409人が市民後見人の養成講座を修了
東大の履修証明書授与式が行われる

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この文章は社会保険研究所発行 『月刊 介護保険情報』 の2013年6月号に掲載された原稿です。

履修証明書授与

累計で1934人に

夜来の春嵐が通りすぎた4月7日、「平成24年度東京大学市民後見人養成講座」の履修証明書授与式が東京大学の伊藤国際学術研究センターで行われた。24年度の講座は第5期にあたり修了生は409人。居住地は23都道府県の154の自治体に及ぶ。第4期までの1525人とあわせると累計で1934人となった。

城山英明教授

城山英明 教授(センター長)

はじめに主催者を代表して東大政策ビジョン研究センターの城山英明さん(センター長)が開式の辞を述べた。その中で、新たに7都府県で22の市民後見に関するNPO法人が誕生したことなどを紹介した。

政策ビジョン研究センターでは、様々な政策提言をしてきたが、同時に後見の担い手を生み出してきたことは「大変誇れる成果」であると城山さんは強調。

講座修了後の活動にあたっては、東大と密接な関係にある一般社団法人「後見人サポート機構」の利用を勧めた。なお同機構は、市民後見人と親族後見人を様々な形で応援する業務支援サービスの提供を6月から開始する。


修了後の実践に向け各種コースを設定

続いて、市民後見研究実証プロジェクトの宮内康二さん(特任助教)が学事報告を行い、「本人の意志を汲み取ろう。行為の必要性と相当性を考えよう」を基本にすえたカリキュラム(合計125.5時間)などについて振り返った。

宮内康二 特任助教

宮内康二 特任助教

実務面では申立書の書類作成を宿題としたことを紹介。また財産管理については金融機関や保険会社から講師を招いたほか、法律上のリスクや横領の危険性について弁護士や裁判官から講義を受けた。

さらに、被後見人の思いを直接聞く機会も盛り込まれ、就労支援についての講義が新設された。

多種多様な全体講座に加え、新たにコース別でゼミを設定したことが第5期の大きな特徴だ。

後見人(予定含む)である個人・法人が対象の「受任者コース」では、よりよい後見を行うためにプランを作成。意見交換や情報交換(守秘義務あり)でネットワークづくりもした。

「関連コース」は行政・医療介護福祉・金融不動産の各関係者が対象。後見に関する施策立案を考え、後見事務規程の策定をしたほか、後見人の代理権乱用の指導、後見人がいない場合の対処の仕方などを学んだ。あるケアマネジャーは利用者を実際に後見利用に導く事が出来た。

「市民後見コース」は、後見人になる市民、地域に後見を知らせる市民、後見の個別相談にのる市民が対象。地域分けをしてグループ活動をベースに進めた。その中で、心情を汲み取る訓練のため高齢者や障害者施設に出向いたほか、地域の啓発活動も実施。老人クラブや家族会を訪ねて後見制度を説き、時に相談にものった。また後見人に同行して銀行や家庭裁判所に赴き実務の技術を学んだ。

ちなみに仕上げのテストは総じて好成績だったという。知識は十分ついたと宮内さんは太鼓判を押した。そして「大変だった感じはするんですけれど、我々もやっていて楽しかったです。これをスタートとして引き続きよろしくお願いします」と今後の活動を期待し、学事報告を終えた。

修了生を代表して7人がスピーチ

この後、履修証明書授与が行われた。修了生を代表して神岡豊子さんが「地域の福祉の為にもNPOを起ち上げていきたいと思っているところです。高齢化社会を一緒に頑張りましょう」と挨拶。そしておよそ20分かけて、そのほかの修了生409名全員の名前が読み上げられた。

続く修了生のスピーチには7人が登壇した。

最初は奥野倫子さん(東京都日野市市議会議員)。地域包括支援センターを訪問し実態を調査したところ「家族の崩壊を一番実感した」という。親族がいても寄る辺ない高齢者の事例等を話した。

ある年老いた母は措置入所となり、初老の息子が一人残された。「お母さんがいなくなった」と捜し回る彼には知的障害があった。奥野さんが今、後見につないでいる最中だ。ケースワーカーや地域包括支援センターがパンクする前に「後見の体制づくりが必要」と市議会で訴えている。

小山利夫さん(千葉県)は、特養ホームにいる姉の親族後見人を長い間続けてきたが、受講して後見に対する考えが変わった。これまで「本人の財産を守る」ものとしか捉えていなかったが、身上監護が重要だと学んだ。本人の意志を尊重し、むしろ積極的に本人の為に財産を活用すべきと気づかされた。そして身体・知的障害のある姉を旅行に連れて行く事にし、介護旅行の会社からトラベルヘルパーを斡旋してもらう計画を立てた。

小山さんは、宮内さんの授業には緊張感が常にあったという。授業中に突然、受講生に発言を求めてくる。ある時指名されて姉のリハビリに疑問を持っていると言うと「それを放っておくのは懈怠にあたる。場合によっては(後見人を)解任される」と指摘された。

反発さえ覚えたが、後見は「あくまで本人のため」の活動するのが基本。授業が進むにつれ自分に親族としての甘えがあったと思うようになった。特養に問い合わせると「生活リハビリをしている。今後定期的に報告させていただく」と回答を得た。よりよい後見人となる自覚を持つ事ができたと振り返った。

