中国〜ミャンマー石油天然ガスパイプラインの建設に対する考察
—国内の政策過程と国際エネルギー調達をめぐって
こちらは、アジ研ワールド・トレンド2015年11月号に掲載された「分析リポート 中国〜ミャンマー石油天然ガスパイプラインの建設に対する考察—国内の政策過程と国際エネルギー調達をめぐって— / 劉 大・山口健介」の要旨です。
要旨
本レポートの目的は、エネルギー安全保障——マラッカ海峡シーレーンへの依存低減——を背景として、中国〜ミャンマー石油天然ガスパイプラインが建設されるに至った政策過程を解明することである(図)。これを踏まえて、今後の中国のミャンマーへのエネルギー投資への示唆をえてみたい。
第1節では、パイプライン建設をめぐる関係者の利害を明らかにする。これまでは、中央政府が政策を決定し、その実施を地方に任せるという、中央政府主導型のエネルギー政策が多く見られてきた。近年、異なるトレンドが観察される。すなわち、中国のエネルギー調達が加速するなかで、現場に近い地方政府や国有石油企業、それらの連携が政策過程でよりいっそう重要な役割を担うようになっている。こうした動向を踏まえて、「中央政府」の戦略のみならず、「地方政府」や「国有石油企業」の動きにも配慮することとする。
第2節では、首脳レベルの外交に着目して、パイプライン建設の交渉過程を概説する。パイプラインの建設自体は、両国の上層部の政治家によって、トップダウン的に決められたものである。よく知られるように1990年代以降の中国では、1970年代以降の日本と同様に、戦略資源を確保するため対外援助を一段と強化した。ミャンマーにおいても軍政府が西側から制裁を受け批判を浴びるなか、中国政府はミャンマー軍事政権を支持し続け軍事政権と密接な関係を作り上げることに成功した。この連携こそが、パイプライン建設の政治的判断を支えた。
第3節では、パイプライン建設や対ミャンマー投資の問題点について、国内の批判の声などを整理する。第1に、国益と言う観点からパイプラインのプロジェクトに疑問が呈されている。つまり、マラッカで危険にさらされる可能性と輸送される石油の量などのことを考えると、地方政府と国有石油企業を支持者として推し進められたパイプラインが、どれほど結果的に国益に資するかは未知数と言うのである。第2に、ミャンマー国内の複雑な政治情勢に鑑みて将来的にパイプラインを運営するリスクが高い点が懸念されている。
第4節では、以上の政策過程をまとめ、近年の変化を踏まえたうえで、今後の中国からミャンマーへの投資について示唆を引き出したい。近年、対ミャンマー投資・外交について、次の2つの方向性が模索されているように思われる。第1の方向性は、ミャンマーへの投資戦略を地元の貧困削減と社会発展に結びつけることである。第2の方向性は中国共産党のアウン・サン・スー・チーをはじめとした民主化勢力との接近である。さらに、政府レベルの交流のほかに、中国政府は観光や、留学などの方式を通じて、ミャンマーの各界と積極的に交流の幅を広げている。これらの動きは、これまでの「上層路線」方式を補完して、中国が投資するプロジェクトに対するミャンマーの民主派及び民間からの圧力を軽減させる効果があると思われる。
他方で、このようにして増えることの予想される投資は、地方政府と大手国有石油企業がドライバとして大きな役割を占める以上、エネルギー安全保障の観点からは、必ずしも国益に資すものとならないかもしれない。今後、投資の「量」だけでなく「質」にも着目して、その動向を注視することが重要と思われる。