東京大学政策ビジョン研究センター 宇宙政策シンポジウム
宇宙をめぐる国際関係と日本の役割
2014/4/25
宇宙活動をめぐる国際関係が重要性を高めている。宇宙は、今や地上に暮らす人々の生活や経済活動にとって欠かせない空間である。国家の安全保障にとってもますます重要な領域となっている。それに伴い、宇宙は、今や先進国のみならず、途上国を含む多くの国や地域、国際機関などによって利用される空間となった。今後、宇宙における国際関係とはどのようにあるべきだろうか。宇宙活動の国際ルールをどのように形成していけばよいのか。外交や安全保障に宇宙をどのように活用していくべきか。国際宇宙協力はどのように進めるか。日本の宇宙政策は、こうした外交・安全保障など国際関係の見地からも宇宙政策を検討していかなければならない。
このような問題意識にもとづき、東京大学政策ビジョン研究センターと株式会社三菱総合研究所は、2014年2月4日に宇宙政策シンポジウムを開催した。今回のシンポジウムは、「宇宙をめぐる国際関係と日本の役割」と題し、国連を中心とする多国間協力の枠組みや日米を基軸とする宇宙協力と安全保障の問題などについて公開討論を行った。さらに、宇宙政策分野のシンクタンク機能や人材育成に関するセッションも設け、海外の研究機関やシンクタンクの動向も踏まえて討論した。
第一部 宇宙活動の長期持続性に向けた多国間協力枠組みと日本の宇宙外交
城山英明東京大学政策ビジョン研究センター長の開会挨拶に続き、第一部では宇宙活動の長期持続性の問題について議論した。宇宙活動の長期持続性は、国際社会にとって喫緊の課題となっている。現在、宇宙は大変混雑した空間になりつつある。地球軌道には、観測可能なものだけでも22,000個以上の人工物が周回していると言われる。その内、実際に機能している人工衛星はおおよそ1000個程であり、残りの95%は全て宇宙を浮遊するごみ(スペースデブリ)である。宇宙活動の発展に伴い、宇宙はますます混雑した空間になっていくかもしれない。宇宙を長期に亘って利用可能な空間として維持していくためにはどうしたらよいか。
このような問題意識に基づき、第一部では初めに国連宇宙部(United Nation Office for Outer Space Affairs: UNOOSA)で長らく部長を務められたMazlan Othman博士から基調講演をいただいた。Othman博士は、特に国連宇宙空間平和利用委員会((United Nations Committee on the Peaceful Use of Outer Space: UNCOPUOUS)の取組みを紹介しつつ、宇宙活動の長期持続性の問題における多国間協力の重要性と難しさを強調した。
国連における取り組み
日本の宇宙外交への期待
国連における宇宙活動の長期持続性に関する取組みは、宇宙活動に関する国際秩序形成に関する多国間協力の重要性と難しさを物語っている。日本はどのように貢献していく事ができるだろうか。Othman博士は、最後に日本への期待について述べた。
日本には既に優れた宇宙技術がある。途上国の主張する地球の持続可能な発展のための宇宙利用には日本も大きく貢献できる。例えば、防災や減災の分野である4。また、スペースデブリも含め、宇宙は今どのような状況にあるかという情報を収集し共有するということでも日本が財政的・技術的に支援できれば、国際的な宇宙活動の透明性向上に貢献する。宇宙における国際秩序の形成についても、日本からの有識者の派遣など積極的な貢献を望んでいる。宇宙活動をめぐる国際関係が重要性を高めるなかで日本の宇宙外交が貢献できる分野は多いだろう。
地球の持続的発展と宇宙活動の長期持続性
Othman博士の基調講演を受け、堀川康国連宇宙空間平和利用委員会議長は、地上における持続可能な発展のための宇宙利用という視点から、宇宙活動の長期性を考えていく事の重要性を指摘した。堀川氏が議長を務める国連宇宙空間平和利用委員会は50年以上の歴史を有し、現在70カ国以上が参加している。今後もアフリカ諸国を中心に参加国はさらに増えると予想される。今や宇宙活動は先進国だけのものではなく、途上国も積極的に参加する過程にある。それだけ、地上における人類の発展にとって宇宙は欠かせないものになっているのである。宇宙活動の長期持続性を維持していくということは、地上に暮らす人々にとっても大きな問題なのである。
