シンポジウム:東京都の医療崩壊を防ぐには

09/03/26

東京都の救急医療を考えるシンポジウムが3月26日、医学部鉄門記念講堂で開かれました。
東京都で母体救命搬送システムとしての、「スーパー総合周産期センター」がスタートした翌日ということもあり、注目が集まりました。また、H21年度から始まる救急医療体制「東京ルール」についても、白熱した議論が展開されました。

第一部 プレゼンテーション

司会:松原全宏(東京大学医学部附属病院 救急部・集中治療部)

開会の辞/大学病院の関わり

矢作直樹(東京大学医学部附属病院 救急部・集中治療部 部長)

かつては東大病院では救急医療が難しいところがあったが、入退院管理センターを作り、入院、受診自体の流れを良くすることで、救急医療にも取り組むようになった。現在は、外来患者80万人、手術数1万、入院患者40万人に対して、救急外来からの入院が3400人である。また、地域連携医療部を作るなど、少しずつだが地域医療にも取り組んでいる。


東京都の救急医療の課題と取り組み(周産期救急を例に)

猪瀬直樹(東京都副知事)

妊婦さんが亡くなるという事件が2つ続けてあった。何かシステムにおかしいところがあるのではないかということで、福祉保健局、病院経営本部、知事本局、東京消防庁から2人ぐらいずつ集まり、横割りのプロジェクトチームを作った。

最初に各病院を視察し、患者情報コーディネーター制度をうまく活用できないかと考えた。患者連絡票をもっとシンプルにして、スピーディーに最低限の情報を送れるものを作るべきという提案を、周産期医療協議会にした。

国の「周産期医療と救急医療の確保と連携に関する懇談会」の報告書では、出生1万人あたりのNICUは目標25−30床とされているが、東京都では現状約20床。NICUの収支計算をしたところ、1床あたり年間4174万円かかることが分かったが、これに対し診療報酬は3300万円。東京都の補助金が114万円。1つ回すのに800万円近く足りなくなる。国の補助金はMFICU(母体胎児集中治療管理室) には入っているが、、NICU(新生児集中治療室)は入ってない。特に2次病院にはMFICUがないので、直接入れる形にしなければ、NICUを増やすインセンティブが働かないと、舛添大臣に提案した。いろいろな形で医療資源をうまく活用できるようにしたい。狭い業界の話で終わらないような形で、都民や国民がよくわかるような話が出来ればいいと思っている。


東京ERでの経験

濱邊祐一(東京都立墨東病院救命救急センター部長)

今回の震源地で、救命研究センターの責任者であり、当事者。

日本の救急医療体制は、初期救急、2次救急、3次救急のピラミッド構造になっており、通常3次救急のことを救命医療センターと呼んでいる。救急医療には患者・家族、救急医療機関、救急搬送機関(救急隊)という、3つのプレイヤーがいる。実際には、病院に入る前にどこの病院に入るかの判断(プレホスピタルトリアージ:病院前選別)をすることになる。これがミスマッチだと、とんでもないことになる。今回の妊婦さんのケースも、ある意味ではそのミスマッチが引き起こしている。

プレホスピタルトリアージは患者の緊急度と重症度に基づいて行われる。重い患者を間違えて軽いと判断するよりも、軽い患者を重いと判断したほうが安全だという意識が患者側にも救急隊側にも働く(オーバートリアージ)。病院側にはそういう意識はないため、運ばれてくる患者に対応することで、過負荷がかかる。それで本来取るべき重症の患者さんを取れず、たらし回しになる。頑張ってもらわなければいけない2次救急医療機関が空洞化していく。

通常2次救急医療機関は、内科系、外科系、小児系 という分類。あるいは、CCUネットワーク、周産期ネットワーク、脳卒中ネットワーク、結核ネットワークその他いろいろ機能している。ところが、その患者をどのネットワークに乗っければいいのかを、病院前に決めておかないといけない(プレホスピタルトリアージ)ため、救急隊は実際立ち往生する。うちじゃないと言われて、長時間かかることが現場で日常茶飯事に起こっている。ネットワークが複雑になるほど多重受診も起こりやすく、病院前選別が強く要求される。

