政策ビジョン研究センター設立記念フォーラム

社会の中の原子力法制(城山英明教授)

公共政策大学院では、技術に関わる分野を素材にして、実務家を巻き込む中で社会の問題を引き出し、課題設定をすると同時に選択肢を出すことを目指し、「SEPP 地球環境とエネルギーの持続性確保と公共政策」というプログラムを実施してきた。ある意味で、政策ビジョン研究センターの先取り実験、という側面があったと思っている。

原子力をめぐる社会、制度、政策の課題

原子力は必ずしも先端技術ではないが、地球温暖化、エネルギー安全保障の面で、再度注目を集めている。しかしその技術はハードだけで動くわけではなく、それを支える社会の制度や人材の問題が重要になる。これらをどうセットとして考えるべきかを議論したい。

問題意識の一点目は、つぎはぎの法体系である。
第二に、行政の実務担当者によれば、訴訟での主張や法解釈に捉われて柔軟な対応ができない点がある。彼ら自身本当にこれで大丈夫なのかと自問自答している面がある。
第三に、技術の変化に十分対応できない。
第四に、導入技術に適した設計中心の法体系になっていて、運転管理の時代に対応してない。技術自身、もともと導入技術だったが、法律制度自体もアメリカの機械学会技術基準を翻訳した導入技術だったという面がある。日本の中で、実際の運転経験の中からどう情報収集をし、それを共有化して、ルールを変えていくかという、運転管理の時代に必要なメカニズムが十分設計されていない。

原子力法制研究会の設置と活動

こうした問題意識をもとに関係者で議論を開始した。これは、大学の外から始まった話であった。しかし、事業者と規制当局といったステークホルダー間で、制度の全体像を議論する必要性を感じる中で、通常の政策の意思決定の場と距離がある大学という、非公式的な雰囲気の場で議論をすることが必要なのではないかと考え、2007年に原子力法制研究会を設置した。

技術サイドでは昔の原子力工学科、今の原子力国際専攻の斑目先生が中心となり、同時に、制度や法律・経済の話にも関わるので、公共政策大学院も連携して共同で研究会を設置することになった。ここには、事業者、重電メーカー、燃料メーカー、行政の方にも入っていただき、共同で議論をした。

なかなか一気に政策提言にはならないが、まずは課題の洗い出しを行った。個々の関係者はそれぞれの立場から、色々な問題のある一面を見ているが、それらの全体像を整理し、現状認識という、課題の構造化のようなことを行う作業をやってきたのが現状である。これを次のステップにどうもっていくかということが次の課題だと考えている。

原子力法制研究会では大きく分けて以下の三つのテーマについて議論してきた。

原子力の社会合意

一つは、原子力に関する社会合意形成である。廃棄物の最終処分場をどうするのかは重要な課題。通常の発電所の立地プロセスでは、実質的合意形成プロセスは非公式プロセスである。通常の発電所立地では、事業者によるフォーマルな許認可の申請が始まった段階で、事実上、施設の立地要件や地元合意は既に取得できていなくてはならない。これに対して、廃棄物最終処分場については、ある程度段階を追った手続きを作成したが、手続きを作ればいいということではない。十分な時間を確保するとか、適正調査を公的主体が行うといった仕組みの工夫が必要であり、それらが今後検討すべき問題点として議論・整理されてきた。ただし、インフォーマルな合意形成過程がいろいろな紛争の原因にもなっている面もあるので、一定の制度化の必要性もないわけではない。

社会合意形成の問題は立地だけではない。原子力の個々の安全規制における、自治体の役割の整理がきわめて曖昧な形であり、自治体と事業者相互の責任分担の詰めがなされていない。実際に技術を社会に使っていくという上では、これは日常的にきわめて重要である。

「3S」問題

第二に、3S(SAFETY、SAFEGUARD、SECURITY)への対応能力があるのかという問題がある。SAFETYは一貫して重要な課題だが、同時に核不拡散、先程の田中先生の話にもあった、地域の安全保障に絡む核セキュリティーの問題がある。日本の規制体系は、事業者の自主的なコントロールをベースにできているが、セキュリティーに関してもそれでいいのか。また、3Sそれぞれの担当者間の調整をどうするのか、という問題もある。

規制の品質向上

第三に、規制の品質向上の問題、技術変化に対応する柔軟なシステムをどう作るかという課題がある。例えば、規制部局と原子力安全委員会の役割分担はまだ十分に整理されていない。

基本的な課題

今後は、政策ビジョン研究センターの中に、技術ガバナンス研究ユニットを作って議論したいと思っているが、そこでは、ハードのインフラと制度のインフラを同時に議論する必要がある。特に、アジア等に向けた制度移転の議論をするのであれば、制度インフラは重要な要素。そのときに、規制の設計方法、選択肢は何か、判断基準は何か、安全性・効率性・信頼性をどう組み合わせて判断していくのか、といった議論を明示化することが必要だが、全体像を踏まえた議論はなかなか見られない。

また、リスクマネジメントにおけるリスクは、いわゆる科学的技術的なリスクだけではなくて、実はポリティカルなリスクも含めて考えなくてはいけない。全体を、明示的に議論することが必要である。

最後に、最も基本的な点として、あらゆる技術にはベネフィット、リスクが常にあり、それを全体として、社会としてどう評価するのか、基本的なリスクとベネフィットのバランスを判断することが極めて重要である。全体をバランスよくどう見せ、その上で、社会的にどう判断していくのかという仕組みが問われている。これは原子力だけにとどまらず、最近ではナノテク等さまざまテーマについて問題となりうる。これらの問題を含めて、技術ガバナンス研究ユニットにおいて、将来議論させていただきたい。