2012年6月に開催された国連の持続可能な開発会議(リオ20)では、グリーンエコノミー5や貧困撲滅について話し合われた。そして、地球の問題解決に必要な宇宙活動についても議論が行われたのである。地球のために宇宙で何ができるか、ということが問われているのである。
これは、日本の宇宙外交の重要なテーマの一つである。日本は、これまで国連やアジア地域、あるいは二国間協力によって世界の様々な国々と宇宙協力を行ってきた。今後も多様な協力枠組みを活用し、宇宙活動の成果を地上にフィードバックしていかなければならない。そして、そのためにも宇宙が将来に亘って安定して利用できる空間であり続けるよう努力を重ねて行かなければならないのである。
新しい宇宙秩序
また、青木節子慶應義塾大学教授は、現在「新しい宇宙秩序」が形成される過程にあると指摘した。「新しい宇宙秩序」とは、必ずしも国際宇宙法の制定を意味しない。Othman博士の講演にもあったように、国連宇宙空間平和利用委員会の取組みは、既存の法的枠組みの中で検討されているのである。法的拘束力を持ち、違反の場合には国家責任を追及するような国際ルールを新たに確立していくことは非常に難しい。反発も多く、合意に達することが困難だからである。このような状況の中で、無用な摩擦を生まず、如何にして新たな宇宙秩序を形成していくか。これが今の国際社会が抱える大きな問題である。国連宇宙空間平和利用委員会の取組みはその具体的な試みの一つなのである。
第二部 日米宇宙協力と安全保障
第二部では、日米の安全保障協力における宇宙利用について議論した。新興国の台頭により国際関係の中心がアジア太平洋地域に移り、日本の安全保障環境も激動の時代を迎えている。このような状況の中、今後も日米関係を基軸とする安全保障協力は日米両国にとってアジア太平洋戦略の要となる。そして近年では、こうした日米安全保障協力における宇宙利用が重要性を高めている。日米間では、安全保障協議委員会(通称2+2)などでも宇宙協力の可能性が議論されるようになり、2013年末に日本政府が策定した国家安全保障戦略でも安全保障の有効なツールの一つとして宇宙が位置づけられた。今後日本は安全保障の観点から宇宙をどのように活用していくべきか。日米を基軸とする宇宙協力は如何にあるべきか。第二部では、このような点について、まず宇宙と安全保障問題の専門家であるJohn Sheldon博士より基調講演をいただいた。
宇宙政治(Astroolitics)―宇宙協力と地政学
また宇宙協力には科学技術の要素も重要である。つまり、技術をもっている国、科学的な専門知識を持っている国、我々が必要とするものを提供できる国といった要素である。科学技術の協力では、相互利益が欠かせない。また良好な外交関係がその基礎になる。科学技術協力が、外交関係を改善するのではない。すなわち、有意義な宇宙協力とは、目的を共有し、経済や安全保障面で良好な関係が築かれている国によって行われるのである。例えば、日米はこういう関係にある。今後、日本がアジア太平洋地域に協力を拡大していくのであれば、その基礎として良好な外交関係が必要になるだろう。
さらに古典的な地政学の観点から見れば、アジア太平洋地域に国際関係の中心が移りつつある現実に対応しなければならない。かつて、マッキンダー卿7は世界における地理的な軸として「ハートランド」という言葉を使った。現在では、中国の台頭に伴い、アジア太平洋地域がこの地理的な軸になりつつある。日本は、この地域に存在し、中国の台頭に対して米国と協力しながら均衡を保つという構造下にある。このように見ると、古典的な地政学的要素も宇宙協力のインセンティブとなる。特に、相互依存の進む今日の世界においては、対抗や競争だけでなく、協調の機会も見逃してはならない。例えば、中国とは経済・貿易面では協調が進んでいる。安全保障面においても、中国と何をどのように協力するのか、慎重かつ真剣な検討が求められる。宇宙協力についてもこうした競争と協調の世界で進めていかなければならないのである。
日本の課題―アジア太平洋地域における安全保障と宇宙協力
