の対象となり得る。つまり、被告は、特許の有効性を不問に付したままライセンスに甘んじるか、または差止処分を受けてビジネスチャンスを失うか、という難しい二者択一の決断を迫られるのである。

このようなOrange Book判例が、変更される可能性が生じてきた。デュッセルドルフ地方裁判所は、Huawei v ZTEに関連して、欧州司法裁判所にOrange Bookルールに基づく実施権がEU競争法に適合的か否かなどの内容の付託を行い、同時にその元となる侵害訴訟手続を一時中止としたのである19。具体的な付託内容は、 (1) 標準必須特許の特許権者が、被告がライセンス交渉を行う意思を表示したにも拘わらず差止請求を行った場合、当該差止請求が、取引関係における優位な立場を不当に利用した違法な行為か否か、 (2) 被告によるライセンス交渉を行う意思表示を認めるための要件 (口頭での意思表示で足りるか、または具体的契約条項まで示す必要があるのか) 等の5点である。

なお、これに先立ち、欧州委員会が、Samsungによる標準必須特許侵害に基づくAppleに対する差止請求に関連し、被告がライセンス交渉を行う意思を有する場合には、当該標準必須特許に基づく差止の訴えは支配的地位の濫用に当たり、SamsungがEU各国で行っている上記訴えの提起は競争法違反である旨の見解を発表している20

オランダ

オランダの裁判所は、一般的に特許侵害訴訟の被告に対して、製造、流通等の差止処分を下す傾向にあると言われている。これは、被告がFRANDに基づく抗弁を出した場合でも基本的には同様であるが21、「特別の事情」が存在する場合には、FRANDの抗弁に基づき差止処分を認めない場合があり得る22

Sony v LG 事件においては、一旦下された税関での輸入差止処分が取消されることとなった23。係争の対象となった標準必須特許の標準化機関において、FRAND条件を仲裁手続で決するとされていたのであるから、裁判手続で差止処分を求めるのは誠実な対応とは言えず、「特別事情」が存在するとされたものである。Samsung v Apple事件24では、被告であるAppleがFRAND条件に基づくライセンスについて誠実に交渉する努力を行ったにも拘わらず、Samsungは差止処分を求めたのであり、そのような対応は契約締結交渉の相手方に誠実に対応するべき義務に反するとして、特別事情の存在を認め、差止処分請求は棄却された25

おわりに

欧州においては、今後も特許権と競争法の緊張関係が話題となる裁判例が続くものと思われる。

冒頭で触れた東京地方裁判所の裁判例においては、侵害・無効、及びFRANDの各争点の判断順序は争われておらず、米国のMicrosoft v Motorola におけるような具体的 (F) RAND条件までは示されていない。本件は、「特許侵害はなく損害賠償を請求されるいわれはない」旨の確認を求める訴えという事案の性質上、欧米の各事案とは異なるものの、当事者の主張次第では、侵害・無効とFRANDの争点の判断順序については、控訴審である知的財産高等裁判所が明示的に判断を行う可能性もありうる。仮に詳細な理由付けの判断がなされれば、欧州の実務家からも注目される判決となるであろう。欧州では、日本の知的財産判例等はほとんど報告されず、日本の知財界の存在感の希薄さを寂しく感じるところである。FRANDの判決が風穴を開けてくれることを期待しつつ、日本の知財高裁での裁判の行方に注目している。

