ワークショップ開催報告

漁業協定から考察する東シナ海の平和と安定への可能性

東京大学政策ビジョン研究センター 特任研究員
向 和歌奈

2014/4/24

【日時】 2013年8月28日(水)9:30-12:00
【場所】 東京大学本郷キャンパス第二本部棟6階610号室
【主催】 東京大学政策ビジョン研究センター、東京大学海洋アライアンス
【プログラム】
09:30-09:40 開会の挨拶
09:40-10:20 漁業協定をめぐる理論的視点からの一考察
坂口 功 教授(学習院大学法学部政治学科)
10:20-11:00 日台漁業協定をめぐる実務的視点からの一考察
徐 鼎昌 一等秘書(台北駐日経済文化代表処)
11:00-11:55 質疑・議論
11:55-12:00 まとめ・閉会の挨拶

議事要旨

このたび政策ビジョン研究センターでは、2013年8月28日に、東シナ海をめぐる安全保障環境を考察する小規模ワークショップを開催した。 東シナ海をめぐる安全保障環境に関する研究会が昨今活発に催される中、政治的には日中や日韓の対立関係はまったく改善する気配が見られない。そこで、たとえば漁業協定や資源の共同管理などの枠組みを活用した一種の解決策(妥協点)を見出し、当地域における一定の平和と安定に向けてこれらの仕組みを活用できないのかという考えのもとで、日台漁業協定や日中による共同資源管理などから学べることについて、ワークショップを開催するに至った。

また、さまざまな海の課題を考える海洋アライアンスと政策ビジョン研究センターとが連携して、海のガバナンスの話を検討していく試みの中で、安全保障の問題は当然ながら、境界線がはっきりとしない中での資源の共同管理の在り方などを考察するきっかけとなることも期待された。

このような主旨のもと、当ワークショップでは、学習院大学法学部教授の阪口功氏および台北駐日経済文化代表処一等秘書の徐鼎昌氏に、それぞれ理論的な観点と実務的な観点から漁業や漁業協定をめぐる諸問題についての発表をいただき、それらを切り口として、参加者間での活発な議論が展開された。

漁業協定をめぐる理論的視点からの考察(坂口 功 教授)

まずは初めに阪口氏が、理論的な観点から漁業協定の現状と将来性、さらには東アジアにおける平和と安定への貢献の在り方の可能性について考察を行った。阪口氏は初めに、全般的な漁業資源管理問題について包括的な話を展開した後、地域漁業管理機関の国際漁業資源をめぐる管理の状況や成果がどの程度のものなのかといった視点、二国間漁業交渉あるいは多国間漁業協定のモデルに関する分析、そして最後に東シナ海をめぐる話を行った。

国際漁業資源とは大きく、高度回遊性魚種(カツオ、マグロ、カジキ、サメ類など)、ストラドリング魚種(タラ、オヒョウ、ニシン、サバ類など)、深海魚種(オレンジラフィー、メロ、カニなど)、遡河性魚種・降海性魚種(サケ、マス、ウナギなど)の四種類に分類できる。ちなみに、東シナ海に関しては主にストラドリング魚種の管理が対象となってくるといえるだろう。

国際漁業資源の管理問題においては、多くの漁船が少ない資源の獲得を目指すため、すなわち先取り競争に勝つために、設備増強に走るという現象がみられる。国際社会では「増えすぎた鹿に草木を食べすぎないように言い聞かせるようなもの」であり、管理の難しさが窺える。この現象は国内漁業資源管理問題でもみられることでもある。このような乱獲の問題に対応するために、複数の地域漁業管理機関(RFMO)が設立されており、多岐にわたる魚種の管理を目指している。東アジア地域には多くの国家が存在するにもかかわらず、多国間のRFMOが存在しないことが特徴的である。RFMOは主に、モニタリング、規制、そして監視の業務を担う。

一般的なRFMOは「"pandemic failure"」といわれており、資源が崩壊に近づくまで管理できない点は、国際捕鯨委員会の頃よりパターン化しているといっても過言ではない。それは新規参入国に対する過剰な捕獲枠の設定、あるいはIUU(Illegal, Unreported and Unregulated)漁業の蔓延に依拠するところが大きい。

