政策ビジョン研究センター設立記念フォーラム

知の構造化とイノベーション(松本洋一郎教授)

知の構造化センターと政策ビジョン研究センターとは密に連携して活動を行っていこうと考えており、知の構造化センターの成り立ちとミッションを紹介するとともに、それがどの様に役立つのかをお話ししたい。

知の構造化の背景・目的

知の構造化センターの背景としては、知識の爆発がある。例えば、学問における知識・情報の幾何級数的な増大と同時に、学問領域の細分化・課題の複雑化が進行している。他方、細分化・複雑化した専門知を繋ごうとしても、なかなか繋ぎきれないという問題が起きる。

そこで、自律分散的に創造されてくる多種多様な知識と知識の関係性を明らかにし、可視化する「知の構造化」を行い、東京大学にある知識を分野の枠を超えて有効に活用し様々な価値に結びつけることが必要になる。そのための方法論を構築するのが知の構造化センターの設立意義であり、様々な価値創造に向けた取り組みを行っている。

研究テーマ

研究テーマの例には、以下のようなものがある。知的価値関連研究として、東京大学の持つ知を教科書としてまとめる(進化する教科書)。社会的価値関連研究として、医学知識の構造化・可視化。経済的価値関連研究として、工学的な知識の活用。文化的価値関連研究として、新しい百科全書プロジェクトの一つである、岩波の『思想』の構造化、思想の戦後展開の可視化。構造化手法の研究として、情報技術を使った可視化手法の開発。情報技術によって、知識が階層的な構造を持って展開されると理解の仕方・深さが変わることとなる。

知の構造化の目的・基本アイディア

知の構造化が進んで可視化されると、データベース化等、IT技術を活用した検索が容易となる。さらに、情報と情報の関連が明らかになり活用が進めば新たな知が生み出され、知の構造化と可視化のサイクルも進むこととなる。

俯瞰的な知識の獲得も知の構造化の一つの目的である。知識の成り立ちの中の類推から別の分野の知識、または統合された知識というものが生まれてくるだろう、と考えている。また、全体を俯瞰することで、知識が欠けている箇所も分かるということもある。 ある分野の発展を時間と関連して観察すると、従来の技術や知識の進展から、今後のイノベーションの進展について類推・予測が可能になるだろう。具体的には、精度の良いロードマップを描くことが可能になると考えられる。

全体像を把握し、さらにその中で明らかにされた詳細像を合わせていくことによって、次の知識が生まれるという構造を持つと考えられる。ある表現や論文の中のオントロジーを確実に明らかにし、別の論文の中のオントロジーとの関連性なり類似性を発見し、そういったものが上位概念に繋がって新しい知識に展開していく、ということである。

新しいツールと成果イメージ

新しいツールとして、われわれが開発しているのがMIMAサーチ・MIMAエンジンである。これによって、膨大なデータ、テキストの中のキーワード・語句を抽出し、その中の関連性の中からどういった概念と概念が繋がっているのかということを計算、それをマップの上に可視化することができるようになる。例えば特許と特許の関連など、様々なことに応用可能であると考えている。ここでいう可視化とは、意味の似た知識を物理的に近い位置に置くという手法で展開していくということになる。

こうした手法を使い、「進化する教科書」プロジェクトをスタートしている。これはwikipediaのような形で教科書を展開し、オーソライズされた方が編集することで先端の知識が常に教科書の中に展開されていくものである。これにより、先に述べたような知の循環が生じると考えている。

また、日本の思想史の構造化として『思想』戦後分15万ページを電子ファイル化して、その中の語句の間の関係を明らかにし、可視化しつつある。これにより、時代背景とその変化も考えていくことができる。

イノベーションへの展開

イノベーションは、ひとつの深い知識のみで生じるわけではなく、知識の可視化という手法をフルに活用することで、知識と知識を結ぶ領域融合型の新しいイノベーションが起こると考えている。例えば、様々な製品の間の関連を可視化することで、「日本らしいイノベーション」がいかに生じるのかを考え、日本らしさを追究できると考えている。

科学的な価値とか技術的な価値を社会的価値・経済的価値に具現化する、ということがイノベーションであるが、情報の可視化・知の構造化がイノベーションの重要な手段になると我々は考えている。

こうした手法を開発するのが我々の知の構造化センターのミッションであるが、いかに合理的な知を世間に発信していくのか、それをどのように政策に展開していくか、世の中に発信していくかが、この政策ビジョン研究センターの役割だと思っている。 我々は、そのための最大限のツールを提供しようと考えている。