東京には、大学附属病院、国立病院、各種中央病院、民間病院など2次救急医療機関が多数存在するが、あきらかにこういう病院は、地域医療を考えていない。考えていたら生き残りができない。自分たちの論理で病院医療をしている。東京の中には地域病院と専門病院があるが、救急医療を担うべきは専門病院ではなく、地域病院でなければならない。民間病院では日中の医療体制と当直の医療体制がまったく違う。日中は全力で診療をしても、当直医には関係ない。入院患者を診るための管理当直と救患者急のための業務の区別が非常にあいまい。地域医療の中核を担わなければいけない、2次救急医療機関が空洞化・弱体化している。

●解決策1:プレホスピタルトリアージの必要性が少ない体制にする。救急部門のER化は、今考えてみると非常にいいシステム。府中と広尾と墨東、都内3病院だけではなく、都内全域にそういうシステムを作ることが大事。今あるリソースをER化ということで再編成することは十分可能。複雑なネットワークを一本化できるERシステムを考えるべきだ。墨東病院は、科によるわけ方をしていない。病気・けが・子供の3系統だけでやっている。

●解決策2:東京はエリアが広すぎる。適当な地域に分割し、それぞれの地域に責任を持つような地域医療施設を作る。地域住民の方、行政に責任を持たせる。


東京都の産婦人科救急

中井章人(日本医科大学多摩永山病院女性診療科・産科部長)

東京都全体の周産期の産婦人科医療の話をする。

周産期救急搬送の実態

先日総務省消防庁から発表された救急発送の実態調査によると、総数59万の救急発送のうち周産期は0.7%の、4000しかない。特徴的なのは、一次施設から2次、2次から3次へといった病院間搬送が50%。周産期の患者さんにはかかりつけ医がいるものだから、紹介元があって、紹介先に行くのが普通である。飛び込み出産というのはいかがなものかと思う。しかし、全国の事例を見てみると救急隊が病院を探すまでにかかった紹介回数、つまり電話をかけた回数(断られた回数)は、東京都は26回と最大。搬送に要した時間も3時間を超える、全国ワーストの地区となっている。

東京都の周産期施設

1970年代には23万分娩あったのが、現在では10万分娩。分娩を取り扱う施設が300以上あったのが、現在は196施設(内訳は101の病院、95の有床診療所)。そこで働く産科医は1000名にすぎない。

全国の病院でのお産:診療所でのお産の割合は5:5だが、東京都は7:3となっており、大病院志向が強い。さらに東京は総合周産期センターが9箇所、それを支える地域周産期は13箇所であるのに対し、全国では75の総合周産期に245地域周産期という、約1:3の割合になっている。つまり、東京都は総合を支える地域が少ない。

協力病院も含めてNICUは219床確保されているので、10万分娩に対して、厚労省の当時の指針は守っている。助産師の充足率は、病院の方ではなんとか保っているが、30%の分娩を担う診療所では、1/5で助産師がいない。

周産期救急搬送におけるブロックの実態

東京都は周産期救急搬送に関してブロックを作っているが、ずいぶん面積が違う。広い多摩地域では28000分娩が行われている。それに対し、各施設毎の分娩数を調査したところ、東部:590、多摩:512となっており、1つの施設の分娩数が非常に多くなっている。そこに負担が寄っている。昨年の問題が起こった分娩は東部地区と多摩地区だが、この2つの地区は非常に脆弱な地区だったことは周知だった。起こるべくして起こったことであり、非常に残念。

周辺地区の方々は自分の土地では分娩しておらず、中央に寄りたがる傾向がある。一方、東京都は9000位が住民票のある地域の周産期施設でお産をしていない(2000が助産所、7000が里帰り)。

1000ベットに対してNICU:東部1.5 多摩1.2お産をする施設が少ないのに加えて、NICUの施設も非常に少ない。弱いところで問題が起きている。

東京都のNICU:利用者が他県からも来る。都民が利用できるのは75%。10%の病床は常に1年以上の長期患者で占められている。ベッドが回転しないのでNICUの特徴。都民が安心して利用できるベッドは65%のみ。