多国間制度が確立しない東アジア

東アジアの特徴としては、漁業だけに限った問題ではないが、多国間制度が欠如している実態が窺える。すなわち「"institutional density"」が低い中で協力を模索することは、難しい課題であるといえるだろう。多国間制度が確立すると「"issue-linkage"」が生まれる。すなわち、いい加減なことができなくなり自制が働くことで、協力体制が構築されていく仕組みであり、世界貿易機関(WTO)がとっているアプローチである。漁業であるならば、国家間における分配の対立が如実にでてしまい、さまざまな関係のなかで協力体制を発展させていくことは、東アジアでは起きにくいと考えられる。漁業についていえば、東アジアには世界有数の漁業国が集結しており、資源管理の必要性は極めて高い状態にあるにもかかわらず、大西洋と比較すると、協力はそれほど容易ではない。東アジアは「持続的なシーフード運動」から孤立している点も特徴的である。これは、市民や政府、あるいは企業からの圧力にさらされることがほとんどない状態がみられることに依拠しているといえるだろう。すなわち、管理に向けたモメンタムがきわめて乏しい状態にあるのである。

東アジアにおける二国間協定については、日本とソ連間、日本と韓国間、日本と中国、そして日本と台湾の間でそれぞれ締結されてきた歴史がある。漁業の安全性を確保することが一義的な目的であり、資源管理の面では成果は高くない。このように二国間のものは多数存在するが、多国間のものは残念ながら存在しない。また東アジアに特徴的なのは、公海が存在しないということである。大西洋、太平洋を管理する場合は公海があるので、多国間での管理体制がより必要とされる傾向がみられる。しかし東アジアにはそのようなモメンタムが発生しにくく、多国間の管理体制が作りづらい状況にある。これに加えて、資源状況も決して良くはない。東シナ海と黄海は乱獲が特に頻発しており、状況は特に悪い。戦前から乱獲行為は見受けられたが、戦後は日本に加えて、韓国、台湾、そして中国がこれに加わったことで、状況はさらに悪化した。

二国間の漁業協定が成立するのは、双方が互いに沿岸漁業国である場合と互いに遠洋漁業国である場合である。東アジア地域においては、ほぼ後者のケースで占められている。沿岸漁業国と遠洋漁業国の組み合わせの場合は、二国間協力が成立しづらい。例としてはスペインとカナダの間で発生したカラスガレイ漁業紛争が挙げられる。またアイスランドとイギリスの間で起こったタラ戦争もある。

漁業交渉の理論モデル

多国間の漁業交渉については、脆弱性反応モデルがウェブスター(D. G. Webster)により構築された。資源の枯渇に対して強い脆弱性を持つ国家ほど資源管理に前向きになるというものである。脆弱性とは、費用競争力と柔軟性に基づいて定義される。先進国ほど費用競争力が低くて途上国ほど高い。ゆえに資源に対して先進国ほど管理に前向きになる。これは採算割れラインが早くくるからである。反対に途上国は採算割れラインが遅くくるために、資源管理にはなかなか前向きにならない傾向が強い。柔軟性とは船舶の航続距離を意味しており、沿岸漁業国なのか遠洋漁業国なのかによって定義される。柔軟性が低く費用競争力が低い国家がもっとも資源管理に積極的になる傾向がある。つまり先進国で沿岸漁業国である国家が該当する。残念ながら東アジアにはこのような国家が存在しない。最終的に資源の悪化が進めば進むほどすべての国家は規制に前向きになるため、究極的には資源管理は行えると、ウェブスターのモデルは主張する。

