東京大学・京都大学合同 国際シンポジウム2009:
09/06/15 version1.1
イノベーションにおける競争と協調 −次世代の特許制度を考える− 09/06/11実施
東京大学(政策ビジョン研究センター)と京都大学が合同で、特許制度をめぐる国際シンポジウムを開催いたしました。当日は約400人の参加者を迎え、熱気あふれるシンポジウムとなりました。
当日配布パンフレット
濱田純一 東京大学総長からの寄稿メッセージ
未来に向けた確かな指針を
時代は今、激しい変動の時期を迎えています。目前には、金融に端を発した世界的規模の経済危機がありますが、国際協調の努力により、それを克服できたとしても、後には、地球環境、社会の高齢化、アジアの安全保障、都市の過密と地方の過疎など、様々な領域で解決すべき課題が山積しています。そして我が国は、世界の中でもこうした課題に真っ先に直面する国となります。
どの課題の解決も、既存の知の延長線上ではなし得ません。根本の部分からこれら時代の課題にしっかりと取り組み、目の前のことだけに囚われるのではなく、20年、50年、100年先を見据えて、「未来に向けた確かな指針」を示すことが求められます。その際、人や社会のあり方への、本質的な洞察も必要だと考えます。そのような新しい世界を描き、そこに至る道筋を提示することができるのが、学術であり、大学です。とりわけ、様々な領域で最高水準の知識と専門能力を有する多数の研究者を擁する東京大学は、「世界を担う知の拠点」としての役割を果たしていく責務があると考えます。
昨年、総長直轄組織として、「政策ビジョン研究センター」を設立致しました。それにより、大学が組織として、主体的な意識を持って取り組む体制が整いました。既に、部局横断的に組織された7つの研究ユニットが、活動を開始しています。 同センターには、今後さらに、内外の研究機関とも連携関係を深めることで、課題解決に結集して取り組む国内外ネットワークの「ハブ」として発展することを期待しています。
様々な課題の解決に共通して必要となるのが、イノベーションです。今日のイノベーションは、競争と協調により創発をされていますが、競争と協調のルール作りを通じて、イノベーションの質やスピードに大きな影響を及ぼすのが「知的財産権制度」だと考えます。課題解決のインフラとして、イノベーションを加速する知的財産権制度が求められています。
今回、京都大学及び特許庁と連携し、また、内外の多数の研究者の方々の参加を得て、「知的財産権制度」を根本の部分から考え直す機会を得たことは、大変、時宜を得たことと考えます。産学官の対話を経て、京都の地から、世界に向けて「次世代の特許制度のあり方」を発信していただくことを期待致します。
「未来を創造する特許制度のための15の提言」 2009/07/01 掲載
オープン化、グローバル化、サイエンスリンケージ等のイノベーションのダイナミックな変化を踏まえ、「次世代知的財産権制度」実現のための改革課題として、東京大学・京都大学では、15の共同提言を行いました。
新時代イノベーションを踏まえた制度・運用改革
1、サイエンスリンケージ拡大を踏まえた特許の質向上のための非特許文献に関する審査能力の向上
世界における特許出願数は10年前と比較して1.7倍となっている。一方、学術論文の出版数は、それを大きくしのぐ勢いで急増している。例えば、今注目を集めている環境技術の分野では、2000年以前の40数年間とそれ以降の10年弱の論文出版数がほぼ同じである。今後、学術分野における知の爆発が産業技術へ与える影響は、もはや軽視できないものとなる。従来、特許が引用する学術論文の数で測ったサイエンスリンケージは、欧米と比べ我が国は低いとされてきたが、戦略技術分野を中心に、今後、大きく上昇する可能性が高い。サイエンスリンケージ拡大に対し、特許庁の側では、特許の質を維持するため、学術論文を中心とした非特許文献に関する審査能力の向上が必要である。また、出願を行う大学側には、特許の出願・活用の事務や技術普及のための戦略立案に関し一層の体制整備をする必要があると考える。例えば、産業界においては、自社の特許ポートフォリオ構築のためにパテントマッピングツールを採用しているが、大学においてはそのような体制が十分になされていないのが現状である。大学におけるこれら整備も必要である。
2、基礎的研究の成果の保護を簡便に可能にするための「仮出願制度」の導入
米国では、特許請求の範囲と要約等を必要とせず、明細書と図面のみで仮出願をした後、1年以内に本出願に移行できる「仮出願制度」が設けられている。この制度のメリットは、比較的簡便な手続きで行える仮出願の日付(仮出願日)で早い出願日を確保できることである。今後、期待が大きい環境やライフサイエンス分野の技術を生み出す母体となる我が国の大学は、民間企業と比べて出願支援体制が脆弱である。一方、環境等の研究開発競争が激しい分野においては、権利確保に早期出願が欠かせない。「仮出願制度」の導入は、特に、中小企業や大学において有効に活用されるものと考える。日米の環境の差異も踏まえながら、導入に向けた早期検討を期待する。