周産期死亡率東京は1000分娩に対して、4.8人の赤ちゃんが死ぬ。世界では1位。2位の半分くらい差がある。10年以上その数字を維持していることは産科医の誇り。しかし、多摩は5.1人となっており、100人弱の死ななくていい赤ちゃんが多摩地区では死んでいる。

東京都の母体搬送に関する取り組みと課題

東京で周産期をやって20数年になるが、初めてのこと。力強い支援だった。母体救命に関する取り組みについては、スーパー総合周産期施設の認定をし、協力施設も増やした。これで今まで10-20回電話していたのが、1,2回で収容先が見つかることはおそらく間違いないだろう。

想定される年間患者数は、母体合併症、重篤なもの、致死性の高いものは20名ちょっとしか出ないのではないかという試算がある。DIC(産褥の多量出血)を含めても300名程度。しかし産科救急の救急搬送は4000以上あった。つまり残りは新生児医療を必要とする周産期救急。実はそこには都は手を打てていない。

提言

短期的対策としては、ネットワークにおけるブロックの適正配備。線を変えるだけだが、これが何年お願いしてもできない。周産期施設の拡充。ミドル施設に対応できるように、協力施設を増やす。現存の資源を利用し生かしていただきたい。2次施設の疲弊が施設減少につながっている。総合周産期、地域周産期を支えるコントロールセンターの創設。

長期的には、新生児ベッドの増床とそれに伴う医師の確保、看護師助産師の育成と確保。


都民が医療機関に求めるもの

伊藤隼也(医療ジャーナリスト)

「石原都知事は妊婦と遺族に謝罪せよ」の記事を書いたが、表題は私が考えたものではない。都民が救急医療に何を求めるか、話をしたい。

父を医療事故で亡くし、医療の質に対して非常にセンシティブに活動してきた。医療のネガティブな面を沢山見てくる中で、どうしたらポジティブに変えられるかということを考えている。

救急医療の質を考える研究会での調査などから、心筋梗塞やクモ膜下出血は高度な専門病院に直接運んだほうが、救命率がよく、亡くなられた外傷患者の13%くらいは、搬送方法・治療方法によって救えた可能性があったというデータが出始めた。救急医療はロシアンルーレットではないか、運ばれた行き先で命 が決まるのでないかと感じた。しかしどうもそれがここ5年間くらいで変質した。高齢者が多くなったり時間がかかったりなど、都内の救急医療そのものが変化してきた。

6月秋葉原連続殺傷事件、10月産科救急の問題など、震源地にメディアという爆弾を投げ込んで議論を喚起した。僕自身は石原さんに謝ってほしいとは思っていなかった。医療システムを改善してほしい。国民にとって一番必要な救急は何かという議論をしてほしい。メディアは医療界の嫌われ者。言っていることが正しくないなどと言われることもあるが、例えば猪瀬さんのような人が、行政側に立って何かを改善していただけるチャンスがあるということも含めて、メディアはある一定の役割を果たしている。メディアにも問題があるのは事実で、それは医療界と一緒だと思っている。

●日本医療政策機構 「日本の医療に関する世論調査 2009年1月」
緊急課題: 1位:救急 2位:産科小児科救急 
●野村総研 「自身の医療健康状態のアンケート」
不安: 1位:救急 2位:インフルエンザ 3位:簡易保険 4位:小児救急
●東京都生活文化局 「各種医療に関する世論調査」
行政への要望: 1位:夜間医療、救急医療体制の整備

救急医療に対して都民が危機感を感じているということが言える。 墨東病院に関していえば、担当医師や病院を叩く発想はなかった。総合周産期センターは7人で運営されていたが、そこの常勤医が3人になった。それを放置し、対策を立てられなかったからこそ起きた事件。 その後、ものすごい勢いで東京都が変革をして、9億円だった予算を22億円にした。外圧に頼らず、国民に対して弱者が納得して受けられる24時間365日の医療を是非実現してほしい。