この前提に対して、200海里時代においてCPUE1は沿岸ほど高いため、資源の発展に対する脆弱性が高いのは、むしろ遠洋漁業国なのではないかとする観点がある。また、資源が悪化すると段階的に規制が強化され、最終的にはすべての国家が規制に前向きになるという主張は本当に正しいのだろうか。脆弱性が高い国家ほど規制が強化されればされるほど倒産する危険性があるため、自国に対する規制に対しては極めて消極的であるといえるだろう。そこで予防的な資源管理措置が必要となる。さらにいえば、バリュー・チェーン・ファクター(value-chain factor)2に着目する必要もある。漁業国の中には、漁獲量よりも輸入量のほうが多い国家も存在する。この場合、資源管理の動機が乏しくなるという点も包含する必要がある。

これらの視点を参考に東シナ海における多国間協力の可能性を考察した場合、まず資源は十分に悪化しているという現状がある。中国の漁船が多く日本近海で違法操業し拿捕される事例が数多くみられるが、一つの原因としては沿岸資源の枯渇が急速に進んだことが挙げられるだろう。このように、資源悪化が進みすぎているようでは、先ほど提示したモデルでは、現時点で協力は遅すぎるといえる。ただ、もしそこまで悪化していないのであれば、相対的に脆弱性が低い中国や台湾の動向がカギとなってくると考えられる。ただ、公海がなく、多国間の協力モメンタムがきわめて低い点は大きなハンデといえるだろう。政治的環境も良くない。そこで、多国間のRFMOを創設し、その中でさまざまな二国間問題を処理していくメカニズムを構築することが望ましいと指摘できる。ただしそこに至るまでには、まず、東シナ海では資源評価が非常にあいまいになされている傾向が見受けられるため、北大西洋でみられる国際海洋理事会(ICES)のような多国間資源評価委員会を創設し、多角的な協力を先行させる必要性があるのではないかとも考える。たとえ多国間の枠組みまで到達しないとしても、冷戦期の米ソの科学者の交流が安全保障に大きく貢献した点を踏まえ、バイラテラルの協力体制の促進が行えるとよいだろう。沿岸漁業の資源管理も同時に取り組む必要がある。

日台漁業協定をめぐる実務的視点からの一考察(徐 鼎昌 一等秘書)

次に、徐氏が日台漁業協定をめぐる実務的視点からの一考察について、交渉官としての経験に基づき、台湾と日本の漁業協定の経緯、東シナ海平和イニシアチブ、そしてグローバル資源から考える地域の安定、という三つの視点から分析を行った。

日台漁業協定成立の経緯

まず、台湾と日本の漁業協定の経緯についてである。日台間の漁業協定は1996年に開始し、17年間という長い時間をかけて行われてきた交渉であった。この間、漁獲量が最大の論点となっていた。10年ほど前より、台湾側が暫定境界線を一方的に設定し、日本側にこれを提出してきた。日本側は台湾からの要求を無視してきたものの、一応暗黙の了解が確定されきた経緯がある。

2008年に台湾の漁船「連合号」が海上保安庁の監視船と衝突した結果、沈没したことを受け、台湾では漁民の安全を確保するために、日本との間に何らかの具体的な交渉が必要であるとの認識が一気に高まった。ところが、水産庁は台湾の交渉要求にまったく応じてくれない状態が続いた。

事が進展したのは、昨年の石原慎太郎東京都知事の動きを受けて野田政権が尖閣諸島の国有化へ動きだしたことであった。この件を受けて、水産庁と外務省から代表処への交渉の打診があった。

台湾本国、特に立法府からは、日本が台湾との友好関係を無視するのではないかという懸念が上がった。台湾国内でも反日感情がエスカレートしかねない状況でもあった。100隻の漁船が尖閣列島付近に抗議に向かった。この事態に対して野田政権は漁業交渉を進める必要性を感じていたようだが、依然と水産庁は変化をあまり好まない姿勢を貫いていた。

このような状況が劇的に変化したのは、昨年12月に安倍政権が誕生した後であった。安倍首相は台湾との漁業交渉をなんとか進め、何らかの決着をつけたいという姿勢を強く見せていた。今回の動きに携わって強く感じたのは、今回の日台漁業協定が成立した背景には、安倍首相による東アジアの安定をはかるための政治的な判断が働いたという点である。

