緊急提言:「日本の再建に向けて」
日本工学アカデミー会員有志
今回の大地震と大津波は、人知をはるかに超えたものであり、それらによる被害の爪痕の映像をみるにつけ、大きなショックを隠しきれない。また、福島第一原子力発電所事故について、工学者として深く心を痛めている。未曾有の状況の中で、被災者の救助、生活支援、事故への対応、広報等に日夜、取り組まれている方々に対し深い敬意を表する。
こうした事態により、日本は空前の難局に直面している。また、事態の世界的影響から、海外の関心も、我がことのように日本の一挙手一投足に注がれている。日本が精緻に構築してきた技術・社会が自然の猛威の前に瓦解しかけている。この難局を克服し、次世代に向けて日本を再建するためには、また、科学技術創造立国・日本が再び立ち上がり国際社会で活躍・貢献するためには、産学官の英知を結集し総力戦で臨まなければならない。誤りや事故を起さないことを前提とした従来の思考論理を、不幸にしてそれらが起こっても迅速に対応し乗り越えていくことを前提としたものに変革していくことも必要である。
現下の状況に鑑み、クライシスマネジメント、情報発信、原発事故対策、新社会システム設計の4課題について緊急提言する。
1. 日米産学官によるクライシスマネジメントアドバイザリー会議の設置
東日本大震災や福島第一原子力発電所事故に関連し、日本では、想定外であったとの表現が随所で見られた如く、日本の危機対応には、起こらないであろうとの前提が多い。クライシスマネジメントとは、災害や事故が起こってしまったらどうするか、被害をどうミニマイズするかとの考えで対応することであり、日本は今回の空前の危機に学び、災害や事故が起きてしまったらどうするかのコンセプトに基づき、クライシスマネジメントにあたるべきである。
米国は、スリーマイルアイランド原発事故、ニューヨーク大停電、9・11同時多発テロなどの危機を経験し、それらの危機を克服して立ち上がった国である。日本はそのような米国と共同で、産学官有識者から構成される「クライシスマネジメントアドバイザリー会議」を早急に設置し、政府にクライシスマネジメントにつき提言を出させるべきである。
同アドバイザリー会議は、今回の一連の危機への対応のみならず、常に起きる可能性のある危機 (地震・津波・台風・大停電・大火災・火山爆発・テロなど)に対する対応、及び危機・災害発生後の回復のための準備・予測・事前計画につき、過去の経験を共有し、新しい科学技術・イノベーションによる回避・被害軽減を政府に提言することを目的とする。発生した危機に対し、過去の類似の経験が蓄積されていれば、対処は適切迅速に行われ得る。経験と知見を広範に求めることにより、被災地域で未経験であっても他からの情報提供・資材人材援助により短期間での対処が可能となる。DRP(Disaster Recovery Plan)やBCP(Business Continuity Plan)の実践的適用を更に議論し、危機対応やクライシスマネジメントにつき政府に体系的な展開を提言することを目的に、産学官連携による日米合同クライシスマネジメントアドバイザリー会議を設置すべきである。
2. 非常事態における情報発信と国際連携
東日本大震災や福島第一原子力発電所事故のように、その影響が国内外へと広範囲に及ぶ非常事態においては、被災や事故の状況につき、迅速且つ適切に情報発信を行なう体制を構築し、最善の運用を図ることが、極めて重要である。情報開示においては、国家機密に属する最重要事項以外は全て迅速な開示を原則とし、国民及び国際社会に対して透明性をもった対応を行う事が重要である。「24時間」「原データ」「多言語化」の3点につき緊急提言する。
- 今般の大震災、巨大津波、及び原発事故は、国内のみならず、国際的にも大きなインパクトを与えるものである。世界の様々な地域との時差を勘案すれば、日本から24時間ベースの情報を発信することが、無用な誤解、風説・デマを回避し、日本の情報発信に対する信頼を高めるためにも不可欠である。