では、日本にとってどこに優先があるか。伝統的な安全保障の観点からみれば、宇宙状況監視(Space Situation Awareness: SSA)が最重要課題となろう8 。現在、日米はSSAの分野で協力している。特にその情報共有を進めようと努めている。今後は、インド、ロシア、カザフスタン、モンゴル、オーストラリアといった国々との協力も視野にいれていく必要がある。また、宇宙を利用した海洋監視(Space-Based Maritime Domain Awareness: MDA)も南シナ海や尖閣諸島の問題を考慮すれば、危機を管理するツールとして欠かせない要素である。将来的には、韓国、マレーシア、ブルネイ、インド、シンガポール、ベトナム、フィリピンとの協力も可能かもしれない。そして、中国の参加を促していくことも肝要である。たとえ中国が協力を否定したとしても、日本から参加を促しておくことには意味がある。他にも、地球観測(偵察)、通信、早期警戒、航法測位、ミサイル防衛といった分野で日米は既に協力を行っている。今後は、地政学や科学技術の観点から、アジア太平洋地域の国々にも協力を拡大していくことが求められる。
また広く外交面について見てみれば、第一部で議論になった宇宙活動の長期持続性への積極的な取組みが重要である。特に、日本は宇宙外交を通じて、アジア太平洋地域の国々に積極的に働きかけていくべきである。さらに、防災面での宇宙利用や有人を含む宇宙探査の分野でも日本はアジア地域のリーダーシップをとっていくことが求められる。こうした宇宙協力は、ソフトパワー競争が激しくなるアジア太平洋地域において、日本の国益にとっても重要な機会となる。宇宙協力を通じた日本の国際貢献は、アジア太平洋地域における日本の存在感と信頼を高めることにもつながるのである。
アジア太平洋地域を中心に安全保障の観点から日本の宇宙協力の機会と課題を見てきた。日米関係は宇宙協力においても要となっている。そして、米国のアジア太平洋政策の要は日本である。日米が抱える課題、アジア太平洋地域の安全保障上の課題に共に対処する中で宇宙協力を進めていくことが重要なのである。
日本の安全保障政策における宇宙
Sheldon博士の講演に続き、金田秀昭岡崎研究所理事が、安全保障面での日米宇宙協力や日本の宇宙政策について見解を述べた。
金田氏は、日米間の安全保障協力が強化されるプロセスの中で共通の日米同盟戦略が必要であると強調した。2013年秋の日米安全保障協議委員会では、宇宙協力の重要性が改めて強調された。また日米両国は、「日米防衛協力のための指針(日米防衛協力ガイドライン)」の再改訂を2014年末までに行うことで合意している。しかし、日米共通の包括的な同盟戦略のもとにガイドラインの改訂が行われるのが望ましく、宇宙もまたこうした全体的な戦略の一部として位置づけられるべきである。
また日本には、国家としての統一的な宇宙政策が必要である。そしてイニシアティブを持って関係省庁の考えを統合し、統一的な宇宙政策の意思決定と監督を行う強力な司令塔が必要である。昨年末新たに設置された国家安全保障会議は、各省庁に影響力を持って、安全保障面での日米宇宙協力も含め、統一的な政策を立案していくことができるだろう。
日本の安全保障と宇宙利用の状況を見てみると、まず、「国際協調主義に基づく積極的平和主義」を理念とする日本初の国家安全保障戦略は、安全保障の有効なツールの一つとして宇宙を位置づけている。2013年12月に改訂された防衛計画の大綱では、新たに「統合機動防衛力」という概念が打ち出された。これは、あらゆる事態に即応力を持って対処するため、陸海空自衛隊を統合的・一体的に運用することで、防衛力の機動性を向上させることを目指すものである。この防衛力の統合機動運用には、宇宙利用が欠かせない。今後は、情報収集、SSA、早期警戒、通信、輸送、宇宙環境保護、気象、測位など自衛のために必要な宇宙機能を向上させていくことが求められる。
しかし、課題も多い。金田氏は、3つのキーワードが重要であると指摘した。一つは、「自盟協立」である。日米同盟を強化しつつ、自律的な能力も確立していくという考えである。第二に、「防民共生」である。今後は、予算が限られる中で、防衛と民間利用を共存させていくことが重要になる。最後に「財運分離」である。2013年末に設立された国家安全保障会議が安全保障面での宇宙政策の司令塔となり、国家としての政策を確立していきながら、同時に財源は政府横断的に確保していくということが必要になる。このように限られた予算の中で、日米共通の戦略に基づいて、効果的な宇宙政策を立案・実施していくことが求められているのである。
アジア太平洋地域における宇宙協力と日本の外交安全保障
また橋本靖明防衛研究所政治法制研究室長は、日本の宇宙政策に関する会議で、このように安全保障をテーマとした議論ができるようになったこと自体大きな進展であり、この問題が日本でも重要性を高めていることを象徴していると語った。
