知的財産を活用した復旧・復興

2011年10月4日

この文章は特許庁技術懇話会の『特技懇』誌に掲載されたものです。YOMIURI ONLINE に掲載された記事「知的財産を復興の原動力に」(2011年4月15日)の元原稿を基礎として、大幅に書き改めた内容となっています。


金沢工業大学教授
政策ビジョン研究センター客員研究員
杉光 一成



1. 大震災と知的財産

「知的財産を活用した復旧・復興」という言葉を耳にした多くの人が、一体それは何だろうと思うようです。地震、津波、原発事故という3つの災害が重なったのが今回の震災の特徴ですが、その大きな被害と「知的財産」はほとんど関係がないのではないか、おそらくそれが多くの人の持つ印象だと思います。実はかくいう私も地震直後にはテレビの報道を呆然と見るばかりで、知的財産の業界にいる自分に何ができるのか、もしかすると何もできないのではないか、という一種の無力感をしばらくの間、味わっていました。

しかしながら、あるNHKの報道番組を見ていたときのことです。そのような無力感は吹き飛び、むしろ知的財産こそが復興の鍵になる、と確信しました。それは生中継で行われていた番組でした。東京のスタジオと岩手県釜石市をつなぎ、水産加工工場のすべてを津波で流される被害を受けた会社経営者の方が、中継で出演されていました。会社経営者の方は気丈な様子でしたが、「いや〜何もかも失ってしまいました。」と肩を落とすようにおっしゃいました。

そのとき、以前からこの経営者と交友のある東京大学の玄田有史教授は、少し涙が入り混じった声ではありましたが、とても力強くスタジオから概ね次のように発言しました。「玄田です。今、何もかも失ったって言われたけど、釜石には大事なものが残っていると思うんですよ。それは技術であり、技術を生み出す人が残っているから大丈夫。必ず復活させてください。」

私はこの発言を聞いたときにハッとしました。地震によってひび割れた道路、津波で流れていく家等をテレビで見ていると何もかもが被害を受けたように見えますが、実は、技術力のような無形のものは被害を受けていないのだと。玄田教授が指摘したように、「技術」等の無体の情報である知的財産は、地震や津波の影響を受けません。その意味で知的財産というのは「壊れない財産」です1)

日本はこの震災で多くを失いました。また震災に起因する電力不足の問題は引き続き今後の企業活動に支障を及ぼすことが予想され、この先の日本の産業や経済の低迷が懸念されています。しかし、繰り返しになりますが、このような状況であっても日本の知的財産が失われたわけではないのです。玄田教授がおっしゃったように、物理的なものを失っても復活できるその基盤となるものがまさに知的財産なのです。

つまり、むしろこのような状況だからこそ、知的財産を活用する必要性が増したといえるのです。

2. 「知的財産立国」と復旧・復興

2002年に日本が「知的財産立国」を宣言したのは周知の通りです。今でも知的財産立国宣言を撤回していない以上、日本は知的財産を国の発展の基礎にしようとしているはずです。

しかしながら、「知的財産立国」を宣言したのは、早くも9年前のことになります。当時とは社会的・経済的背景が変化し、もしかするともはや、知的財産の時代ではないかもしれません。念のため、その当時の社会的・経済的背景をここで見てみます。

以下は、知的財産戦略本部のホームページにある「知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画」に掲載されている、知的財産立国を目指すべき社会的・経済的背景について記述された部分の抜粋です。

「アジア諸国は、近年の急速な技術水準の向上と格安な人件費などを武器に、低コストで規格化された製品を大量に作り出すという作業において、今や我が国を凌駕しつつある。一定の品質を維持しながら、コスト競争力を活かして競争優位を追求するという我が国産業がこれまで得意としたアプローチは、今日、その有効性が低下している。

現在の我が国経済を考える上で、上記に加えて、経済成長の源泉に関するもう一つの要因変化に着目する必要がある。それは、今日の先進国の経済成長において、技術革新・イノベーションが果たす役割の重要性が増大しているという点である。「知識経済」という言葉に象徴されるように、今日の経済活動において知識が生み出す付加価値の重要性は、以前に比べて格段に高まっている。現在、企業が直面している競争は、同一製品・サービスをめぐる伝統的な価格競争というよりも、他社とは差別化した革新的な製品・サービスをめぐる、よりダイナミックな競争にその比重が移りつつある。」

いかがでしょうか。当時の前提は9年の時を経て変わってしまったでしょうか。何か現在の状況と異なるという違和感はありましたでしょうか。私は、知的財産立国を宣言した当時の上記の前提自体は基本的には変わっていないと思います。

