「ふるさと再生」を実現するための土地の所有と利用の流動化方策
2011/5/17
前書き:提言策定経緯
東京大学生産技術研究所 野城智也教授
東京大学における社会基盤・都市工学・建築を専門とする教員それぞれは、所属する学協会などの一員として、政府・自治体・NGO組織への協力者として、また個人として、東日本大震災という未曾有の災害の直後から、災害実態調査、救援・救護、復興支援にかかわる諸活動に関与してきた。
これらの諸活動の相互連絡は必ずしも円滑ではないことから、内藤廣副学長(当時)の呼びかけで、社会基盤・都市工学・建築を専門とする教員の相互の情報交換を密にし、蓄積し,より有用な行動へと役立てることを目的として、建設系三分野・有志連絡プラットフォーム(IPUT: Integrated Platform in the University of Tokyo)を3月中旬に立ち上げ活動している。
本提言は、このプラットフォームを活用した情報交換、議論から生まれてきたものであり、議論に参加したメンバー有志の名において提言するものである。
本提言を草するに際しては、学内の様々な分野の専門家からご助言をいただいた。特に、法学政治学研究科太田匡彦教授には細部にわたるご助言ご示唆をいただいた。本提言策定にご貢献下さった全ての方々に厚く謝意を表したい。なお、本提言の齟齬にかかわる責任は、有志一同、特に編集役をさせていただいた野城に帰すること記しておきたい。
東日本大震災は未曾有の大災害であり、その災害の様態も複雑多様である。本提言内容の適用しうる範囲が広大な被災地域の全てに必ずしも及ぶものではない。本提言が、既存制度縦割りの弊を超え、特に地勢・環境条件が厳しい地域における迅速な救援・救護の促進、及び、将来の世代に選択肢を遺していけるような着実かつ持続可能な復興活動の展開のための一助となることを切に願うものである。
政策提言 : 「ふるさと再生」を実現するための土地の所有と利用の流動化方策
1. 提言の背景
2. 提言
1. 罹災地域再生復興特区
2. 「罹災地域特例土地定期利用権(仮称)」の創設(従前土地利用権の移転先利用権への変換)
3.土地利用の共同管理:「罹災地域特例土地定期利用権(仮称)」の管理機構の創設
3. 提言の実効性を高めるための措置
1. 罹災地域再生復興特区におけるプランニング支援組織の創設
2. プランニング支援組織にかかわるネットワーク統括組織の創設
1. 提言の背景
平成23年3月11日の巨大地震と、それによる津波は、沿岸地域にとりわけ大きな被害をもたらした。この想像をはるかに超える災害に直面した私たちの文明は、従来持ちえなかった仕組みを構築し、実行し、復興の道を歩んでいかねばならない。
地域、地区によって復興への道筋は多様である。短期的な仮設住宅等への移転の後で直ちに被災地の復興にかかれる場合もあれば、逆に、恒久的な移転をせざる得ない場合もあることは否定できない。
しかし、短期的な復興は難しいものの、中長期的には継続的包括的な施策により従前居住地・就業地もしくはそのごく近傍での計画的かつ着実な復興が可能な場合もある。このような中長期的視野を持った新たな復興方式、いいかえるならば、「いつかはふるさとに帰れる」方式、もしくは「ふるさと再生」方式ともいうべき新たな復興方式を実現する制度的枠組みが必要である。
そのためには,土地所有者の土地への愛着と財産権の保障に対して配慮しつつも,従来制度に内在する復興進展阻害要因等を勘案し、公共の福祉、及び地域の経済振興の観点から,地域社会の再建促進に寄与するような土地利用を促進する制度が不可欠である.
2. 提言
持続可能な地域社会の実現に向けての復興を促進することを目的に、被災地域を対象に、特別法の制定により、土地利用制度にかかわる特例的措置を適用することを提言する.特例的措置により,移転先で居住の安定を得る権利、及び「ふるさとに帰れる可能性」が保障されることによって、復興の過程で一貫して地域文化,地域コミュニティを維持しつつ,被災者が多様な選択肢のなかから生活を早期に安定化させることと,津波罹災市街地の抜本的な再構築の実現を図る.