  1. 2013年4月25日米国ワシントン州西部地区連邦地方裁判所Microsoft Corporation v Motorola, Inc. et al. (Case 2 :10-cv-01823-JLR)
  2. 平成25年2月28日東京地方裁判所 平成23年(ワ)第38969号 債務不存在確認請求事件
    http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130322172650.pdf?
  3. 一般財団法人 知的財産研究所平成25年3月「標準規格必須特許の権利行使に関する調査研究(II)報告書」において詳しく論じられている。
    http://www.iip.or.jp/summary/pdf/detail12j/24_01_full.pdf
  4. Philippe Chappatte and Paul Walter, Intellectual Property and Competition Law (Steven Anderman and Ariel Ezrachi eds, Oxford University Press, 2011) Part 16, P374; GENERAL GUIDELINES FOR THE COOPERATION BETWEEN CEN, CENELEC AND ETSI AND THE EUROPEAN COMMISSION AND THE EUROPEAN FREE TRADE ASSOCIATION (2003/C 91/04); 知財研「標準規格必須特許の権利行使に関する調査研究(II)報告書」p22
  5. 例えばETSI IPR Policy
    http://www.etsi.org/images/files/IPR/etsi-ipr-policy.pdf
  6. Dr. Tobias Hahn 'Evaluation of FRAND terms and conditions in recent case law'21st Annual Fordham IP Conference April 5, 2013
    http://fordhamipconference.com/wp-content/uploads/2013/04/2013.hahn_.FRAND_.pdf
  7. Treaty on the Functioning of the European Union
  8. Christine Graham, Jeremy Morton, Chris Watson and David Healey "Standard Setting, competition law and FRAND licensing in Europe and the United States" (Intellectual Property in Electronics and Software:A Global Guide to Rights and Their Applications" (Nicholas Fox ed, Globe Business Publishing Ltd 2013) p46 (本章の一部はウェブ上で閲覧可能)
  9. Nokia OYJ (Nokia Corporation) v IPCom GmbH & Co Kg [2012] EWCA Civ 567 (10 May 2012)
    http://www.bailii.org/ew/cases/EWCA/Civ/2012/567.html ;
    Nokia OYJ v IPCom GmbH & Co KG; IPCom GmbH & Co KG v HTC Europe Co Ltd and other companies[2013] EWHC 1178 (Pat) (2 May 2013)
    http://www.bailii.org/ew/cases/EWHC/Patents/2013/1178.html ;
    C Graham, J Morton, C Watson and D Healey, p47-48
    http://www.bailii.org/ew/cases/EWCA/Civ/2012/567.html ;
    Nokia OYJ v IPCom GmbH & Co KG; IPCom GmbH & Co KG v HTC Europe Co Ltd and other companies[2013] EWHC 1178 (Pat) (2 May 2013) http://www.bailii.org/ew/cases/EWHC/Patents/2013/1178.html ; C Graham, J Morton, C Watson and D Healey, p47-48
  10. Nokia v IPCom ; IPCom v HTC Europe & ors[2013] EWHC 1178 (Pat), Para 8
  11. Nokia v IPCom ; IPCom v HTC Europe & ors[2013] EWHC 1178 (Pat), Para 12-13, 38, 39
  12. Vringo Infrastructure Inc v ZTE (UK) Ltd and another [2013] EWHC 1591 (Pat)(6 June 2013)
    http://www.bailii.org/ew/cases/EWHC/Patents/2013/1591.html
  13. 進行管理協議と同様、以後の書類提出、証拠調べの日程等を決定する手続
  14. Para 4, 5, 16, 17
  15. Para 30-38
  16. Para 40-46, 69
  17. Orange-Book-Standard, The Federal Supreme Court BGH KZR 39/06 (6 May 2009); Dr. Tobias Hahn, slides 2-3; Hanns Ullrich, 41(3) IIC 337 (2010)
  18. C Graham, J Morton, C Watson and D Healey, p50
  19. Huawei Technologies Co. Ltd v ZTE Corp., ZTE Deutschland GmbH(4b O 104/12)
    付託の内容英語版Request for a preliminary ruling from the Landgericht Dusseldorf (Germany) lodged on 5 April 2013 - Huawei Technologies Co. Ltd v ZTE Corp., ZTE Deutschland GmbH(Case C-170/13)
    http://curia.europa.eu/juris/document/document.jsf?text=&docid=139489&pageIndex=0&doclang=EN&mode=req&dir=&occ=first&part=1&cid=2662232
    JETROデュッセルドルフ事務所による判決要旨日本語版
    http://www.jetro.go.jp/world/europe/ip/pdf/20130424.pdf
    なお、本件で問題となったのは、LTE通信にかかるETSIでの標準必須特許である。
  20. "Antitrust: Commission sends Statement of Objections to Samsung on potential misuse of mobile phone standard-essential patents" European Commission - IP/12/1448 21/12/2012
    http://europa.eu/rapid/press-release_IP-12-1448_en.htm
    JETROデュッセルドルフ事務所による要旨日本語版
    http://www.jetro.go.jp/world/europe/ip/pdf/20130107_1.pdf
  21. C Graham, J Morton, C Watson and D Healey, p50
  22. Koninklijke Philips Electronics NV v SK Kassetten GmbH & Co KG (case no 389067/KG ZA 11-269) 10 March 2011; C Graham, J Morton, C Watson and D Healey, p50
  23. Hague District Court,Sony Supplied Chain Solutions v LG Electronics Inc. (Case No 389067) 10 March 2011
    http://ipkitten.blogspot.co.uk/2011/03/dutch-sony-seizure-dispute-case-for-new.html
  24. Hague District Court,Samsung Electronics Co. Ltd v. Apple Inc. et al, (Case Nos. 400367 / HA ZA 11-2212, 400376 / HA ZA 11-2213 and
    400385 / HA ZA 11-2215)14 March 2012
  25. C Graham, J Morton, C Watson and D Healey, p50;
    http://www.eplawpatentblog.com/eplaw/2012/03/nl-samsung-v-apple-frand.html

以上の他、C Tapia, Industrial Proeprty Rights, Technical Standards and Licensing Practices (FRAND) in the Telecommunications Industry(Carl Heymanns Verlag, 2010)、T A Vaisanen, Enforcement of FRAND Commitments under Article 102 TFEU - The Nature of FRAND Defence in Patent Litigation (Nomos Verlagsgesellschaft mbH & Co. KG, 2011) を参考にした。