第16回 PARI政策研究会
公益資本主義の確立に向けて
2009/10/22
週間ダイヤモンド誌に論文「公益資本主義の確立に向けて−株主市場主義・市場万能主義の限界」を掲載するなど、斬新な切り口で、新しい資本主義、企業経営のあり方を提言されている、ハーバード大学ビジネススクールの、デビッド・ブルナーさんをお招きしてお話を伺いました。
公益資本主義の発想
経済学では、公益は個人の自由な行動により自然に達成されるとされており、個人が公益を考えなくても市場原理に任せておけば、最も効率の高い資源分配になるとされている。しかし、現代社会を見ると、少子化、地球温暖化、格差問題など、資本主義と公益が対立する場面も出てきており、見えざる手にゆだねて分配が公平になるとは限らない。
市場原理が成り立たず、分配の不公平が生じるのはなぜか。そもそも分配できるのはお金であり、ユーティリティややりがい、人生の満足感は再配分できない。また、経済活動における相互依存度が高まり、経済の外部性が増えていることや、あらゆる分野で専門知識が蓄積し、情報の非対称が増加していることなど、経済の複雑化による要因も大きい。
資本主義はそもそも人間が幸せになるために存在し、その目的は公益であると言うことができる。では公益とは何か。公益の意味は各時代、各コミュニティーで異なるだろうが、議論の出発点として、「持続可能性」「公平性」「改良改善性」の3要素を公益が実現する社会の必要条件と考えた。
公益資本主義の目指すもの −プラス・サムの発想−
公益資本主義では、市場原理を使いながら新しい価値を作っていくプラス・サムの活動を促進することを目指したい。
両者が協力するのが一番よく、両方裏切れば一番ダメという、プラス・サム・ゲームが成り立つためには、ゲームが繰り返され、プレイヤーが少数で、プレイヤーに関する情報が行き届いている条件が必要である。しかし、近代社会における問題は、吸収合併にしろ新商品にしろ、1回しか行えない上にプレイヤーが多く、情報の非対称も大きい。
ノーベル経済学賞を受賞したダグラス・ノース教授の理論で考えると、公式な制度である規制と、非公式な制度である価値観、習慣、常識の両方を改革しない限り、この問題は解決できないだろう。ゲームの内面的ロジックで協力が成り立たなくても、規制を作り、裏切りに罰を科すようにすれば、一部の人間が富を吸い取ることを抑えられる。また、相手を犠牲にしてまで儲かりたくない、イノベーションを起こしたい、などといったプレイヤーの価値観により、プラス・サムを目指す可能性も考えられる。
プラス・サムのビジネスには、関係者の協力を引き出し、学習能力を高める長期的な優位性があり、これは新しい発想ではない。具体例をあげると、松下幸之助をはじめ、日本の会社は古くから関係者の利害関係をうまく乗り越える仕組みを作っており、ヒューレットパッカードは、会社において一番重要な資産は、社員の脳であるとし、従業員がやりがいがあると思うような新しい製品でなければ作る必要がないと宣言している。
ベンチャー企業は既存の価値が小さく、協力すれば将来に実現できる価値が大きいため、プラス・サム・ゲームの均衡が成り立ちやすい。社会や企業が成熟なほど、吸い取れる既存の価値が膨らみ、協力(投資)をして得られる価値は小さくなるため、プラス・サム維持は難しい。ベンチャーの世界は規制緩和をし、逆に成熟企業は規制をするような仕組みが必要ではないか。
ゼロ・サム・ゲームに陥っているアメリカ
アメリカの資本主義は、株主と経営者が既存の価値(企業の資金)を取り合う、ゼロ・サムのマネーゲームが経済の中心になっている。近年の収入格差は大恐慌以来の高水準にあり、米国経済の法人利益に占める金融業の割合は4割を超えた(リーマンショック以降は減少)。自社株買いが新しく発行している株式をはるかに上回っており、株主が企業の資金を吸い取っている。吸収合併、配当などでも資金が株主に流れている。また、株式オプションの多いCEOは非常に有利となり、自社株買いで株価を高め自分の懐に入れる事態を生んだ。
アメリカのイノベーション基盤は弱体化している。技術の中国への外注や、リストラの繰り返しにより、従業員の知識が蓄積されず、イノベーションが生まれにくくなった。原因は、会社は株主のものという発想と、株主がゼロ・サム・ゲームを選ぶことにある。
具体的には、信託ファンドによる株式の集中化により、ファンドの影響力が大きくなったことや、敵対的買収者が入ってきて、短期利益が出るように会社を経営してしまうことが挙げられる。また、経営者が常に株価の下落を恐れて経営をするようになり、株価を短期に上げる対策を模索するようになった。株主価値の最大化を強調するビジネススクールの教育も、株主至上主義で洗脳されている面が多い。財務諸表は債権者と株主の視点で作られているが、これは19世紀の鉄道会社のために作られた経営指標であり、資金・固定資産が一番重要だった大量生産社会には合理的だが、従業員の能力や組織の学習能力、協力、イノベーションを起こす能力が大事な、21世紀のナレッジエコノミーにはふさわしくない。
実現の方向性
成熟社会においてプラス・サムの維持を目指す、公益資本主義を実現するための対策は、意外と簡単である。1つはゲームのルールを変えること(政府がマーケットの規制を変える公式な制度改革)、もう一つは市場のプレイヤーを変えること(人を変える非公式な制度改革)である。
ベンチャー企業にとって株主は大事だが、大企業の資金調達はほとんどが内部留保であり、株主がそれほど大事ではない。従業員に比べて株主が追っているリスクははるかに少なく、会社を株主のものにする必要はない。
政府への提言
強欲なゼロ・サム・ゲームをもたらす行動を押さえ、プラス・サムゲームを促す長期的視点を持たせる規制としては、以下が考えられる。
- 法律上で会社の公益性と経営者の責任を明確にする
- 公益を軸にするGDPに代わる経済指標を作る
- 関係者間のパワーバランスを取り戻す
→ 敵対的買収を拒否する権限を正社員に与える。 - ゼロ・サムのマネーゲームの儲けをおさえる
- プラス・サム・ゲームを壊す強欲行動を抑制する
→ 株式連動型報酬を禁止する - 長期志向の株主を優遇する道具を会社に与える
→ 長期保有の株主に配当権や発言権を限ることを明確にする。5年未満の株主には権限を与えないなど。
企業経営における(市場プレイヤーへの)提言
- 従業員をはじめとする関係者が共有できる、公益の実現につながる企業理念を作って進化させていく。 → 「持続可能性」、「公平性」、「改良改善性」の要素を考慮する。
- 理念に基づいた定量的な経営目標を定義し、意思決定プロセスに使用する。
→ CSR等いろいろな諸表が考えられる。 - 年金、保険財源においてプラス・サムのファンド運用の基準をつくる。
→ 年金運用の投資家は市民だが、ファンド運用の中で市民の意思が失われてしまう。ROEを上げない会社役員の再任に反対するなど、株主至上的ところが見えており、短期利益を求めるインセンティブに変わっている。利益以外の価値である公益と利益のバランスが取れる基準に変えた方がいい。 - 第三者による、公益の指標に基づいた監査、評価、格付けを行う仕組みを作る。
- 経営者のプロフェッショナル・スタンダードを定義し、浸透させる
→ 弁護士と医師には強いプロフェッショナルコードがあり、倫理がアイデンティティに深くかかわっている。経営者の責務が利益を高めることだけではなく、事業性、持続可能性、公益・利益のバランスを図りながら、会社の生存を図ることになっていく必要がある。プロフェッショナルスタンダードを教える教育機関が必要である。