こういう社会的・経済的背景や前提が変わっていない以上、日本は今もそしてこれからも「知的財産立国」であるべきです。つまり、今後の復興計画にも、知的財産立国の定義たる「発明・創作を尊重するという国の方向性を明らかにし、「ものづくり」に加えて、技術・デザイン、ブランドや音楽・映画等のコンテンツといった価値ある「情報づくり」、すなわち無形資産の創造を産業の基盤に据えることにより、我が国経済社会の再活性化を図るというビジョンに裏打ちされた国家戦略」を盛り込むべきだと考えています2)

3. 復旧・復興財源に関する視点

復旧・復興に際し、その財源が問題となっています。増税すべき、あるいは復興債を発行すべき等です。そのような議論の中で、特に増税に関して「被災者にできるだけ負担をかけないようにして財源を確保しよう。」という立論が多く見られます。

ここで、今回の震災による「被災者」という言葉について考えておきたいと思います。現在、「被災者」と言えば、概ね、東日本の岩手県、宮城県、福島県の地域の方々で特に住宅を損傷する被害を受けた方を指すようです。

一般の国語辞典によれば「被災者」は天災や人災の被害にあった人とあります。

周知の通り、震災によって発生した原発事故に起因する放射性物質の問題は、東北地方に留まらず、東京で飲料水の問題を生じさせ、静岡県のお茶の出荷にも影響を与えています。また、電力不足の問題は今や東京電力管内に留まらず、関西、九州にまで及んでいます。さらに、この電力の問題は電車の運行も本数を制限するなど影響を与え、一般の人に対しても節電要請をすることで日常生活にも影響を与えています。加えて37年ぶりとされる7月1日からの電力使用制限令による大口需要家への15%の電力使用制限の命令は、企業活動への制約となり、結果として日本経済そのものへの影響が懸念されています。

また、多くの日本在住の外国人が日本を去り、さらに外国人観光客が大幅に減少している(5月の統計では52%減)のも周知の通りです。それによってわが国の観光業も全国的規模で影響を受けています。

このように考えると今回の震災の被害は日本全体に広がっており、被害が一地域に限定されるものではないというのが実態と言えます。実際、この震災の影響で日本全体の景気が悪くなり、日本経済が低迷する可能性は早くから指摘されていました。その意味で、私は、日本全体、言い換えれば全ての日本人が間接的な意味で「被災者」といえるのではないか、と考えています。

このように考えるとよく見られる「被災者にできるだけ負担をかけないようにして財源を確保しよう。」という増税案に関する立論は、仮に日本人全体が多かれ少なかれ被災していると考えるならば、その前提が崩れることになると思うのです。

しかしながら、ここでは復興のための増税の是非を論じるつもりはまったくありません。そうではなく、なるべく被災国である日本あるいは日本人に負担をかけない形で復興を目指すのが望ましい、という視点あるいは考え方の方向性として申し上げました。知的財産の本質は情報であり、もともとグローバルなものです。そういう意味で知的財産を活用し、海外から復興に資する資金(いわゆる外貨)を調達できればそれに越したことはないはずです。

もちろん、今回の復興資金の総額は10〜16兆円とも言われていますので、その全額を海外からの資金で賄えるものではありません。したがって、あくまでも可能な範囲でという限定付ではありますが、復興財源を検討する際に、このような視点自体は持っておく必要があると考えています。

4. 復旧・復興と知的財産

本稿では、復旧と復興は必ずしも截然と分けられるものではありませんが、一応区別し、復旧は、短期的な目標として元の状態に戻すこと、復興は中長期的な目標として元の状態以上に盛んにすること、と定義して検討したいと思います。

4-1. 復旧と知的財産

4-1-1. 被災企業における知的財産の活用

被災地域では、地震又は津波で事務所のみならず工場や倉庫を失った中小企業が多いと聞きます。その中には、不動産担保融資、あるいは2007年頃から増加している動産担保融資によって金融機関から融資を受けていた中小企業も多いでしょう。

しかしながら、今回の津波の被害では、動産はもちろんのこと、地盤沈下が起きて土地自体が毀損している状況が生じています。

周知の通り、金融機関は融資の際に担保を求めます。もちろん、被災企業向けに資金提供する救済策を取っていますが、それは特別かつ臨時的なものです。今後の中長期的な視点からの資金調達という視点から言えば、各中小企業が有する知的財産(例えば、特許権や著作権、商標権等)を担保とする融資を検討すべきだと思います。