秋葉原の事件について、順天堂大の外科医と話をした。順天堂大には東京消防庁は電話していない。なぜ俺のところに電話してこないのか。ああいう状況であれば病院の中には元気のいい外科医はいる。俺たちは止血して腹を空けることくらいはできる。そういうチャンスを持ちたいと熱く語っていた。医療者一人ひとりは熱いエネルギーを持って患者を救うことに頑張っている。しかしそこをシームレスにつないでいく必要がある。

東京の医療は分断化されている。それをきちっとしたリーダーシップを持ってやれるのは行政しかないと思っている。安心して救急車を呼べる状況を是非構築していただきたい。


救急医療の東京ルール

石原哲 (白鬚橋病院 病院長)

東京都医師会の中で救急委員会の委員長をしている。東京ルール策定委員会の委員として中に入っていた立場から話をしたい。

救急搬送の実態と課題

周産期医療は、全体で言うと救急搬送の中で、非常に少ない部分。今日お話するのは、東京都民が救急車を呼ぶ回数、62万件に対して、どう病院に持っていくのかという問題。62万件のうち、選定困難事案は27000件で、全体の6%。つまり、94%は1回あるいは2回という回答で救急病院が引き受けている。とはいえ6%が選定困難で万が一命を落とすことがあるとしたら、由々しき問題。これまでの成果を踏まえ、東京都の初期/2次/3次という体制は残すとして、困った部分について新しい公共ルールを作り、今ある施設を利用し効率化を図って対応する方針。

現状、救急搬送患者数は増えているが、救急医療機関は減少している。その中で選定困難事案が発生した。救急医療は重労働ということで、医者の数が減ってきている。専門分化が進んできており、専門外ということで断るケースが増えている。救急医療機関内外の連携の仕組みが出来ておらず、たらい回しがおきる。

その背景には、制度的・構造的問題がある。救急医療を利用する側から言うと、高齢化・核家族化ということで、コンビニ受診の増加。過度の専門性を求める患者の増加。また、高い訴訟リスクを抱え、診療報酬が適正ではない。ハイクオリティー・安く提供できる・いつでもどこでもフリーアクセス。この3つを守ることはどこもできない。2つが限度。日本はハイクオリティーとフリーアクセスを求めるのだから、ロープライスはあり得ない。いい医療を提供するにはもっとお金がかかる。国民がそれをどう判断するかが重要。

東京ルール: より多くの患者が直ちに病院に運ばれるようにするための新たな方策

●ルール1: 救急患者の迅速な受入れ
東京は2次救急医療機関256箇所の中から、12ある各医療圏に2つずつ、つまり24の病院をセンターに指定。一時的に収用するER的考え方も入っている。それぞれの2次救急病院の持っている能力を発揮するコーディネーターを出して、患者をきちんと配送する。それによって、救急隊がオーバートリアージをして、何でも救命センターに送っておけば安心ということはなくなる。都民にわかりやすい名称にするため、一次収容は「地域救急医療センター」に、2次救急は「2次救急医療センター」にする。

●ルール2: 「トリアージ」の実施
搬送時でも、病院の中でもトリアージが行われるようにし、いち早くより重症な患者さんから見ていくようにする。

●ルール3: 都民の理解と参画
医療従事者と都民の相互理解のため、地域に救急医療をわかっていただく努力をする必要がある。救急医療に対する都民の理解が得られるよう、AED講習等いろいろなことを実施する。救急車を呼ぶべきかどうか相談する救急相談センターを充実させる。

東京都の救急医療体制(初期、2次、3次)を理解していただくための啓蒙をする。一時的に収用するので、転送がある、次の病院があると教える。小児救急だけではなく、病院にも救急車があり、それも活用する。急性期が終わった後は、回復期リハビリ、療養病床に移動しなければいけないこと等を理解していただく。そういうことを我々がもっと都民に話していかなければいけない。


2次救急医療機関の現状と問題点

猪口正孝(平成立石病院 理事長)

