開催報告 第2回 健康・医療戦略ラウンドテーブル

医療の国際展開を産業政策という視点から考える

東京大学公共政策大学院/政策ビジョン研究センター併任 特任講師
佐藤智晶

2013/12/6

photos: Ryoma. K

概要1
【日時】 2013年12月5日(木)10:00-11:30
【場所】 伊藤国際学術研究センター地下1階ギャラリー1
【主催】 東京大学公共政策大学院 科学技術イノベーション政策の科学(STIG)教育・研究ユニット
【共催】 東京大学政策ビジョン研究センター
【基調講演】 福岡功慶(経済産業省課長補佐)
【パネル】 福岡功慶、林良造、佐藤智晶

第2回となる今回のラウンドテーブルでは、医療の国際展開について産業政策の視点から検討した。今回のラウンドテーブルで着目したのは、(1)医療技術・サービスの国際展開が他のインフラ輸出と異なる点、そして(2)国際展開と国内における医療関連の改革との間の関連性の主に2点である。「日本再興戦略」と「健康・医療戦略」のもとで強調されている「医療技術・サービスの国際展開」を通じて世界に貢献することが重要なのは言うまでもない。それに加えて、どうやって世界最先端の医療技術・サービスを実現し、健康寿命世界一を達成するのか、同時に、健康・医療分野に係る産業を戦略産業としてどうやって育成し、我が国経済の成長に寄与させるのか、という点に注目するのが今回のワークショップの目的であった。

今回のラウンドテーブルは、前回に引き続き、ブルッキングス研究所で日常的に行われているセミナーを意識して開催した。実際の政策立案者と関連する実務家ないし研究者を交えて、今まさに起きている問題についてカジュアルな議論を行った。

今回は、福岡功慶氏(経済産業省商務情報政策局ヘルスケア産業課課長補佐)と林良造客員教授(東京大学公共政策大学院/明治大学国際総合研究所所長)をお招きした。福岡氏は、経済産業省における医療技術・サービスの国際展開を推進する中心的な役割を担っている。他方、林教授は、通商産業省/経済産業省で活躍された経験を持ち、産業政策のなかでも医療分野について造詣が深い、実務経験を持った優れた研究者である。

福岡功慶氏氏の基調講演

林良造客員教授の開会の挨拶に引き続き、福岡氏は、「世界の需要に応える医療産業へ」と題して最近の関連政策について丁寧に講演された。

まず、世界の医療市場の動向である。世界の医療市場は、2001年から2010年まで毎年平均8.7%で成長している。そして、2010年の市場規模は約520兆円(医療機器約20兆円、医薬品約70兆円、医療サービス約430兆円)まで拡大した。医療機器市場の地域別内訳では、米国(約8兆円)、欧州(約6兆円)の市場規模が大きく、日本はこれに次ぐ3番目(約2兆円)である。今後、平均寿命の延伸と出生率の低下により、世界の60歳以上の人口は、現在の8.9億人から2050年には24億人に増加(「世界人口白書2011」)し、医療ニーズが拡大する見込み。また、新興国では経済水準は向上しても、低い医療水準等により平均寿命が短いなど様々な課題があり、また、高度な医療サービスへの需要が高まっている。

他方、日本の医療機器および医療サービスの競争力については強みを十分に活かしきれていない。日本企業は診断系機器を得意とし、軟性内視鏡で世界シェアほぼ100%、CTや超音波診断装置で同20~30%を有するほか、がん治療における粒子線治療装置でも強みを有する。また、国民皆保険制度に基づく均質で質の高い医療サービスへのアクセス、母子手帳に象徴される高度な母子保健の実施等により、我が国の乳幼児死亡率は世界で最低水準、平均寿命は世界で最高水準となっており、日本の保健医療サービス体制は国際的にも高い評価を得ている。我が国の層の厚い医療サービス基盤を生かした公的保険外の医療周辺サービス(糖尿病の疾病予防、生活支援サービス等)や必要となる在宅デバイス(健康管理機器等)、遠隔医療など医療ICTの振興も世界最先端の取り組みが進展している。

