国際研究会開催報告
中印の台頭・海洋進出とアジアの多国間協調の行方

2013/5/10

【日時】 2013年2月25日(月)13:00-19:30
【会場】 国際文化会館(東京都港区六本木)
【主催】 東京大学政策ビジョン研究センター/公共政策大学院海洋政策教育研究ユニット
【協力】 日本財団

【プログラム】 司会: 三浦瑠麗(東京大学政策ビジョン研究センター特任研究員)

13:00-13:10 ご挨拶 海洋安全保障と多国間協調の模索について
城山 英明(東京大学政策ビジョン研究センター・センター長)
13:10-14:20 セッション1: 中国の海洋進出の現状
香田 洋二(元自衛艦隊司令官・海将)
中国の海洋進出の現状
浅野 亮(同志社大学法学部教授)
「中国の台頭」と日本の海洋安全保障
14:30-15:25 セッション2: 日中間の信頼醸成と中国の国際貢献活動
金 永明(上海社会科学院研究員、欠席のため発表要旨代読)
中国建海洋国的内涵与法律制度
Meaning of China’s Construction of Maritime Power and Its Legal System
杉浦 康之(防衛研究所地域研究部北東アジア室教官)
中国海軍の国際貢献活動—ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動を中心に
15:35-16:45 セッション3: 国際政治における中国と日中関係の今後の展望
増田 雅之(防衛研究所地域研究部北東アジア研究室主任研究官)
パワーシフト時代の日中関係
三浦 瑠麗(東京大学政策ビジョン研究センター特任研究員)
帝国からの撤退—デモクラシーと権力移行
16:45-16:55 結びの言葉
城山 英明(東京大学政策ビジョン研究センター・センター長)
17:30-19:30 夕食懇談会

議論の要旨

海洋安全保障に求められる多角的な視点

冒頭に、城山英明センター長からの挨拶で、本政策ビジョン研究センターの紹介とともに、本センターが発足当初から安全保障分野を一つの重要な柱として位置付けてきたこと、マッカーサー財団の支援を受けた、北東アジアにおける安全保障構造、経済と国際紛争の関連性などをテーマとする、カリフォルニア大学国際紛争研究センター及び韓国・延世大学国際学大学院との共同研究や、五大学連合(東京大学、プリンストン大学、北京大学、高麗大学校、シンガポール国立大学リークアンユー公共政策大学院)などを中心とする国際共同研究を行ってきた実績などが述べられた。

そのうえで、城山センター長は本センターが本学の海洋アライアンスとともに、昨年9月に提出した「海洋基本計画の見直しに向けた提言」について紹介し、なかでも今後さらなる取組が必要であると認識された課題の一つである海洋安全保障に関して研究を深め、この分野に深い知見を有する専門家の方々との研究会などを通じた意見交換、聞き取りなどを行い、東京大学としてもこの重要な分野に積極的に取り組んでいくことが望ましいと考えると述べた。とりわけ現在は、日本海や東シナ海をめぐる日中・日韓間の緊張が高まっているが、そうした現況に鑑みても、海洋安全保障問題では、総合的かつ長期的な日本一国の取り組みだけでなく、経済と安全保障分野の相互関連性を踏まえた柔軟な外交政策や、国際的なガバナンス強化のための多国間協力が欠かせないのではないかとした。

研究会の狙いとしては、日中間の領土や海洋利用をめぐる安全保障上の緊張は、南シナ海における領土問題や、海洋利用の利害関係国同士の関係と繋がっており、超大国アメリカと台頭する中国とのグローバルな競争とも関連していることを意識しなければいけないということ、そのために、本研究会の議論の射程に権力移行やインドの存在を含めていると述べ、多角的かつ大きな視野でこの問題を論じていただくことが目的であること、また今回金永明先生の出席は残念ながら実現しなかったが、政府間の対立をはらむ問題について学術交流が引き続き重要であると考えるとした。