谷田恵美子さん(群馬県)は、介護関係の仕事をしている。後見の必要な利用者がいたので思いきって受講したが、周りの熱心さに圧倒された。講義は興味をひかれるものの難しくもあった。自分が支援している利用者の家族に会ってアドバイスをしてくれる事もあったという。自分は後見の「扉を開けたばかり。経験を積み重ねてライフワークにしたい」と谷田さん。紹介された成年後見センター群馬に仲間入りする事にした。

日浅寿子さん(熊本県)は、福祉サービスや介護施設を評価するNPOで働いている。この日、会場入りの際にスピーチするように告げられたという。予期せぬ事に「やっぱり厳しいクラスだなぁ」と再認識。

身上監護は日頃施設を訪れているので多少経験があるが、財産管理は素人。後見人サポート機構に加入して相談や確認をしていきたいと思っている。「東京大学で修了した仲間に迷惑をかけないためにも」間違いがないよう心がけたいと笑いを誘った。

また熊本に住んでいるが、北海道の友人ができた事も嬉しい事だった。

笛木隆弘さん(新潟県職員)は、出身地の十日町市で公共事業の用地取得に携わっていた。山間地で雪深い街には独居の高齢者が多く、土地所有者の判断能力が不十分、土地の名義が曖昧で業務が進まないという経験をしたことから、後見が何かの役に立つかもしれないと興味本位で受講。

当初は自分の専門とは異なる福祉部門なので気後れもしたが、何とか知識を得て持ち帰りたいという思いも膨らんだ。

そして「成年後見制度と用地取得の関わり」という施策方針を用地取得の部門に提案。また新潟県全体の成年後見制度に関する施策案を福祉保健部に提出。さらに「これからの施策に必要なもの」を十日町市市長宛に元市民からの手紙として出した。「これからも高齢化社会はますます進む。様々な業務に成年後見制度は関わってくる」と笛木さんは確信している。

松島誠一さん(神奈川県)は、足揉み健康法のボランティアをしており、健康生きがいづくりアドバイザーの肩書きも持つ。定年退職後、社会貢献活動に携わる思いを強くし、受任者コースを受講。高齢だがまだ元気な姉との任意後見契約を妻と共に結んだ。講座で学んだ事は「人生の大きな財産となった」。今後は地元の鎌倉市で市民後見の周知活動を担いたいと語った。

李貞淑さん(東京都)はチマチョゴリを着て登壇した。彼女も突然指名されてのスピーチだ。

受講当初は日本語が下手な自分がついていけるか不安だったが「大丈夫よ。私にも難しいから一緒にがんばろう」の言葉に救われた。周りの人や講師が助けてくれた。

また、この講座を通じて日本人の友達がたくさんできた。自分にとって宝物と李さん。友達とNPOを立ち上げる予定で、自分のように外国からきた人達の手助けがしたい。絆をつくれればと考えている。韓国のソウル大学と市民後見の交流会を開く際には少しでも力になりたいと思っていると語った。

来賓祝辞のトップは「ジャパンポンポン」。圧巻の踊りで修了生を祝福した。リーダーの滝野文恵さんは81歳。かつてジェロントロジー(老年学)をアメリカで学んだこともあり、介護関連の評価をするNPOの理事も務めている。

ひとしきり踊った後に会場を巻き込み健康体操を始めた。ステージに無理やり主催者らも引きずり出す。想定外の行動に「やっぱりいきなり振られるのは良くないですね」と宮内さんもタジタジ。修了生の皆さんの溜飲も下がったようだ。

市民後見研究実証プロジェクト運営委員会の森田朗さん(委員長)が閉式の辞を述べた。これまで東大の数多くの卒業式や修了式を見てきたが、大抵が格式張って固い雰囲気だった。しかし「皆さん大変明るく、それでいて一生懸命学ばれている」。楽しく仕事に励んでいって欲しいと森田さんはエールを送った。また後見制度をよりよいものにする研究に「皆さんの実践の場の情報」は大変重要と指摘。これからもここで結んだ絆を強く保っていただきたい、と締め括った。

履修証明書授与式の撮影を終えてホールを出ると目が覚めるような青空が広がっていた。天気予報は外れた。東京は暴風雨の予想だったはず。お天道様も修了生の前途を祝っているのかもと思ってしまった。(取材/竹林尚哉)

森田朗さん

「認知症300 万人突破」とカウントしたのは日本が世界初。市民後見人が欠かせないと森田朗さん

小池信行さん

東大が市民後見人を育てた事は「社会的なインパクトがある」と後見人サポート機構代表理事・弁護士の小池信行さん


和久井良一さん

さわやか福祉財団理事の和久井良一さんは「市民後見人を100 万人つくる」ことを提唱

齋藤修一さん

「本人のために一生懸命尽くす」ことを忘れないで下さいと品川成年後見センター所長の齋藤修一さん


第6期養成講座の受講生を募集中

  • 日程: 10 月12 日(土)〜 来年3月23 日(日)まで計14 回開催(履修総時間125 時間)
  • 受講料:75,000 円
  • 会場: 東京大学本郷キャンパス 法文1号館25番教室
  • 定員:400 名(定員に達し次第、締め切り)
  • 応募資格: 18 歳以上で、後見を通じて自分と地域のために活動する意欲のある人
  • プログラムの概要:①成年後見制度の仕組み ②後見人の仕事(事例検討)③判断能力が不十分な方との交流 ④後見人への同行研修 ⑤市民後見NPO法人の立ち上げ

※詳細は下記ホームページ参照
http://www.shimin-kouken.jp/course/application.html