「経済基盤論」からみた地方再生 層の厚い基幹産業育てよ

東京大学工学系研究科教授 大西隆

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この文章は日本経済新聞「経済教室」に 2009年8月4日に掲載された原稿です。

大西隆 教授

ポイント

  • 地方再生に向け、持続的な取り組み不可欠
  • 地域外市場に目向ける「基幹産業」育成を
  • 「地域産業」の振興で地域の需要流出防げ

技術・知識の連鎖必要 −地域産業の充実と両輪で−

地方の衰退が政権党にボディーブローのように効き、その支持率を低下させてきた。総選挙の結果にかかわらず、引き続き難しい政策課題として新政権のアキレス腱(けん)となる恐れがある。地方では東京圏などへの若い世代の人口流出が止まらず、人口減少が進み高齢化が著しい。かつては大都市より高いとされていた出生率も、沖縄県を除けば大同小異の低水準にある。期待された工場立地は近隣諸国との立地競争が厳しさを増し、伝統産業である農林水産も国際競争にさらされて縮小を余儀なくされてきた。地方の再生は可能なのか。

簡単ではない。短期的な不況は克服できても、これから数十年間で、こうした状況を大きく変えることは難しいだろう。しかし、この傾向が進めば、まず中山間地域で地域社会がなくなり、やがて地方都市に及び、ひいては大都市でも地域社会崩壊が現実になる。それだけに、時間がかかっても少子化対策、地方活性化対策に腰を据えて取り組む必要がある。特に少子化対策は、いわば一世代、30年先に実を結ぶ次世代のための政策であり、「ある程度人口が減るのはやむを得ないとしても、やがて安定させていくべきである」といった国民的な合意形成は不可欠である。

とはいえ、やるべきことは将来に向けた少子化対策だけではない。いかに子どもたちが住み続けられる地域にしていくのかという問いにこたえ、人々が生きがいを見いだせる産業と雇用を地方で生み出す新しい流れを今からつくり始めることが重要である。

筆者らは、「地方都市の将来」を把握するため地域の人口、産業、雇用を予測する作業を行っている(経済産業省調査)。この作業は2005年にも行ったが、今回は、05年の国勢調査結果をはじめとする最新のデータを用いて、人口2万1千人の北海道倶知安都市圏から3300万人の東京都市圏まで全国に243確認された都市圏を単位に、30年における人口、就業者数、総生産額、域外産業総生産、域内産業総生産を予測している。作業を踏まえて試算すると、表に示すように、地方の都市圏では人口減少、国内総生産(GDP)のシェア低下が進み、厳しいものになるとみられる。

筆者は地域経済の分析では経済基盤論(17世紀のオランダに起源を持つ古典理論)という枠組みが有効性を持つと考えている。先の予測作業でもこの枠組みを応用した。経済基盤論では、地域外の市場ヘ産品を売ったり、サービスを供給したりする産業(基幹産業)と、産品やサービスの購入者が地域内に留まる産業(地域産業)に地域の産業を二分する。国の経済でいえば海外市場で競争力をもつ輸出産業と、内需に依存した国内市場産業とに分ける方法を地域経済に応用していることになる。今回の予測結果も踏まえて、以下の3点がわが国の地域経済に関する示唆として得られると筆者は考える。

第一に、かつて米国の経済学者ティブーが述べたように、地域経済が成長し雇用機会が増加するには、基幹産業の成長が不可欠なことだ。わが国の地方都市では、製造業、中でも自動車産業や電気電子産業を基幹産業とする都市圏でGDPの増加や雇用・人口の増加(減少数の縮小)が見込まれる。自動車産業が集積する愛知県東部や静岡県西部の都市圏が典型例である。

だが地域の雇用を支えるのは、こうした国を代表する産業だけではない。農業や漁業の第1次産業も地域外の市場に移出されるし、観光資源や大学なども地域外から人が訪れて地域経済を潤すという意味で基幹産業を構成する。

基幹産業の育て方にも注文がある。1960年代から70年代にかけては、即効的な基幹産業発展策として工場誘致が流行した。それほどの技術蓄積がなくても、勤勉で優秀な労働力と交通条件や水があれば工場が進出し、雇用が増えた。しかし、より望ましいのは、地域に培われた技術や知恵の詰まった基幹産業を育てることだ。そうすれば、製造やサービス提供の現場だけではなく、研究開発や企画などを含んだ層の厚い基幹産業となるからである。

