活動報告

オーストラリア調査報告

政策ビジョン研究センター、オーストラリアにおけるE-Health推進の要である医療分野に限定した国民IDの導入について初の調査を敢行しました。

プライバシー保護と患者安全のためのクリニカルデータ利活用のあり方が最重要課題

2010年9月23日、オーストラリア国立E-Health推進公社(National E-Health Transition Authority, NEHTA)との間で、外国からの調査団としてははじめて会合を持ちました。

今回の会合は、オーストラリア政府が進めているE-Healthに関連する政策のなかでも、医療IDに関する新法制と実務について調査するために開かれました。オーストラリアでは、E-health関連予算として向こう2年間で467億オーストラリアドルが割り振られましたが、その基礎となるのが医療分野に限定されたIDを設けるための連邦の法律(Healthcare Identifiers Act 2010)です。同法律は、2010年6月末に可決成立し、7月1日から施行されました。施行からわずか数日の間に、国民の約97パーセントにIDが配分されました。

今回の調査は、医療分野IDの利活用を本格的に進めようとするわが国にとって、極めて重要な先行事例です。わが国では、医療分野におけるIDの活用が社会保障に関わる手続きを簡略化し、安心で信頼できる社会保障の仕組みの構築に寄与するものとして、注目を集めています。すでに、内閣IT戦略本部からは「医療情報化に関するタスクフォースにおける調査の方針(案)」(平成22年8月9日)、厚生労働省からは、『「社会保障カード(仮称)の基本的な計画に関する報告書」の取りまとめについて』(平成21年4月30日)が公表されました。わが国とオーストラリアは、ともにE-Healthを含む高齢化に向けたさまざまな取り組みを進めているところですが、今後もオーストラリアの関係機関と協力することによって、患者安全の実現だけでなく、新たな社会保障モデルの構築の道が拓かれるものと期待しています。

オーストラリアにおける医療分野に限定した国民IDの詳細は、以下をご参照下さい。

主な目的、内容、調査項目

主な目的:

患者安全のためのE-Health推進

主な内容:

  • 医療分野に限定されたIDを設けるための連邦の法律(Healthcare Identifiers Act 2010)が2010年6月末に可決成立し、7月1日から施行。
  • 予算に占める医療費の増大、高齢化の進展、そして医師をはじめとする医療従事者の確保が難しくなっていることはもちろん、全国のさまざまな医療機関に保管されている既往歴データを入手できないままの診療では医療安全上問題がある、という判断から、国民、医師、医療機関にID(healthcare identifiers)を設定。
  • IDは、16桁のユニークな番号からなり、IDの配分等の管理業務は、公的医療保険を所管するメディケア・オーストラリア(Medicare Australia)が担当。
  • 施行からわずか数日の間に、国民の約97パーセントにIDが配分された。
  • 政府機関がID管理のために保有するのは、氏名と生年月日のみ。
  • プライバシー保護のために、IDが記されたカードは発行しない。国民は、知りたいときにID自体とIDの利用記録を入手することができ、誤った情報を訂正できる。
  • 今回の法律では、プライバシー保護に関する一般的な法律(Privacy Act)に加えて、利用目的の限定、不正利用時の罰則、利用記録具備義務などが新たに定められている。
  • プライバシー保護に向けた動きとして、2010年6月末、政府は新プライバシー原則(案)を公表(Exposure Draft of Australian Privacy Principles, June 24, 2010)。

具体的な調査項目

  • 医療分野に限定したIDを導入する際の留意点、合意形成に向けた取り組み
  • 電子診療情報の標準と定義(Clinical Data Standards and Terminologies)
  • EHRの利活用、オーストラリアにおけるE-Healthの青写真
  • 医療機関をはじめとするステイクホルダーに対するインセンティブ
  • プライバシーの保護のあり方

最重要課題

プライバシーの配慮が最重要課題です。オーストラリアでは、過去2回にわたってID導入に失敗していることから、いくつかの対策が講じられています。第1に、メディケア・オーストラリアは、IDを管理していますが、そこで保有されている情報は氏名と生年月日のみです。第2に、IDの不正利用を防ぐために、IDが搭載されたカード等が発行されることはありません。第3に、利用は医療目的に限定されていて、不正な利用等については罰則があります。国民はIDの利用履歴を確認して、誤った履歴を訂正できることになっているのです。

東京大学政策ビジョン研究センターは、政策の選択肢の発信、他分野のネットワーク化による課題の探知、学内外の組織との交流による政策研究の活性化を柱とするシンクタンク機能を持つ情報発信機関です。2008年に設立された政策ビジョン研究センターは、『医療・社会保障分野のIT戦略』(2009年2月20日)を政策提言の方向性としてすでに公表しており、E-Health関連の問題についてさらに研究を進めています。