その結果、今年4月10日に「漁業秩序の構築に関する取決め」を公益財団法人交流協会と亜東関係協会との間に結ぶに至った。なお、本取決めは民間の取り決めという位置づけであるため正式には協定と呼ばないものの、内容は協定に相応する。第1条は原則について記載されている。第2条で記載されている水域とは、北緯27度以南を規定しているが、これは八重山列島の北までであり、その間の水域を指す。ここには尖閣列島も含まれている。台湾側の妥協点としては、日本の領海内には入らない、その周辺のみに台湾漁船の航行が可能であるという意味合いがある。このあたりは実はマグロが多く取れる海域であり、台湾にとってはマグロの資源を確保するために、何としても締結したい取り決めであった。日本側もマグロを理由に、これまで交渉を頑な拒絶してきた。台湾としては八重山列島の南の部分にも非常に興味を持っていたが、今回の取り決めには一切含まれていない。ここは今後の大きな課題の一つとなる。取り決めの中では上記のように適応水域が定められてはいるが、特別協力水域というものも依然として存在する点も記載されている。ここは漁業にとっては最も「おいしい」水域であり、この水域の扱いについては今後漁業委員会で徐々に議論するというクッションがおかれた。

なお、漁業委員会については、水産庁は漁業団体の意向を反映させる必要があると考えているが、漁民の意向を反映させすぎると、交渉が頓挫する場合がある。実際に、台北での第一回目の漁業委員会は漁民からの強い反発を受けて中止に追い込まれた。第二回目はいまだに開催されていない。この問題は、交渉に取り組む官僚にとっての大きな課題でもある。

東シナ海沿岸諸国の協力体制

次に、東シナ海平和イニシアチブについて話をしたい。2012年8月5日に台湾の馬英九総統が提唱したものであり、玄葉大臣もこれに賛同するような発言を談話の中で行った。東シナ海平和イニシアチブの主な議題は、漁業、エネルギー資源、海洋環境保全、海上安全、非伝統的安全保障であり、これらの議題について東シナ海の沿岸諸国が協力を模索する必要があると提唱している。

まず一つ目の漁業に関して、東アジア地域には多国間協定(中西部太平洋まぐろ類委員会(WPFCP))が存在し、台湾も日本も入っている。資源の管理や総漁獲量について話し合う国際協定として、活用できる可能性は高いと考える。二国間の協定は日台間、日中間に存在するため心配はないが、多国間の体制を活用した資源管理が進めば、なお良いだろう。

二つ目に、東シナ海の資源について考察する際、それは魚だけではない。尖閣諸島が大きな問題となっているのは海底のエネルギー資源があるためであり、この問題は重要な課題である。ただこの海底資源に関しては、技術的な視点から関係諸国は協力し合える可能性が大いにあるといえるだろう。たとえば今年3月に石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMAC)が世界で初めてメタンハイドレートの採取に成功したが、これを関係諸国で管理しうる可能性があるのではないか。

三つ目は、環境保全の観点を念頭におくと、生物多様性条約はCOP10の時の「愛知目標」を定めたが、その目標の6番、10番、そして11番を日本も中国も韓国も批准している。すなわち、このように沿岸国がすべて賛同している枠組みを活用していく意義があるし、話し合いがしやすいはずである。

四つ目は、海上安全の観点から考えると、海上における捜索及び救助に関する国際条約(SAR条約)が存在する点である。アメリカ、韓国、ロシアと日本の間では、それぞれに合意が得られている。中国とは尖閣の問題があって頓挫しているが、二国間協力が国際条約のもとで進んでいるといえる。