中小企業の場合、元来持っている資産が技術力のように無形のものが多いのが実情です。そのため、知的財産を担保にした融資を活発化させるべきという議論は以前よりありましたが、担保価値の評価が困難なこと等を理由にほとんど行われていなかったのが実情でした。

しかし、1000年に一度と言われる大災害にあって、既存の価値観を変えていかなければならない今のこのタイミングにこそ、天災地変があっても壊れることのない財産としてもう一度「知的財産」の価値を見直し、評価していく試みをするべきではないかと思います。

また、2004年に信託業法が改正されて知的財産の信託ができるようになっていますがこちらも普及していないのが実情です。復旧策との関連では、特に被災した地域の企業の知的財産に関して地元の金融機関へ信託し、広く全国から資金調達を可能にする方法もあるでしょう。

もちろん出資にはリスクを伴うのが必然ですが、被災地域に対する「義援金」の性質も併有していると考えてもらうことでリスクを重視しない大きな金額が集まる可能性もあると考えられます。いわば「義援金投資ファンド」です。つまり、寄付の場合は当然のことながらその寄付金が返って来ることはない訳ですが、投資(すなわち被災企業の株式の購入)の場合には、投資先である被災企業がまさに復旧し、更に事業を拡大できた場合、むしろ投資額を上回って投下資金を回収できる可能性が出てくる訳です。また、投資であって融資ではありませんので投資してもらった企業は当然のことながら万が一事業の復旧に失敗しても返済義務を負うことはありません。すなわち、投資した側にとっても、また事業を復旧しようとする被災企業にとってもメリットがある訳です。

あるいは以上のような義援金投資ファンドは、東北大学など東北の大学が保有する技術(特許)を活用したベンチャー企業への投資というのも考えられます。

以上のような支援策が考えられますが、被災地域を経済特区とする案はすでに出ています。その場合には特区内で知的財産に関する様々な優遇政策を行う方法があるでしょう。 いずれにしましても、被災企業が支援を受けるために自主的に動くことは期待しがたいと思われます。その意味で知的財産の専門職である弁理士、また融資を行う金融機関等がボランティア的に被災企業をサポートすることが期待されます。

4-1-2. サプライチェーンにおける知的財産の活用

今回の震災の影響により、世界の半導体市場で材料や部品が不足するという事態が生じました。また、ゼネラルモーターズや欧州のプジョーという海外の自動車メーカーの生産活動にも停止・遅れが生じました。これは日本が最先端技術の部品の世界への供給拠点となっていた結果であり、図らずも日本の技術力の高さを世界に証明しました。

しかし、同時にリスクマネジメントの観点からこれらの外国企業は日本以外の会社からの部品供給に切り替えようとする動きが生じているといいます。このような動きに日本企業は黙って見ていることしかできないのでしょうか。

まず、その部品がその企業しか作れない特殊なノウハウ(営業秘密)の存在するものであればアジア諸国への切り替えは実際上、困難でしょう。

他方、そのような特殊なノウハウがない場合でも、部品メーカーが外国において知的財産権を保有していれば、外国企業へその知的財産権をライセンスして部品の生産を認めつつ対価を得ることができます。部品に関する特許権又は意匠権等の知的財産権を海外で取得していれば、少なくともその取得している国の企業は勝手に同じ部品を作ることはできないため、知的財産権は今回のような事態において、防御的に活用できるでしょう。

4-1-3. 緊急的・公益的な目的での知的財産の活用

原発事故の影響によりエネルギー、特に今後の電力不足をどう乗り切るのかが喫緊の課題となっています。電力の供給不足の問題を解消するというのはまさに元の状態に戻すことを意味するので「復旧」の一種であり、もしかすると東北地方の復旧そのものよりも、全国レベルの電力供給量の「復旧」の方がより長期的な課題として残る可能性すらあります。

周波数の異なる他地域からの送電には周波数変換装置が必要であり、電力の全国的な融通も困難であることから、省電力の発光ダイオード(LED)電球への買い替え促進、太陽光発電装置、自家発電設備、蓄電池等の普及を進める方策等が検討されています。

このようなエネルギー関連製品・装置の緊急かつ急速な利用・普及に貢献するために、少なくとも従来の電力供給量までの回復にボトルネックとなる先端技術が万が一にも存在する場合には「他社の知的財産権を同意を得なくても例外的に利用できる」という平常時とは異なる状態を実現することが必要ではないでしょうか。