橋本室長は、未だに冷戦期のような不安定要因が残るアジア太平洋地域で日本が宇宙協力を行うことは、外交、安全保障、経済の観点からも有意義であると指摘した。アジア太平洋地域では、地理的条件に加えて、技術レベル、経済レベル、政治体制など様々な要素が複雑に絡む。このような世界において、どのように宇宙外交を展開していくかが問われている。当面は、民主化が進み、自由主義経済体制をとる国々との協力が中心となるだろう。たとえ同床異夢であったとしても、相互に利益が得られるのであれば協力は可能である。Sheldon博士が指摘したように、宇宙協力は相互利益が重要な基礎となる。同様に、中国との協力という選択肢を保持しておく事も重要である。中国も地域における緊張の高まりを望んではいない。アジア太平洋地域の安定を図るうえで、地域における宇宙大国である日中が協力できるよう、日本側から継続的に働きかけていく努力には意味がある。
重要なことは、日本の外交安全保障にとって宇宙活動は重要なツールになっているということである。アジア太平洋地域の安定という外交安全保障上のメリットに加えて、経済的なメリットも見込まれるのであれば、多少リスクを負ったとしても宇宙活動・宇宙協力を推進していくべきである。日本では、世界情勢やアジア太平洋地域の情勢を評価し、正しく判断したうえで、宇宙活動を安全保障、外交、経済などの各政策の中に組み込んでいく作業が必要になる。新たなに設立された国家安全保障会議の事務局である国家安全保障局がこうした作業の中心となるだろう。国家安全保障局は、同盟国との調整を図りつつ、中長期的な外交安全保障政策を立案していく。こうした国家としての外交政策や安全保障政策、さらには経済政策において宇宙の役割をきちんと位置づけていくことで宇宙の価値が高まるのである。価値が高まれば、予算も確保でき、産業も育っていくだろう。
そして宇宙が安全保障政策の一部になるのであれば、やはり基軸は日米関係である。日本は、数十年に亘って、米国と価値観を共有している。民主主義、自由主義経済、人権や自由などである。太平洋国家としての共通点もある。アジア太平洋地域の安全保障における日米同盟の重要性も両国が等しく認識するところである。今後日米間では、アジア太平洋地域について具体的な戦略の擦り合わせが必要になる。日米安全保障協力における宇宙利用の可能性や基本的な考え方を共有することが大切である。
第三部 宇宙政策・法分野のシンクタンク機能及び人材育成の在り方について
宇宙政策研究という分野でのシンクタンク機能や人材育成とはどうあるべきか。第三部は、こうした問題について海外の事例も踏まえ、公開討論を行った。パネルディスカッションに先立ち、ジョージワシントン大学宇宙政策研究所(Space Policy Institute)のScott Pace所長と国際宇宙大学(International Space University)のVasilis Zervos准教授が基調講演を行った。
Pace教授が所長を務める宇宙政策研究所は、ジョージワシントン大学エリオットスクールに所在する。まさに大学ベースのシンクタンクを実践する研究機関として、宇宙政策研究を行っている。ワシントンの政策現場との接点も多く、また教育との連携も強い。Pace教授は、米国の宇宙政策分野のシンクタンクを紹介しつつ、日本の展望や課題について講演した。
シンクタンクとは何か
シンクタンクは、公共政策分野の研究・分析・助言を行う機関である。新しい政策の選択肢や新たな分析を提供し、より良い政策決定の手助けを行うのである。国内外の様々な課題に関する意思決定に影響を与える。その形態は様々である。重要なことは、臨時的な委員会などではなく、恒久的・継続的に活動する組織として存在しているということ。つまり、シンクタンクには「継続性」が欠かせないのである。
シンクタンクの機能も多岐に亘る。政策提言や政策評価、時には政府プログラムの批判も行う。人材育成もシンクタンクの機能である。つまり、研修やトレーニングを行って政府の責任ある仕事を遂行できるようにサポートするのである。人材のプールとしての機能もある。例えば、米国では政権交代時にシンクタンクが一時的な政府人材のプールとなり、政権が戻れば政府の仕事に復帰するということもある。
