第8回 PARI政策研究会

−医療知識の構造化研究− 09/03/11

ITは現代生活において当たり前のように使われる技術となり、その技術革新の成果は、私達が日々触れることのできるものとなりました。しかし、一方でIT化がなかなか進まない医療や行政、農業等の現場においては、技術導入以前の経済的・社会的課題がその実現を妨げている現実があります。今回のPARI政策研究会では、そうした課題解決の事例として、農家にIT機器を導入し、流通や小売も取り込んだ農業プラットフォームを実現されている神成先生にお話を伺いました。


農業プラットフォームによる農商連携 −ITによる農業技術承継の仕組み−

神成 淳司 講師 (慶應義塾大学 環境情報学部 専任講師)

農業は産業として可能性があるか

2050年には世界人口が87億(国連予測)になる。今の食糧生産だと全世界として考えても食料が足りなくなる。経済的合理性から輸入ができなくなるであろうことを考えると、戦略物資として農業に投資をする価値があるのではないか。また、消費者の側から言っても、安全安心な食料に対するニーズがある。

食料供給体制における改善の余地

農村には超高齢社会よりはるかに高齢化が進んだ状況があり、このままでは農業が続かない。そこで安定的に食料を国内に供給するシステムを整える必要がある。また、農作物の生産ノウハウが一部の生産者の暗黙知になっており、継承されていない。しかし、暗黙知に頼らない生産形態を実現するために、工場と同様の発想で気候変動などの外界からの影響を排除し、さらに農作業のマニュアル化によるリスク改善を図るには、莫大な設備投資が必要になる。

農業プラットフォーム

価値ある製品を価値に見合った値段で売れるようにする必要がある。そのため生産現場、流通、小売をマネージメントするプラットフォームを作るべく、国内の小売チェーンや卸売市場、農家などと交渉し提携を進めている。

IT活用による農業支援

フィールドに置くセンサーを開発。24時間、1分単位で作物の状態、ハウス内の温度や湿度を計測し、農作業の記録と連携させている。灌漑設備の影響、作物の大きさ、土壌の状態、液肥投入の効果等のデータマイニングを行っている。

さらに、農家の経験知、暗黙知に基づく農作業がどのように生産に影響を与えたのかをモデリングし、それによってどのような結果が生じたかを農家に開示することによって、生産者にとってのメリットを供給している。
①熟練生産者:栽培手法の裏付け、高度化→高付加価値生産物の高値安定取引
②他の生産者:栽培手法の横展開→低リスク型の失敗を減らす農業を実現

小売業との連携

小売業と連携することで、売れる状態を作る。リレー出荷により、小売が高品質の生産物を安定的に確保できる体制を実現する。今までは農家任せだった生産物を、互いの情報を確認しながら、安定的に確保できるようにする。収蔵管理から一貫してデータベースで管理している。

IT化のために農地に置く機材、情報システムの負担は、農家だけに限定するのではなく、小売や流通業側に求めることもプラットフォームでは提唱している。優れた生産者が限られていく中、小売や流通業側の農業に対する設備投資の一環として捉えていただければよい。小売業では既に自社で農業を始めているところもあるが、それよりも遙かに安価な投資コストで賄うことが可能となる。農家だけに負担を求めていくという旧来の考え方から脱却することでプラットフォームの可能性が広がる。

ブランド化と情報提供による販売戦略

今までのトレーサビリティは、品質管理に関してはパッケージングが終わってから小売の店頭に出るまでしか扱っていなかったが、我々は、土壌状態も含めて種まきからデータを取っている。

「顔が見える野菜」から、「生い立ちがわかる野菜」というブランドに。全てのパッケージに二次元バーコードを付け、阪急系列の60店舗で販売。デジタルフォトフレームを使用し、日々更新で栽培情報を提供している。今日取れた野菜の今日取れた農地の情報を見ることができる。また、過去にさかのぼってデータベースを参照できる状態を実現。この手法を用いた498円のいちごを、298円のいちごの横で販売した結果、3ヶ月間ほぼ完売の状態を続けることができた。

安いプライベートブランド(PB)ではなく、高付加価値で価値に見合った値段で売るPBを作ろうとしている。安売りスーパーではなくちょっと高目のものを売る小売チェーンと組み、安定的に高く売れるプラットフォームを提供したい。