また、海洋汚染の問題は東シナ海において深刻な問題となっているが、マルポール条約やロンドン条約に則って進める意義がある点も付記しておきたい。

最後に、グローバル・トレンドについて少し触れたい。2012年12月にアメリカのナショナル・インテリジェンス・カウンセル(National Intelligence Council)が出した2030年のグローバル・トレンドに関する報告書、また今年3月にイギリスのシェル石油が出したシナリオ文書では、今後の資源トレンドがどのように変化していくのかという視点からの考察がなされているのだが、双方とも将来の石油の供給は減る一方であり、他のエネルギーはこの動向に大きな影響を及ぼされると推定した。石油への依存が減っていくことは間違いない。そうであるならば、採掘作業にも大いに響くだろう。つまり、資源調査が何も行われない中で、石油の値段が下がっていくならば、採掘作業の採算が合わなくなってくる可能性が大いに考えられる。そこで、今の時点から東シナ海における調査・採掘作業を少なくとも沿岸諸国が協力して進めていくべきであり、これは死活問題として十分認識する必要がある。

質疑応答

以上の両氏による発表を受けて、ワークショップ参加者を交えた質疑・応答・議論が行われた。主な質疑や論点は以下のとおりである。

  • 漁業交渉とは一体何か。一つの考えとしては、国際公共財であるというものである。そして国際公共財であるがゆえに、国境論争や政治紛争とは少し意味を別に議論を展開する必要がある。特に漁業関係者にしてみれば、漁業交渉と国境論争は切り離して行われなければ死活問題となる。今回の日台漁業交渉はこれまでの流れとは少し異なっており、政治的な対立が交渉を促したといえるだろう。このような事例はきわめて少ないはずである。
  • 中国漁船が尖閣諸島近辺に漁をしに来ることは、まったく採算が合わない行動であり、あの行動はあくまでも漁業を政治利用しているに過ぎない。ただし、八重山近辺に漁場を求めることには意味がある。
  • 今回の日台漁業協定は政治的な側面が大きかったとのことだが、日本側は一貫して慎重な姿勢を示していたが、台湾側が尖閣諸島を除く水域に境界線を設定することでマグロへのアクセスを暗に了解していたという理解でよいのか。
    日本の海上保安庁は台湾漁船を妨害してきた歴史がある。また、マグロのはえ縄漁では日台の漁場が重なる傾向があり、網がよく切れる問題も発生していた。そこで、何らかの操業ルールを制定する必要があった。このような細かなルールは今後日台漁業委員会で詰めることになっている。つまりまだ具体的なルールが制定されていない状態である。
    具体的なルールは制定されていないものの、台湾の漁船はすでに問題とされてきた水域に入ってきており操業している。日本側の漁船は台湾側の漁船を避け、問題水域では漁ができない状態になっている。これは台湾側の漁船は250〜300隻が操業しているのに対して、日本(沖縄)の漁船は20〜30隻と数の上で圧倒的に少なく太刀打ちできないからである。
  • 漁業の問題を考える際、もともと「日本漁民」「台湾漁民」「中国漁民」といった区分の人々が存在したのか、という疑問がある。もともとは国家などに縛られない人々が勝手に漁をしていたにすぎず、これに後から国家という概念が組み込まれたがゆえに、水域や国境の問題が浮上することになった。
  • 1996年に台湾が提示した「一方的暫定線」では、尖閣はどのように扱われたのか。
    尖閣は線の中に含まれており、周辺で漁も行われていた。これに対して当初日本政府は特に反論することもなかった。
  • 今回の日台間の漁業協定は、既存の日中間、日韓間あるいは日ソ間の漁業協定とは趣が異なる。後者は漁業協定を政治化させないように注意されてきたのに対して、前者はもう少し機能的な視点が働いたという理解でよいか。
    日中、日韓、日ソの協定はそれぞれが国交正常化の後に成立したことを踏まえると、政治とある程度つながっていたともいえる。なお、日中は国家間の協定が成立する前に民間の協定があった。
  • 日韓も日中も領土問題を棚上げにして線を引いた経緯がある。このような作業漁業者の利害を考慮したものであると思うが、なぜ日本と台湾は17年間も協定が成立しなかった理由はなにか。