トーマス・メドヴィッツの著書Think Tank in America(2012)によれば、シンクタンクは、政府機関、企業、大学、メディアといった様々な知識や情報を横断的に見ていく必要がある。企業のような情報の見方で分析を行ったり、政策ディベートで政府機関のような役割を果たしたり、時にはメディアに登場して広報のような役割を担ったりするのである。
シンクタンクには、様々な分野の専門知識が集合している。非常に学際的な組織である。政策分析では、分野横断的な視点が求められる。例えば、科学技術政策では、政治学、経済学、工学といったディシプリンが必要となる。「学際性」もまた、シンクタンクの欠かせない要素である。
シンクタンクの成果は、標準化された学術的なものが多い。書籍や論文などがこれに当てはまる。しかし、シンクタンクの成果は、これに限られない。必ずしも論文というかたちに結実しない短期的な分析というものもある。また会議やセミナーの開催も重要な活動成果となる。知識を長期に亘って保存するという点でもシンクタンクは重要な役割を担っている。行政の現場では、異動により、特定の分野に長期に関与できないという現実もあるからである。
宇宙政策分野のシンクタンク—米国の事例
次に宇宙政策分野について見てみると、米国には多くのシンクタンクがある。ジョージワシントン大学の宇宙政策研究所は、宇宙政策の研究で最も優れた実績を持っている。宇宙科学の分野では、National Research Councilや全米科学アカデミーが優先度の高いテーマについて取り組んでいる。民間の組織としては、Secure World Foundationという組織もある。ここでは、Space Securityの問題に積極的に取り組んでいる。そして、RAND 研究所やAerospace Corporationは、米空軍に対する支援を行っている。また、必ずしも宇宙に特化しているわけではないが、安全保障や経済に関するシンクタンクでも宇宙を取り扱うようになっている。政府系のシンクタンクでは科学技術政策研究所があり、宇宙政策にも関与している。海外に目を転じれば、ウィーンにある欧州宇宙政策研究所(European Space Policy Institute: ESPI)が有名である。宇宙法の分野では、カナダのマッギル大学にある航空宇宙法研究所が優れた実績を誇っている。オランダのライデン大学やミシシッピ大学も有名である。またネブラスカ大学にも宇宙法に関する研究所がある。
宇宙政策研究の分野での人材育成
人材育成の面では、実は宇宙政策に特化した人材への需要は少ない。しかし、その専門知識は、政府や企業、またNGOなどで一定の需要がある。宇宙政策は非常に学際的なテーマである。したがって、宇宙政策を学ぶとすれば大学院生が中心となるだろう。学部レベルのテーマではない。工学、政治学、経済学、国際政治学などを学んだ学生がそれを基礎として宇宙政策を学ぶのである。
日本では今後、宇宙政策分野のシンクタンク機能や人材育成について議論していくことになる。重要なことは、独立した形で分析ができるということである。「独立性」も重要なキーワードである。組織としての長期的な健全性というものを考えていかなければならない。日本には、既に宇宙政策や宇宙法の分野で優れた人材がいる。しかし、こうした優秀な人材が一カ所に集まっていないということが問題なのだと思う。そうした場所をつくることは簡単ではないが、うまくネットワーク化していくことが重要だろう。
国際宇宙大学の取り組み
続いて、Vasilis Zervos准教授は、欧州の事例としてフランスにある国際宇宙大学について紹介した。
Zervos准教授は、大学がシンクタンクを持つことにはメリットがあると語る。知識を広く普及できるからである。一方、その知識やアイデアを実行に移すという点では確かにデメリットもある。しかし、大学では、お互いにアイデアを醸成していくことができる。ブレーンストーミングを行い、新たな知識やアイデアを生み出す。そして、それを普及するという意味では、大学は最適な組織なのである。
また大学では、多文化・多国籍の交流を行っていく事もできる。例えば、日本が様々な国から研究者を招聘すれば、お互いの考えや情報を共有したり、醸成したりできるのである。これは、国という枠組みではなかなか難しい。中立的な環境がつくりにくいからである。これができるのも大学の大きな利点である。紛争地域から研究者や学生を集めて、政治や宇宙の議論を行う学術環境もつくれるのである。