2次救急の現場の様子から、東京ルールがどのようになっていくのかを考えていきたい。

現状と問題点

2次救急医療機関とは、東京都の休日・全夜間診療事業に参画している病院である。搬送は62万人で、H19年度は266病院、H20年度は259病院。どんどん減ってきている。選定困難症例は6%で1日に換算すると100人くらい。

2次医療機関に勤めている医者は、全員が救急医だという感覚がある。患者さんが運ばれてくると、それぞれの専門家が集まってきて、最初に見た医者が一番的確な人間をトリアージする。専門医を選んで病院全体として診ていくという形になる。

夜になると当直医は1−2人、ナースも1−2人になる。2次救急病院が断るとか、たらい回しということではなく、現実的に受け入れられない。物理的問題として、満床だからとか、処置中であるという場合もあるし、医学的問題として専門医の治療がどうしても必要な、骨折、輸血、施設の問題であるような結核、大量服薬・精神疾患などもなかなか受け入れができないということで、お断りせざるを得ないものがある。また、社会的な問題として、病院とトラブルを起こした前歴のある方は、受け入れに時間がかかってしまう。

こういう表向きな理由を強調してしまう面があるが、病院側としての制度上の背景を考えてみた。

病院側から見た背景要因

●医師の意欲の低下
当直医師は自分の専門以外は取らない。面倒そうな症例は受け付けない。2次医療機関としては軽傷だろうと判断しても、たとえば打撲だと救急隊の方では整形外科以外の医者は受け取らないとか、時間がかかりそうだと受け付けないとかいうことになる。しかし、本来医者は診たくてしょうがない。一生懸命やろうとは思っているが、忙しすぎる。

2007年12月に取ったアンケートによると、病院勤務医の1週間の平均労働時間は63.3時間。1ヶ月の残業時間が100時間を超えているのが2/3。過労死となる基準を超えて働いている医師が2/3を超えている。

医者の将来設計。研修期間の10年間を終えて40歳くらいになると、中小病院の忙しいところを避けて、開業医に向いてしまう。2次救急を担っている中小病院にはなかなか来ない。

●東京の特殊事情
町田市と葛飾区両方で医療機関を経営しているが、町田市では救急隊からかかってくる電話のうち、97%の救急車は受けている一方、葛飾区では55%しか受け入れることができていない。町田市内に来る救急車は年間7体であるのに対し、葛飾区は60数体であり、互いに情報がない。地域を決めて情報をオープンにするという東京ルールで、地域のコーディネートをするとあるのはそういうことで、限られている地域ではきちんと受けられるが、東京の区部だとなかなか受けずらいという実態がある。同じ経営者がやってこういう差が出ている。

●経営上の問題
救急をやる医師の確保が困難。どうしても受けるとなると、院内の統制が難しくなる。たとえば、長期化するような入院の患者さんは急性期病院では受けにくい。今の東京都の救急を受けているのは、75%が民間病院。

2次救急の現場と医療政策

東京ルールを2次救急の現場から考えると、地域を限ってセンターを置くわけだから、最後の砦意識を持つこと。医療機関相互の情報を持つということに関しては非常にいいが、選定困難になるときに社会問題とか、医者が苦しいといったところに無理矢理押し込んでしまうので、大事な地域のセンターとなる病院が疲弊してしまう可能性が十分ある。

東京ルールとは別だが、産科医等確保支援事業、産科医等育成支援事業というような政策がどんどん起きて、来年度予算についている。僕からするとAEDで無理矢理心臓を動かしている感じがする。心臓が心室細動(VF)になる時には、心筋梗塞があるとか、そういうベースの病気をきちんと治さないで、表面上の対症療法だけを続けていくと、本当に制度上に疲労を起こしていくことによってひずみが大きくなり、回復不可能になる。それくらい現場の医者は消耗しているという印象を持っている。


第二部 ディスカッション

司会:本田麻由美(読売新聞 編集局 社会保障部記者)

