政策ビジョン研究センター設立記念フォーラム

北東アジアの安全保障政策(田中明彦教授)

日本周辺地域の平和は、様々な政策を考えていく上で前提となる大変重要な観点であり、北東アジアの安全保障を1番最初の研究ユニットとして取り組むことにした。
北東アジアは日本、中国、ロシア、アメリカ、世界の主要な国が直接向き合っている場所であり、その意味でこの地域の平和は日本にとってだけではなく、世界の重要課題である。

安全保障問題としての特質

北東アジアが持つ難しさは、大きく分けて2つある。

1つは、伝統的安全保障としての特質である。
北朝鮮を巡る六カ国協議の進展については様々な問題が指摘されており、核開発弾道ミサイル開発を進めている北朝鮮に対して、周辺各国、国際社会全体としてどのような取り組みをしていくことが必要かという問題がある。また、21世紀の大国としての中国の動向にも注視すべきだ。

もう1つは、新しい安全保障問題としての特質である。
北朝鮮で行われた核兵器、あるいは大量破壊兵器が世界的に拡散するおそれがあり、テロリスト集団等の手に渡った際、どういう問題がおこるかという懸念がある。北朝鮮の政治体制自体が今後どのような展開を遂げるのかという事についても、かなり心配すべき点がある。
また、昨今の金融危機に伴い、世界全体がかなり長期の不況過程に入ることを考えると、その中で平和を保つためにどうするかという問題は非常に大きな問題。

国際的共同研究として

研究ユニットとしては、こうした重要な問題について、国際的な共同研究という形でこの研究を進めていく方針であり、カリフォルニア大学のサンディエゴ校(グローバル紛争協力研究所IGCC)・韓国の延世大学と連携していくことを考えている。
特に、IGCCは1990年代の初めぐらいから非常に先駆的な試みとして、北東アジア協力対話(NEACD)というものを行ってきた。NEACDは主に民間の研究者を中心として行っており、今の6カ国協議の関係各国の研究者を集め、それにそれぞれの国の政策担当者も関与している。

二つのテーマ

現在研究ユニットでは、北東アジア協力対話(NEACD)の成果をベースにし、北東アジアにおける協力の枠組みを作るにはどうしたらよいのかを模索するべく、2つの大きなテーマを考えている。

1つは、将来の地域安全保障メカニズムの構築である。
現在、北朝鮮の核開発の無能力化・廃棄に向けて、政府間レベルで6カ国協議を進めているが、今後これが進歩した際に、北東アジアに如何にして安定的な地域秩序をもたらすようなメカニズムを作っていったらよいか、ということを考えていく必要がある。
また、日米安全保障条約に基づく同盟関係と6カ国協議のような多角的なメカニズムを、どのように組み合わせていくのが一番平和を保つために役立つのか、というようなことを検討していかなければいけない。

もう1つは、経済の問題を考えていく必要がある。
平和が安定的に保たれる基盤として、しばしば言われるのが経済の繁栄であり、あるいは経済的相互依存の進展により、国家的な対立が緩和されるという観点が取り上げられる。
果たして北東アジアにおいて、この経済的相互依存を深めていくことがどの程度国家的対立を緩和させることができるのか、どういう経済的相互依存を重視しなければいけないのか、というようなことを検討していく必要があるだろう。

経済と安全保障

経済と安全保障の連関に関しては、以下の2つの観点を中心にアプローチしたい。

第1に、実証的な検討である。
北東アジア、あるいはアジア・世界において、経済と安全保障はどういう風に関連してきたのか、過去の経済状況変化と安全保障の比較がどうなっているのかということを、アジア金融危機などを題材として検討していきたい。また、経済開発と国連を中心とした平和維持活動の関係も実証的に検討する必要がある。

第2に、実証的な検討を踏まえた上で、国際社会にとっての政策課題を分析したい。
現在の世界金融危機に伴う長期にわたる世界不況が安全保障、あるいは平和にどのような影響を生むだろうか、ということを考察していきたい。
また、北朝鮮の政治体制の不安定化の可能性と、その場合の経済的・安全保障上の意味についても、冷静な議論を通して、検討していく必要がある。

以上、自分たちで実証研究をしていくだけではなく、世界の多くの研究者と協働していく中で政策課題の研究に取り組みたい。

研究体制

東京大学はかなり多様な見解を持っている研究者集団である。一色の考え方だけで政策提言をすると東京大学としての特質を捨て去ってしまうだろう。
東京大学を代表する、様々な見解の国際政治・安全保障専門家を、ここで集めて一緒にやっていきたい。世界的な研究者の集団として、特にサンディエゴ・延世、清華、プリンストンと共同して研究を進めていきたい。

成果

成果としては、当面はIGCC、延世大学等との共同ワークショップを比較的近い機会に行い、当面の課題に対してどのような政策を考えるのが望ましいかという議論を深めていきたい。このようなワークショップで行ったテーマについては、随時ワークショップ参加者を中心とした公開シンポジウムを行うことによって社会との議論を深めていきたいと考えている。

さらにもう1つの研究プロジェクトとして、
安全保障をめぐる問題を処理する専門家の養成を考えている。
若手中堅研究者、実務家を北東アジア地域から集めて共同研究を行うことで、実質的に相互信頼を深めること、それ自体が安全保障を確保させるという道に繋げていきたい。
日本人や中国人やアメリカ人や韓国人の若手中堅研究者だけではなく、北朝鮮の若手中堅の専門家にも加わっていただき、相互理解を深めるような仕組みにしていきたい。

このような研究成果はオンラインでも発表し、書籍という形でも公表していきたいと思っている。