このような「他社の知的財産権を同意を得なくても例外的に利用できる」状態を実現する方策としては、現行法上で実現できるものとしてパテントプール、強制実施権の2つがあり、また法改正を必要とするものとしてライセンス・オブ・ライトと合計3つの方策が考えられます。

上記のグラフ3)を見て頂くと分かるように、日米欧の比較において、エネルギー技術に関し、日本には欧米を上回る数の特許権が存在しています。したがって、エネルギーに関する知的財産権の自由利用を実現するためには、関連特許を保有している電力会社等が自主的にオープン型のパテントプールを形成し、関連特許を集中管理して技術を必要とする企業等へ次々とライセンスを行う方法が考えられます。

次に、自主性が求められるこの方法が何らかの理由で困難な場合には、必要な特許について強制的にライセンスを受ける方法もあります。

特許法93条には、公共の利益のために特に必要な場合には、使いたい技術を他社が保有している場合でも強制的にライセンスしてもらい使用できる裁定実施権制度があります。裁定制度の運用要領(経済産業省工業所有権審議会平成9年4月24日)によれば、これは「国民の生命、財産の保全、公共施設の建設等国民生活に直接関係する分野で特に必要である場合」に認められるとされているため、全国レベルで電力に逼迫している現状では少なくとも電力供給に寄与する技術についてはこれにあたると解釈できると考えられます。

この制度を利用すれば、理論的には日本に存在する電力供給に関する最先端の技術を権利者が誰であるかを問わずに同意を得ることなく利用することができるようになる訳です。過去には一度も利用されたことのない制度ですが、緊急のエネルギー問題の解決のために万が一必要であれば今こそ活用すべきでしょう。

ライセンス・オブ・ライトは、英国・ドイツ等で導入されている制度であり、ライセンスする用意がある旨を登録した特許に対して特許維持料等を減免するものです。わが国への導入は検討されている途上のようですが、これから出願されるエネルギー関連技術の利用促進につながる可能性があります。

これらの3つの方策については、当然のことながら従来のエネルギー関連技術のみならず太陽光発電や地熱発電、風力発電等のいわゆる代替エネルギー関連技術にも利用できます。原子力発電所の今後の新規設置は現状を見ている限り事実上難しい一方、地球温暖化を防ぐ必要もあるため安易に化石燃料に全面的に戻ることも困難なのが実情でしょう。

石油輸入国としてオイルショックを経験した日本は1970年台以降、代替エネルギーの研究では世界をリードしています。今こそ、その日本の技術力を日本全体のために活用すべきときが来たといえるのではないでしょうか。

4-2. 復興と知的財産

4-2-1. 世界一の防災技術大国を目指す

地震、津波、原発事故、複合災害とも言われるこれだけの大惨事は通常経験できるものではありません。しかし、今の日本はまさに1000年に一度と言われるタイミングでこれを経験しています。ここで重要なのは「転んでもただでは起きぬ」という精神でしょう。

阪神淡路大震災を経験した人で、布団の横に靴を置いて寝ている(地震直後にガラスの破片があって裸足では歩けないときに有効)という人を知っていますが、このように経験したことがないと思いつかないような知恵・知見というものがあります。

今回の災害・事故から得られたものもあるはずです。例えば、津波を受けたにも関わらずその影響を受けなかった建物や構造物があればその原因(建物の構造等)を調べることで、実験では得られなかった何かを発見できる可能性が高いと思います。あるいは避難所生活においてこういう商品さえあれば困らなかったはずだ、という商品のアイデアもあるかもしれません。そういう意味において、防災関連の新規技術、あるいは防災グッズのアイデア等、様々な知的財産が潜在的に生まれているはずです。

特に被災者あるいは被災企業のため、被災者自身の経験から得られた知恵や知見に基づく防災アイデアに関しては、無料で出願を認めるというのも一つの政策案となるでしょう。

このようにして生まれた防災関連の日本発の知的財産を世界中で権利化し、「被災経験が生んだ最先端の日本の防災技術」としてブランド化し、世界に向けてライセンスして外貨を得てはどうでしょうか。もっとも、これを実現するためには世界で権利化するための費用が必要なため、特許庁や経済産業省がそれを後押しする政策が必要と考えます。

このような防災関連の技術の中でも耐震技術はかつてから評価が高かったわけですが、報道によれば、世界最大級の地震でも建物自体はほとんど壊れなかったという事実に世界が驚嘆したと言われています。今回の震災の犠牲者の90%以上は水死であり、被災地域であっても津波による被害を考えなければ、地震そのもので倒壊した建物はほとんどなかったと言われています。

