アジア安全保障イニシアチブ・懇談会
Toward New Security Management and Cooperation in Northeast Asia
アジア安全保障イニシアチブ・懇談会
日時:平成22年11月18日(木) 19:00〜20:30 / 19日(金) 12:00〜13:30
場所:ザ・キャピトル東急ホテル
共催:東京大学政策ビジョン研究センター/日本国際問題研究所
プログラム
T.J.ペンペル東アジア安全保障の課題 (10分)
韓碩熙北東アジア安全保障の将来 (10分)
藤原帰一経済と安全保障の交錯 (10分)
討議・懇談
開催の趣旨
東アジア国際関係が急速に流動化しています。かつて地域安全保障を制度化する第一歩として期待を集めた六カ国協議は停滞を続け、北朝鮮の核保有が既成事実になろうとしています。中国についても、かつては西側諸国との通商が拡大すれば政治的にも協調重視に傾くだろうと期待されましたが、逆に相互依存関係を政治・軍事の手段として用いる方向が強まっています。こうした情勢を見据え、東京大学政策ビジョン研究センターでは、マッカーサー財団の後援を得てカリフォルニア大学、延世大学との共同研究、「アジア安全保障イニシアチブ」を過去2年にわたって進めてまいりました。今回は、日本国際問題研究所との共催によって、その研究成果を踏まえた政策提言を政策実務家の皆様に報告し、ご意見をいただくための会合を、2010年11月18日、19日の2日間にわたってキャピトルホテル東急で開催しました。報告を担当したのは、カリフォルニア大学バークレイ校のT. J. ペンペル教授、延世大学国際学大学院の韓碩熙(ハン・スッキ) 教授、および本学の藤原帰一教授で、東京開催の本会合は、中国(11月15日)、韓国(11月17日)に次ぐ、第3回のセッションに当たります。
アジアにおける安全保障協力の現状
11月18日の政治家の方々をお招きした会合では、冒頭、城山英明・東京大学政策ビジョン研究センター長と野上義二・日本国際問題研究所長から謝意が述べられ、政策提言のフィードバックを目指した本会合の試みが大学にとり実験的であること、安全保障の多角的枠組みが出遅れているアジアにおけるこうした取り組みが有意義であることが述べられました。
続いて3名のスピーカーが各15分の発表を行ったのち、全体の討議に入りました。フロアは、東アジア共同体とEUでは、あまりに環境の整い方に違いがあるという意見が大勢を占め、殊にアジアにおける米国のプレゼンスに違いの原因を求める意見や、米国がアジアにおいて安全保障に関する多国間制度をどの程度支持しているかは不明だとする指摘、歴史問題の解決が図られていないことに違いの理由を求める意見などが出されました。また、外交問題への各国世論の影響に関し、EUが発展した時代と異なり現在では格段に情報革命が進んでいること、外交の国内政治化がアジア各国で進んでおり、外交のプロフェッショナリズムが欠如する傾向にあること、情報公開と外交との間に存在する緊張関係なども指摘されました。同時に、国民の相互理解を深めるためには、歴史問題では緊張が生じがちなので、スポーツなどの分野から交流を深めるべきだとする意見が出され、日韓関係が劇的に変化したように日中関係や中国の政治体制も変化していくだろうという予測も出されました。
北東アジアでの安全保障 - 北朝鮮問題、鍵となる中国、米国の役割
北東アジアにおける緊張への対処に関しては、現在の主要なプレーヤーは新興大国である中国だとする意見が相次ぎ、その上で、北朝鮮を制する力を持っているのは中国である、または六者協議での中国の北朝鮮への働きかけが北朝鮮の内情を探る一助になっているという指摘、北東アジアの安全保障枠組に中国がどのように参加するつもりがあるのかという疑問が提出される一方で、我々自身が中国を多国間枠組にどのように位置付けていくかが重要だとする意見や、バランスを確保する存在としてのロシアの重要性に着目する意見などが出されました。中国に関しては、政治体制の違いに着目する意見も多く、多国間枠組にどの程度参加しうるのか疑問だとする意見や、国内体制が今後どれだけ変革されるかが重要であるという意見、人民解放軍の特殊性の指摘なども相次ぎ、中国が力を正義と捉える傾向にあるという懸念が表明されました。APECなどの多国間枠組が、中国に異質な国としてではなく協調的な行動を促す一助となっているという意見もありました。