救急医療のあるべき姿

一般救急と周産期救急はなぜ別々に行われてきたか

中井:一般救急は突発的な事故や病気で救急搬送を受けるが、本来、周産期搬送は医師の紹介があって行われる施設間搬送をベースに考えられており、昨今のような飛び込み出産は想定されていない。東京ルールによって、母体救急の施設を3つ認定し、責任が明確になったことは大きな前進。しかし一方で症例の多い新生児医療については対応がなされていない。

伊藤:3つに集約することでリソースの分断にはならないか。そもそも周産期救急と一般救急を分けるべきではない。

濱邊:周産期、ER、救急などが別々のルートを持っていたことが災いし、周産期救急搬送の選定困難事案を生んだ。医療提供者の間では救急医療に対する偏見があり、社会のニーズと合っていない。

選定困難を解決する受け皿のあり方 −救急部のER化は可能か−

濱邊:内科・外科・整形外科といった専門毎の縦割りの分け方では、救急患者を診ることができない。受け皿となる2次救急がER化して、縦割りではない横断的な窓口を提供できれば、東京ルールはもっとよくなるのではないか。

石原:全くその通り。東京消防庁の端末機が縦割りになっていて、救急隊がそれを見て診察の可否を判断していることが問題。それよりも地域で情報を共有して、疾患名での割り振りができるようにしたらどうか。2次救急には多種多様の患者さんが来る。その中の重症を見つけ出し、3次救急に送ることが重要。

濱邊:疾患名より怪我か病気か子供かくらいの単純な分け方の方が、わかりやすい。受ける側は何であろうと対応できる準備をして待つような、ER型の施設を東京に100ヶ所位作って、その上に救命救急センターを置けば十分機能するのではないか。

石原:100というのは大事な数字で、夢ではないと思う。東京に256ある2次救急の半分がER機能を持つようになると、1病院が1件の選定困難事例を見ればいい規模であり、ある程度は解決する。

猪瀬:東京ERは入口としてはすごくいい。総合周産期センターとうまく重なっていけばいいのではないか。救急の問い合わせのうち緊急性のあるものは実は少なく、プレホスピタルトリアージで片付くところがたくさんある。

伊藤:東京のリソースである大学病院はどうなっているのか。

猪口:救急は地域によって規定されている、地域医療の目玉商品。大学病院は特定機能病院であって一般病院、地域支援病院とは違う役割を持っている。ERを充実させていく目的を掲げていない、最先端医療を目指している特定機能病院まで、一律に巻き込みたくない。

濱邊:地域に密着して、地域を何とかしようという発想が、大学病院や各中央病院にはない。そういうリソースを生かそうとする時にリーダーシップを発揮できるのは、住民の利益を代表するという意味で行政しかない。

東京ルールの課題

猪口:ERが100あればかなりのところまで行くと思うが、現実的にはようやく3つできたばかり。地域の中核病院が24時間体制でやっていくのにも相当時間がかかるだろう。また、ERはフリーアクセスであり、2,3時間も待たなければいけないものはERとは言えない。ER型にするとしても、その上で今何をするかという話として、東京ルールが出てきた。その発想自体はいいが、ビジョンが見えないままこれを長く続けられると、2次救急は部分的に壊死を起こしてしまうと思う。

石原:ともすると今、一生懸命診ている医師たちのところに、さらに選定困難を押し付けるようなもの。別個に人を配備できる補助がなければ制度として破綻するだろう。

濱邊:選定困難事例の患者さんは、結核・精神障害・ホームレス・高齢者等、大体5,6種に属性が絞られる。東京都はそうした属性の患者さんに対する施策・ネットワークを持っているが、東京ルールを作る福祉保険局に、そういう部署が入ってきていない。該当部署を全部含め、巨額を投じなくても今持っているシステム・リソースで、十分機能できるだけのキャパはあると思う。

猪瀬:今ある資源を整理整頓すればすっきりするはず。今回のプロジェクトチームは横串にしたが、縦割りは自分を守るためにあるから、解決するのは大変。

猪口:社会的な問題を抱えている人が救急で運ばれてきたときに、福祉保健局の方が病院に駆けつけてほしいと思う。コーディネーターは行政の方がやるという話も聞いているが、行政も24時間体制で動けるようにしたらどうか。

