第32回 PARI政策研究会
2011/7/1
在宅医療に関する活動報告②
秋山昌範教授
報告の概要
日本の医療は技術的水準が高く、皆保険やフリーアクセスなどの制度が整備されており、国際的な評価も概して高い。これにより日本は世界に冠たる長寿社会を実現させたが、同時に高齢化の急速な進展や疾病構造の変化(重篤な疾病を複数同時にもつ患者の増加)、さらには国民医療費の膨張をも招いている。
2000年頃から行われた一連の医療制度改革(介護保険制度導入、医療法改正、療養病床の再編・削減など)により、日本の医療はそれ以前と比べて大きく様変わりした。なかでもここで注目されるのは、介護関連諸制度の新設・整備であり、またこれに伴う医療の大きな構造変化である。この医療の構造変化の中で注目されるべきは、かつて医療として行われていたものの一部が介護として行われるようになり、医療保険の適用だったものが介護保険の適用となったことである。
その代表例として、社会的入院から在宅医療(通院治療)への転換があげられる。かつて、医療の必要性が低い高齢の患者が長期にわたって入院する、いわゆる社会的入院が広く行われていた。しかし医療費削減のための在院日数短縮化策などによって、入院期間は短縮され、退院後の居宅における療養(通院治療)が主に在宅医療によって担われるようになった。
在宅医療は制度的に医療と介護の狭間に位置しており、法律、保険、各種サービス、サービス供給機関などが様々な形で入り組んでいる。そのため、①制度体系が複雑でその全体像の把握が難しい、②医療と介護の間の制度的な接続、ならびに医療機関と介護事業所との間のシームレスな連携が十分に行われていない、③医療・介護関連の様々な事業主体、ならびに多数の様々な専門職の間で、円滑な協働をはかるための情報共有・相互連携を行うことが難しい、など課題が山積している。 また、複数の疾病を抱えていたり、認知機能が低下していたりする患者が多いことから、在宅医療では、複数の疾病の管理や服薬管理などに困難が伴う。このうち服薬に関しては、ノンコンプライアンス(医師の指示通り患者が服薬しない問題)が課題となっているが、その改善のために、薬のアドヒアランス(患者が納得して薬をすすんで服用する意欲)を高めることが在宅医療において特に重要となる。
これらの問題に対処するための有効な手段としてICT(情報通信技術)の利活用をあげることができる。CGA(Comprehensive Geriatric Assessment:高齢者総合的機能評価)の手法を活用しつつ、在宅療養中の患者のシーケンシャルな各種医療データを、クラウド・コンピューティングによって網羅的に蓄積・利用することによって、①在宅医療にたずさわる複数の事業者、ならびに各種専門職の間の連携、②複数の保険制度(医療・介護・年金)の組み合わせ、③複数の疾病のコントロールと適切な服薬管理、④患者の生涯の医療データの一元化・可視化・連携のためのEHR(Electronic Health Record)、ならびに複合疾病を自己管理するためのPHR(Personal Health Record)の整備、などをはかることが可能となる。
報告を受けてのディスカッション
在宅医療における連携やコミュニケーションを確保するために、どのような立場の人がどのような形で仲介者としての役割を果たすべきなのかという質問がなされ、これに対して、それぞれの地域における地縁を活用しながら、地域のキーパーソンや市民後見人などのコーディネート機能を用いていくべきであり、その活動を支援するためにICTを利用することが重要になるとの見解が示された。
また、介護は医療に比べて要求される要件が低くて、多種多様な事業者が関わっているために、これらをすべてICTでつなぐのは難しいのではないかという質問や、専門分化した医学が複合疾病の管理を行うことは難しく、また大規模診療データや複数の法律・保険制度等を統合することが困難になっている現況において、医学がそれらを統合するための方法をみずからのミッションとして再定義していくことが必要なのではないかという質問がなされ、これに対して、医学にMOT (management of technology)の考え方を取り入れつつ、データ(エビデンス)に基づく総合的医療の実現や、市民後見などの地域的な相互支援の仕組みの構築などのために、シーケンシャルな医療データの蓄積を可能にするセンサー系のモニタリング・ネットワークをクラウド型システムによって作っていくことが重要との回答がなされた。