第33回 PARI政策研究会

 2011/7/15

福祉工学の夢

伊福部 達教授

報告の概要

伊福部達名誉教授(東京大学・高齢社会総合研究機構)は、これまでビジネスとしては成り立ちにくいとされていた福祉について、工学という学問と相まってひとつの産業として大きな可能性を秘めていることを説明した。「福祉工学」は、失われたり衰えたりした感覚、脳の機能、手足の運動を機械で補助・代行する工学分野である。福祉工学は、英語では「アシスティブ・テクノロジー」(assistive technology)と呼ばれ、医療工学とは対置される。すなわち、医療工学が「人間の改造」を中心とするのに対して、福祉工学は「人間の非改造」(人間の周辺の改造)を主としている。具体的にいえば、住宅、都市などの生活機能(生活環境)の支援に加えて、目、耳、脳、手足のような身体機能の支援を対象としているのが、福祉工学である。もっとも、福祉工学の対象にはさまざまなものがあり、人工感覚器や人工の手足など、医療と福祉の技術が混在している機器も含む。

これまでは、基礎となる科学が曖昧であるうえに、市場が小さくて製品として販路が開けないために、少人数の研究者と零細企業の信念や努力のおかげで細々と開発されてきたのが、福祉技術であった。しかしながら、障害者の福祉機器へのアクセスが拡大したことから、開発企業の参入が増加する傾向にある。これは、福祉用具の定義が拡大するだけでなく、介護保険法・福祉用具認定法の支援を受けたことによる。しかも、健常な高齢者についても福祉機器の利用者としてとらえると、マーケットはさらに大きなものとなる。高齢者の認知行動と価値観の変容をニーズとして捉えて、それに対応する製品を世に出すような新産業を創出させ、さらにはそれらを受容する社会システムを再構築することができれば、優れた福祉機器が安定供給されることになる。そこでは、高齢者や障害者のニーズに応えるために多品種少量生産が求められる。また、希少技術を上市させるための日本型のビジネスモデルの構築も急務となる。さらにいえば、福祉技術を社会に導入する際には、省庁縦割り型の規制が行われることもあり、ステイクホルダー間でのより一層の調整や対話が重要となる。

報告を受けてのディスカッション

制度と技術との間の対話が必要で、ある制度は福祉技術の創出のためだけではなく、他の利益を保護するために構築されている点が指摘された。

福祉技術を産業とする際には、やはり既存の、しかも本質的なニーズからスタートすべきであるという考えがある一方、他方で高齢化社会を踏まえて、予防医学を推進し、高齢者標準のまちづくりを進めるなど、新たなニーズを創出してゆくという考え方も提起された。また、福祉技術を一般技術に応用する、または、ビジネスフィールドを接合する形で、マーケットを拡大してゆく可能性もあるのではないか、という指摘もあった。

優秀な技術者の海外流出、技術者の専門化・細分化の進展、研究から産業化までの道のりを支援するコーディネーターの不足など、福祉技術のさらなる発展のためには「人」に着目した対策が不可欠という指摘があった。

省庁縦割り型の規制については、対応窓口の一本化や規制自体を調整できるような人材が必要ではないか、という指摘があった。また、新規参入者は、既存業者よりも規制の内容やあり方に理解が乏しくなりがちである点も言及された。

福祉機器開発のための産学連携については、優秀なコーディネーターを介して、また、個別の研究を俯瞰しリンクさせて、持続可能な形で進めることが重要であるという意見があった。

環境・超高齢化社会に向けて構想されている「環境未来都市」において、福祉機器の開発や導入を進めることができるのではないか、という考え方が示された。「環境未来都市」構想は、2010年6月に閣議決定された新成長戦略に基づくものである。具体的にいえば、特区を活用して、未来に向けた技術、社会経済システム、サービス、ビジネスモデル、まちづくりで世界に類いのない成功事例を創出、それらを国内外に普及展開させるものである。この枠組みでは、震災復興や新たなまちづくりの視点に立って、新技術導入のための社会実験を行える可能性があり、ある目的の規制について対応窓口を一本化することもできるかもしれない、という指摘があった。