濱邊:おっしゃるとおり。東京都の公務員は夜間にいない。ケースワーカーに来てほしいが、いるのは医者だけ。それを東京ルールで引っ張り出してほしい。

石原:設備費整備費は出ているが運用費は全くない。結核患者用でも精神障害用でもベットは開いていれば使った方が病院の特になる。都立病院並びに大学病院が支えると記述されていても、空いたベットがあったためしはない。だから絵に描いた餅。疾病についてはちゃんとみんな見ている。でもあまりにも一般患者の隣のベッドにそうした患者を置くのは無理があるので、結果として福祉保健局が出てきてくれているが、時間がかかっている。どうせやらなければいけないんだからスムーズにやってほしい。

伊藤:情報も公開してほしい。正確な情報があれば縦割りのどこに問題があるか指摘できる。困難事例の中身を出すべきだ。中身を評価できないから、疲弊する。

中井:周産期もそう。支援を受けているところがどういうパフォーマンスでやってきたか、評価されていない。支援しただけの機能評価はやっていただきたい。

猪瀬:透明化のためにいろいろ考えてはいるが、どこの役所も縦割りで縛りこんでいる。それはちゃんとやっていくつもりでいる。

より良き医療のために

持続可能な医療システムは作れるか

中井:今、医学部の現場を見ていると、学生たちはゆるいほうに流れていく。研修医制度は事実上の下見制度になっており、産婦人科は減少している。ERを100にすればいいというが、救命救急も医者の数は減っている。かといって点在している病院を集約すれば勤務緩和にはなるが、妊婦と子供には足がない。数字の上でうまくいっているというが、本当に医療はそれでいいのか。先日、労働基準局が周産期施設に入った。看板は下ろさないことになったが、あの病院がだめだったら、8割がたの医療現場は反している。基準通りにやれば半分の病院が経営破綻に陥る。減り行く状態を考えて持続可能なシステムを作るべきだ。

猪瀬:ある程度集約化することは医療資源の効率化には必要。集中とネットワークがひとつの形。十分に足りている状況はどんな業界にもない。そこでリスクマネジメントを問われる。医療業界は効率がほとんど問われてこなかった。より効率化して利益を生む方向に展開していかないことが理解できない。

伊藤:場所が遠くなれば不便な人が出てくるが、決まったものはしょうがない。日本の医療は分断されていてシームレスじゃないことが問題。全部行政にやれというのは難しい。医療界も垣根を超える努力はしないといけない。そうした取り組みをしている現場の支援をしてもらう姿勢が、行政に必要ではないか。

効率化と医療資源の適正配分

濱邊:病院は市場原理に従っていない特殊な業界。医学部の定数を増やして医者ができても、不足している現場にうまくいかない。20−30年のキャリアのうちの2年間は公のためにつかうとか、医師を半公務員化することはある程度必要。

猪瀬:半公務員化に賛成。診療報酬は税金から払っており、義務としての半公務員化でもある。効率性の追求と、適正な資源の配置と、半公務員化は矛盾しない。

石原:とても賛同しかねる。公務員化した医者がいる一方で、自由にやる医者がいて、保険外診療もいいということになると、医療保険が崩壊する。今の診療体系は、社会復帰ができるための制度。自由診療と二極化すればアメリカと一緒になる。今現場は非常に低い診療報酬の中で必死にやっている。わずかなインセンティブをつけてあげれば、それで一生懸命当直してくれるのが医者。学生は救急医療に興味ある。それを失わない対価をあげる方が早い。

猪口:難しいところ。診療報酬は税金からだから、半公務員化されてしかるべきだというよりは、フェアーじゃない診療体系によって、民間病院がやれるべきところを公立が負っていることが問題。補助とか公的なお金は、経営母体ではなく、やっている医療・仕事によって配分されるべきだと思っている。原価をきちんと計算して診療報酬が払われてさえいれば、民間もできる。診療報酬が抑えられているから、ほかの収入がないとできない。医者が行くところを制限するというよりは、インセンティブを持たせてそちらに流れていくほうがありがたいだろう。資格を与えるとか。何もなくて行けといわれるような議論が深まっていくのは非常に怖い。