資源外交に見られるように、経済と安全保障のネガティブな相関が危機につながるだろうという懸念も出され、サミットなどの対話を続けていくことが必要であるとされました。さらに、スピーカーが指摘した多様な3カ国関係の可能性について、日米韓で中国をはずして協議することの意味や、日米中のように中国を入れて協議することの意味、米国をはずして東アジアの安全保障を語ることの意味などについて、疑問も含めて議論されたほか、尖閣諸島問題を日本が棚上げしても、中国が挑発的行動に出た時に我々がどのように対処すべきなのかという質問が出ました。
スピーカーからの応答—米国のプレゼンス、経済的相互依存と民主化
これらフロアからのご意見に対し、各スピーカーからは地域の緊張を取り除くには時間がかかり、多国間枠組を立ち上げる上で障害は自動的に克服されるものではないというコメントや、多国間関係を日米の枠組に代わるものとして議論すべきではないというコメントが出されました。また、アジアにおける安全保障共同体の将来に関し、経済的な取引の拡大は実際に国家間の関係を変える可能性のあること、各国で今後政権交代が起こる中で安全保障の多国間枠組の構築に超党派で取り組んでいくことが必要だとする指摘が出ました。世論と外交との関係に関しては、現代ではリークを防ぐことは難しいこと、緊張が生じがちな主権問題を何らかの形で先に解決しなければならないという意見が出されました。
米国に関しては、中国の台頭に関する政策は現在曖昧で、エンゲージとヘッジという2つの政策の可能性があること、米国は二国間同盟など残存する冷戦構造の維持に加え、それらをブリッジするものとして多国間枠組を求めているとする分析がなされ、米国は現在多国間安全保障枠組への参加に関心を持っているので、日韓が主導して作り出せばよいのではないかとする意見、いずれにしてもアメリカを含めることが重要だとするコメントが出されました。
スピーカーからの応答—中国への対応、日米韓協力
中国に関しては、中国を圧迫し過ぎないように注意を喚起する一方で、六者協議が中国が北朝鮮を庇う場となってしまっていることや、中国外交が経済力を背景にしており、米国さえも中国への経済的依存を深めていることへの懸念が表明されました。同時に、六者協議の効用の1つとして、中国を日米韓の側に引き込む装置としての役割を果たしていたとの指摘もありました。また、経済発展が続けば民主化がもたらされるという考え方については、関係がありそうだがどれほど時間がかかるかは分からず、双方を結びつけるにはどうすればよいかの検討が必要だとするコメントや、韓国と台湾が権威主義体制から民主化を遂げたことに注意を喚起し、中国の変化については辛抱強く見守るべきだとの意見が出されました。
日米韓の三国間関係に関しては、そのうちの2カ国と他の国(中国)による三者協議をしたからといって、既に強い日米韓の関係を弱めはしないだろうということ、中国が取り残されたと感じないような日中韓対話などの形式が必要とされている一方で、中国をはずした日米韓の関係も必ず必要だとするコメントが出されました。尖閣諸島を念頭に置いた領土係争の棚上げという提言に関しては、軍隊派遣は尖閣問題を解決しないし、日本が実効支配しており、現在の国際情勢で領土問題が議論されることは中国の側に圧倒的に不利であるとするコメントが出されました。
こうした活発な討議を通じ、経済と安全保障が繋がるための条件を整えることが必要であること、国民世論の涵養が重要であること、日米や日米韓での関係強化を目指すと共に、中国の多国間の協力へのコミットを促し、サミットを定期的に開催すべきだとする結論が共有されました。
北東アジアの緊張緩和—軍備モラトリアム、軍事協力、経済的相互依存の効果
19日に行われた行政官や専門家を主としてお招きしたセッションでも、前日と同様のスピーカー3名の発表の後、各参加者から質問や意見が出されました。まず、国家間の対話で優先順位や価値観が違う場合にどのように交渉を進めるべきか、軍備に関するモラトリアムは優位にあるものの優位を固定する性質を持つため難しく、新興国に対してどのように説得するのかという質問が出されました。中国の経済成長は右肩上がりの状況で、中国海軍の動きは今後10年ますます大きくなってくるだろうという予測、まずは現実の危機を回避するしくみが重要ではないかという意見も出されました。また軍事協力については、NATOの取り組みを参考にすべきほか、中国との間では、各国の軍同士の紳士協定を大切にするとともに、今般のハイチでの災害活動に象徴されるような、安全保障との関わりが薄い領域での協力を深めることが選択肢として挙げられるという指摘がなされました。