- 重大な災害や事故の場合、原データ(raw data)を提供することが、発信情報の信頼性を維持する上で、重要である。原データを提供することにより、その分析・評価や解釈につき、海外諸国の協力を得られる等のメリットもある。
- 国際社会に様々な影響を与えるような大災害や事故の場合は、日本政府として、多言語による海外向け情報発信を行なうことが、日本の国際的信用を維持するためにも、また国際連携を進めるためにも不可欠である。グローバリゼーションの時代における、海外向け多言語情報発信機能を早急に確立すべきである。
3. 福島第一原子力発電所事故対策への米国との思い切った協力
国民の安心・安全や日本のエネルギー問題における、福島第一原子力発電所(以下、福島原発)事故の重大さ、並びに国際社会へのインパクトの大きさに鑑み、同原発問題への短期対策を中心に、以下の通り緊急提言する。
(1) 短期対策
- 福島原発事故対策の総司令塔(オペレーションルーム)に対し、科学的な知見や選択肢を提供すべく、原子炉設計や運転の経験のある専門家を含む、産学官の専門家を結集すべきである。
- 福島原発事故は、まさに未経験の大事故であり、日本が自力で迅速・効果的に対応することは極めて困難である。従い、スリーマイルアイランド原発事故対策の経験を持つ米国の協力を、可及的速やかに得ることが不可欠であり、日米合同福島原発対策会議(オペレーションルームの特別諮問機関としての位置づけ)を設置すべきである。日米合同で福島原発問題に対応することが、国民の安心と安全のため、また、本件の早期解決による日本経済の再建のために、更には日本に対する国際社会の信頼を維持するために必要である。
- ローレンスリバモア米国立研究所のNational Atmospheric Release Advisory Center (NARAC)等、米国の原子力技術の最高峰ラボ等との提携を政府として行い、放射線飛散状況の把握、住民退避の具体案、今後の対応策などにつき、同研究所の先進的モデリングシステムの導入を選択肢と考えるべきである。
- 放射線による被害拡散をミニマイズするため、充分な遮蔽能力を持つ、防護テント等の活用も検討すべきである。
- 未だ原子炉冷却システムが復旧して来ない状況下、外部からの真水散布、注入による原子炉冷却を当面継続せざるを得ないが、放射線汚水の処理の実施が急務であり、暫定的な貯水タンクへの貯水にも限界がある事を踏まえ、大型タンカー等汚水を大量に蓄積出来る洋上設備の準備が必要である。
- 福島原発の原子炉冷却システムが復旧し冷温停止の状態が維持される事が確認され、福島原発現場の撤去作業が本格化した際の作業環境の整備計画の策定が必要である。低レベル〜中レベル〜高レベルに汚染された瓦礫の分別、撤去、更に、大量の放射能廃棄物の域外への搬出方法等を効率よく実施する為の資機材の手当てには、数ケ月もの時間が要されるだけに、遮蔽容器、重機、運搬機などの手当てを今から始めておく必要がある。
(2) 中長期対策
福島原発事故の被害を最小限に食い止めるべく、関係者による懸命の努力が続いているが、事態が収束した段階で、以下のような対策を取るべきである。
- 日米合同で原発3S(safety/安全性、security/安全保障、safeguards/保護)対策会議を立ち上げるである。3Sは日本1国で対応できるものではなく、国際的に取り組むべき重要課題であるが、先ずは、原発最大保有国であり、且つ原発先進国である米国と共同で取り組み、逐次フランス等の参加も招請すべきである。
- 原発運転につき、日本は、リスク評価を含むrisk-based systems approachの導入を進めるべきである。また、原発運転要領につき、quality assuranceを含め、新たな方法、ソフトを導入すべきで、これらにおいて先進している米国との協力を強化することが必要である。
