エネルギーの脆弱性克服に「成功しすぎた」日本

公共政策大学院、政策ビジョン研究センター併任 特任教授
芳川 恒志

2012/10/26

芳川 恒志 特任教授

芳川 恒志 特任教授 (photo by Ryoma. K)

—  2011年の東日本大震災、福島第一原発事故を受けて、いま日本では将来のエネルギー供給をどうするのか、議論が行われています。これまでのエネルギー政策がどうだったのか、現場におられた立場からのご意見をまずおうかがいしたい。

芳川 日本のエネルギー政策の出発点は、1973年、1979年と二度にわたるオイルショックです。ちょうど石炭から石油へというエネルギー転換が終わったころに来たのですが、この時のポイントは「いかにしてエネルギーに対する脆弱性を克服するか」ということだったと思います。

そのための政策の中で最も重要で、かつ成功したのが「エネルギー源の多様化」ということでした。石油備蓄をいわば最後の砦として確立・増強し、多様化については、LNGの輸入等を開発しエネルギー源の多角化を志向し、同時に原油について供給国を多様化して中東依存度を下げました。さらに国内的にはエネルギーの効率的な使用、つまり省エネを推進しました。それに国内的には電源立地、とくに原子力による電源立地を進めて多様化と電力の安定供給を図ったわけです。

エネルギー価格が多少高いというような問題はあったかもしれないけど、1990年代まで日本のエネルギー政策は、こうした柱で総じていえば極めてうまく行っていました。安定供給ができたことで、結果的に日本の経済成長、国民生活を支えてきました。この実績によって、特に自然環境的にエネルギーの自給率が非常に低い国にとって、日本の政策がロールモデルになってきたと思います。

—  「なってきた」と過去形で言われましたが、もはや日本の政策は、資源のない発展途上国にとってモデルではなくなったのですか。

芳川 2000年代に入ってから、「ピークオイル(石油生産がピークを過ぎたという仮説)」すなわち化石燃料の有限性が議論になり、さらには地球環境問題が大きくなってきました。しかも先進国は軒並み財政赤字に苦しみ、なかなか世界的な問題を先進国だけで解決することはできなくなりました。リーマンショック後、G7やG8ではなくG20 で初めて首脳会議が開かれたのがその典型例です。

そういう環境の中で、中国やインドなどいわゆるBRICsのエネルギー需要が急増してきました。つまりエネルギーの貿易や政策において、そういった国が世界的なプレーヤーになってきたということです。たとえば中国はGDP(国内総生産)で世界第2位になる前から、世界第2位のエネルギー消費国であり、世界最大のCO2の排出国となっていました。

エネルギーが高価格の時代になる同時に、日本の相対的な地位が下がってきたという状況が一方でありますが、そうした中で、財政赤字に苦しむ先進国は、今までより透明性の高い、つまり納税者に説明しやすい、より「効率的な」エネルギー政策に転換してきました。OECDにいたころに感じたのですが、会議等で非常によく“measurement”という言葉が使われます。要するに「測ること」ですが、それは政策効果を測って評価するだけでなく、透明性を高めるということでもあり、相互に比べ、さらには政策を見直していくということが前提になっているという言葉でもあります。

世界がそのように大きく舵を切っているのですが、日本国内では財政赤字に加えて高齢化が進行し、国際的にもエネルギーを巡り特にアジアにおける国際環境は大きく変化してきています。このようなことを踏まえて、政策手法も含めて政策の大きな見直しが求められていたところ、あまりにもかつてのエネルギー政策がうまく行ったという「成功体験」があったために、日本は変わらなければいけないと思いつつも、世界の流れに乗り切れていないのではないかと思うのです。そして3.11を迎え、いきなり福島原子力発電所事故との関係でエネルギー問題を突きつけられたという形になりました。それも大きな枠組みというよりも、まさに原子力問題が突出した形で突きつけられたたということだろうと思います。

ただエネルギーの世界で、中国が第2位のプレーヤーになったとはいえ、1990年ごろまでは原油でもガスでも石炭でも日本が圧倒的に大きなプレーヤーでした。エネルギーの国際貿易では日本がリードしていると言っても過言ではありません。中国が出てきても、日本が依然重要であるという事実は大きくは変わっていないのです。

3.11後の日本のエネルギー政策がどうなるかはやはり諸外国から注目されているし、世界のエネルギー需給に与える日本の影響力はいまだに大きいと思います。原子力では日本の事故によって政策を変えた国(例えばドイツ)もあるし、もちろん従来の政策を維持している国もあるけれども、大きなインパクトを与えたのは事実です。

また短期的には日本が化石燃料への依存を高めざるをえないために、世界の化石燃料貿易に与えている影響はすごく大きいと思います。LNGの相場や原油相場を見るときも、日本がどれぐらい必要とするかということがいつも問題になります。

—  日本の長期的なエネルギー政策については、いろいろな議論があります。例えばロシアから原油やガスを買うのか、シェールガスをアメリカから買うのか、安全保障とも絡む問題ですが、このあたりはどのような視点で考えられますか。

芳川 ロシアからパイプラインでガスを買う、グリッドをつなげて電力を買うというのは、向こう側から見ると成り立つ戦略的オプションでしょうね。日本の市場が魅力的であるということもさることながら、ロシアがアジア太平洋を向くときのファーストステップであり、またロシアが中国やアメリカを牽制する上で、日本というのは安定したパートナーであることは事実でしょう。

したがって日本はそれを理解した上で対応というかゲームをするべきだと考えます。つまりせっかく提供されているこのオプションをどうするか、アメリカや中国などを見ながら、上手にプレーするべきでしょう。例えば、日米安保条約があるから、あるいは領土問題があるから「ノー」ですというようないわばストレートな議論ではなく、エネルギーをめぐるポリティクスのプレーヤーの立ち位置とか将来の構図を考えた上で、国際的なゲームとしてちゃんと議論し振る舞うべきだと思います。

時に残念に思うのですが、日本人はあまりにも正直というか原則に忠実です。だからこそ信頼されるという側面もありますが、ゲームをする前にゲームを終えてしまうという側面もある。国際機関から見ていると、日本のそういうところが見えて、非常にもったいない感じがすることもあります。

—  日本のエネルギー政策がどうなるかは、アジアとりわけASEAN(東南アジア諸国連合)の諸国にエネルギー政策にも大きな影響があります。言い方を換えれば、ここで日本は自国のことだけでなく、それらの諸国との連携も考えながらエネルギーの将来像を考える必要があるのではないかと思いますが。

芳川 今後50年とか100年とか考えた場合、日本が生き残るには、アジアを足場にするしかないと思います。日本の立ち位置から見た場合、エネルギーをめぐる政策で、米国や中国、中東に加えてプレーヤーとして今後重要になってくるのは一つはロシア、もう一つはASEANです。東南アジアは歴史的にも経済的にも日本と関係が近いし、彼らはインドや中国を警戒もしています。

日本が持っている人材や技術の厚みというのは相当なものがあります。これが他国、例えばASEAN諸国になくて日本にあるものです。逆に言うと、日本が「高く」売れるのは今のうちかもしれません。第2回のエネルギー政策ラウンドテーブルで、シンガポールのチョウ先生の「日本の人材に期待する」という発言はとても嬉しく聞きました。

この人材育成面のみならず、先述の政策の透明性・客観性を高めエネルギー政策の大きな意味で転換を進めるためにも、大学や学術が果たすべき役割は大きいと思っています。このような意味で少しでも貢献ができたらと考えています。