国際宇宙大学には、3つの特徴がある。異文化交流、国際性、学際性である。これは宇宙が持つ環境にも共通するものである。国際的文脈での学術交流というのは、国際スポーツイベントと似ている。つまり、スポーツのように、人と文化を一体化するのである。例えば、学術的な国際会議には、各国の研究者が集まる。紛争や対立を抱えた国々からも研究者が一堂に会する。そして、宇宙活動の規範はどうあるべきか、政策の方針は今後どうなっていくのか、異なるアイデアや情報を共有することができるのである。こうした異文化交流こそ、大学の持つ重要な役割である。
また国際宇宙大学では、様々な国から来た学生が学んでいる。政治学や経済学、理科系のバックグランドを持つ者など背景も様々である。そこで政治、政策、法律、経済など学際的なバランスも重要となる。さらに宇宙活動の発展段階に応じた政策等に焦点を当てて、より実際的なアプローチで教育していくことも必要になる。
国際宇宙大学では、宇宙政策に関するイベントなども行っている。例えば、パネルディスカッションには、日本、中国、米国、欧州など様々な国が参加する。その際に重視すべきは、相互作用である。専門家と学生、異なる国の研究者の相互作用、そしてその結果として形成されるネットワークが重要なのである。単に、研究成果や情報を報告するだけの場ではない。
一方シンクタンクには、中立的な立場を維持するために資金が必要になるという課題もある。関連機関からの支援もあり得るが、中立性を保つという点からみれば難しいこともある。そういう意味では、必ずしも資金が得やすい環境ではなく課題も多い。
パネルディスカッション
基調講演を受けて、東京大学政策ビジョン研究センターの城山英明教授は、欧米の事例を踏まえ、宇宙政策シンクタンクとして学際性を基礎として、具体的どのような形にしていくかを検討する事が今後の日本にとって重要な課題になると指摘した。続いて、44人のパネリストがそれぞれコメントを行った。
慶應義塾大学宇宙法センターの取り組み
青木節子教授は、既に慶應義塾大学が実践している宇宙法センターの活動を紹介した。慶應義塾大学宇宙法センターは、JAXAの協力のもとで設立された新たな研究所である。日本の宇宙法の能力を高めるとともに、それを政策面にも反映させ、アジア諸国にも貢献していくことを目指している。また宇宙法センターの設立と同時に、慶應義塾大学では法学研究科の中に宇宙法専修コースも開設された。これは、宇宙法の分野に特化して法学修士号を取得するプログラムである。その目的は、ミッドキャリア —特に理科系のバックグラウンドを持つ方々— が宇宙法や宇宙政策を学び、国際的に発言力を高めていくことにある。しかし、このコースでは、宇宙に関心をもって、宇宙分野でのキャリアを志す若者も多く学んでいる。
日本における宇宙政策分野の調査分析機能
シンクタンクへの期待—産業界の視点から
民間企業型シンクタンクの現状と新しい試み
羽生哲也三菱総合研究所主席研究員は、民間企業としてのシンクタンクという立場から、日本のシンクタンクの現状を紹介した。日本には、政府系、財団系、民間企業、大学系といった様々な形態のシンクタンクがある。民間企業型のシンクタンクは、コントラクト・レポートが中心となっている。全ての研究にクライアントが存在するのである。民間企業型シンクタンクでは、政策研究に加え、如何にしてそれを具体化して、実現するかというところまで含めた研究が行われる。より社会に実装した研究と言えるだろう。政策の実現について具体的なアプローチを顧客とともに考えていくのである。
平成24年度に外務省に設置された「外交安全保障シンクタンクのあり方についての有識者会議」の報告書は、日本のシンクタンクの活動予算がこの10年間で40%も減少していることを示している。このような状況の中、日本のシンクタンクは、独立採算で活動を継続していく事が難しくなっている。これは政府系、財団系、大学系、民間企業型のいずれにも当てはまることである。すると民間企業型のシンクタンクでは、利益の出る分野に重点を移していく必要がある。日本のシンクタンクには、こうした現実もある。
今回、三菱総合研究所は、外務省の支援を受けて、東京大学政策ビジョン研究センターとともに新しい形でのシンクタンクを形成する試みを始めた。この宇宙政策シンポジウムも、こうした活動の一環である。学術的な大学の利点と民間企業としての利点を活かし、どのようなシンクタンクが形成できるか。新しい形のシンクタンクとはどのようにあるべきかという実証研究をやっていきたい。