また、現在の日韓の二国間関係には難しさがあり、中国の軍事的台頭に関しどのように対応するかが見えていないこと、両国の関係には米国が必要であり、強力な日米韓の安全保障協力が必要だとする指摘がありました。世論に関しては、安全保障の議論が進むのは危機が起きた時だけであり、国民全体が外交に関心をもつことと、偏狭なナショナリズムに陥ることを防ぐことの両者のバランスが難しいという指摘、外交問題を政治化しないために超党派での外交政策検討が必要ではないかとする意見が出されました。
中国に関しては、台頭する中国の影響力が多国間の枠組の帰趨を規定するだけでなく、逆にそうした枠組に中国を引き込むことで、中国の国内政治決定にある程度影響を与えることは可能だろうかという意見が出ました。経済の相互依存がもたらす危機に関しては、1980年代以降、各地域の金融システムがある程度発展していくなかでそれぞれ大規模な金融システムの崩壊を経験しており、同様に中国も現在、内部的な金融システムリスクを抱えており、セーフティネットができないままに取引を自由化した場合には大規模な金融危機が起き、国内の政権構造に変動が起きるのではないかという予測も表明されました。
個別の発表に関して経済相互依存関係に対する着目の度合が低いという指摘もあり、経済の相互依存と安全保障関係とをつなぐ具体的な仕組が重要なのではないか、如何なるレジームデザインが必要なのかに関する提言が必要だという意見もありました。
スピーカーからの応答—軍備管理の可能性、日韓関係の深化、経済的相互依存
これらフロアからのご意見や質問に関し、スピーカーからは以下のような回答やコメントが出されました。まず、国家間交渉における政策の優先順位の差異に関しては、判断基準としては個別の問題の重要性が高いか、時間をかけてよいか、譲歩するつもりがあるかの3つの次元が想起されるが、譲歩の可能性が高いかどうかがもっとも重要であり、軍備管理は譲歩の可能性において難しい分野であるという回答が出されました。また、モラトリアムが優位にあるものの優位を固定するために新興国の同意が得られないという意見は理論上正しいことを認めたうえで、しかし相対的に弱い側の方が先にモラトリアムを提案することが現実の事例としては多いこと、大きな利益を引き出すのは弱い側であること、相手がある程度の行動をするだろうという期待が生じた時点で合意に進む場合があること、交渉の成否は交渉ではなく各国の国内政治過程にかかっているということなどが指摘されました。殊に、軍備管理についてはSALTIIが議会承認されなかったが政府レベルで遵守されたことを指摘し、政府間の事実上の協力を模索し、維持していくことが必要だとし、さらには中国の軍事的伸長に関して、それへの対応として、米国などがより強硬な政策に出る可能性を伝えるという選択肢もあるとしました。
日韓関係については、これまでの歴史で韓国人の対日本認識が劇的に変わったこと、こうした認識の変化は中国の台頭によってさらに促進されたこと、韓国政府が尖閣諸島問題において日本の側に立ったことを指摘し、現在の日韓関係については依然米国の存在が必要であり、中国の台頭に関し日韓でできることはそもそも限られているが、今後も日韓関係が改善していく可能性があることを示唆しました。
また、経済的相互依存関係については、純粋な経済関係には競争関係もあり、それを安全保障分野での協力を深めること抜きに政治化すれば、国家が潜在的な敵や挑戦者に対して経済的なレバレッジを用いる危険があることが確認されました。そのうえで、経済関係と安全保障にはポジティブ・リンケージもあること、中国が市場を開けば開くほど海外との協力で政策調整をせざるを得ない状況に置かれることに着目して、今後中国は海外の協力を必要とする立場に置かれるだろうとの予測も述べられました。
最後にこうした活発な討議の成果に感謝し、それを踏まえて今後本プロジェクトの研究成果の出版に向け準備を進めていくことを述べ、セッションが閉会しました。
(文責:三浦瑠麗/藤原研究室)