ポイント
- 「人口の3分の1が高齢者」前提に思考を
- 65歳以降の人生の位置づけを変えよ
- アジアの高齢化にらみ、新たなモデル作れ
長寿前提に制度改革 民間活用し施策体系化を
現在、わが国が直面している最重要課題の一つが、人口の高齢化であることはいうまでもない。高齢化に伴う問題は、従来、年金、医療、介護などにおける社会的負担の問題として論じられ、多くの国民が将来の負担増に不安を抱いてきた。
これまで高齢化は、人口減少と相まって主に農村部の問題と考えられてきたが、これから訪れるのは都市部に住む団塊世代の高齢化である。それは、規模の点においても、生活スタイルや地域社会のあり方の点でも、今までに経験したことのない課題である。わが国の高齢化は、その規模や速度において歴史上類をみないもので、今後はそれを前提にした新たな社会像を描いていかなくてはならない。
高齢者人口は、現在の推計では、2030年には65歳以上が全人口の32%、75歳以上が20%を占め、55年には、65歳以上41%、75歳以上が27%になると予想されている。それ以後も、総人口は緩やかに減少するが、同様の人口構成が続くと考えられる。こうした高齢者の増加に対しては、今から少子化対策によって人口の増加を図ったとしても、人口バランスを回復させるほどの効果は期待できない。
これからの日本の社会の姿を考えるときには、人口の四分の一ないし三分の一を高齢者が占める状態を前提に、すべての国民が「安心して暮らせる社会」のあり方を模索していく必要がある。東京大学での多様な研究成果に基づき、社会が直面する諸問題を解決するために政策提言を行うことを使命として昨秋に設立された「東京大学政策ビジョン研究センター」では、学内のジェロントロジー寄付研究部門(4月から高齢社会総合研究機構)をはじめとする関連分野の研究成果を踏まえ、今年1月に「安心して暮らせる活力ある長寿社会の実現を目指して」と題する今後の高齢社会へ向けた政策の方向性に関する提言を発表した(https://pari.ifi.u-tokyo.ac.jp/index.html)。
この提言は、高齢社会の実態を踏まえ総合的に課題を追求することを目指している。第一に、冒頭述べたように、高齢者の多数が医療や介護の対象と思われがちであるが、実態はそうではない。年齢階層別に医療や介護を受けている人口を見ると、85歳を過ぎると過半数が医療や介護の対象だが、65−85歳の多くは健康である(図)。
これまでは、高齢者が定年を迎え年金生活に入ると、健康状態も悪くなり、「余生を送る」イメージでとらえられがちだったが、実際には健康な人が大半を占めているのである。したがって65歳以降の20年あまりの期間は、青年期、壮年期と並ぶ、健康で充実した生活を送ることのできる人生の一時期として位置づけるべきだろう。人生のこの時期をいかに送るか、社会でどんな役割を果たすか、高齢者の就労機会の創出を含め、新たなライフスタイルを示すことが必要である。
第二に、多数が健康であるとしても、加齢とともに体力や認知能力が低下してくることは否めない。そこで、まず体力、認知能力の低下をなるべく抑止することが重要である。そのために予防を含め、医療や介護の体制を整備充実させなくてはならない。
次に、たとえ体力などが低下しても、高齢者が快適な生活を営むことができるよう、社会のあり方自体を変えていくことも必要になる。これまでの社会は青年期、壮年期の世代を標準として形成されているが、それを改め「高齢者を標準とした社会」を形成するのである。
こうした高齢者を標準とした社会を形成するには、次のような配慮が必要である。一つ目には、諸施策の総合性・体系性である。これまで、医療、介護、交通、住宅などの課題が個別に取り上げられてはいたが、それらを相互に結びつけ総合的に取り組む努力は乏しかったと思われる。
二つ目に、必要とされる施策の規模である。一部の恵まれた高齢者だけではなく、すべての高齢者が恩恵を受けられる施策が検討されるべきであり、それには民間企業などの積極的な参加を求める姿勢が必要だろう。
そして三つ目に、施策を立案し実施するタイミングである。団塊世代の高齢化は、間近に迫っている。慎重な調査研究に基づく政策形成は重要だが、時宜を逸したのでは効果は期待できない。
以上のような視点に立って高齢者のための施策を考える際、高齢者を巡る課題を、①「個人」の心身・行動②衣食住や家族の「生活」③地域コミュニティーの範囲の「近隣」④制度的まとまりを持つ「自治体」、そして⑤「国」の制度の次元——に分けて考察することが有効だろう。
以下、こうした観点で、これまであまり論じられていない論点を取り上げてみたい。
第一は、高齢者の日常生活の管理の問題である。高齢者に限らず、衣食住をしっかり管理することは健全な生活を送るためには不可欠だが、単身ないし夫婦二人の高齢世帯では、それが困難になるケースが出てくる。身の回りのケアは必要としなくても、資産や家計の管理に不安がある高齢者は少なくない。それは、高齢者を狙った「振り込め詐欺」の多発が象徴している。資産や家計の管理は自己責任が原則とはいえ、それを貫くのは高齢者に酷な面もある。
自ら管理ができなくなった人に対しては成年後見制度が設けられているが、現実には、本人が後見人や補佐人を依頼するのは容易でなく手続きも煩雑である。高齢者を犯罪から保護し、経済的に不安のない生活が送れるようにするため、財産や家計の管理を日常的に見守り、助言してくれる信頼できる制度の設置が検討されるべきであろう。
第二は、生活にとって欠かせない住宅の管理である。在宅での介護が推奨されていることから、住宅のバリアフリー化などが以前から進められてきた。それらに加え、人が住み続ける限り、住宅には持続的な管理が必要である。
住宅の形態が多様ななか、特に指摘したいのは、集合住宅、とりわけ分譲マンションの管理である。分譲マンションは、区分所有者が作る管理組合が管理をすることになっているが、現実には、管理組合が充分に機能していないところも多い。マンションの老朽化で管理コストが増大するが、管理費の負担に耐えられない高齢の住人が増え、マンションがスラム化する可能性が指摘されている。
しかし、建て替えにせよ改築にせよ、現在の区分所有権法の下では制約が多い。リバースモーゲージなどの手法を応用し、しっかりとした管理主体に適正な価格で区分所有権を買い取らせる制度などが工夫されるべきであろう。
最後に第三として、個人の健康管理のあり方についても触れておきたい。今日、科学技術を応用することで、高齢者の生活の質を向上させることが、多くの分野で可能になっている。その一つが医療への情報技術の応用である。
例えば、現在、医療機関ごとに保有されている個人の医療情報を、国有の番号で長期間系統的に蓄積し、複数の医療機関で利用できるようになれば、治療の効果は向上するだろう。さらに、それらの医療データを集積し統計的に分析・活用できれば、国全体として医療の質の向上と効率化が実現することも間違いないと思われる。
これらに限らず、これからの高齢者の増加、特に都市部での高齢化を控えて、早急に取り組むべき課題は多い。厳しい不況下で経済の活性化のために大規模な投資を行うのなら、ここで述べてきたような高齢者を標準とする社会の形成を重視すべきである。その際、必要なサービスの開発と供給には民間の力を活用し、政府はそれらの市場創出のための制度形成に努めるべきであろう。
こうした高齢社会の到来は日本だけの問題ではない。追随するアジア諸国のモデルを作り出すことで、人類の課題解決に貢献するとともに、産業にとっても、内需のみならず将来の外需をも作り出す可能性が高いといえよう。
もりた・あきら
51年生まれ。東大法卒。専門は行政学。東大政策ビジョン研究センター長