    日本が「中間線」にこだわっていたことが挙げられるだろう。仮に与那国島から中間線を引いたならば台湾漁船は身動きが取れない。
    中間線の問題は国境の問題でもあるので、漁業協定はこれを横に置いても進められるものである。これよりも大きな問題としては、水産庁が沖縄の漁民を説得できなかった点があると考えられる。ただ、日本政府は「中間線」を理由に長年交渉を渋ってきた。
  • 東シナ海全体の資源の状態がどのようになっているのか、正確に把握できていない。特に、中国沿岸の状態はまったくの未知数である。
  • 台湾はWPFCPに正式に参加しているのか。
    国際社会における台湾の立ち位置がいまだに曖昧である点から、台湾は「実態」("fishing entity")として参加をしている。
    台湾を参加させないと資源管理の面ではまったく意味がないので、漁業に関する多国間枠組みには、さまざまな名前("invited expert"など)を与えて参加を認めてきた。
  • 台湾と中国の間の漁業紛争を解決するメカニズムは存在するのか。
    中台間での漁業問題は知る限りではない。台湾の漁民は年配の方が多く、古来より親しまれてきた物々交換を好む。
  • 日本があまりにも厳しく漁業に関して取締りを行うのであれば、台湾は中国と組むとすら一部の漁民は訴えている。今回の日台漁業協定は、このような漁民の行動をエスカレートさせないためにも重要なものであった。
  • もともと台湾はマグロのはえ縄漁はやっておらず、日本の商社が資本を提供する形で技術を導入し、獲ったマグロを日本に輸出させる目的で始められた。韓国も同様である。その後台湾は商社から独立した形で漁が浸透していった。
  • 東アジアにおける多国間協力の可能性は漁業に特化したならば難しいという結論になるのだろうか。
    東アジアにおける漁獲量の大半は中国によって占められているため、結局は中国の出方次第ともいえる。
    日台韓には研究者間の交流もあるし、何かしらの打開策を模索するためのネットワークが存在するが、そこにいかに中国を取り込むのかという大きな課題がある。
  • 歴史的に沿岸で資源が枯渇してきたために遠洋に出て行ったという捉え方があるが、日本の沿岸漁業を守らんがために遠洋に出て行ったという見方もできる。これはある程度成功したと考えられる。
  • 東シナ海平和イニシアチブに対してなぜ東アジアの関係諸国は賛同を示さないのか。
    台湾が提示するイニシアチブ自体が認められることが非常に難しい実態がある。中身についてより具体的に説明を行えば、より多くの賛同を得られると考えるが、その部分がまだ足りないのではないか。
  • 東シナ海平和イニシアチブが発表された時期(2012年8月)には特別な意味合いがあったのか。
    イニシアチブ案自体は戦略的にずっと台湾にはあった。日本が尖閣諸島を国有化する前に出されたことで、東アジアの平和と安定を考慮した台湾からのオリジナルの提案であるという点で、非常に意味があったといえる。これが日本の尖閣国有化宣言のあとの提案であったならば、日本の国有化に対する何らかのリアクションや防衛策としか捉えられず、あまりインパクトを持たなかった可能性が高い。
    イニシアチブは地域に対する台湾の根本的な考えであり、これに沿って日台漁業協定交渉が進められたと解釈できるだろう。
  • 温暖化によって漁場が変わってくる場合、それまで機能していたレジームが対応できなくなる場合はあるのか。
    国家間の対立が激しくなり機能しなくなるという現象はみられる。
    温暖化が急速に進むと漁場が変わってきて、たとえばクロマグロがロシア付近まで移動してしまう可能性も否めない。
  • モニタリングによって技術的に大幅な改善が見込める可能性はあるのか。
    以前は割り当て漁獲量以上に大西洋のクロマグロは獲られていたが、今はそのような問題は起きていない。これは漁獲証明制度(CDS)を導入した効果である。
  • 漁船の管理について国際的にも国内的にもまだまだ改善の余地がある。

脚注

  1. Catch per Unit Effortの略で、単位努力量当たり漁獲量のことを指す。
  2. 取引、加工、流通、小売りといったバリュー・チェーン・セクターが中心となっている国家か否かという点も、その国家が資源管理に向いているか否かを判断する材料になるという。