第15回PARI政策研究会

 2009年10月16日         当日使用スライド

本研究会は昨年10月に開催しましたが、リクエストがありました関係で開催報告を掲載させていただきました。

フード・コミュニケーション・プロジェクトについて

神井 弘之(農林水産省 消費・安全局 表示・規格課
フード・コミュニケーション・プロジェクトチーム リーダー)

食品をめぐる状況 −情報の非対称性−

食品業界はサプライチェーン(フードチェーン)が長く複雑である。食品が食卓に届くまでの間に、農業者、メーカー、卸、小売、外食など多様なプレーヤーが関わり、流通が多段階に分かれている。消費者のニーズに応え外食が発展し、高度な加工食品が簡便な食生活を支えている。多数の中小企業が支えている構造も特徴で、食品メーカーでは99%以上が中小零細規模である。

他方で、消費者ニーズは多様化、多極化している。何を食品に求めるか、人によって、場面によって全く違う。食の外部化や簡便化の裏返しとして、消費者が食べ物の生産を知る機会は減っており、基礎知識の不足が指摘されている。消費者から見ると、食品の供給過程が分かりにくく、どうしてもブラックボックスのように思われがちである。こうした中で、食品の事件、事故が起こると、他の全ても信じられなく感じられてしまうようだ。「安全だけれども、安心出来ない」というような事態が生じている。

この事態を受けて、消費者の信頼を確保する対策が求められ、特に食品の表示規制を強化しようという声が大きくなっていた。確かに法令遵守を徹底することは重要だが、それだけで社会的問題は解決するのだろうか。そもそも問題の根底には、消費者ニーズの多様化、食品事業者に対する社会的な要請の変化に、食品事業者が対応し切れていないことがあると考えられる。これへの対策として、全国一律に何かを義務付ける規制強化では自ずと限界がある。

原点に立ち返ってみると、顧客の満足度を高めてリターンを得る、ビジネスが全うに機能すれば良い話である。しかし、フードチェーンの透明性が低いため、適正な評価が行われにくいのが、食品業界の現状である。規制によらず、ビジネスの活力を生かす手法で、食品事業者の行動の見える化を進める対策が求められていたのである。

フード・コミュニケーション・プロジェクト(FCP)とは

このような中で企画したのが、フード・コミュニケーション・プロジェクト(FCP)である。平成20年度に立ち上げ、意欲的な食品事業者の取組の活性化により、「見える化」を進め、消費者の信頼を高めることを提案している。

FCPは、あらゆる場面で意欲的な事業者に参加を呼びかけて進めている。「こうやれば一律にうまく行く」という答えを農水省が予め持っているものではないため、消費者と真摯に向き合っている食品事業者や関連する事業者と一緒に答を探す方針をとっている。FCPでは、プロジェクトの趣旨に賛同するステークホルダーとの間で情報共有のためのネットワークを構築し、これを基盤に様々な活動を展開している。

まず、食品事業者と関係者が信頼向上のために着目すべき行動のポイントを整理して「協働の着眼点」を作った。食品業界の共通言語であり、標準化された評価の枠組みとしての機能を持つものと位置づけている。この着眼点に則して情報のやり取りが行われることで、フードチェーン全体の透明性を高め、魅力的な行動が評価される機会を増やそうという構想である。

「協働の着眼点」は、実際のビジネスで使われて始めて意味があるものであるため、その策定プロセス自体、実務に則した積み上げの「協働」を重視した。昨年度、「協働の着眼点」の目的、機能と検討の場の運営ルールなどを予め明らかにした上で、「ボランティアで参加する企業の方、手を上げて下さい。」と募集した。メーカー、卸、小売の各業種で、延べ70社が手を上げていただき、策定作業を行った。

「消費者の食への信頼を高めるという目的を共有し、協力する」という大義名分には合意を得られやすいものの、実際には、メーカーと小売などの取引相手の間、ライバルメーカーなど同業種の間で、関係者の利害は相反することが多い。このため、策定作業のプロセスデザインには神経を使ったつもりである。メーカー、卸、小売の業種別、また、品質管理、原料調達、お客様相談などの専門性を考えて9つの作業グループに分かれて作業をスタートした。肩書きを外して、本音でそもそも論が出来るよう、発言者の匿名性を保つとともに、最初は自己紹介から始めるなどの工夫も行った。途中からは、作業グループ間での情報共有や作業グループ横断での協議を行い、合計で42回の会議を開催した。

このようなプロセスで、消費者の信頼のために重要と考える業務、取引先と確認し合うべき業務を全て棚卸し、これらを企業規模の大小を問わず読めるように括り、課題毎、業務分野毎にグルーピングした。この積み上げの作業の結果、食品事業者として重要視すべきポイントが業種の違いを越えてほぼ一緒だと確認でき、フードチェーンで情報のバトンタッチが出来るというコンセンサスが醸成された。意欲的な食品事業者と協働で策定した「協働の着眼点」は、今後は、実際の活用結果と社会的要請の変化を踏まえて、持続的に改善していくものと位置づけている。

