第31回 PARI政策研究会
2011/6/24
在宅医療に関する活動報告①
秋山昌範教授
報告の概要
21世紀に入って以降、超高齢社会となった日本の医療(さらには介護)において、長寿社会ならではの新しい問題が生じてきている。この問題が特に明確に現れてくるのは在宅医療の分野であり、その課題と解決のあり方を今後明らかにしていく必要がある。
日本は、国際的にも医療水準が高く、医療制度も比較的優良とされており、このことが世界トップクラスの長寿社会を実現させた。だがその一方で、急速な高齢化の進展や疾病構造の変化、さらには国民医療費の増大をももたらした。
医療の進歩により、かつて致死率が非常に高かったガンや脳卒中などの重大な病気が治るようになってきたが、病気の原因となる遺伝子変化や動脈硬化などは加齢と共になお進行し続ける。そのため長寿化に伴い、様々な重大な病気に繰り返しかかる高齢者の数がここ10年あまりの間に増えてきた。それにより、高齢者の多くが、糖尿病や高血圧などの慢性病を1つだけでなく2つ以上抱えるようになった。これまでは、1つの病気だけにかかった患者を前提にして、医療制度や医療システムなどがつくられてきたが、今後さらに高齢化が進み、複数の病気をもつ高齢者がますます増加していくことを考えると、この新たな事態に対応しうる医療制度改革や医療システム改革を今後早急に行っていくことが必要であろう。
この問題が特に顕在化するのが在宅医療である。病院よりも在宅での療養を望んでいる多くの人々の希望をかなえ、また増大する医療費の抑制にも寄与することから、在宅医療は近年ますます重視されるようになってきている。しかし在宅で療養している高齢者は、実際には複数の病気を患っていることが多いにも関わらず、現在の医療制度や医療システム(例えば地域連携パスやDPCなど)、ひいては医療従事者達の認識は、いまだに単一疾患への対応を中心に考えられている。
また在宅医療は、医療と介護の2つの制度(相互に異なる法体系や保険制度など)の狭間に位置しているため、制度の隙間に落ちて苦しい思いをしている人も少なくない。在宅医療にたずさわる医療・介護従事者達は、現場の様々な工夫(例えば、ノートを用いた多職種間の情報共有の仕組みなど)によってこの制度の隙間を埋めようと日々努力しているが、非効率な人間系の対応策を用いざるを得ないなど、その努力にはおのずと限界もある。
以上のような問題を解決するための1つの有効な方策として、ICT(情報通信技術)の効果的な利活用をあげることができる。医療情報の管理・利用に関して、これまでは主に、①医療制度の枠内で、②単一疾患の患者を、③1つの医療機関が、④医療施設において診てきたために、従来型のクライアント・サーバー・システムで対応可能であった。だが今後は、①医療と介護の2つの制度にまたがる領域において、②複数の疾病をもつ患者を、③多数の医療・介護事業者が、④医療機関だけでなく居宅等においても診ていくことが必要になってくるため、新たにクラウド・システムを導入することが重要となる。クラウド・システムは、それぞれ独立した複数の構造体をリアルタイムにつなげることができるため、従来のシステムでは処理が難しい事柄(複数の制度間の橋渡し、多数の医療・介護従事者間の連携、複数の疾病の管理など)を効果的に実現することが可能になるのである。
また医療の分野において、マーケティングの手法を活用していくこともあわせて重要である。日本の医療の水準は高いと一般に言われているが、そうでありながら国民の評価は必ずしも高くない原因の1つにマーケティング不足をあげることができる。それゆえ今後は、医療の質などに関するマーケティングをより効果的に行うことによって、国民のニーズを満たし、医療に対する納得感を高めることを通じて、医療に関する国民の評価をより一層向上させていくことが重要である。
報告を受けてのディスカッション
在宅医療において、患者目線から見たとき、何をもって適正配分ということができるのかという質問が出され、これに対して、アドボカシー・マーケティングの手法を用い、医療に関する正確な情報を十分公開することなどを通じて国民の納得感を向上させ、もって医療における適正さや値頃感といったものを持ってもらうようにすることが重要だとの回答がなされた。
また、平均在院日数が短縮傾向にある中、今後、退院した患者を、在宅で診るのがよいのか、あるいはナーシングホームのようなものを整備してそこで診るのがよいのかという疑問が提示され、これに対して、そもそも日本では、退院した患者の療養は、一般に在宅医療ではなく通院治療とみなされており、この点における認識のギャップがこの問題の理解を難しくしているとの見解が示された。
さらに、いわゆる20世紀型の医療から21世紀型の医療に変わってしまったのは医療費の増大が原因なのかという質問がなされ、これに対して、十分な財源さえあれば国民も現在とは異なる選択をしたのかもしれないが、現実には医療財政が逼迫する中、医療費適正化計画などの医療費抑制策がこれまで推進されており、このことが21世紀型の医療への移行を後押ししたのではないかという回答が示された。