しかしながら、世界の医療機器市場全体では欧米企業が圧倒的なシェアを占め、日本企業のシェアは低い。日本の医療機器市場は約2兆円であるが、品目毎の市場規模が小さく(品目数約15万)、国内市場のみでは企業の商品開発が進みにくいこともあり、治療系機器(人工関節、ペースメーカー等)を中心に輸入超過幅が増大。医療サービスとともに海外市場開拓を視野に入れることで、日本企業の市場参入、開発投資を促進することが有効と考えられる。

ここまでを総括すると、我が国はもの作り技術に優れているが、日本の医療機器は6000億円の貿易赤字で輸出比率は減少傾向にあり、得意とされる超音波診断分野でも、拡大する世界の市場成長を十分に取り込めていない。タイや中国でのCT機器シェアの低下に加えて、対インドネシアや対インド向けの超音波診断機器輸出に関する各国との競争の状況は、その一例と言える。

医療の国際展開を取り巻く現状と課題、とくに欧米諸国等の取組みを分析したところ、現地医療関係者に対して、いかに訴求力の高い医療機器を医療サービスとパッケージ化して売り込めるかが、国際展開の鍵であることが分かった。欧米の医療の国際展開は、留学生活用型、現地生産・開発型、病院丸ごと輸出型という3類型に分類できるが、欧米の医療機関は、自国に患者を受け入れるだけでなく、新興国に医療拠点そのものを整備するなど、「医療サービス輸出」の動きを活発化させている。最近では、韓国もサービスとともに自社製品を売るなど戦略的な国際展開を推進しており、注視しているところである。

政府文書に目を向けてみると、日本再興戦略(平成25年6月14日閣議決定)では、医療の国際展開について明記されている。まず、一般社団法人メディカル・エクセレンス・ジャパン(MEJ)を活用し、官民一体となって、日本の医療技術・サービスの国際展開を推進するとされており、新興国を中心に日本の医療拠点について2020年までに10か所程度創設し、2030年までに5兆円の市場獲得を目指すことになっている。また、その際、国際保健外交戦略との連携、ODA、政策金融等の活用も図り、真に相手国の医療の発展に寄与する持続的な事業展開を産業界とともに実現するという。その実現に向けて、上記の取組とともに、日本の良質な医療を普及する観点から、①相手国の実情に適した医療機器・医薬品、インフラ等の輸出等の促進、②外国人が安心して医療サービスを受けられる環境整備等に係る諸施策も着実に推進する、というのが日本再興戦略における医療の国際展開の骨子である。

もう少し細かく話すと、医療の国際展開は大きく分けると2つの取り組みからなる。1つはアウトバウンド事業、もう1つはインバウンド事業である。アウトバウンドの方は、日本の医療サービスの輸出がメインとなっており、日本の医療圏の拡大、すなわち、日系の医療機関や診断センターの設置し、日本の医療機器、医薬品、情報システム等進出のバックボーンを形成することが具体的な内容である。インバウンドの方はというと、国内医療機関への外国人患者の受け入れがメインとなっており、症例の蓄積や経験値の向上など、医療の発展土壌の確保、公的保険制度外での医療機関による資本蓄積と再投資、そして日本の医療サービスの国際競争を通じた向上が目指されている。

アウトバウンド事業において、日本の医療技術・サービスの海外展開支援案件数は3年前から年々順調に増えており、2013年度は15カ国において29の事業性調査事業を実施中である。平成25年度アウトバウンド調査事業におけるポイントを例示すると、以下のようなリストになる。

  1. ASEAN地域におけるがん・生活習慣病等に対する日本式予防医療の普及
    ⇒ミャンマーにおける日本式乳がん診療パッケージ輸出プロジェクト等
  2. 日本が先行する再生医療分野における海外展開の促進
    ⇒中国・タイにおける再生医療実用化プロジェクト
  3. 中国では本格実証フェーズに入り、事業化に向けた最終支援を実施
    ⇒高度健診システム海外展開プロジェクト等
  4. 国内での研究開発支援で生まれた機器の海外展開を支援
    ⇒シンガポール・香港における日本式人工関節海外展開プロジェクト
  5. 眼科や周産期、医療IT等に分野を拡充
    ⇒ベトナムにおける日本式周産期医療提供プロジェクト等
  6. インドやカザフスタン等に地域を拡充
    ⇒インドにおける日本式がん総合診断・治療センター構築プロジェクト等