1.罹災地域再生復興特区(仮称)の設定
特別法の適用対象地域として罹災地域再生復興特区(仮称)を設定する
同特区内においては、被災地域のうち将来再び災害の危険があると思われる地域について、建築禁止等の建築制限措置を行い、罹災地域再生復興計画(仮称)を策定・事業化する。また、建築制限措置を行った場所の近傍に、公共(自治体等)が、購入または長期賃借権の取得により、移転先用地を取得する。
註1 緊急性に鑑みて、建築制限区域の指定、及び建築制限の内容を定める権限は、特別法を根拠に、所管大臣に与える。
註2 ここでいう建築禁止等の建築制限措置の区域は、建築基準法39条による災害禁止区域の指定対象となる地域に加え、防災性の高い土地利用構造を作り上げる観点から一定期間建築制限を加える地域も含む。
「罹災地域特例土地定期利用権(仮称)」の創設(従前土地利用権の移転先利用権への変換)
従前の土地の所有権を有したまま、移転先用地に中長期(60年程度)の土地利用権(特例利用権、仮称、罹災地域特例土地定期利用権)を設定し,被災地域内の土地利用権を、移転先用地の土地利用権に変換する。
「罹災地域特例土地定期利用権」は、将来、被災地域における土地利用権に再変換することができる。
また、他地域での生活再建・事業再建を図るために転出する権利者に限って、「罹災地域特例土地定期利用権」を自治体,或いは,国に譲渡売却できるものとする。
註1 ここでいう土地利用権は、抵当権の対象となる地上権として、60年程度とする。この地上権は、毎年の地代の支払いは免除されるが、公租公課に相当する額を、所有者に替わって地方自治体に納税するものとする。また、移転先用地を公共(自治体など)が所有している場合は、土地利用権が失効する時点で、当該土地の所有権買取請求権が提供されるものとする。
註2 なお、民法265条は、地上権の設定目的を「他人の土地において工作物又は竹木を所有するため」としているので、罹災地域特例土地定期利用権については、住居などの利用が可能であることを明確する規定を特例法におく。
註3 移転先用地が賃借地である場合は、土地利用権設定の対価は、施行者たる公共(自治体など)が土地所有者に支払う。(施行者は、その財源として、利率ゼロ、相続税非課税の特別復興債を発行することも一案である。)
註4 建築制限区域の指定をうけた区域の土地所有者は、本事業施行者に対して、土地の買取を求める権利、及び、再生市街地内の土地利用権に権利変換する代わりに金銭交付を受ける権利が付与される。さらには、金銭による買い取りに代えて、罹災地域特例土地定期利用権の付与+所有権の買い取りに対する金銭交付という形での買い取りも可能とする(土地を売却する人の移転先の確保のため)。
註5 建築制限区域の指定をうけた区域における借家人については、移転地に公営住宅を用意することを基本施策とするが、関係者の合意が得られた場合は罹災地域特例土地定期利用権の上に賃借権を設定することも認める。
註6 他地域での生活再建・事業再建を図るために転出する権利者に限って、「罹災地域特例土地定期利用権」の譲渡売却を認めるのは、転入した住民が特例利用権の設定目的に反した利用に供さないための譲渡制限の趣旨をもつ。但、この特例利用権を、住宅建設資金などの担保とすることは認める。
註7 移転先用地を提供する山林等の所有者は、土地利用権だけでなく、土地所有権そのものの買取請求をする権利をもつ
3.土地利用の共同管理:「罹災地域特例土地定期利用権(仮称)」の管理機構の創設
土地所有権を、罹災地域特例土地定期利用権に変換し、管理していくことを円滑にすすめていくため、移転先用地の所有者及び賃借者(自治体等)、及び土地利用権者がこれを共同で管理する組織として,罹災地域特例土地定期利用権管理機構(仮称)を特区ごとに設立する。同管理機構は公共性の観点から再生復興に適した土地利用計画の検討とその管理を担う。
註 土地所有者は、災害危険区域内の計画が完了した時点で、土地所有権に基づき同区域内に帰る権利を有する。
3. 提言の実効性を高めるための措置
1. 罹災地域再生復興特区におけるプランニング支援組織の創設
罹災地域再生復興特区での計画検討作業は多地域において同時並行で進められることが想定される.この作業を担う人材の確保は重要な課題であることから、罹災地域特例土地定期利用権管理機構(仮称)の業務を支援するためのプランニング支援組織を創設し、全国の人材の叡智を集約する。
2. プランニング支援組織にかかわるネットワーク統括組織の創設
ローカルな最適化の積み重ねが相互の競合により広域的視点からは最適とならない可能性があり,広域での各特区での計画検討の相互調整も不可欠である.特区間での相互の計画調整,広域での総合的視点からの計画調整を図るための一元的組織としてネットワーク統括組織を創設する。
上記の方策が、被災された地域の方々の一刻も早い復興と、その後と地域づくりの一助となれば幸いである。
有志一同: 石川幹子、大方潤一郎、大野秀敏、加藤孝明、川添善行、北垣亮馬、城山英明、田村誠邦、内藤廣、西村幸夫、福井恒明、藤野陽三、野城智也