以降の司会は本センターの三浦瑠麗特任研究員が務め、3つのセッションにそれぞれ2名の報告とセッションごとの議論を設けながら進行した。

中国の海洋進出の現状

セッション1では、中国の台頭や、海洋進出の現状をどう見るべきなのか、経験豊かな実務家・研究者双方の観点からお話しいただいた。はじめに香田洋二元自衛艦隊司令官が、中国の海洋進出の軍事的な意図、能力評価等の分析を展開した。報告のなかで香田退役海将は、歴史的に強大な大陸国であった中国が勃興するのは歴史の必然であると述べた。中国は伝統的に陸軍の比重が強かったが、海洋大国としても伸長する決断をした。しかし、中国の対外政策は東シナ海だけでなくその広大な領域管理全体を見据えた戦略を、北京からの視点に立って分析していかなければならないともした。また中国が海洋に進出するにあたって打ち出している核心的利益の概念については、核心的利益は中国の専有物ではないことを指摘した。全体としてみれば、中国の軍事的伸長は目覚ましいが、リスクが伴う政策判断においては軍事的合理性に基づいて行動していると考えられる部分が大きいとし、日本国内において安易に軍事的危機を喧伝する脅威論には、中国の政府や人民解放軍に対するつぶさな観察が欠けているのではないかと指摘した。

これらの点は次に報告を行った同志社大学の浅野亮教授も認識を共有しており、日中関係を考えるうえでは中国の立場に立って想像力を働かせることが必要であり、中国を一枚岩として見ないこと、中国と東南アジア諸国との関係など、より多角的な観察が重要であるとした。そのうえで、中国の地域における影響力・コントロールの拡大には、一方的措置だけでなく積極的な地域枠組みへの参加やコミットメントを通じてなされる場合もあるということに、日本も自覚的であらねばならないと警鐘を鳴らした。さらに、浅野教授は、日中間での信頼醸成や中国の意図の正確な判断には、現在はブラックボックスの部分が大きいが中国の国内政治、党内政治、党軍関係、組織論などを細かに見たうえでなければならないとした。とりわけ、中国の特殊な党軍関係や政治的な解放軍の性質には分析上注意が必要で、解放軍の中の不透明な政策決定プロセスの解明が今後の課題だとした。最後に、政策的インプリケーションとしては日中間でトップレベル以外でも地道な実務家交流を続けていくことが重要であるとし、また日本の学術界におけるシナリオ作成検討の重要性を説いた。

議論では、冷静なシナリオ分析であらゆる事態に対する対応を検討しておくことが今の日本には必要なことであるという認識が共有された。中国の軍近代化や空母等の導入に関しても、その過程を観察してきた報告者らによる軍事的・政治的意味合いが議論に上ったが、今後重要な課題のひとつは、中国の党軍関係における指揮系統の現状分析であり、偶発的な衝突などを防ぐ意味においても指揮系統に支障がきたされないことは肝要であるとされた。

日中間の信頼醸成と中国の国際貢献活動

セッション2は、国家間の政治的緊張が生じる分野とは離れたところで、いかに信頼醸成をしていくかという観点から、中国の海洋戦略の裏にある思想や国際貢献活動の現状についてお話を頂いた。欠席した上海社会科学院の金永明研究員の論文要旨は司会が代読した。

続いて、杉浦康之・防衛研究所地域研究部北東アジア室教官が、中国海軍の国際貢献活動の現状分析を報告した。杉浦氏によれば、中国海軍はソマリア沖・アデン湾における海賊対処活動に力を入れており、民間船舶護衛要請に対する即応性が民間企業から高く評価されているという。その背景には中国共産党の、各国の中国脅威論を和らげたいという思惑や、責任ある大国として振る舞う意図とともに、遠海における軍の運用能力を向上させ、現代の多様化された軍事任務に対する対応能力を向上させたいという思惑などがある。実際に、中国のこうした国際貢献は、各国の中国政府や人民解放軍に対する好印象をも醸成しつつあるほか、人民解放軍の軍人らが海外任務の際に受ける国際法教育や国際交流などを通じて、彼ら自身がより国際的で開明的になっていく重要な効果があるのだという。さらに、実戦をしばらく経験していない中国海軍がこうした任務を行うことで、複雑な形式上の指揮系統からより運用面のコントロールを軍が握る方向へと舵が切られつつあるのではないかと杉浦氏は推測する。最後に、日中の防衛協力をこうした国際貢献の場で行うことの重要性も指摘された。