オープンアーキテクチャ −「協働の着眼点」の活用−

「協働の着眼点」は、これを共通言語として使う事業者が増えれば、増えるほど、フードチェーンの透明性が高まり、利用者のビジネスチャンスも広がる「オープンアーキテクチャ」として設計している。ステークホルダーが共通言語を使い、評価して、購買活動や投資活動につなげる。消費者の信頼のため真面目に頑張った事業者がキチンと評価される情報の好循環を目指している。

現在、様々なステークホルダーが集まって、実際のビジネスシーンで「協働の着眼点」を活用するための研究を行っている。「協働の着眼点」が基本ソフトであるとするなら、アプリケーションを増やす活動と言える。研究活動には、メーカー、卸、小売、外食、地方銀行、地方公共団体、コンサルタントなど、食品事業者の行動が「見える化」することによって、ビジネスチャンスが広がる方々に幅広く入っていただいている。

例えばFCPでは、食品が約束どおりに製造されているかどうか確認する工場監査を効率化するため、「協働の着眼点」を利用してチェック項目を標準化する作業を行っている。確かめたいことは皆ほとんど同じなのに、チェック項目の表現がばらばらで、工場監査をする側、受ける側双方で負担の大きさが問題視されていた。「項目を標準化すれば、監査の精度を下げずに効率が上がる。」と関係者の多くが考えていたのだが、個別のチェックシートは企業秘密とされ、具体化出来ていなかった。そこで、40社程が集まり、皆が同意している「協働の着眼点」を基礎にして、各社が個々の項目を出しあい、標準化を進めている。内々で見せてもらうと、各社ともおよそ200位のチェック項目を持っているが、現在、そのうちの約6割の項目について共有出来つつある。

また、地域の食品事業者が商品を売り込むための商談会で、スーパーや百貨店のバイヤーと効果的に情報をやり取りするための統一フォーマットも、「協働の着眼点」を基に開発している。「商品をPRする側の目線とバイヤーの評価の目線がずれていて、商談がうまく進まない。」との声に応えて商談会の主催者やバイヤーなど関係者が集まり、研究を進めた。どの商談に行っても、同じフォーマットで商品の特徴や事業者の取組を伝えられるようにし、今まで埋もれがちだった良い商品を世に出して行こうという狙いである。このフォーマットは、既に一部の商談会で利用がスタートしている。

「協働の着眼点」を利用して、消費者との間で双方向のコミュニケーションを行い、そこから事業者へのニーズを把握し、会社の経営戦略に反映させようという研究会も、CSR担当者やお客様相談窓口担当者が集まって開催されている。他にも、各地域それぞれのやり方で「協働の着眼点」を活用して、地元食品産業の活性化を研究する「地域ブランチ」の取組も、岩手県、三重県などで始まっている。

こうした研究活動の他に、今年度は、「協働の着眼点」を実際のビジネスシーンで試してみるフィージビリティスタディも行っている。食品事業者の業務面を第三者機関が格付けし、その結果を資金調達や販路拡大に利用出来るか検証する調査を始め、事業者の取組を比較対照できるポータルサイトの運営やセルフアセスメントシートを用いた通信教育など、9本の調査が動いている。これらの結果は、「協働の着眼点」のアプリケーションとして、広く公開し、関係者の活用を促すことになっている。

今後の課題 −官と民のコラボレーション−

当面の最重要課題は、「協働の着眼点」を普及し、食品業界のスタンダードにすることである。この過程では、様々な活用のプロトタイプを集約して分析し、他の利用者の参考情報として伝えて行くナレッジマネジメントに取り組む必要もある。消費者の効果的な参画を得るための仕組みづくりも、これからの課題である。

また、FCPの手法を、公益性の高い活動テーマを農水省が掲げ、意欲的な民間事業者が手あげ方式で参画して「協働」作業を実施、その成果物を一種の「公共財」として多様なステークホルダーが活用する仕組みとして確立するためには、整理しておくべき論点も多い。事業者間の利害相反や情報の非対称性による市場の失敗などの状況により、どこまでが官の役割、民の役割か、コラボレーションのモデルを考えておく必要があるのではないか。さらに、「協働」の成果物の効力を、アウトサイダーにも広く及ぼそうとする場合に、どのような形で合意形成をし、オーソライズしていくのか。ガイドライン、スタンダード策定などの今までの行政の手法と組み合わせることも含めて、今後検討して行くことが必要になると感じている。

FCPの進捗状況は、下記リンク先の専用ホームページで随時公開しているので、是非ご覧いただきたい。フード・コミュニケーション・プロジェクト(FCP)