- 日米協力を以下の点についても強化し、日本の原発運転能力改善に資すべきである;crisis management, response support tools and services, waste management, contaminated soil management, water management, human capital development (nuclear engineer training etc), site planning of nuclear reactors, site planning of spent fuel rods。
- 科学技術最先進国である米国と協力し、原発安全性の飛躍的強化のための、革新的原発技術開発を共同で進めることも必須である; 先端材料、事故対応用高機能ロボテイックス、放射線飛散防止技術、革新的冷却システム、想定値最大化による耐震・耐津波技術、海上原発、分散型電源用小型原子炉、廃炉、放射線被曝治療方法、汚染モニタリング総合システム。
4. 社会システムの再設計
今回の大震災と津波は、我が国社会が抱えていた幾つかの構造的課題を白日の下に晒す結果となったといえる。課題の第一は、いつまでもなく、災害に対する脆弱性である。これは、原子炉の安全性、クライシスマネジメント、医療体制、インフラ、通信機能等、多方面に亘っている。第二は、エネルギーである。特に電力需給に関しての柔軟性や緊急対応能力が乏しいことが明らかとなった。第三は、社会の高齢化である。被災した地域の多くで、高齢化率が20%代後半から30%に達しており、避難の後の復興時には、30%、すなわち、2030年の日本の平均的姿を超える地域が多く出てくるものと考えられる。
被災地の復興にあたっては、単に被災前の姿に復するのではなく、こうした課題解決を織り込んだ新しい社会の創造と街づくりを行う必要がある。そのためには、以下のような目標に関して、行政、防災、交通、建築、情報通信、エネルギー供給と利用、医療・在宅ケア、高齢者支援、人の絆等、多くの分野に関連する社会システムの再設計(イノベーション)が必要である。
また、こうして生まれた次世代社会システムを、被災地に続いて、全国各地で取り入れ、我が国を一段先進した社会へと組みかえるとともに、同じ課題を抱える世界の国々に発信し、いち早く共有することで、世界に貢献していくことも重要である。このような観点から、災害について多くの経験を有し、また、ITを利用した新たな社会づくりで先進している米国との間で、次世代社会システムに関する幅広い協力の枠組みを立ち上げるべきである。
(1) 大規模なショックに対しても安心安全な社会
耐震・耐津波街づくり、クライシスマネジメント、サイバーセキュリティ、医療ID、取引ネットワークの頑健化、アドホックネットワークなど
(2) エネルギーに関してサステナブルで頑健な社会
太陽光、風力等の自然エネルギーの大規模な導入、バイオマス、電気製品の大量買い替えや生活パターンの変更を含めた省エネルギー、直流給電など
(3) 高齢化率30%超で快適に暮らせる社会
オンデマンド交通、スマートビークル、e-Health、在宅ケア、安心の成年後見体制、地域循環型住み替え、健康や転倒予防教育など
提言者有志:
- 松見芳男 (日本工学アカデミー会員、伊藤忠商事理事・先端技術戦略研究所長)
- 田中芳夫 (日本工学アカデミー会員、産業技術総合研究所参与)
- 有本建男 (日本工学アカデミー会員、科学技術振興機構社会技術研究開発センター長)
- 坂田一郎 (工学博士、日本工学アカデミー会員、東京大学政策ビジョン研究センター教授)
- 唐津治夢 (工学博士、SRIインターナショナル日本支社代表)
- 柳沼裕忠 (パナソニックR&D部門 コーポレートR&D戦略室、技術政策グループ 政策推進チーム参事)
- 亀井信一 (理学博士、日本工学アカデミー会員、三菱総合研究所、科学・安全政策研究本部副本部長)
- 江上美芽 (日本工学アカデミー会員、東京女子医科大学先端生命医学科学研究所客員教授、チーフメデイカルイノベーションオフィサー)
- 村井好博 (金沢工業大学常任理事、産学連携機構事務局長)
以上
▲このページの先頭に戻る