3、イノベーション促進の視点からの「適切な差止請求範囲」の明確化
現行の特許制度がスタートした時代は、一つの製品当たりに関与する特許権数は数件程度であり、差し止め請求権はそれを前提として導入されている。一方、現在では、国際標準技術にかかわる必須特許などではひとつの製品あたり数千件という特許がかかわるようになっている。このようなイノベーションの変質により、差止請求権の強さの重みが導入当初の想定と全く異なるものとなってきている。米国におけるe-bay事件では,CAFCによって、特許侵害認定と同時に自動的に差止請求が発令され、議論となった経緯がある。このような問題に対しては日本でも、どのように対処すべきかを考える必要がある。この問題は、特許権の効力が「発明を行うインセンティブとして位置づけられている」のかそれとも「活用をすることに対するインセンティブとして位置づけられているのか」に掛かってくる問題であるともいえる。いずれにせよ差止請求がどのような条件で認められるのかの範囲を明確にすることは必要不可欠であり、その為の議論が継続されるべきである。このような議論を通じて、所謂パテントトロールの問題の解決の方向性も探るべきである。特許の実施主体である産業界と、大学や研究専業機関などの非実施機関の双方がイノベーションにより貢献する特許権の効力のあり方についての徹底した議論を行う場を設ける必要がある。
4、「ライセンスオブライト」の導入による、知的財産権の積極的実施(ライセンス)の推奨
近年、大学のように業として実施しない機関による特許出願も増加している一方で、権利保持コストの問題も指摘される。権利者が、当該権利に対し第三者への差止請求をしないこと、実施許諾を拒否しないことを条件に出願することで年金が減額される「ライセンスオブライト」のような仕組みをオプションとして導入することで、特許流通の更なる促進が促される可能性がある。大学など非実施機関が使用することでどのようなメリットがあるかを含め、また差止請求との関連も含めて制度化に向けた検討を深めていくべきである。
5、知財裁判審理における専門性の向上、短期的施策(専門委員、調査官の充実等)と長期的展望(裁判官の専門性向上)
我が国の知財裁判審理の専門性向上が期待されている。韓国においても、判事は3年任期と短く、知的財産審理に関わる専門性をどのように担保するかが課題となっている。知財裁判審理における専門性の向上については、日本・韓国共通した課題であるといえる。この問題に対する長期的な解決策としては、例えば、法曹資格者のダブルメジャー取得者拡充など教育を通じて裁判官の専門性向上を図っていく必要があるが、制度に落とし込むにはかなりの時間を要する。よって、短期的・現実的には、現在の専門委員や調査官の増員、もしくは専門委員と調査官の制度を一体化させたような制度の導入検討も考えられる。
6、侵害裁判における特許の有効性判断に関し、技術専門官庁である特許庁の知見を尊重する仕組みの導入
現在の制度では、侵害訴訟で原告勝訴の判決が確定して被告から原告に損害賠償金などが支払われた場合であってもその後に、敗訴した被告は、原告の特許について特許庁に何回でも無効審判請求を繰り返すことが可能である。これは、キルビー事件を受け、いわゆる「明らか要件」が外された104条の3の抗弁が被疑侵害者に認められたことに端を発すると考える。特許庁と裁判所の異なる判断による対立が繰り返されることは望ましくない。審査基準について、裁判所と特許庁での議論を期待する。なお、独禁法では、行政庁の認定した事実につきこれを立証する実質的証拠があるときは裁判所を拘束する、という実質的証拠法則が規定されている。このことに基づいても、ダブルトラックの解消策としては、技術専門官庁である特許庁の知見を尊重するような仕組みの創設が望ましい。
7、特許侵害とならない研究開発の範囲に関する国際的規範の確立
大学等の研究活動においては、他者の特許発明が円滑に使用できないと自由・活発な研究活動を阻害するのではないかという懸念がある。このため、リサーチツールとなるようなこれらの特許発明に関しては大学の研究活動を阻害するものはライセンスをしないとの趣旨のガイドラインが総合科学技術会議によって出されている。しかしながら、これは日本国内におけるガイドラインにとどまっており、研究の国際か進むなかで実効性が十分とはいえない。今後は、国際的にこういった規範を普及、確立させてゆくべきである。