建物以外では、新幹線の耐震技術の優秀さも世界に証明されました。ご存知の通り、今回の震災でも新幹線は脱線しませんでした。それは最初の揺れの9秒前、最も大きい揺れが起きた1分10秒前には緊急地震速報を探知して自働で非常ブレーキがかかりスピードが減衰されたためと言われています。このような事例からも耐震技術に関する日本のブランド力は一気に高まりました。ブランドというのは信頼であり、世界中で信頼を築くというのは平時においてどれだけの費用・労力・時間がかかるか計り知れません。

ところが、世界中が衝撃を受けたこの大震災により、世界中の報道機関が日本の耐震技術の優秀性を一斉に報道し、その信頼が一挙に世界に広まった訳です。日本の耐震技術のブランドの構築という意味でこれほどの機会はそれこそ1000年に一度しか訪れないはずです。過去に取得している耐震関連特許はもちろん、今回の震災を契機に今後生まれる耐震関連技術は諸外国に積極的に出願し、輸出することを奨励する政策を取るべきではないでしょうか。

耐震技術を代表とする防災関連の技術を産官学が集中的かつ積極的に研究し、権利化することにより、世界トップの防災関連技術大国としての地位を得ることは相当に現実味のある目標だと考えます。

4-2-2. 傷ついたブランドへの対応

ここまでは、どちらかといえば「無形の知的財産は震災に強い」、という視点で考えて来ました。しかし、実は今回の大震災の結果、傷ついてしまった無形の知的財産があります。その一つが食品に関する安全性のブランドです。周知の通り、原発事故によって放射性物質が流出し、商品の出荷停止等が発生しました。これはその地域の産品に対するブランドという知的財産が傷ついたことを意味します。

長期間にわたって周辺の地域に影響を与える放射性物質の特徴(あるいはイメージ)からしてこのような地域の農産物及び水産物のブランド毀損の問題は大変残念ながら今後も続くことが予想されます。

ブランドは、築くのは困難であるにも関わらず、失うのは一瞬です。例えば、東電というブランドも従来その株は「資産株」とも言われ、それはすなわち安定を意味していましたが、今回の事故によりそのブランドが大きく傷ついたことは明らかであり、その信頼性の回復には相当の労力と時間がかかると思われます。

ブランド価値が傷ついた場合の対処方法として、ブランド価値そのものを回復するための努力を行うことが重要であることは間違いありません。しかしながら、放射性物質という長期に渡って影響を与える漠然とした悪いイメージを考えれば、簡単にブランドが回復するとは思えません。例えば、「チェルノブイリ産の野菜です。完璧に検査済みで何も問題ありません。」と説明され、われわれ日本人で実際に買う人はどれ位いるでしょうか。悲しいかなそれがブランドというものです。

そこで、当面の方法としては電機製品等で広く普及しているOEMに近い方法が考えられると思います。つまり、傷ついたブランドをあえて積極的に表に出さずに、安定した他社のブランドの傘下で販売するのです。例えば、野菜等であれば、缶詰や他の料理の一材料として用いればブランド(産地)を全面に出す必要がなくなる場合があります。もちろん単なる風評被害で困っている場合が前提であり、実際の産品は品質検査を行って全く問題がないということが大前提ではあります。このような前提があれば、消費者もイメージを気にすることなく購入することができるので生産者にとっても消費者にとっても結果としては好都合な場合もあるのではないでしょうか。

4-2-3. 観光立国と知的財産立国

被災地のみではなく、これは日本全体の問題ですが、震災以降、日本国内の観光客、特に外国人観光客が大幅に減少してしまいました。最近では徐々に回復傾向にあるものの、2003年から観光立国を宣言してきた日本にとっては大きな痛手です。

震災から約1ヶ月後にディズニーランドが再開したときのことです。テレビで放映されていたのはミッキーマウスと再会して泣き出す女性やキャラクターと一緒に写真を取って笑顔がこぼれる子供達。大震災で沈みきっていた日本に差し込んだ一筋の光のように見えた人も多かったと思います。これを見て「コンテンツ」という知的財産の持つ潜在的な力というものを感じる一方、少し寂しくもなりました。被災した日本がこれから一致団結して復興にあたろうというこのときに、なぜ「国産」のコンテンツではないのか、と。