猪瀬:それは当然のこと。資格を取れば上がるとか、当たり前のことがこの業界ではなぜできていなかったのか。NICUはやればやるほど赤字になる。だからおきたくないから満床だといって断る。収支率を計算すると、年間4000万円で回って、1個置くと800万赤字になる。原価生産して足りない部分は補助を増やしていい。合理的にわかる形で議論を展開すれば解決する。

中井:NICUの分析の手法は見事。それを救急の現場でも是非やってほしい。現場が本当に疲弊している。いかに診療報酬がばかばかしいか。分娩費用は県民所得に依存して全国でものすごい格差があるので、保険診療科のような一律化ができない。

制度改正へのアプローチ

猪瀬:はっきり言って産科医の給料は安いと思う。仕事量に応じた給与体系が必要。

中井:何とか医師そのものに支援することにならないかと思い、厚労省とも折衝して、勤務医の待遇改善に資することを条件に保険点数を請求していい等という条文がいくつかできた。ところがそれが実施されている産科の病院は全国10%くらい。

本田:診療報酬をあげても、大変な先生や部署にきっちり配分しない病院側に、経営能力がないのかと思っていた。

猪口:それはまったく間違い。赤字の病院の方が圧倒的に大きくなっている。10年20年たっても病院の機能更新ができないところも、医師確保のため人件費に経費を割いている。今の東京都は一律の診療報酬の元にやっていて、ものすごい苦しい。どこに配分されるかわからないなどという余力のある話では決してない。

石原:たとえば夜中に緊急手術をしてリハビリをするとまったく赤字。診療報酬の会議でこれだけ必要だということを国には提出しているが、まったく認められていない。これは国の対策なので、東京都にお願いするのはもう少し補助がほしい。それがないと従業員に頑張ってくれと言えないというのが本音。

猪瀬:それだけのコストがかかったら、それに見合う報酬があるのが普通。なぜそうなっているのか。厚労省の審議会の人たちはほとんど医者。自分たちで決めればいいのになぜ決まらないのかわからない。

本田:診療報酬を決める場に、高度医療なり救急をわかっている人がいないし、そういう人を輩出できるように医療側で戦っていない。なんでもっと医師会とか開業医じゃなく病院のほうでこういう費用がほしいとデータを出して戦わないのか。「みんな大学病院に残れるわけではなく、開業医になって地域にいくこともあるかもしれないので言えないこともある」という話も聞いた。

猪口:中医協に病院の人間が入るようになり、多少改革はしているらしいが、診療報酬は最近は中医協ではなく厚労省で決まっており、その外枠は財務省で決めている。実のところ診療報酬は原価計算の積み上げではない。公立病院に対しても現状裏側から回っているような運営費は、計上しながらきちんとやっていけばよくなってくるだろうと思うが、その決め方に関しては、言ってないのではなく言っても無視されている状況だと聞いている。せめてフェアーな原価計算に基づいた形できちんと行われていれば、実力があるところに患者が集まり、そういうところが集約化・効率化の中心になっていくだろう。フェアーな戦い方をしてないから集約化が進まない。自分たちのできるところで身を削りながらやっているのが現状。地域で中核になっているところが地域救急センターになると思うが、そこをつぶさないためにも、是非行政や医師会の先生方が協力していただけると、この制度が消耗させるばかりではなく、次の治療法が見つかるまでの制度になっていくのではないか。

猪瀬:医師会の先生方が、救急も含めてある種の責任感を感じていただけるのはありがたい。みんなで盛り上げていかないとと言う感じがする。労働環境が厳しい中でよく頑張っている。どうしてそんなにやらなきゃいけないのか、不思議。単なる医師不足ではなくシステムの欠陥がある。本当にこのままいくと現場が疲弊する。これからまだ東京都でできるところは何か、謙虚に考えさせていただきたい。


閉会の辞

石原哲(白鬚橋病院病院長)