8、3Dインターネットに代表される近未来のニーズに対応した知財制度の国際共同研究の開始
近年では、仮想空間上における商取引が現実世界の商取引と同様に扱われるようになっており、自由に製品を製造販売できるプラットフォーム(セカンドライフSecondlife)や、研究開発に課題を抱える課題が自社だけでなくインターネット上でその課題を広く呼びかけ優れたソリューションを提供したもの提供したものに報奨金を与えるプラットフォーム(例えば、イノセンチィブInnocentive, Inc.)がビジネスモデルとして確立しつつある。今後、インターネット上においては、知的財産制度と現実との乖離はますます大きくなっていくものと予想される。仮想空間での取引に関わる法的な課題は少なくなく、また、国境を超えた課題でもある。適切な法制度創設に向けた国際共同研究を開始すべきである。
9、産学国際共同研究契約のあり方に関する国際的な議論の場の設置
先端科学技術研究の国際化に伴い、複数の大学がコンソーシアムを組んで研究をした際等の知的財産の取り扱いの問題も、国際化してきている。国際共同研究から生じた知的財産の扱いに関する問題について、日本だけで検討しても意味をなさない。例えば、共同特許のサブライセンス(再実施権)のあり方は、日米ともに任意規定とはいえ、デフォルトが正反対(日本は権利者双方の合意、米国特許法では一方の判断でサブライセンス可能がデフォルト)であり、このことは実質的に、権利者の力関係に影響している。国際的に議論する場を設け、基本的な枠組みについて合意形成をしていく場を設ける必要がある。
10、次世代の特許データベースの構築(国際的標準化、裁判、引用情報等を含めた総合化、学術と特許のシームレス検索の導入)
エビデンスに裏付けられた政策立案を行うためには、データ基盤が重要である。実際、特許データは、特許制度の研究、イノベーション活動の特定等に多く用いられてきているが、使い勝手や情報の幅の面で、現状の特許データベースでは十分とは言えない。次世代の特許データベースを構築する必要がある。形式面では、各国間でデータベースの標準化が重要である。内容面では、裁判情報、引用情報の充実が期待される。こと裁判情報においては、結果的に和解に至ったデータなども重要であると考える。また、論文、特許ともに、量的な拡大が続いており、現状、物理的に調査が困難になりつつある。特許庁における先行技術調査、企業における技術経営戦略立案にそれら情報を活かすためには、関連性の高いものだけを選び出す精度の高い検索システムが求められている。次世代データベースを基盤に、学術論文と特許公報をシームレスに(継ぎ目なく)検索できるようなシステムの早期開発、導入を図るべきである。
国際協調の枠組み
11、仮想的な「世界特許」実現に向けた産学官の協調
12、特許審査ハイウェイ(PPH)の加速的推進とそのマルチネットワーク化
13、日中韓3カ国特許庁会合に合わせたアジア学術大会の開催
企業活動のボーダレス化に伴い、仮想的な「世界特許」の実現やPPHの加速的推進等が強く期待されている。仮想的な世界特許実現は、行政庁における検討だけではなく、学会における研究の蓄積や産業における実態を総合的に考慮しつつ進めていく必要がある。行政庁における検討と産学における議論を俯瞰し、融合させる仕掛けとして、特許庁長官会合と産学のシンポジウムを並行開催することを提案する。例えば、近年、日韓の学会の交流が進んでいるが、これに中国を招き、日中韓特許庁会合にあわせたアジア知財学術大会を開催することが考えられる。
企業と大学(組織)戦略と特許
14、ユーザコミュニティ(企業・大学)による特許の「質」の向上の取り組み活動の活性化
15、パテントコモンズやパテントプールなど「コミュニティ全体の利害を考慮した協調領域」の設計と、即した特許の戦略的活用(情報分野からバイオなど他分野へも、また産学連携での設計など多様な発展)
特許の質とは、競争領域での従来の特許の見方とは異なり、特許ユーザーのコミュニティが総体として利害にかかわるという意味で、「協調領域」における新たな特許の概念である。特許の質の指標を明らかにして、その評価を多くの企業が共有することは、質の高い特許の考え方(秩序ある特許権利行使などの規範を含む)を重視するコミュニティの形成につながる可能性がある。こういった動きによって、パテントコモンズやパテントプールなどのコミュニティ内での特許流通コストを下げることにもつながるであろうことから、ユーザコミュニティによる特許の質の取り組みや、そのプラットフォームとなるコミュニティの設計と特許の戦略的活用にむけた動きを提案する。優れた大学発明に相応の、強くて広い権利を与え、産学連携を促進するために大学の研究(特許発明を直接の目的にはしていない)の特殊性を考慮した新しい制度設計を検討すべきである。