上記のような案件組成において極めて重要な役割を果たすのが、メディカル・エクセレンス・ジャパン(MEJ)である。2011年10月、外国人患者の受入支援を主業務とする一般社団法人として設立され、2013年には海外展開(アウトバウンド)プロジェクト組成・実施・運営サポート等事業内容の拡大に伴い、機能が拡充された。理事会は、医療機関有識者、医療機器メーカ、医療関連サービス企業から構成されている。メンバー企業としてすでに25社が入会(平成25年6月現在)しているが、金融機関、商社、病院経営に長けた事業者などの参画が今後の課題である。

日本の医療技術・サービスの海外展開支援案件のなかで、日・ASEANがん生活習慣病医療ネットワークについて言及したい。この案件では、実証等を通じ、相手国ニーズにマッチした日本が競争力を有する医療技術・サービスの海外事業化を促進している。具体的に言えば、平成23、24年度事業を通じ、カンボジア救急救命センター、インドネシア日本式クリニック等が事業化の見込みである(現地での集患に加え、日本への患者送り出し拠点としても機能予定)。また、平成25年度事業では、ASEANにおいても深刻な問題となっているがん、生活習慣病診断・治療を中心に、日本式医療の海外拠点化を進め、ASEAN域内の日本式医療拠点をネットワーク化し、ASEAN域内の患者の幅広い取り込みを図っている。平成26年度にはミャンマーにおいて事業化が開始される予定である。

最後に、インバウンドのお話で結びとしたい、最先端の医療技術や低コストの医療を求めた医療ツーリズムは世界的な潮流となっており、官民一体となって医療ツーリズムの受入れに取り組むアジアへの渡航が主流となりつつある。米国の国際的な病院品質の認証であるJCI(Joint Commission International)を取得している医療機関への渡航が多く、日本においてもJCIを取得する医療機関が増加している。

まとめ

医療の国際展開を推進するに当たって、リスクマネーの供給という意味からも多様なアクターの参加という意味からも、官民パートナーシップの活用が極めて重要になる。我が国の医療の国際展開は、製品輸出からインフラ輸出へと展開を遂げ、これまで以上に関係各省の間で協力と連携が進んでおり、メディカル・エクセレンス・ジャパンを通じてより多様かつ強力なメンバーで推進されはじめている。課題としては、医療分野におけるプロジェクトファイナンスについて十分な知見が蓄積されておらず、手法も確立されていないことである。出資規制等の規制によって生じるリスクを軽減しつつ、リターンの見通しを立ちやすくして、デッドではなくエクイティによる資金供給を実現できるかどうかが重要になるだろう。

また、医療の国際展開においては、医療産業の競争力を高めるという視点が常に欠かせない。健康・医療分野に係る産業を戦略産業として育成し、我が国経済の成長に寄与させるために、また、世界最先端の医療技術・サービスを実現し、国民が健康寿命世界一を享受するために、国際展開の前提となる競争力強化が進められる必要がある。1990年代からの歴史を振り返っても、競争力の低下が輸入の拡大を招くことはよく知られている。医療の国際展開を進めながら、競争力を高めるための規制改革(治験、市販前承認、市販後調査などを含む)、規制のハーモナイゼーション、インセンティヴとしての診療報酬などの保険償還の改革、病床規制改革、さらには情報の利用とプライヴァシー保護の両立をタイムリーに進めてゆかなければ、国民の健康増進、持続可能な医療の国際展開による世界のアンメッドメディカルニーズの解消、そして我が国の経済成長に繋げてゆくことはできない。

再生医療関連製品やサービスの分野でも国際展開は注目されているが、基礎と臨床研究を糧に、国内における製品の上市がより一層進むことが第一歩である。国際展開を念頭に置いた標準・認証制度の見直しは日本再興戦略でも言及されており、世界に誇るiPS技術などを核にして、再生医療分野も医薬品や医療機器に引き続く産業へ育成してゆくことが大いに期待される。

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