議論では、中国がスマトラ沖大地震をきっかけに国際貢献に積極姿勢を取るようになった経緯や、台頭する国としてのグローバル・リーチに必要な足がかりについての分析が語られた。また、中国と他国の合同訓練や組織の合理化の現状、また実際上の指揮系統がどのように機能しているのかなどの点について質問が相次いだほか、政治将校の位置づけや現場の裁量とそのインプリケーションについて活発な意見交換が行われた。

国際政治における中国と日中関係の今後の展望

セッション3では、国際政治における権力移行というグローバルな視点から、中国の台頭やその日本に対する意味合いを探る試みが行われた。はじめに、増田雅之・防衛研究所地域研究部北東アジア研究室主任研究官が、グローバルと地域双方の視点から、米中関係、日中関係を捉える報告を行った。増田氏は、米国から中国へ、主に経済面だが軍事面でも徐々にパワーシフトが進行しつつあることを述べ、日中間ではパワー・トランジションが加速化していると指摘した。こうした中国の台頭は、試算がなされるごとに予測が前倒しに実現していく状況にあるとし、安全保障・軍事面でも中国国防費の増大、海軍の遠洋海軍化と近代化が進んでおり、海監の増強計画とその役割についての中国の意図に注意を喚起し、日本として遅まきながら対応していかなければならないとした。そのうえで増田氏は、今後約10年間のうちに日本の防衛・海上警備能力を高め、中国との間で多層的な危機管理メカニズムを備えるべきだとしたほか、アメリカと引き続き緊密に連携し、アジア各国と協力しつつ抑止と協調のバランスのとれた政策をとるべきだとした。

続いて三浦瑠麗特任研究員が、権力移行の問題を米国の同盟国の立場から理論的に見ることの重要性を提起した。三浦は、尖閣問題によって米中衝突が生じる可能性の有無について既存の理論に基づく複数のシナリオを提示したうえで、民主的な「帝国」の撤退の決定においては国内政治、外交のアマチュアが大きな役割を果たすであろうことに注目すべきだとした。そして、必然的に生じる問いは覇権交代や権力移行の文脈で帝国が同盟国の安保を提供するか否かであり、予測としては主観的なものの存在が今後アメリカでますます強まり、内政の論理で外交の論点化が行われる状況が増えるとし、さらに国民の選好が強く働きがちな「危機」の時にこそ、逆説的にコストが顕在化することでアメリカの東アジアに対する関与は低められるのではないかという観測を述べ、日本がアメリカの動向に影響を与えられる度合いは極めて限られているため、むしろ国力がまだ高い今後10年の間に開かれた国家としてアジアに公共財を提供する役割を担うことが必要であるとした。

議論では、日米同盟体制の中でどのように上述の報告で挙げられた望ましい態勢を構築していくのかという質問や、海上保安庁の法律上実務上の能力を超えていることを求めているのではないかという質問、また国内政治や国民世論が外交政策に大きな役割を果たすということはある種当然のことであるが、外交政策についてどれだけ当てはまるかということも論点であるうえ、苦しい状況に追い込まれないように同盟国として何ができるか、今後10年から20年のタイムスパンで考え行動していくべきだという意見が提起された。さらには、アジアに日本が入っていくということの内実についても議論が行われ、活況のうちに閉会した。

(文責: 三浦 瑠麗 東京大学法学政治学研究科)