このことが、第二点の基幹産業の連鎖という示唆につながる。一つの基幹産業はそう長続きしない。重要なのは、次々と交代しながら何らかの基幹産業が常に地域経済をリードするという視点だ。やはり米国の都市経済学者ジェイコブスが、デトロイトを舞台にこの主張を展開している。デトロイトが都市として成長を始めたころの基幹産業は小麦粉だった。それが製粉機を自製するための機械工業や輸送のための造船などの成長を誘発し、さらに機械、金属、エンジンの分野で多様な基幹産業が育ち、ジェイコブスが描いた時代に花形となった自動車産業へと至った。つまり、一つの基幹産業を育てた技術や知識、あるいはその基幹産業から派生した下請け産業が、次の基幹産業を生み出す力となるのである。

長寿のジェイコブスも、GMをはじめとするデトロイト自動車産業の今日の衰退を見届けることはできなかったから、あまりに巨大化した基幹産業に代わりうる次代の産業をどう形成していくのかという点については解答を残していないが、自動車産業においてもハイブリッド車、電気自動車や燃料電池車を生み出して低炭素時代ヘ対応すれば、基幹産業としての競争力を持続することは可能だろう。さらに自動車からロボット産業や家庭用燃料電池産業が生まれるといった連鎖も起こるに違いない。新たな価値を生むのは創造性であるから、技術、学術、文化・芸術などの領域における独自性の高い創造的な成果を産業・雇用に結びつける試みが欠かせない。

第三点は、こうして基幹産業を重視しながらも、経済基盤論は地域産業の充実が雇用増加に不可欠なことを示唆する。経済基盤論では、基幹産業での雇用の増加がどれほど地域の雇用増をもたらすかを地域乗数効果で表す。基幹産業部門で1人雇用が増えれば地域全体では何人雇用が増え、さらに人口がどれほど増えるかという関係である。

基幹産業に特化しすぎて地域産業が手薄な地域は、地域乗数効果は低くなる。つまり自動車や家電の工場で雇用が増えても、地域の商店街が寂れていれば、買い物客は地域外に流出してしまい、近くの大都市で商店が潤い、雇用が増えるだけにとどまる。したがって、地域乗数効果の高い産業構造、すなわち基幹産業の発展で増加する雇用や所得がもたらす消費の増加を地域で受けとめるように地域産業の広いすそ野が形成されることが期待されるのである。

愛知県田原市は、温暖な気候を生かして花卉(かき)を中心とした農業産出額で全国市町村トップである。同時に、トヨタ・レクサスの生産工場があり、2兆円超の工場出荷額を誇り、農業と工業が突出した基幹産業である。その半面、小売業、サービス業や医療産業部門の雇用者は少ない。せっかくの所得があっても、地域内での消費の機会が乏しい。ちょうど輸入品を国産化するような感覚で内需を地域内で受け止める努力をすれば、地域の雇用は増加するに違いない。現に地域から流出する需要は見えているとはいえ、それを地域内で満たす産業をつくりだすのは容易ではない。でも、その努力が地域産業をもり立て、次の基幹産業とする可能性さえ生む。

要約すれば、地域の発展は、基幹産業を育て、かつ連鎖させることと、流出している地域の需要を地域内で受け止める地域産業を育成することで図られる。地域産業政策の原理は簡単にして、なるべく余計な制約を設けないことが重要である。農商工連携といわれるが、連携の定型はなく、観光と農業、農業とサービス業を組み合わせてもいい。要は自らの地域が少しでも優位な産業を見つける眼力を磨き、地域に存在する技術やノウハウと結びつける創意工夫を凝らしながら、頑張る人を皆で応援することである。

また、もっとも分かりやすい地域産業である小売業も、中心商店街という場所にこだわって立地する必要はない。市民が買い物をしやすい場所に立地するのが一番である。それで街の構造が多少変わっても、それを快適で便利な街に直すくらいの都市計画の技法はすでに気の利いた自治体は持っているはずである。

大西隆(おおにし・たかし)
48年生まれ。東大卒、同工学博士。専門は地域計画、都市計画論