最後に、城山教授は、日本における宇宙政策シンクタンク形成に向けた課題を指摘した。日本では、まず専門家のネットワークを形成していくことが不可欠である。一方で、恒常的なシンクタンクの基礎を築いていくことも重要である。具体的にどのような形で進めるかが課題である。自立的な政策研究をやろうとするのであれば、コア・ファンディングが必須である。こうした基礎がなければ大学としてもシンクタンク機能を維持していくことは難しいだろう。どのようなモデルをつくっていけるかというところが課題となる。
脚注
- 2011年にはワーキンググループの付託条項(Terms of Reference: TPR)が策定された。さらに個別の問題に取り組む専門家グループの設置も採択された。グループAは、地球の持続可能な発展を支えるための持続的な宇宙利用に関する問題を取り扱う。グループBは、宇宙ごみ(スペースデブリ)や宇宙状況監視(Space Situation Awareness: SSA)に関する問題に取り組んでいる。グループCは、宇宙天気(Space weather)に関する専門家グループである。そして、グループDは、宇宙における規制レジームなど法的問題に関する問題を検討している。
- Working paper by the Chair of the Working Group, “Proposal for a draft report and a preliminary set of draft guidelines of the Working Group on the Long-term Sustainability of Outer Space Activities,” February 2014, available on-line at http://www.unoosa.org/pdf/limited/c1/AC105_C1_L339E.pdf.
- Group of Governmental Experts on Transparency and Confidence-Building Measures in Outer Space Activities, Report of the Group of Governmental Experts on Transparency and Confidence-Building Measures in Outer Space Activities, 29 July 2013.
- 宇宙空間を飛行する人工衛星は、地上における自然災害の影響を受けず、広範囲に亘る領域をカバーできるため、被災地の状況把握や情報収集あるいは通信の確保など、防災・減災の分野で大きな役割を果す。例えば、これまでにも日本は、陸域観測衛星「だいち」を用いて世界で発生する自然災害を宇宙から観測し、そのデータを各国に提供することで国際貢献を果たしてきた。
- グリーンエコノミーとは、国際連合環境計画の報告書によれば、「環境リスクや経済的欠乏を著しく減少させる一方で、人類の福祉の向上や社会的公正を改善していく経済」と定義されている。United National Environment Program, Green Economy: Developing Countries Success Stories, 2010, available on-line at http://www.unep.org/pdf/greeneconomy_successstories.pdf.
- Everett C. Doleman, Astropolitik: Classical Geopolitics in the Space Age (New York: CASS, 2002)
- ハルフォード・マッキンダー(Halford John Mackinder)は、イギリスの地理学者、政治学者である。1919年に出版された『デモクラシーの理想と現実』(Democratic Ideals and Reality:A Study in the Politics of Reconstruction)は、地政学の古典的著作の一つである。
- 宇宙状況監視(Space Situational Awareness: SSA)とは、安定的かつ安全な宇宙利用を行うために、地球軌道における人工衛星や宇宙ごみの状況をレーダーや光学望遠鏡などで観測・監視したり、その他、安定的な宇宙利用の障害となる様々な脅威や状況を発見・監視する活動である。