現在、関東以北には大規模なテーマパークがありません。そこで、少し先の中長期的な復興施策の一つとして、国内外で有名な日本のコンテンツ、また場合によって日本昔話のキャラクターも利用した「日本」あるいは「日本の文化」そのもののテーマパーク(仮称:ジャパニーランド)を東北に建設してはどうでしょうか。

ポケモンやドラゴンボール、ドラえもんなど世界的に有名なキャラクターのアトラクションは、日本人のみならず外国人にとって魅力だと思います。忍者、富士山、ゲイシャというのも外人には著名です。そのようなものをモチーフにしたアトラクションが考えられます。他方、日本人向けという意味では、日本昔話に出てくる日本人なら誰でも知っている著名な登場人物(キャラクター)をモチーフにしたアトラクション(例えば、一寸法師のようにお椀に乗って川を下る乗り物系アトラクション。桃太郎のように鬼を退治に行く体験型アトラクション、最後には月に向かって飛んでいくかぐや姫等)も考えられます。

このようなテーマパークができれば、外国人のみならず、日本人にとってもユニークな施設となり、結果として国内外の観光需要を掘り起こせるのではないでしょうか。

被災地の今後の課題としては雇用の問題があります。この構想が実現すれば、パーク建設事業の雇用のみならず、建設後のパーク運営の雇用を創出することができ、さらにはテーマパークにつきものの関連グッズの工場も被災地周辺に政策的に設けることでそこでの雇用も創出できることから近未来の中長期的な復興施策に適していると思うのです。

なお、最近の明るい話題としては、6月26日に岩手県の平泉が世界文化遺産の登録を受けることが決まりました。今後は東北地方への外国人観光客の増加が期待できます。外国人観光客の増加により外貨が獲得できれば、海外からの復興資金と言うことができますので、日本の知的財産を資源として輸出するのと実質的には同等といえます。

 

5. 「知的財産」を復興の原動力に

知的財産は決して物理的に壊れることのない財産です。これまでは目に見えないがゆえに実際のビジネスの場面では具体的な商品やサービスの裏方にいる、というのが実情でした。

しかし、このように目に見えない無形のものだからこその長所、すなわち壊れない財産という点がこの大震災によって再確認できたのではないかと思います。

冒頭で述べさせて頂いたように、日本は技術力など無形のものの力が強いからこそ繁栄できてきたのであり、それ自体は全く失われていないのです。日本は知的財産立国を宣言した国です。日本には豊富な知的財産がありますし、知的財産は人間の創造活動の結果ですから、これからも理論的には無限に増産できます。だからこそこれを最大限にあたかも日本の資源のように活用することで日本の復興に大きな貢献ができると確信しています。

著名な経済学者のシュンペーターが使った「創造的破壊」(creative destruction)という言葉はイノベーションが語られるときによく使われるのはご存知の方が多いと思います。

これは経済活動の新陳代謝を意味している訳ですが、今回の震災ではもちろん意図せずにいろいろなものが破壊されてしまいました。

今後の日本の取り組みを単なる復旧でとどめず、真に日本を復興させるためには、今回の意図せざる「破壊」を後世から見たときに、「あれは今から見れば結果としては「創造的破壊」になったね。」と振り返れるようにしなければならないと考えます。

以上、総花的なお話ではありましたが、日本の早期のかつ力強い復興を確信し、ここで筆をおかせて頂きます。ここまで読み進めて頂きまして本当にありがとうございました。

謝辞

本稿をまとめるにあたり、様々なご指摘・ご助言を頂きました世界知的所有権機構(WIPO)事務局長補の高木善幸様、明治大学法科大学院教授の高倉成男先生、特許庁・総務部・情報システム室・システム開発室長の高山芳之様に深く感謝致します。なお、本稿に記載の内容は筆者の責任に帰することは言うまでもございません。



(注)

  1. 本稿脱稿後の2011年7月22日の2011年度の経済産業省年次経済財政報告(経済財政白書)には、無形資産は「相対的には毀損しにくく」、「震災を契機に無形資産大国への道を目指してはどうだろうか。」という指摘がなされた。
  2. ただし、「知的財産立国」の理念をグローバル化の進展に即して進化・発展させ、知的財産を日本の「資源」として海外に輸出する「知的資源立国」を目指すべきというのが持論である。
    「知的資源大国へ戦略持て」日本経済新聞『経済教室』2010年10月19日
  3. 特許庁作成資料 「重点8分野の特許出願状況」3.重点8分野別の年間公開/公表・登録状況 5)エネルギー関連(PDF) http://www.jpo.go.jp/shiryou/